第三十四伝(第九十九伝)「アリサ視点【2】」
第三十四伝です。ついにアリサ過去編ラストです。次回からはいよいよ現代です!最後の過去編お楽しみください!
今日は翌日からうちのクラスに入ることになる、転校生と初めて顔合わせすることとなる。
私が応接室で待っていると、転校生の父親らしき背が高く紳士的なおじさまという表現が似合う男性がまず私を見るなり一礼をして応接室に入室してきた。
「今日はよろしくおねがいします」
私も言葉を添えた一礼でそれに応えた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
おじさまは私の挨拶に、見た目に似合った紳士的な態度で応え、さらに一礼を付け加えた。そして、本日提出予定だった転校生の写真付きプロフィールを手渡した。
そして、父親の後をつけるようにして、転校生らしき男子が入室してきた。
「ほら進君、あいさつ」
男子は父親に挨拶を強いられるも、それを無視して、こちらを鋭き冷徹な目でじっと睨みつけていた。私は彼のその鋭き目の奥に大いなる闇を感じた。そして、只者ではないと直感した。
私は逐一受ける鋭い目線をにこやかな笑顔でかわしながら、転校生の彼に話しかけた。
「えーと、明日からこの戦校に転校する雷連進君だね?」
「……」
しかし、彼は鋭利な目線を私浴びせ続けるだけで、口での反応が全くない。
「はい、その通りです」
代わりに父親らしきおじさまが私の問いに答えた。
そして、私は先ほど頂いた進君の写真付きプロフィールを眺め、気になったことを問いかけた。
「あの、経歴の欄に何も記載が無いみたいなのですが?」
「俺に過去は無い。あるのは決して輝くことの無い闇……」
ここで初めて進君が口を開いた。私は言っている意味自体は分からなかったが、その言葉には彼の信念のような深いものを感じた。
「彼の言っていることはあながち間違いでは無く……。実は私は彼の父親ではないのです。五年前のある日の出来事です。あれは、殴りつけるような強い雨の日でした。私は人通りの少ない道を歩いていました。そこで、ベチャベチャに濡れているアスファルトに横たわっている一人の少年を見つけました。その少年が彼だったというわけです。私は彼に自分が何者かを尋ねました。しかし、彼は自分が何者かを答えることが出来ませんでした。自分の名前さえも。親の元へ返そうにもどうしようもなく、警察に問い合わせても子供の捜索願は出されておらず、私が独身だったこともあり、子供を欲していたので彼を育てることに決めました。彼に引き取り手が現れることはなく五年が経ちました。私は彼の将来について考えました。私は気付きました。彼の強さに。私は決断しました。彼をバトラにすることに。そこで、戦校という機関があることを知りました。私は彼を戦校に入校させることにしました。そして、ここなら同級生もいますし、記憶を失い心を閉ざしてしまった彼の心が開くかもしれません。これが全ての経緯です、どうか、進君をよろしくお願いします」
私はその言葉を聞き、進君の態度や言葉の意味が理解できた。それと同時に、私は彼に期待を抱いた。
そんな特殊な過去を持っている、いやそもそも過去なんてない彼のような特別な存在なら素晴らしい養分になると……!
進君の初の登校日となる翌日、久しぶりに戦校にきた銀次君の落ち着きのない様子が印象的だった。転校生である進君の様子をことあればチェックしていた。
スペシャルのレア度を色で見抜ける彼のことだ、進君のスペシャルがレアなのだろう。
銀次君の口から説明してもらわなくても私は確信した。彼は養分の一人にふさわしい人材だ……!
性懲りもなく放課後、銀次君は進君を尾行していた。また、例のあれだろう。尾行でもして、力を確認しようと思ったが、私も教員の身。暇ではない。その証拠に今日も職員会議だ。私は彼らの様子を気にしつつも会議に向かった。
会議にはムッシュ校長や氷先生等、戦校の教員たちが勢ぞろいしていた。
重苦しい空気が立ち込む中、まずはこの戦校の長である校長が口火を切った。
「全員揃ったな。それでは会議を始めよう。今日の議題はあれじゃな、毎年恒例の『交流戦』についてじゃな」
交流戦……?
私は見知らぬ単語が耳を通過したことが気にかかり、話の流れを遮ってまで質問した。
「交流戦とは何ですか?」
「そうか、アリサ君は新入りじゃから知らぬのか。戦校創設期からあるイベントで、その内容は一年の生徒と二年の生徒がそれぞれ四人のチームを作り、個人戦かチーム戦のいずれかで勝敗を競うんじゃ。これをやる目的は一年と二年のパイプを強くしてバトラになった時に連携を少しでも取れやすくすることや、少しでも実戦を経験させ国の即戦力になるバトラを育成することなどいろいろあるが、一番の目的はダイバーシティにアピールすることじゃ。この交流戦には多くのダイバーシティのバトラが観戦する。そこには地位の高い者も大勢いる。出場者の活躍がその人たちの心を打つことがあれば出世にも大きく関わってくるじゃろう。そして、我が戦校自体の評判も上がり、入校志望者も増えるじゃろう。どうじゃ分かったかアリサ君?」
「はい。話しの腰を折ってごめんなさい校長」
「ええんじゃよ。そこで、今年は二年チームは氷君のクラスから、一年チームはアリサ君のクラスから選出してもらう。それでいいな?」
「構いませんよ校長」
全てを理解し簡単に校長の要求を受け入れる氷先生に対し、私は展開の早さについていけていない。
「えーと、つまり私のクラスの生徒から四人を選出し、その交流戦に出場させるのですか?」
「そういうことじゃ」
私はここで考えた。
私が養分として目を付けている生徒達を出場させて、闘わせれば正々堂々と彼らの力を見ることが出来る。
しかし、それを達成させるにはいくつかの弊害がある。まずは、養分候補たちを同じチームにしなければならない。そして、もし上手く同じチームにしたとしても、今度は彼らを交流戦に出場させなければならない。
私が勝手にチームを編成し、勝手に交流戦出場チームを決めれば済む話だが、私は先生。生徒達を平等に扱わなければならない……。困ったものだ……。
私の頭はどんよりとした雲に圧し掛かられたように重くなってしまった。
翌日、私に願ってもみなかった幸運が訪れた。
養分候補である一撃龍君、雷連進君、それに加え私を師匠と呼び慕う鉄剛君、そして銀次君、剛君の乱入事件時に見所のある闘いをしていた光間凛ちゃんの姿が教室に無かった。後、銀次君もいないけど彼はいつものことだ……。
とにかく、私が注目していた、要は交流戦に出場させたいメンバーがこぞっていないのだ。
これはチャンス……!
本来、グループを作りグループワークを行う授業はまだ先だが、私は予定を急きょ変更させて、この日にグループを組ませた。
そうすることで、余り物のあの四人がグループを組まざるおえない状況になるわけだ。
そして、私は数日後、のこのこやって来た四人を同じチームにさせることに成功したのだ。
そして、もう一つの弊害。彼らをどうやって交流戦に出場させるかだ。
ある日の職員会議のことだ。
いつものように校長が口を開く。
「氷君、アリサ君は交流戦の出場メンバーを選出出来たかな?」
「はい。出場メンバーはこんな感じです」
氷先生はそう言って、おそらくメンバーの名前が書いてあるであろう二つ折りの紙を校長に手渡した。
「ほうほう。邪化射ナーガ、邪化射ナギ、日向太郎、水堂黄河の四名か。そして、キャプテンは邪化射ナーガか。それではアリサ君は?」
残念ながら私はまだ選出出来ていないのでこう言う他選択肢は残されていなかった。
「すみません。まだです」
「そうか。新任じゃからまだ慣れんかもしれんが、よろしく頼むぞ」
「分かりました」
口ではそう答えるも、内心は不安でいっぱいだ。最悪、こちらで勝手に決めるか……。
いや、それはあくまで最終手段。何か向こうから立候補させるようなうまい方法があればそれを優先すべきだ……。
私は職員会議後に、ムッシュ校長と戦校の廊下を歩きながら談笑していた。
そこで、目の前にこちらの方向に歩いてくる見覚えのある男性生徒の姿を確認した。
名前は確か邪化射ナーガ……。
銀次君お墨付きの十年に一度の天才と呼ばれている例の彼だ……。そう言えば、彼は二年チームの交流戦出場者でもある……。
天才か……。是非とも、うちの養分候補生達と闘わせてみたい……。
天才……。待てよ!
私の高等な脳は名案を導き出した。
銀次君がナーガ君のことを語っていた言葉の中にヒントは隠されていた。
「他の奴が天才と呼ばれることが気に食わないらしく、ついこの間一つ上の学年にいる戦校始まって以来の天才と呼ばれている奴を半殺しにしたんだ」
そう、ナーガ君は自分の他に天才と呼ばれている者に敵意を剥き出し襲いかかる習性があるように思える。
そして、もう一つ。進君はたまにある実技授業で私の見込み通り、抜きんでた身体能力を有しており、生徒たちの一部からは天才と呼ばれているほどだ。
この二点を組み合わせる。
まず、ナーガ君に天才と呼ばれる一年の存在を知ってもらう。ナーガ君は進君を襲うだろう。いくら進君でも、さすがにナーガ君には勝てないはず。しかし、プライドの高い進君のことだ、リベンジを渇望するだろう。そこで、公式に用意された交流戦の存在を知る。そこにナーガ君が出場すると分かれば、進君は必ず立候補するだろう。そして、ナーガ君は一年の中でも圧倒的な能力を持っているとそこそこ有名。彼らも勝ち目のない勝負をするほどバカではない。他の生徒の立候補を防止させる抑止力も働くというわけだ。
我ながら妙案だ……。もしかしたら、うまくいくかもしれない。
思い立ったらすぐ行動ということで、私はナーガ君との距離を見計らい行動に移した。
「そういえば校長! うちのクラスに新しく入った雷連進君という生徒、凄い逸材ですよ! 生徒から”天才”と呼ばれるほどなんです。中には、十年に一度の天才と謳われる二年の邪化射ナーガ君を超えたとも!」
私はわざとらしく弾むような声で言った。事実を言ったまでだからなんの後ろめたさもない、まあ後半はナーガ君を感化させやすくするために脚色したが。
ナーガ君は先ほどまで軽快にステップを刻んでいた足をピタッと止め、私の言葉が堪えたのか身震いさせている。
私の思いつきでまいた簡素な、撒き餌には引っかかってくれたようだ。
後は彼らに任せよう……。
「そうか、そうか。ところで、アリサ君。今日、二人で食事にでも行かないかい?」
「遠慮しておきます」
私は校長の誘いを捌きつつ、ナーガ君の行動に期待を膨らませていた。
それから、しばらく経ち、急に進君が戦校に来なくなった。ああ、見えて真面目に戦校に来る進君だと思えば珍しいことだった。
龍君に尋ねてみると、一目瞭然だった。龍君の話によればナーガ君と進君が交戦したようだ。
私はナーガ君に感謝した。
期待通りの動きをしてくれたことに……。
それから、数日経ったある日、私はいつものように元気よく教室の扉を開いた。
「はーい、みんな席についてー★」
私は教室を見渡した。そこには、久しぶりに進君の姿を確認することができた。
彼の体から苛立ちの感情があふれ出ていた。どうやら、ナーガ君にやられたことが堪えているらしい。
私はここぞとばかりに、交流戦のことを口にした。進君が登校してきたこのタイミングを狙って……。
「今日は授業を始める前にお話ししたいことがあるから聞いてね★ 一週間後にある毎年恒例の一年vs二年のチーム対抗の交流戦が今年も始まりまーす。そこで、このクラスから一チーム選抜したいけど参加したい人いるー? ちなみに相手の二年チームのキャプテンは邪化射ナーガ君でーす★」
普通、ここで相手チームのキャプテンの名前なんて話す必要がないのだが、進君が食いつくにはこの餌は必要不可欠だ。
さあ、私がやれることはすべてやった!さて、どうする!?
しかし、邪化射ナーガの名におびえる生徒達の雑音があるだけで、立候補する者は誰一人としていなかった。
失敗……?
「誰もいない?」
私は念を押してもう一度生徒に問いかける。主に進君だが……。
その時だった。私の願いを乗せたかのようなお釈迦様のような神々しい手が高々と教室に上がった。
手の主は、何を隠そう進君だった。
「俺たちのチームがやりましょう」
キター!
私の心は鰹節のように激しく妖艶に舞い踊っていた。嬉しかった。確かに、龍君や進君の力をこの目で確認できることもうれしいが、それ以上に私の緻密な計画で目的が達成されたこと自体に喜びを覚えていた。クーデターが成功した暁にはその感情はこの比ではないのだろう……。
私は、暴走する感情をしっかり心の鎖に巻き付け、冷静に次の手順を踏んだ。
「進君のチームメイトはそれでいいの?」
そう。他のチームメイトの了承だ。これがなければ交流戦出場の件も白紙になりかねない。
しかし、チームメイトから返ってきた言葉は私を安堵させるものだった。
「いいっすよししょー! 俺はいつでも戦闘態勢だぜ!」
「はい!」
「じゃあけってーい。二年生のチームにも伝えておくね★」
もう一人了承を貰うことを忘れているようだったが、ついつい興奮のあまり先走ってしまった。
☆ ☆ ☆
~現代~
「それからのあなた達の交流戦での活躍は、知っての通り目を見張るものだった。あなた達の自分自身の活躍がこのような惨事を招いているんだよ。恨むなら自分を恨んでね★」
アリサの言葉はまるで花火のように儚く咲き、儚く散った。