第三十六伝(第百一伝)「正直な想い」
第三十六伝です。みなさんは正直な想いを人に伝えたことがありますか。私は残念ながらありません。一度でいいから伝えたいものです。それではスタートです。
凛と剛は木製のアリサと対峙していた。
目の前の得体の知れないものと闘うことを確信した凛と剛は、アリサによって痛めつけられたボロボロの肉体を強引に起こした。
無生物を敵にしたことのない二人は、目の前の敵の独特な空気感に呑まれていた。
「おそらく私達は目の前のアリサ先生の形をした木の人間と闘わないといけないようですわね。剛君、まだ回復出来る余力はありますけど、全快にはできませんわ。闘う時は十分注意するのですわね」
そう言って凛は神々しく輝く聖剣エターナルの剣先を剛の背中に優しく当てる。傷だらけでみすぼらしくなってしまった剛の本来持つ美しき肉体がまるで水を得た魚のようにみるみるうちに戻っていく。しかし、凛の言った通り全て元通りになった訳ではない。まだ、剛の肉体には傷の残骸が点々と残っている。
「ありがとな! 凛!」
しかし、剛の目は完全に生き返っていた。凛の優しさに触れたからであろう。
「さて、美しく闘いますわよ!」
「ああ! 破壊しつくしてやる!」
どんなでも、この雄雄しい一頭の獣と凛々しい一輪の華は、飢えることはないし、枯れることはない。この不屈の精神こそが、彼らが交流戦で圧倒的な力差があると思われた二年チームとも互角に渡り合ったゆえんだ。
戦場が静寂から激動へと変わったのは突然のことだった。
何の前触れもなく、アリサの体を模った木柱が飛翔し、アリサの順回を完全再現させた回転蹴りで二人同時に飲み込んだ。
先ほど、凛に回復してもらった剛は、普段の動きを取り戻し、バトラらしい反応で腕を盾にして被害を最小限で受け止めるも、剛の回復に専念し、自分の回復を怠っていた凛は本来の動きを取り戻すことなく、木柱人間の餌食になってしまった。
「キャアッ!」
凛はその衝撃で、何度もその身を地面に叩きつけながらゴロゴロと後ろに転がってしまった。
「凛ッ!!」
剛は石ころのように無残に転がってしまった凛の元へ一目散に駆け寄った。それは、仲間であると同時に、想い人であるのならば至極真っ当な行動だった。
凛の体が全く回復されていない……。凛は自分の体の回復よりも俺の回復を優先させたのか……。
なんて仲間想いの奴なんだ……。俺はやっぱりお前のことが……。
剛は自分の想いを言いかけたがやめた。心ではなく口でしっかり伝えたいと思ったからだ。
「剛君! 後ろ!」
凛の大声という名のサイレンが響き渡った。そのサイレンは、木柱人間の背後からの襲撃を示す警告だった。
敵に背を向けるという戦闘時の禁忌を犯した報復を受けるように、これまたアリサ直伝の流丹を彷彿とさせるアッパーカットで剛は抵抗なく宙へと旅立った。つかの間の空中旅行を終えた剛は、ほどなくして地面という名の終着点に叩きつけられた。
「剛君、大丈夫ですの?」
立場が反転するように、今度は凛が剛のもとへと駆けより、心配した面持ちで声をかけた。
「ああ……。大丈夫だ……」
剛は想い人に心配させまいと、若干事実を歪曲させて返答した。
「しかし、厄介ですわね……」
凛は今一度、特殊な対戦相手をまじまじと見ながら口を開いた。
「なにがだ?」
「普段の対戦相手は心を持つ人間。相手の表情を見れば、相手の感情の起伏や、相手の次の動作をなんとなく感じることが出来る。でも、あれは人間でも生物ですらない。ただの戦闘兵器。動きが全く読めませんわ」
「どうすりゃいい?」
「戦校で習いましたわ。対無生物戦の唯一無二の対応策。それは……」
ダダダッという快音が戦場を振動させる。人の心を持たない木柱人間は、人の話し中でもなんのその。凛の会話を遮り、木柱人間が進軍を開始した。
アリサの蹴りのキレを体現させた下段蹴りが凛の綺麗な太ももを襲撃する。
「相手の顔では無く体を観察するのですわ!」
必要以上に相手の四肢を凝視させた凛は完璧なタイミングで、相棒である聖剣エターナルをアリサの華奢ながら力が集約された脚を模った木柱に接触させる。麗しき太ももがこれ以上傷つくことを防ぎきった。
「触れましたわね。聖縛!」
木柱人間の脚と睨みあっているエターナルの剣先から、剣と同じく光り輝く鎖が召喚され、あっという間に木柱人間の体を縛りあげ拘束する。凛の接触したことを利用した頭脳プレーだ。
感情の無い木柱人間が必死に振りほどこうとするが、復活した聖剣エターナルありきの聖縛の卓越した拘束力の前では無意味のようだ。
剛は凛が自分の持ち合わせていないそつなく華麗に闘う凛の戦闘に見入ってしまったかのように、何の行動も起こすことなくただ傍観していた。
「剛君! ボケっとしてないでこの隙に打ち込んでくださいます?」
そんな剛の目を覚まさせるように凛は強い口調で指示を出した。
「お、おう! おいお前! ししょーにそっくりだが、お前は偽物だ! 容赦はしねえぞ! 破壊してやる! 真・剛拳!!」
チェーンを拳に纏わせた剛自家製のパンチが木柱人間の体に炸裂する!――と思いきや、木柱人間は人間でいうところの背骨辺りから新たな木柱を生み出し、手のひらサイズに変形させ剛、渾身の一撃をあっさりと受け止めてしまった。
この予想だにしない動きこそが対無生物戦の難しさであろう。
「くそが!」
「限界ですわ……」
自分の回復をしていない凛は技の発動時間が極端に制限されているようで、早々に光の鎖が消滅してしまった。
この隙を逃すまいと、木柱人間は体を逆さにし、頭を軸にして体を独楽のように回し始めた。高速回転して、大きな遠心力が生まれている脚に巻き込まれた凛と剛は、後方へ弾き飛ばされてしまった。
幸か不幸か凛と剛は別方向へ飛んでしまった。
さすがは感情を持たない殺戮兵器である木柱人間。情けをすることなく、腕を模った木柱を鎌のように先端を尖らせて、弱っていると判断した凛に冷淡な足取りで近づいていった。
「イタッ」
剣を握り迎え撃とうとする凛だったが、ここにきて対アリサ戦のダメージに加え、先ほど剛を回復させたことでライフソースが雀の涙ほどしかなくなった凛についに限界を迎えてしまったようだ。
これまで苦楽を共にしてきた大事な大事な剣を力なく地面に落としてしまった。
そして、心なき木柱人間は無慈悲にも鎌の如く鋭き自分の腕を凛の華奢な体へ振り下ろす。
どうやら、ここまでのようですわね……。
辛いこともたくさんあったけど、みんなと共に闘えたことを誇りに思いますわ……。龍君、最初はは根暗で変な人としか思ってなかったけど、今では立派なバトラですわ。後、マザコンとか言ってごめんなさいですわ……。進様、私の中ではいつまでも進様は強くてかっこいい王子様ですわ。後、ビンタしてごめんなさいですわ……。アリサ先生、先生の過去には驚いたけど、例えどんなことがあっても憧れの女流バトラですわ……。剛君、交流戦は残念だったけど、私達はベストパートナーですわ……。
ああ、もう少しみんなといたかった……。
凛は全てを悟ったようにゆっくりと目を閉じた。
グサアアア!!
皮膚を貫く痛々しい音が、ツリーハウスに轟く。
「あれ、生きてますわ……」
死を確信した凛にとって驚くべき事態だった。まだ、凛の意識は現世にしっかりと根を張っていた。
凛はそれと他に、不可解な感覚を覚えてた。凛の肌は刺さっているはずの冷酷な木柱とは明らかに違う、温和な人の肌の温もりを感じていた。
凛は自分の体に次々、襲いかかる原因不明の事態の正体を知るために、ニ度と開封されことないと思われた目を恐る恐る開いた。
「ご、剛君! そんな……」
その正体はすぐに分かってしまった。凛の体を剛という名の大きくて大きくて温かい鎖が巻き付けられていた。その鎖は人を縛るためでは無く、人を守るためのものであった。
そして、剛のどんな脅威からも守ってくれそうな頼もしい雄大な背中には、本来凛が受けるはずだった木柱の鎌を赤く染めながら、痛ましく突き刺さっていた。そして、剛の背中に広がる血液という名の海が面積を拡大させるるかのように徐々に広がっていく。
「だ、大丈夫か凛……? 怪我はないか……?」
凛の盾になるように凛の体に抱きつき、凛の死の危機から間一髪で救った剛は、背中から強烈に伝わる痛みをなんとかこらえ凛に振り絞るように語りかけた。そして、剛は少しでも顔を動かせば、凛の唇が届きそうなくらいの至近距離で見つめあった。
「ど、どうして私なんかを……」
凛は目の前にある剛の目をじっと見つめながら言った。
「お前は自分よりも俺を優先して回復してくれた。そのお礼がしたかっただけだ」
「そ、それだけで自分の命を犠牲にして人の命を守るなんてありえませんわ」
「そうだな。それだけじゃねえ……。お前のことが……」
剛は言いかけたことをビデオテープのように一旦停止させ、回想した。
剛は昨晩、心が話していた言葉を思い出す。
『自分の率直な気持ちを凛ちゃんに伝えればいいやんでー』
そして、剛は今一度自分の言葉を再生させた。
「”好きだから”!」
剛は自分の想いを伝え終わると、自分の役目を終えるように、大好きな凛を抱きしめ続けながら安らかな表情で目を瞑った。
「ああああああああ!!」
凛の悲痛な魂の叫びが戦場の空を覆い尽くした。
☆ ☆ ☆
このらしくない凛の叫びは、戦場各地に届いた。
「はあ……はあ……やっと一人目……。レイサ様、もう少しです。もう少しであなたが求めていた理想のツリーハウスが完成します……」
未だ羽を得て空中へとその身を置くアリサは、間接的にではあるがかつての教え子を殺めたはずなのに、無慈悲に勘定をしていた。
木柱の牢獄に監禁されている龍と剛の耳にもわずかながら、その声は届いていた。
「おい進、なんか叫び声が聞こえなかったか?」
進にそんなことを話しかけた龍は、木製牢獄の壁を鳳凰剣で斬ったり、突いたりしながら脱出を試みていた。
「今は外を気にするな。脱出する事だけを考えろ」
そう指示した進もまた太刀で振ったり、投げてみたりして脱出方法を試行錯誤していた。
☆ ☆ ☆
心はまたしても埋めようのない地力の差で樹希の前にひれ伏せられていた。
「ま、まだやんね……」
「心ちゃん、あなたもしつこいね。そう言えば、今さっき心ちゃんが連れてきた仲間? の一人がやられちゃったね。凛って子の声が今さっき聞こえたから」
「剛君……。私はちゃんと聞こえたやんで。しっかり凛ちゃんに想いを伝えることが出来たやんね。剛君の犠牲は無駄にはしないやんで―!」
剛の告白に感化され、心はまた不屈の精神で立ち上がる。それに応えるようにどんな時でも心が肌身離さず持ち続けていた心剣―ブレイブオブマインド―にある変化が見えた。
ブレイブオブマインドの刀身がほんの少しではあるが桃色を帯びた。
「こ、これはパパが言っていたブレイブオブマインドの完成形である桃色に染まった刀身……? なんで……? もしかして剛君の告白が関係あるやんの? と、とにかくこれなら行けそうやんでー!」
心の眼は薄い桃色に染まったブレイブオブマインドの刀身のように自信に満ち満ちとしていた。
「やめてよ、その眼。私より弱いのに、私より力が無いのに、私より凡小なのに、自信に満ちたその眼、やめてよ! 凡人は凡人らしく大人しく養分になってよ! 超促進!」
樹希はおもむろに例のごとくポーチの口を開き、手を伸ばした。そして、何粒かの種を取り出し上空へ放った。
樹希の手から解き放たれた数粒の種は数本の大木へと昇華し、霰の如く心の頭上に一斉に降り注いだ。
「心輝流!」
心は生き返ったように、ブレイブオブマインドを巧みに操り、縦に一振り、横に二振りの三段斬り構成で、降り注ぐ大木達を八つ裂きに斬り落とした。
「どこで、そんな力が……」
予想だにしない心の覚醒により、樹希はただ同然と立ちつくすのみ。
「きっと、剛君の想いがブレイブオブマインドに届いたやんで」
「ありえない! ありえない! あなたにそんな力が秘められているなんて!」
「人はみかけによらないということやんで樹希ちゃん。もう、こんな争いはやめるやんで」
「ダメだよ、心ちゃん。私は未来のツリーハウスを姐さんと共に導く存在。そして、あなたはその礎となる存在なんだから」
「樹希ちゃん、私達は”友達”同士やんな?」
「いや、残念だけど私はあなたを一度も友達だと思ったことはないよ」
違う……。私と樹希ちゃんは確かに友達だった……。
☆ ☆ ☆
今から八年前。
私と樹希ちゃんは巨樹の下で出会った。