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DORAGON BATORA ―ドラゴンバトラ― 2  作者: 紫風 剣新
ツリーハウス編
37/42

第三十七伝(第百ニ伝)「友情秘話」

 第三十七伝です。一回限りではありますが、また過去編です。ほっこりする友情秘話をお楽しみください。

「うううう」

 ウチは泣いていた。

 あれはウチ、真野心が九歳の時だった。あの日は冷ややかな雨が深々と降り注いでいた。

 ウチは家の近くに屹立するキングツリーと呼ばれる巨大樹の下で身を縮こまらせながら、蹲っていた。その雨は、キングツリーをよりその荘重さを際立たせてる半面、ダンゴ虫のように身を丸めている私のその惨めさを助長していた。

 ウチの顔は水浸しだった。天から注がれる水の影響だけでは無い、私の目から滴り落ちる水も影響していた。

「どうしたの? そんなところで泣いてると、濡れちゃうよ」

 誰……?

 ウチに話しかけてくる人は……?

 それは、聞き覚えのない声だった。でも、その声には何度も聞いたことがある声と錯覚させるほど安心感のある優しい声だった。

 ウチは雨だか涙だが目の周りに溜まっているよく分からない液体を、こちらも雨で濡れている手でグシャグシャに拭いた。結局、目のあたりにはさらにどちらかよく分からないくなってまった液体が溜まってしまった。

 ウチは声の主を確認するために顔を上げた。

 綺麗な女の人だった。すらっとした長身に、パッチリとした目。特徴的な緑色の髪が、雨の影響なのか凄く壮麗に見えた。見た感じウチと年は変わらない。しかし、ウチよりもずっとずっと大人びていた。

「だ……れ……?」

 ウチは心の声を口に乗せてみた。

「私は二階堂樹希って言うんだよー。君の名前は?」

 樹希と名乗るその女の子はそう答えると、にっこりと笑った。その笑顔は、私の心の中に降り続ける雨を止ませるような、朗らかで温もりのある笑顔だった。

「こ……こ……ろ……。真野……心……」

「こころちゃんかー。良い名前だね!」

 嬉しかった。

 ”心”は大好きなウチのパパが考えてくれた大好きな名前。でも、他人にほめられたことなんてなかった。だから、名前を褒めてくれたことが凄く嬉しかった。

 ウチの体から降り注がれる雨は、言葉という名のてるてる坊主のお陰ですっかり止んだ。

「心ちゃん、さっきはなんで泣いてたの?」

「実は……」

 ウチは会ったばかりの樹希ちゃんに全てを打ち明けた。 

 ウチのパパは有名な武具職人であること。ウチのパパが家で武具工房を経営していること。パパの作った大事な武具を狙う悪い奴がいること。そして今日、悪い奴がパパの工房、つまりウチの家を襲ったこと。怖くてウチが工房から逃げてしまったこと。

「その悪い奴らってどこにいるの?」

「パパがまだ闘っていると思うやんでー。でも、パパは武具職人であってバトラじゃないから……」

「ちょっと待っててね」

 樹希ちゃんはウチの話を神妙な顔で聞き、ウチの話を聞き終わると、何かを思い出したかのようにキングツリーに向かって走り去ってしまった。

 もしかして樹希ちゃんって……。

 ウチは昔、パパが話していた言葉を不意に思い出した。

『いいかい心。家の近くに大きな大きな樹があるだろう。あそこには人が住んでいるんだ。彼らをツリーハウスの住人と呼ぶんだ。彼らはとんでもない力を持っていて、僕達を外界人と呼び蔑んでいる。あまり、関わらない方がいい』

 もし、樹希ちゃんがツリーハウスの住人だとしても、彼女はそんな人じゃない!


「お待たせ!」

 数分が経過した頃であろう。樹希ちゃんが再び私の目の前に現れた。

 樹希ちゃんに一つ大きな変化があった。背中に圧倒的な存在感を放っている大きな剣を携えている。

 ウチはパパの職業柄、幾多もの剣をこの目で拝んできた。でも、ここまで異彩を放つ剣を見た事が無かった。

「その剣は……?」

「これはね、昔から私のいる一族が引き継いでいる門外不出の木剣、樹厳だよ。大丈夫だよ心ちゃん。私はある人から剣術を習っているから」

 樹希ちゃんは先ほどのような優しい目から、凛々しく引き締まった目に変化させながら言った。ウチは樹希ちゃんがなんとかしてくれるという安心感を覚えずにはいられなかった。

 

 ウチは樹希ちゃんを引き連れ、自分の家でもあるパパの武具工房に帰った。

 家に帰ると、目を覆いたくなるような惨状だった。パパが作った武具と依頼を受けた修理品の武具が区別なく入り乱れていた。

 そして、奥からはドカンバキンという凄惨な音が聞こえてくる。どうやら、パパはまだ武具を狙う輩と交戦中のようだ。

「行くよ、心ちゃん」

 樹希ちゃんがウチの服の袖をグイッと引っ張り、戦場となっているであろう奥の部屋に突入する事を促す。

 しかし、ウチの足は頑なに樹希ちゃんの意志を阻んでいる。

 怖い……。

 襲われた時の恐怖が私の脳裏にこびりつく。

「こ、怖いやんで……」

「心ちゃん。そうやって逃げてばかりでいいの? こうしている間にも心ちゃんのお父さんは懸命に闘っているんだよ。一歩踏み出そうよ」

 心強い言葉だった。

 岩石のように頑なに動こうとしなかったウチの足は、羽を手に入れたように急に軽やかになった。

 ウチは樹希ちゃんに付き従い、今まさにこの事件の渦中にあるパパの作業部屋である奥の部屋へと足を踏み入れた。

 

 諸悪の根源であるウチと樹希ちゃんよりも一回り大きい、推定十五歳位の男二人組が物騒な武具を構えて、汚らしい土足でパパの大事な作業部屋を荒らしていた。

 そんな彼らと懸命に闘っていたのがウチのパパだった。パパは血みどろに染まっている剣を握りしめ、無我夢中で降っていた。しかし、剣の軌道がバラバラでまるで決定打を与えられていない。

 仕方が無いことだ。先ほど言った通りパパは剣を作る者であって、剣を扱うものではないからだ。

「おい、おっさん早く俺達にその剣をよこせよ。その剣はおっさんの父親であり、三大武具職人の一人、真野武衛門が遺した逸品。人の血さえも斬る”斬血剣”なんだろう?」

「なんでもその価値は家を買えるほどだとか。イヒヒ」

 二人組の男はパパに汚らしい言葉を浴びせ続けた。しかし、パパはそんな言葉にくじけることなく、こう返して見せた。

「この剣は父上が遺してくれた大切な剣です。あなた達のような下劣な輩に渡すことはありません」

「そうかよ。でもな、おまえがその剣を持ってなにになる? 剣ってのは作るだけじゃ意味ねえんだよ。剣ってのは扱える奴がいないと存在する意味がねえんだよ」

 まだ輩は厭らしい言葉を重ねて吐き続けていた。

 しかし、輩の言い分は一理ある。パパが常々、悩んでいることだった。

 ”剣は人に使われ初めて存在が認められる”。

 これはパパがいつも言っている言葉。いくら、パパが素晴らしい剣を作ったとしても、誰かが使わない限りゴミ同然であるらしい。

「あなたの仰る通りです。しかし、あなたには相応しくない」

 パパは剣を力強く握りしめながら、力強い目で、力強い言葉をぶつけた。

「そうか、じゃあ……」

 ペットは飼い主に似るとは良く言ったものだ。輩は至る所で刃こぼれが発生している持ち主のように汚らしい短剣でパパの体を斬りかかる。 

「パパ!」 

 ウチは咄嗟に叫んだ。

「心、何で帰ってきたんだ!? 逃げろっていたはずだよ!」

「パパ、ごめんやんで……。でも、もう大丈夫かも……やんで」

「それは、どういう……」

 カキンという音が小さな作業部屋にまんべんなく届いた。

 ウチは家が家だけに瞬時にこの音の正体を見破ることが出来た。これは、剣と剣が交わる音だ。

 気付くと樹希ちゃんの木剣、樹厳と輩の低俗な剣が交わっていた。樹希ちゃんがパパを襲わんとする輩の魔の手を防いでくれたのだ。

「なんだ、お前は!?」

「き、君は……?」

 輩とパパがこぞって樹希ちゃんに視線を奪われていた。

「今日から心ちゃんの”友達”になった二階堂樹希と言います! 以後、お見知りおきを!」

 樹希ちゃんはピースサインをしながら、純真無垢な可愛らしい笑顔で二人組の輩に紹介した。

 友達……。

 生まれてからずっとパパと過ごしてきた私には聞きなれない単語だった。

「少し可愛いからって調子に乗るなよ、お穣ちゃん!」

「ねえ、お兄さん達。私、暴力振るう人、嫌いかな……」

 樹希ちゃんは急に体をくねらせて、小動物のようなくりくりとした可愛らしい目で二人組を凝視した。

「なっ……!」

 二人組の輩は、樹希ちゃんのお色気作戦にハマったようで、その身、一瞬であるが怯ませてしまった。

 樹希ちゃんはその一瞬の隙を逃さなかった。

 スパンという斬撃音がウチの耳に届いた。するとすぐにビシャッという音と共に輩の手首から、すっかり荒れ果てた作業場の地面に血が滴り落ちた。

 樹希ちゃんが輩が伸ばした汚らわしい手を樹厳で斬撃したのだ。それも、目に見えないほどの早業で……。

 それだけでは無かった。なんと同時にもう一人の輩の方の手首も斬っていたのだ。

「うわああああ!」

 二人の輩は、突然襲った痛みに恐怖し、頭で考える間もなく本能で一目散に逃げ去ってしまった。

 ウチは初めて剣が剣として存在している所を目撃した。

「男ってチョロいね」


「ありがとうやんでー、樹希ちゃん」

 ウチはすっかり家に散乱してしまった武具を整理しながら、樹希ちゃんに感謝の意を述べた。

「どうってことないよ心ちゃん」

 樹希ちゃんはウチの武具の整理を手伝いながら言った。

「娘を救ってくれたことには感謝するよ。でも、君の剣術はその年を考慮すれば常軌を逸している。それに、そんな剣は武具職人の僕ですら見た事が無い。君は何者なんだい?」

 パパは輩によって汚されてしまった武具を丹念に拭きながら、口を開いた。

 そう、気になるのは彼女の正体だった。すい星のごとく私の前に現れ、すい星のごとく私達を救ってくれた彼女は何者?

「今日から心ちゃんの友達をさせて頂きました二階堂樹希です」

 そう言い残すと樹希ちゃんは私の元から立ち去ってしまった。

 パパが樹希ちゃんが立ち去ったのを確認すると、ウチの肩にポンと手を置いて次のように口を開いた。

「心、あの女の子と関わらないほうがいい。あの子はおそらくツリーハウスの住人だよ。だとすれば、あの子のとんでもない力とあの子が持っていた見知らぬ剣にも説明がつく。確かにあの子が僕達を救ってくれたのは間違いない。でも、何を考えているか分からない。それにあの力だ、もしものことがあれば僕達に勝ち目はない。関わらない方が賢明だよ」

「やっぱり樹希ちゃんはツリーハウスの住人だったやんか」

「やっぱりってどういうことだい心?」

「実は……」

 ウチは樹希ちゃんと出会った場所がキングツリーの近くだったこと、樹希ちゃんがキングツリーの根元に走り去ったことを打ち明けた。

「だったらなおさらだ。関わらないでくれ」

 ウチはパパが言っていることのおかしさに気付いた。大好きなパパにウチは生まれて初めて反論した。「パパの言っていることはおかしいやんで! 樹希ちゃんがいなかったらウチらはどうなってたやんの? 樹希ちゃんはウチらの命の恩人やんで! やのにパパはこの目で実際見た真実よりも、危険な可能性があるという憶測の方を優先させるやんか!? パパも見たやんで、樹希ちゃんの姿を! ウチは樹希ちゃんがそんな危険な人だとは思えない!」

 ウチは初めてパパに怒りの感情を覚えた。大好きなパパに対しそんな感情が芽生えるなんて容易なことではない。

 でも、樹希ちゃんが侮辱されたからその感情が生まれた。友達と言ってくれた樹希ちゃんに対する侮辱だったからこそ怒れたのだ……。

「すまなかった心。でも、僕は心が心配なんだ。心が傷つくのが嫌なんだ……」

 パパはウチの小さな体をギュッと抱きしめた。

 パパの言いたいことは良くわかる。自分の子が危険な目に遭うことを歓迎する親なんているはずはない。それに、ウチは素直に嬉しかった。パパがうちをこんなに愛していることに。

 でも……。でも……。樹希ちゃんはウチの”初めての友達”……。それだけは大好きなパパがなんと言おうと決して変わることの無い真実……。

 

 ☆ ☆ ☆


 ウチは樹希ちゃんにもう一度会うために、樹希ちゃんと初めて出会った場所を訪れた。しかし、樹希ちゃんは来なかった。

 ウチは諦めずにパパが武具の材料を買いにいっている間を見計らい、何度も何度もその場所を訪れた。雨の日でも風の日でも、ウチは訪れ続けた。樹希ちゃんが来ることを信じて……。

 そんなある日のことだった。あの日はすこぶる晴れていた。

 ウチはいつものようにキングツリーの下を訪れ、待っていた。

 すると、遠くの方から何者かがやってきた。その正体はすぐに分かった。遠くでもわかる陽の光を浴びてより一層、美しさを増す緑の長い髪を生やす女の子。ウチが知る限りそんな人は一人しか該当しなかった。

「樹希ちゃん……!」

「心ちゃん……?」

 言葉はいらなかった。

 ウチと樹希ちゃんはお互いを抱きしめあった。

「樹希ちゃん、ウチらは友達だよね?」

「うん……。友達だよ……」

 気付いたらまたウチの目から雨が降り始めた。

 でも、これは悲しみの雨ではない。

 歓喜の雨だ……!

 

 ウチらはこれを機に友達同士らしく何度も遊んだ。

 でも、頻繁に遊べるわけでは無かった。ウチはパパのお手伝いをしなければならず、パパには樹希ちゃんと遊んでいることを秘密にしているため、パパが外出している時でしか遊べなかった。樹希ちゃんも若くしてツリーハウスの偉い人に仕えているらしく、あまり遊べる時間は多くない。

 だからこそ、ウチらは遊べる時には後悔しないように思いっきり遊んだ。時には、無理も承知でツリーハウスで遊んだりもした。今まで友達がいなかったウチにとって幸せな時間だった。 

 しかし、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。

「ごめんね心ちゃん。私がお仕えするアリサ様というお方が正式にツリーハウスの頂点に立つ存在になられたから、私もそれの補佐として今までよりもたくさん働かなくてはいけなくなっちゃったから、もうしばらくは遊べない……」

「そう、やんか……。残念やんね。ウチも将来店を継ぐために、パパに本格的に武具製作と武具修理を学ばなくちゃいけないから」

「じゃあ今日で一旦お別れだね……」

「う……ううう……」

 情けないとは分かっていたが、またウチの目から雨がしとしとと降り始めた。

 せっかく、出来た初めての友達なのに。別れるなんて辛すぎる……。

「また泣いてる。泣かないで心ちゃん。例えしばらく会えなくなったとしても私達は”永遠の友達”だよ!」

 ああ、なんとありがたい言葉なのだろうか……。ウチの雨はまたしても樹希ちゃんのまるで聖母のように温かく包む込むような言葉で、止ませることが出来た……。

 そして、ウチは最初に出会った時に樹希ちゃんが見せてくれた時と同じような晴れやかな笑顔を作ることが出来た。

「うん。今度会ったらまた遊ぼうやんでー!」

 だってウチらは……。

 永遠の友達だから……。

 

 

 

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