第四十伝(第百五伝)「ラストインパクト」
第四十伝です。長かったvsアリサ戦もいよいよフィナーレに向かおうとしています。結末を見届けてくれたら幸いです。それではどうぞ。
悲劇が起こったのは突然のことだった。
歪な形状を頑なに守った妖精化しているアリサの尾が、傲慢に龍の腹を貫いていた。
「ガハッ」
ここまでの分かりやすい致命傷を与えられば人体の損傷は計り知れない。龍は耐えきれずに吐血した。生々しい赤褐色の血塊が神聖なツリーハウスを穢すように飛び散った。
痛い……。
意識が遠のいていく……。
「クソっ!」
「おい、龍しっかりしろ!」
「龍君、今回復してあげますわ!」
みんなの声が聞こえる……。
仲間の声が支えとなり、龍の意識は紙一重で脳にへばりついている。
凛は龍の尾が貫通している部分に手を押し当て残り少ないありったけの黄金の力を分け与える。進は、らしくなく無造作に太刀を何度も何度も龍の体を貫く忌々しい尻尾の破壊を試みる。同じく剛も自身の武骨な拳を乱用し、同じように武骨な尾を壊しにかかる。
凛と進と剛は結束し、仲間である龍のかけがえのない命を救うために動く――。
「みんな……。俺の為に必死になって動いてくれてありがとう……。死んでもみんなのことを一生忘れないよ……」
龍は深呼吸を交えながら慎重に話し、仲間に感謝を伝えた。
「死ぬなんて言ってんじゃねーよ! 死ぬこと考える暇があったら生きることだけ考えろ!」
龍の言葉に対し剛は怒った。理由は明白だった。剛も先の闘いで一度は死に欠けた身。しかし、凛によって助かった。その時の剛も今の龍と同じように不覚にも死を考えてしまっていた。だが、凛に生きることを考えるようにと注意された。その忠告があったこそ、剛はこの世に希望を見出し、生き続けることが出来た。だからこそ、龍には自分と同じ過ちを繰り返して欲しくは無かったのだ。
「大丈夫、今は死なせはしないよ。死んだら大事なライフソースが腐っちゃうからね★ それに、バトラってタフだもん。そう簡単に死にはしないよ」
アリサは羽を畳み、久しく地上に舞い降り、その二本脚を地面に接着させた。そして、アリサは長い間無職状態に陥っていた二本脚を久しぶりに使役する。尻尾を縮小させながら、自分が勝者だと、自分が頂点に立つ者だと、そんな風格を漂わせながら、ゆっくりと、それでいて堂々と歩を進める。
そんな絶対王者の接近に、進と剛と凛は声を発する事が忘却され、恐怖からか足が小刻みに震える。しかし、なんとか自分のやるべきことを思い出し、龍の命を救うために各々の動作で尽力する。
そして、アリサは互いの剣がちょうと交わらないような絶妙な距離で歩行を止めた。
「アリサ先生……。さすがですね……。今の僕ではまったく勝てる気がしない……。アリサ先生と同じような特訓をすれば僕も強くなれますかね……」
あろうことか龍は自分の体が貫かれているこの危機的状況下で敵を称賛し始めた。いや、龍にとってアリサは昔から今までずっと敵だと思っていないのかもしれない。
「だからさっきから言ってるじゃん。元が違うんだよ、元が。特訓とかはさほど問題じゃない。生まれながらにして持ったものが私と龍君では違う」
「それは……違いますよ……。僕も最初はアリサ先生とは才能が違うのかと思っていました。でも、それは違うってことはアリサ先生が直接教えてくれた。先生の口から語られる歴史は自分が頑なに主張する生まれながらにして特別な人の人生ではなかった。生まれてから特別なことをした人の人生だった。言うならば”特別な努力をした人の歴史”だった……。先生は言った。自分はツリーハウスの住人で、最高位の姓を貰ったから特別だって。でもそれは逆だったんだ。ツリーハウスの住人だから、凄い姓をもらったから、それにふさわしい存在になるために努力して自ら特別な強さを持つ人間になることが出来た。だから先生は人一倍いろんなことにチャレンジした。道場に通ったり、ダイバーバトラになったり、先生になったり、僕達には想像がつかないような凄い人生だ。それらすべての経験が今の強い特別な先生を生み出している。そこに嘘偽りなんてない。だから、あんたがいくら”アリサ先生”という仮初の人間を生み出したところで、それはあんたであることに変わりはない! ”一階堂アリサ”という人間も”アリサ先生”もあんたはあんただ!!」
鬼の目にも涙というやつなのか、龍の言葉に思い当たる節がったのか、アリサの目から微量の水滴がこぼれおちた。そして、龍はさらに畳みかけた。
「先生、泣いているのですか? 思い出しました、先生は卒業の日、最後の別れの時同じように泣いていました。あの涙は自分が創りだしたアリサ先生という人間との別れが惜しかったんじゃないんですか?」
そんなことを言っていると、龍の身に重力が発生し、後ろ向きに倒れ始める。進と剛が仲間の命を救いたいという気持ちが形に表れたようで、災厄の元凶であった強靭な尾が粉々に砕け散り、アリサの尾から発生する引力が途切れたのだ。
すぐさま凛は、龍の体から忌々しい尾の破片を取り除き、貫通部分に手を当て治療を開始する。いくら、聖剣エターナルの力を借りたとはいえ、回復の酷使でほとんど残量が無い。だが、気力を振り絞り、龍の回復に専念する。
一方、アリサは頼みの尻尾が破壊されたこともあり、今一度羽を広げ、飛行を開始し、距離を取りつつ空中に二度目の滞在を始めた。
「良かった、ありがとうみんな……」
仲間の尽力もあって人体へのダメージを最低限に抑えることが出来た龍は、ほっと肩をなでおろしながら仲間に感謝した。
「おい、俺のお陰であることも覚えておけ! 俺の生命力たっぷりの炎を鳳凰剣を伝って貴様の体に注入しておいてやったぞ! もし、俺がいなかったら貴様は今頃口も聞けていないだろう! 貴様のせいでへとへとだ、どうしてくれる!」
久方ぶりに鳳助の声が龍の脳に響いた。
俺は本当にみんなの力に支えられているんだね……。
「これが本当に最後の最後の作戦だ……」
龍はリーダーとしての自覚を持ったようで、肩を寄せ合って集まれということを意味するであろう、両手を左右に揺するジェスチャーで、命の恩人であり、最愛の仲間である進、凛、剛の三人に加え、鳳助の一体をしながら、最後の作戦を敵に悟られないことを配慮して、そよ風のような微細な声のトーンで語り始めた。
「聖金の超復」
まず、凛が男性陣の歴戦の跡が残る逞しい背中に聖剣エターナルを当て、黄金の力を送る。凛が終始「ハアア!」と息を音に出しているあたり、ただ送っている訳ではなさそうだ。おそらく、自分の、そしてエターナルが持っている全ての力を三人に注いでいるのだ。
これは龍の采配であることに異論はない。おそらく龍は、凛の少ない力の源であるライフソースを考えると、味方の回復と自分の戦闘に中途半端に配分してもあまり意味が無い、だったらどちらか一方を捨て、一方に全精力を振り当てるほうが賢明だと考えたのだろう。
凛は全ての力を分け与え、自分の中には一滴もライフソース残っていない状態になった後、二本の脚で肉体を支えることが困難になったらしく、膝をつき、両手を地面についた。
これで、完全に凛は戦闘不能となる。これにより、残り全ては三人の男性陣と一体の鳥の怪物の力に託された。凛の働きは決して無駄なものでは無い。他に類を見ないほどの長期戦、しかも相手があのアリサということを考慮すれば、さすがに全快とは言えないが何度も致命傷を受けた三人の体とは思えないほど、洗浄機に押し当てられた車のように光沢があるようにも見えた。いや、体はさほど変化が無いのかもしれない。どちらかというと心の変化が大きいのかもしれない。彼らの背中には迷いの類のものが消え、覚悟を背負っているように見える。彼らは腹をくくったのだ。
アリサという人間と正面から向き合うこと……。
そして、もしそのすべき状況になったら殺す覚悟を……!
龍は、すっかり落ち着いた配色を取り戻した水晶玉を再び熱く燃え上がらせる。その炎はあまりにも強大で活発。龍はありったけの全ての炎を今、水晶玉に捧げている。彼は、高雄との闘いでシールドを破壊した実績がある水晶玉と心中する覚悟を決めたようだ。
「鳳助、お前の力も貸してくれ!」
「知ってるわ、んなこと! 貴様に言われたからではないぞ! 俺は自分の意志でやっている!」
なかなか素直になれない鳳助であるが、鳳助は鳳凰剣を経由させ龍の体に力を送る。
自身の紅蓮の炎と鳳助の朱色の炎、二対の濃密な炎が入り混じり、超濃密の緋色の炎が生成される。水晶はツリーハウスの悠久な自然を体に写す代わりに、妖しく踊り狂う緋なる陽炎を写しだす。
「龍、今お前がやろうとしている技と、俺がやろうとしている技を組み合わせれば凄いことが起こるかもしれない」
そんな胸が躍ることを言い出したのは、使い古した太刀に、子供のように無邪気に走り回る稲妻を伝える進だった。その稲妻は誤作動を起こしたようにあまりにも早く激しい。どうやら、進も腹をくくり、全ての力を伝え尽くしているのだ。
「どういうこと?」
反射的に龍は引き返す。すると進もそれに見合ったスピーディーな反応を見せながら答えた。
「太刀はその形状から本来、”三日月の太刀”と呼ばれている。そして、お前のその水晶玉は太陽にも見える……」
目をキョトンとして耳を傾けていた龍は、口角をつるしあげニンマリと笑みを見せた。そして、進の武具のように三日月のような形をした龍の口からこんな言葉がこぼれおちた。
「”太陽”と”月”の共演か! 面白い!」
「行くぞ、龍!」
『二律背反する天体!!』
それは決して出会うことのない二つの天体の一夜限りの共演だった。三日月の太刀の白光、水晶玉の陽炎、その双方が最大限、自己を主張していた。それでいて、お互いの存在を否定せず、お互いを尊重し合い、お互いの力を最大限引き出しあっている。
まさに、完全無欠なるコンビ……!
両者の小さいながら、確固たる天体は、本来いるべきである天空へと回帰を始める。相反する二対の天体の進路に、異様な天体が堂々と立ち塞がっていた。
それは、あまりにも見慣れない天体だった。自然と平和を意味する緑色の天体。しかし、その天体は邪な付着物が多すぎた。その付着物には意志があり、名前があった。
アリサという大事な名前が……。
最後の決戦だった。忠義を尽くしてアリサという主人を、荒を一切見せることなく守り続けているツリーフェアリーの最高で最硬のシールドと、龍と進の二人の力と技の集大成である二律背反する天体という唯一無二の大技が今、激突する……!
ズガガガガガガン!!
それは、計り知れないパワーを内包している巨大な隕石が地上に衝突したかのごとく、あまりにも常識外な爆音だった。
それだけでは終わらない。次に、戦場を襲ったのは爆風だった。爆風は凶器となり人間の温和な肌に痛烈に襲いかかる。それは辺りの景色を変容させるほどのものだった。いや、実際に変容している。この戦場の舞台となっているキングツリーの表皮が、至る所で剥がれ落ちている。
最後の牙城が崩れさる……!
どんな衝撃を与えられようと、その姿を一つとして変えなかった自然と調和したツリーフェアリーの緑のシールドにほんの小さな亀裂が生じる。そこからが早かった。小さな種でもやがて大輪が咲き誇るように、小さな亀裂は、やがて大きな裂け目となり、パリインと潔い音を残しながら、この世界に別れを告げた。
それだけではなかった。歴史的な共演を見せ続けている二つの天体は、強欲にも人間を天空の世界へ導いた、珍奇な文様が刻まれた、おどろおどろしい羽を空の塵にし排した。
飛行の術を失ったアリサは、重力の奔流に逆らえるはずもなく、地面に投下された。アリサは呆然としてその場に座り込む。
アリサは心の中で葛藤を始めた。
私は負けようとしている……?
ありえない!私は生まれながらにして特別な姓を与えられた高貴な存在……!特別な姓をもらっていない奴らのような下賊な存在に私が負けるなど……!
「最後は自称ししょーの一番弟子の俺だああああ!!」
龍、鳳助、進、凛、全ての者達が力を使い果たし膝をつき肩で息をかろうじてしている中、一人の男が世紀末となれ果てた戦場を駆ける。
鉄剛、重要なる決め役に抜擢された剛は、幾多もの困難を乗り越えてきたその自らの拳で終止符を打ちにかかる。
「思い出してくれ、ししょー! あの時の日々を! 真実の拳!!」
バゴオオオン!!
剛は自らの拳で師匠であるはずの者の顔面を全ての力を振り絞り殴った。呆然と座り込むアリサにもはや回避という行動は遥か彼方に吹き飛んでいた。
激烈な刺激が突如として降りかかってきたアリサの頬は、均衡を保てなくなり、ちょうど食べ物のナンのような形状に一瞬ではあるが変形する。変化はなにも衝撃が加えられた頬だけではなかった。剛の渾身の一撃で不動を貫くことが困難になったアリサの身は、脅威なる力を誇示し続けてきた今までのアリサとは思えないほど、あまりにも容易く後方へその身が吹き飛ばされた。
これが、戦場を駆け巡った最後の衝撃だった。