第三十八伝(第百三伝)「弱者のススメ」
第三十八伝です。みなさんは弱いとか弱者という単語をどう感じますか。多くの人は、マイナスなイメージを感じますよね。でも実際どうなんでしょうか。そんなことをやんわり考えつつご覧ください。
~現在~
「樹希ちゃん! ウチらは永遠の友達じゃなかったやんの!?」
心は大好きな父から授かった心剣―ブレイブオブマインド―で友達のはずである樹希の文字通り心の内を探る。
しかし、その剣は樹希の心に届くことは無かった。樹希は背からこの荘厳なツリーハウスの雰囲気に似合う、圧倒的なオーラを放たん大いなる木剣を抜いた。ゴゴゴと音を立てて降臨するその姿は、この剣が歩んで生きた歴史の長さを物語る。樹希は今まで背中に寝かせていた樹厳を満を持して、ここでお披露目したのだ。樹希はまず手始めに樹厳に対し、友の剣を止める大役を担わせた。
樹厳は澄ました顔で、その任を簡単に全うした。
「ごめんね心ちゃん。私と君ではそもそも住むステージが違ったんだよ。あの時は気付かなかったけど、ツリーハウスの皆がそれを教えてくれた。だから、私は君との交流を絶った。私のようなツリーハウスの住人は崇高されるべき高等な存在。心ちゃんのようなそれ以外の人間は外界人として蔑まれる下等な存在。例えば剣一つとっても違う。私が所有するこの木剣・樹厳。たくさんの武具を見てきた心ちゃんや心ちゃんのパパですらこの剣の存在を知らなかった。私と君達では扱う道具一つですらこうも違う。心ちゃん、パパの言うとおり私と関わらなければ良かったね」
「まさか、パパの話を聞いていたやんの?」
「ごめんね。聞く気はなかったんだけど……。でも、君のパパが言っていた言葉は正しかった。私と心ちゃん、つまりツリーハウスの住人と外界人は交流を持ってはいけない。そう、私と心ちゃんは”友達”になってはいけなかった……」
「友達になることにそんな理屈っているやんの? 互いに惹かれあったらそれは友達じゃないやんの?」
「友達、友達じゃないなんてここで言い争っても無意味だよ。だって、君はこれからキングツリーの礎になるんだから……。そして、心ちゃんに勝ち目はない。私と心ちゃんでは生まれ持ったものが違い過ぎる。例えば……」
樹希は話をいったん中断させ、体を動かした。
樹希は樹厳に友の体を斬るよう任を与えた。たった、それだけの仕事だった。いや、それだけで十分すぎたのだ。友をこの手で倒すには……。
樹厳によって斬られた心の上半身から豪快な血飛沫が舞った。そして、一旦天に舞ったその血飛沫が決して生ませてはいけなかった友情を生み出してしまった誤った過去を清算させるように降り注がれた。
心は重力に耐えきれず、その身を地面に叩きつけた。
「剣術一つとっても。剣に長い間携わってきた心ちゃんですら、私の剣には届くどころか触れもできない。これが私と心ちゃん、ツリーハウスの住人と外界人の歴然たる”差”なんだよ……」
良かった。これでアリサ姐さんの夢がまた一つ現実に近づいた……。
でも、なんでかな……?
凄く胸が痛いよ……。
樹希は闘いに勝利したにも関わらず、まるで敗者のように呆然とした表情で、剣を地面に力なく落とし、その場にへたり込んでしまった――。
☆ ☆ ☆
ずっと一緒に闘ってきたパートナーを自分のせいで失い、心にぽっかり穴が開いたように呆然とパートナーの亡骸を見ているのは凛であった。
「り……ん……」
亡骸と思われた肉体から、ラジオのノイズのように濁った声が発せられた。そう、剛の息はまだかすかにあったのだ。しかし、剛の背中には生々しく木の鎌が剛の血液でその身を染まらせながら突き刺さっていた。
「剛君! まだ息が!」
「り……ん……。助けてくれ……。いてえよ……いてえよ……」
「分かりましたわ! 絶対、剛君を死なせはしませんわ!」
息があると分かれば凛のやるべきことは一つだった。
凛は手始めに、自分が持っている雀の涙ほどの光属性を剛の背中に当て、痛覚を緩和させながら、背中に我が物顔で突き刺さっている木の鎌を慎重に、それでいて痛みを一瞬で終わらせる配慮を考えスピーディーに引き抜いた。
「がああああ!!」
とはいったものの、その痛み推して知るべし。剛の皮膚を剥がれさせるような激昂は、その卑劣な痛みを物語る。
引き抜いた直後、凛はすぐさま自分の専売特許である回復を決行した。凛は自分の中に廻り廻っている光属性を両手に集結させ、その両手を先ほどまで鎌が突き刺さっていた血の海が出来ている剛の痛々しい背中の傷口に押し当てる。
しかし、快方に向かう兆しはない。それもそのはずで、凛の光属性は幾多もの激闘の代償でガス欠寸前。
「なあ凛……? 俺、このまま死んじゃうのかな……? 死んだら俺どこに行くのかな? 天国かな? 地獄かな? 嫌だぜ、俺は。死ぬのはよ。だってよお、俺何にもしてねえよ。せっかくバトラになったのにまだ何もやってねえし、まだ母ちゃんを救ってねえしよお……」
剛の目から涙がこぼれる。強靭な体を有する剛でさえも、涙するほど恐れおののいてしまう。それが”死”なのだ。
「ダメですわ、剛君。生きている時に死ぬことを考えては。人はいつか死ぬんだから、死ぬことは死んだ時に考えればいいのですわ。せっかくこ生きているんだから、生きることだけ考えますの」
「そ、そうだな……」
凛の力強い言葉でもう一度生きる希望を見出した剛、その希望に応えるために凛の回復作業は続いていった。
しかし、いよいよ凛のライフソースである光属性の枯渇が始まった。
「くそー……。なんでですの? なんで、こんな時に力が無くなるのですの……? 人ひとり救えずに成何が回復の光属性ですの!? こんな力、こんな肝心な時にしか使えないクソみたいな力、最初から無かった方が良かったのですわ!」
「り……ん……。言葉が美しくないぞ……。お前らしくない……」
「剛……君……」
「俺はまだ希望は捨てねえぜ……なんたって、お前がいるからな……」
「絶対、絶対助けますわ! でも、私はもう力が……」
「力をお貸ししましょうか?」
「!! 誰ですの……?」
突如、凛の頭から聞き覚えの無い声が発せられた。それはこの世の声とは思えないほど穢れなき澄んだ声だった。
「私はあなたといつも行動を共にしている聖剣エターナルですよ」
「え、エターナル!?」
その声の主は予想だにしないものだった。凛は、自分の剣がしゃべったことに驚かずにはいられなかった。
「私の声が聞こえたと言うことは、あなたが私の持ち主としてほんの少しだけふさわしくなったということです。あなたは、今まさに屍になろうとしている目の前の男を救いたいのですか?」
「と、当然ですわ」
「では、この状況を招いたのは誰ですか?」
「そ、それは……」
凛は思わず回答するのはためらった。それは、卑しいほど辛らつな質問だった。
答えは明々白々だった。
「私……ですわ。私が弱いばかりに、剛君が犠牲になったのですわ」
「その通りです。あなたは弱い。弱いこと自体はさほど問題ではありません。強くなればいいのですから。問題なのはそれをひた隠しにしていたことです。あなたは、裏闘技の時、自分の弱さに気付いた。しかし、決してそれを人には言わなかった。自分を強く、気高く、美しく見せるために、他のものに気丈な態度を貫き続けてきました。自己の尊厳を守るために、美しい自分を見せ続けるために弱い自分を隠し通すあなたの姿は美しくなどなく卑しく汚らわしいものでしかなかった。でも、ようやく他の者に言えましたね。あなたは成長しました。ほんの少しだけ私の持ち主に近づきました。いいでしょう、ほんの少しだけ私の”本来”の力を授けます。最後に、厳しいことを言ってごめんなさいね。私は知っていますよ。あなたは本当に美しく清き心を持っている。だから、彼はあなたを好きになったのですよ……」
そう言い残し、聖剣エターナルの声は途絶えてしまった。
ありがとう、エターナル……。
すぐに凛の体に変化が起こった。凛の体が黄金色に輝き始めたのだ。これが、エターナルの本来の力なのだろう。
「聖金の超復」
凛は黄金色に染まった両手を剛の傷口に当てる。
すると、先ほどまで全く回復していなかったことが嘘のように、剛の背中の傷口は癒えていった。それだけではない。剛の体も凛と同じように黄金色に輝きを見せ始めた。過剰なまでの回復力だ。元の状態よりも良くなったようにも見える。
「す、すげー!」
さっきまで屍同然だった剛は、自分の四肢を存分に動かし生を実感した。
「剛君、ごめんなさいですわ……。私が弱いばっかりに剛君を命の危機に曝してしまいましたわ……」
「凛、弱いことを蔑むのは良くねえぜ! ”弱い”ってことはそれだけ”強く”なるチャンスがあるってことだ! 強くなった嬉しさを人一倍味わえるってことなんだぜ! とか言ってるけど、俺だって自分は強えって信じて疑わなかった。でも、龍や進、お前を見ているとだんだんその自信が無くなってきちまった。だから、そう思うことにしたんだ! そう思ったら人生楽しくなってきた!」
「そう……ですわね! 私も弱さを認めたうえで、強くなって見せますわ!」
「その意気だぜ! 凛!」
ここで凛は急に雰囲気を変え、頬を赤らめ、そっぽを向きながら、恥ずかしそうな声で話し始めた。
「ところで剛君、さっき言ってたことって……」
「ああ、あれか……」
剛も察したのか同じように頬を赤く染め、明後日の方向を向きながら言い始めた。
「友達として好きってことですわよね?」
「いやー、あのー、まあそうとも言うし……」
明らかに歯切れが悪い剛。いつも感情に任せて発言する剛にはなかなか見られない光景だ。頭が見えない何かで固定されているように、明後日の方向も向いたままだ。
「ま、まあ女性として好きって言うのであれば少し考える時間が欲しいですわ。それより今は目の前にいる敵を倒すことが先決ですわ!」
「そ、そうだな!」
そして、別々の方向に目を向けていた二人は、再び同じ方向を見定めた。
「よっしゃああ! さっきはよくもやってくれたな! 今度こそ破壊しつくしてやる!!」
「本当の美しさを見せてあげますわ!」
この言葉に感化されたのか、今まで不気味なほど静を貫いてきたアリサを模った木の感情なき機動兵器が満を持して動にスイッチした。
「剛君、相手の顔じゃなくて、四肢をよく観察するのですわ」
「おっけー!」
剛は凛の指示を素直に受け止め、目線を下に落とし手足を注視した。
「来る! 凛行ったぞ!」
そのお陰か、剛は先ほどまで予測不能だった自律型の木柱の動きを理解する事に成功した。
まず木人間が標的にしたのは先ほど殺し損ねた凛だった。動く木柱は斜めに跳躍し、ダイナミックなフォームで剛を瀕死寸前まで追いやったご自慢の鎌状の鋭利な腕で凛を狩りにかかる。
「分かっていますわ! 聖壁!」
凛は聖剣を構えながら何者も寄せ付けない神的なオーラを漂わせる光の防壁を出現させ、木人間の鎌の腕からの脅威を守ることに成功した。エターナルの本来の力の一部を譲り受けたからか、通常よりもその防壁が色濃く反映しているようにも見える。
「今ですわ! 剛君!」
防壁に思い切り腕を激突させた反動で、凛と対峙するアリサを模った木柱の体全体に振動が伝わる。それにより、活発な動きを終始見せつけている木人間の動きが僅かながら制止した。
これを有能な戦略家である凛が見逃すはずもなく、すぐさま剛に指示を出した。
「よっしゃー! 破壊しつくしてやるぜ! 剛連拳!!」
さすがは交流戦でコンビを組んだことのある二人だ。剛は凛の指示を聞いた瞬間に動き出していた。いや、凛がガードした時点でもう動き出していたのかもしれない。
剛は自慢の拳を、ドカドカドカという俊敏な効果音を発生させるほど高速で何発も喰らわせた。だが、喰らわせた先は、またしても木人間の背中から奇怪に生え出した木柱の腕から、華のように開くこれまた木柱で造られた大きな掌の中だった。
「聖伐」
しかし、何度も同じ手に引っかかるほど凛の脳は腐ってなどいない。凛は聖剣エターナルを振り払い、攻撃を何度も止め続ける憎き腕型の木柱を、文字通り伐採した。
腕を造り続けた名匠といっても過言ではない木柱は、バサッという潔い音を放たせながら、宿主と切り離されその役目を終えた。
凛を狙うのが分が悪いと判断したのか、木柱人間はここで標的を切り替えた。今度は剛に向かってその恐ろしき鋭利な腕を傲慢に振り下ろした。
「もう二度とそいつは喰らわねえ!」
剛の目は冴えていた。愛する人の忠告のお陰か、愛する人が傍で見ているかか、とにかく剛の目は冴えわたり、動きにキレがあった。
剛は捨て台詞を吐く余裕を見せながら、上空へ向かってダイナミックに跳躍した。
「凛、弱いっていいよな! こうして強くなっていることが実感出来るんだから! カラス落とし!!」
そして、重力という新しい武器を携え、剛は空中からかかと落としをお見舞いした。
剛の渾身のかかと落としは、綺麗なまでにアリサの、正式に言えばアリサの真似た木柱人間の後頭部にクリーンヒットした。
「やっぱりお前は偽物だ! ししょーなら簡単に避けてたぜ!」
そう言いながら剛は綺麗に地面に着地を決めていた。
木柱人間は頭をクラクラさせ、分かりやすいほどのひるみを見せていた。格闘ゲームだったら頭上に雛が回っているだろう。
「弱いっていいですわね剛君! 強くなりたいって意志がふつふつと湧いてきますわ! 最後に私が美しく決めますわ! 聖伐!」
とどめは凛の一撃だった。
凛は先ほど腕を斬り落とした時と同じ技をしつこく繰り出した。凛はしっかりと標的を見据えながら、力を与えてくれた剛の命の恩人でもある聖剣エターナルに心の中で感謝しながら振り払った。
凛の剣筋は自分の生き方を彷彿とさせる美しい軌道を描き、木柱人間の首を切り落とした。自律型の木柱は何が起こっているか分からないといった様相で、大半が木で構成されている比較的柔らかな地面にその身を生首限定で預けた。凛の斬り方は速くて華麗。おそらく、敵は痛みを感じることなく冥土へ旅行出来るだろう。敵をも配慮する凛の斬撃はそれはそれは美しいものだった。
パチン!
この音は凛の透き通るような綺麗な手と剛の野性的で強靭な大きな手、計二対の手で作られた音だった。二人は言葉では無く、お互いの手と手を思い切り合わせることで、ひと先ずではあるが闘いに勝利した喜びを分かち合った。
本当は交流戦でやりたかった行為だった。二人はハイタッチを夢見て交流戦を闘った。しかし、それは叶わぬものとなった
だが、相手が違えど二年の時を経てその夢は叶った――。