第三十九伝(第百四伝)「弱き雛と強き鷹」
第三十九伝です。久しぶりの対アリサ戦です。弱き者と強き者、両者のせめぎ合いが必見です。
木柱の牢獄に幽閉されている龍と進は、脱出する術が見つからずもがき苦しんでいた。
「クソがっ!」
何度、太刀を壁に叩きつけただろうか。何度、太刀を腕と肩を酷使し振るっただろうか。進のライフソースと肉体は限界に達しようとしていた。
肉体の衰弱はストレスを生む。ストレスが脳に蔓延してしまった進は本来の気質である冷静さが遥か彼方へ吹き飛んでしまい、感情が荒っぽく表に露呈してしまった。
「……」
一方の龍は、体力の限界を迎えたのか、無駄な足掻きだと悟ったのか、進の攻撃を凝視しながら一言も発することなく、胡坐をかきその場から一歩も動こうとはしなかった。
「おい、龍! 何を休んでるんだ! さっさと体を動かせ! この牢獄は俺たちのライフソースを吸っている。このままでは、牢獄の中で息絶えるぞ!」
進は溜まったストレスを働いていない龍にぶつけた。
「俺は休んでいない。見極めているんだ。俺たちはこの木の牢獄の四方八方、いろんな部分に武具やら属性やらをぶつけてきた。でも、傷つけることができても、破るまでには至らない。それだけではない、四柱の高い生命力でその傷はみるみる癒えていく。これでは、俺たちがやっていることは無駄にも思える」
「おい! 諦めたってことか!」
「違う。最後まで聞いて。言ったよね、見極めてるって。そんな難攻不落に見えるこの牢獄にも穴があった。それは明らかに治癒が遅い箇所が存在したんだ!」
そう言って、龍は自分たちを散々苦しませている牢獄の壁を指さす。龍が指さした壁の箇所には、他よりも荒っぽく龍の鳳凰剣や進の太刀の傷跡が点々と残っていた。
「なるほどな、お前にしては頭が回っているな」
龍の解説を聞き、ようやくいつもの冷静さに戻った進は、胡坐をかきながら龍の話しに耳を傾けた。
「あそこに、打撃系統の技を同時にぶつける。”打撃系統”と言ったのは鳳凰剣で斬るよりも水晶玉で殴ったほうが、壁の傷の治りが遅かったから。”同時に”と言ったのは一発で突破しなければならないから。ただでさえこの牢獄に力を吸われているんだ。各々攻撃したところで疲労が増すばかりで、決定打に欠ける。幾分、効率が悪いと思うよ」
「打撃系統といっても、俺はいつもの感じでいいんだな?」
「うん!」
「そうと決まれば、さっさとやるぞ」
「気をつけてね。一発で決めないといけないから」
「当たり前だ」
『はあああ!』
二人は同じタイミングで気合を言魂に乗せ、思いっきり外に放り出した。
進は自身の肉体を蛍のように白光し、複雑に入り組んでいる雷を体外に放出させ、それを手に集約させる。手に集約させた高密度の電気を、これまで幾多もの戦を共にしてきた盟友であるブーメラン状の武具、太刀に移し替える。太刀は自身を広大なサーキットに様変わりさせ、電気という名のエフワンカーを思い切り走らせた。
龍は新しい相棒である水晶玉に占い師のように手をかざす。すると、今までツリーハウスの山紫水明を写し続けていた水晶はその姿を一変させ、ツリーハウスが炎上したと錯覚させるように、烈烈に燃ゆる紅蓮を写し出していた。龍の手から照射された激しくも温かい熱が、水晶玉に伝わったようだ。
「行くよ! せーのお!!」
「飛雷太刀!!」
「火晶玉・魂!!」
二人は息を揃えて、一斉に技を放った。
雷光を纏いしブーメラン、灼熱を写しし水晶玉、何も共通項を見いだせない二律背反の二つの武具が全く同じ目的を持ち、それぞれの飛行法で宿主のもとから離れる。
彼らの目的は鉄壁を誇る四柱穹窿の中にある、一つの穴。新品同然の傷一つない美しい木壁エリートの中にいる落ちこぼれ。みすぼらしい傷が点点と見え隠れする木壁の一部分だ。
ドゴオオオンという衝撃音がドーム内で反響し合い、地鳴りのような想像しがたい大音量が鳴り響いた。
今まで光が閉ざされた特異な空間から、一筋の光明が差し込んだ。光明が差し込まれた原因は、ずっと光を封鎖していた厳かな木壁が、粉々に破砕されていたからだ。
その原因を生み出した二人の若き英雄は、忌まわしき木のドームからの脱出を早々に決断し、行動に移していた。
パチイン!
龍と進、二人の若武者が久しぶりに外の空気を吸った喜びを示すハイタッチの音が、言葉よりも早く発せられた。そのハイタッチは先ほどの凛と剛の美女と野獣の画になるハイタッチではない。だが、その男くさいハイタッチには、なんとも言えない格好よさを漂わせていた。
そして、ここで久しぶりに一撃龍、雷連進、光間凛、鉄剛の四人の勇者が戦場に並び立った。威風堂々とその姿を誇示する四人の背中はおそらく世界中で一番勇ましいものであろう。
「まさか、四柱牢と四柱人を突破するとはね。弱いくせに本当にしぶといねあなた達、それだけは認めてあげる。でもね、もういい加減眠らせて上げるよ。いい、あなた達みたいな弱き雛はね、私のような強き鷹に日々怯えながら生活し、しばらくしたら鷹の標的にされ、無抵抗に食い散らかされていればいいんだよ!」
そんな言葉を吐き捨てたのは、この四人を育て上げたといっても過言ではないアリサその人だった。彼女の姿は、もはや人と形容することが困難になっていた。奇天烈な紋様が刻まれていな妖しい羽、武骨な帯状に伸びる尾、尖った長耳、どれをとっても人への離脱を助長させるものである。
「確かに、僕達は先生と比べるとまだまだ弱い雛のような存在だ。でも、僕達は着実に強くなっている。半人前のちっぽけな羽しか持たない雛から、目の前の鷹を啄めるほどの立派な羽を持つ立派な鳥へと成長しているんです。そう、先生と同じように……!」
この時、龍の言葉にアリサは首をひねった。
龍君は私が元は雛だったとでも言いたいの……?
いや、違う……!
アリサは自分の存在を反芻し、反論を開始した。
「おかしいな龍君、それじゃあ私がまるで弱かったみたいな言い方じゃん。ずっと言ってるよね。私は生まれながらにしてみんなとは違うって、私はずっと強くて、ずっと特別だって。人は生まれながらにして価値が決まってるんだよ。生まれてから何をしたとしたとしても何も変わらない。姓と同じ。私が生まれた瞬間から一階堂の名を与えられ、ずっと一階堂のまま今に至るのがその証拠」
「違う。先生も昔は弱かった」
アリサがなんと言おうと龍は頑なに意見を変えようとしない。意固地なまでのその主張が時折、鋭利な刃物のようにアリサの胸に突き刺さる。
「私が弱かった……? ありえないんだよ、そんなことは! 私がツリーハウスに生まれ、一階堂の姓をもらった時点で! そして、あなた達が強くなる? それも、ありえない。確かに成長期であるがゆえに微々たる肉体の強化があることは認めよう。でも、私には到底追いつくことはない!」
「だったらその目で確かめてください。本当に僕達があなたに追いつけないのかを!!」
二対のツリーフェアリーを同時に取り込み、急速に体力の減退が始まっているアリサは、臨戦態勢を整えるために慎重に深呼吸をして、精神と肉体の双方を落ち着かせている。
嵐の前の静けさというものが、この数々のドラマを見せた巨大樹の内部という特殊な戦場に、存分に流れる。
この嵐の前の静けさを利用して、四人は最後の作戦会議を開いた。まず、重々しい空気に異議を唱え、アリサに聞こえないくらいの声で口を開いたのは龍だった。
「俺逹の体力とアリサ先生の体力を考えれば、これが最後の闘いになると思う。俺たちがもうひと頑張りすればアリサ先生は俺達の大好きだったアリサ先生に戻るかもしれない」
「まだ”その道”に進める希望はあるのですわね」
黄金の力を得た凛がこんなことを口にした。
凛が言うその道とは文の脈絡から推測するに、アリサと腹の底から分かり合い、アリサにクーデターを止めさせ、ツリーハウス、ダイバーシティ、双方の被害をゼロにする最善の道。
「いや、確証はないよ。そもそも俺達がアリサ先生に勝てる保証はないし、勝てたとしても改心出来る保証なんてない。俺達は国に雇われたバトラ。国を守る使命がある。いくらアリサ先生であろうと、国に害を及ぼすのなら排除しなければならない。最悪、アリサ先生を俺逹の手で殺さなければならない。それは覚悟しなければならない。でも、可能性はゼロではない。ゼロでなければ、その道に進む努力をしたい」
龍の心からの演説に、他の三人は一生懸命に耳を傾ける。
「立派になりましたわね龍君。出会った時は楽な道に逃げることだけを考えていたのに、今では困難に正面から向き合っている。アリサ先生もきっと龍君の成長にびっくりしてますわ」
凛がなぜか母親みたいなことを言い始めた。入学当初から龍のことを見てきた凛が心からでた言葉なのだろう。
「そ、そう?」
龍は「いやー、それほどでも」という言葉が今にも飛び出しそうな顔で、嬉しそうに聞き返した。
「そういうところは相変わらずですわね」
「ハハハハ」
四人はこんな切羽詰まった状況にも関わらず、笑い出した。どんな状況でも笑顔を共有することが出来る。それが彼らの強さの一つだ。
「作戦はどうする、進リーダー」
龍は今まで言ったことがない呼び方で進に問いかけた。
「そんな変な呼び方をするな。一つだけ試したいことがある。あとはさっきも言った通り龍、お前に託す」
進は龍に託すと言った。
今までの進からすればありえない発言だ。自分中心で自分以外の人など敵としか見れなかった男が、自分の人生を揺らぎかねない重要な舵取りを他人に委ねたのだ。これが二年ちょいの期間で着々と積み上げた確かな信頼関係である。
「ありがとう、進。それで作戦って?」
「ああ、それは……」
進はアリサに作戦と聞かれないよう最大限の注意を払って、声のボリュームをさらに一段階下げて話し始めた。うんうんと頷く進以外の三人、どうやら伝わっているようだ。
今一度、四人の英雄が戦場に並び立ち、空中に身を委ね続けるアリサと対峙する。
いよいよ、この長きにわたる闘いに終止符が打たれようとしている……!
そして、機敏な動きで陣形を整える。
陣形は凛が後方、男性陣は前だ。
「聖域」
凛は自分を中心に光の円を描く。凛は攻撃をせずに、後方支援に徹するようだ。
「危ないと感じたら、すぐこの円の中に入るのですわ。広域技だけに回復量は少ないけど、応急処置くらいにはなりますわ」
「おっけー! 行くぞ、みんな!」
「おう!」
「ああ」
司令塔に任命された龍は、リーダーらしく船頭に立ち、部下たちを奮起させた。剛と進はそんな新リーダーのもと、返事をしながら動きだす。同時に、リーダー自身も動き始めた。
やけに静かだった戦場がついに激しくうねりをあげる。
一方の、アリサは余裕綽々とばかりにその場から一歩も動こうともしなかった。どうやら、相手の動きを見るらしい。これが、自分が特別だと信じて疑わない彼女の度量というやつなのかもしれない。
男性陣は三者三様の動きを見せる。遠距離攻撃がない剛はアリサと同じ目線に立つため、凛の黄金の力のおかげで身体能力が飛躍的に向上していることを利用して、天へと到達するようにも錯覚するほどの跳躍を見せ、空での生活を許されたアリサと同じ、いやそれよりも高く飛び上がった。そして、アリサと先ほどの対木人戦で決定打となった重力つきのかかと落としを、今度は本物のアリサに披露する。
剛とは違い多彩な遠距離技を持つ進は地上からの襲撃を決行させた。太刀という名のブーメランの姿をした二体の獰猛な犬を同時に飼いならす進は、雷という餌を与えた。すると、太刀は水を得た魚のように活発に動き始めた。そして、進は二対の太刀を同時に放つ。進のもとから放たれた二対の太刀は、それこそ犬のように本能のままにアリサという獲物を捕食するために勢い良く進撃を開始した。
リーダーを仰せつかった龍は、ご自慢の鳳凰剣の剣先に、灼熱の炎を集め、球状に凝縮させる。そして、サッカーボールほどの小さな太陽を構築させたかと思えば、完成品を味わうことなくすぐさまなぎ払い、アリサにプレゼントした。
「からす落とし!」
「二連双雷太刀!」
「太陽・爆!」
完璧な連携だった。ドンピシャなタイミングだけではない。剛はアリサの真上から、進はアリサから見て斜め左下から、龍はアリサから見て斜め右下の攻撃、攻撃方方向も完璧だ。
男性陣の三者三様の大技が、アリサの体を中心にして綺麗な円を描いている緑がかった透明なシールドに同時に襲いかかるーー!
「ーー甘い」
グネンという三人の大技が同時に炸裂した事象を考えればあまりにも力ない音がシャボン玉のように儚く浮かび上がり、人々の心に届くことなく儚く散った。
端正な緑のシールドは三人の大技は同時に喰らっても、何一つ箔を落とすことなくそのままの端正な円形を保ったまま、三人の攻撃をシャットアウトしてみせた。
「妖風・緑麗」
突如としてツリーハウスに風が舞う。いや、風が舞うなんて言葉で収まりきる事象ではない。嵐のような超強力な風圧が吹き荒れる。三人の勇者達は秋に舞う落ち葉のような存在に降格し、軽々と吹き飛ばされ木壁に粗雑に叩きつけられた。
三人はすかさず、凛が作り出している回復空間に身を寄せた。
「本当だ、進の言う通りだ」
しかし、無残にも吹き飛ばされた三人、いや凛を含む四人の表情は思いの外明るい。龍は感心した顔で、云々と頷きながらこんなことを言う余裕がある。
「さすが進様ですわ」
凛は自分の使命を思い出したように進を褒め称える。
そして、進は得意げに解説を始めた。
「やはりか。対アリサ戦において一番厄介だったといっても過言ではなかった転法を妖精化して以降一度も使っていないことに疑問を思えた。単に使わないのか、それとも使えないのか確かめる必要があった。だから俺は別方向から三人同時攻撃をした。これのベストな対処法は転法で回避し、剛に俺と龍の攻撃を当てさせること。闘いに一切無駄がないアリサなら間違いなくこの行動をしていた。だが、そうしなかった。つまり、アリサは妖精化して転法が使えない線が強くなった」
対アリサ戦に光明が見え、士気が上がる龍達の一方で、アリサは目を閉じ不気味なほど静寂を作っている。
「ーー妖尾・覇然」
アリサは目を閉じたまま、四人に聞こえるか聞こえないかの静かな声で呟いた。
四人にとってはつかの間の幸せにすぎなかった。戦慄の波動は突如として巻き起こった。
今まで不気味なほど謙虚だったアリサの臀部から生える尾が、突如その存在を主張した。意図がわからない禍々しい紋様を携えた、気味の悪い尾が蛇のようにぐねぐねと動きながら高速で伸長した。伸縮が自由自在だったらしく、2m、3mとその全長を加速度的に増やしていく。
そして凛が想像した回復空間で身を寄せ合っている四人との距離を迅速に詰める。そして、徐々にその標的が明らかになってくる。どうやら標的は龍、おそらくアリサが一番厄介だと判断したのだろう。
尾の動きは思いの外早かった。対処する間も無く、ただただ四人の背中に戦慄が走っただけだった。
アリサの尾は龍の体を貫いた。




