第三十三伝(第九十八伝)「アリサ視点」
同じ話でも視点を変えれば違ってきますね。それではそんな違いを愉しみながらご覧ください。
私は、生徒達よりも一足早く教室に入った。
半年の研修期間ははっきり言って気持ちの良いものでは無かった。生徒達が楽しく過ごしているのを間近で見ていた。暗い幼少期を過ごしていた私と彼らは正反対だった。彼らが卑しかった。私の憎悪がまた一段と大きく深いものに膨れ上がっていった。
まだ何者にも染まっていないように、何の特徴もない平々凡々たる教室は、私の嘘で塗り固められた教師アリサとしての心――新品の画用紙のようにまっさらな心を具現化させているようだった。
私は生徒達が集まる時間が来るまで、一旦教室を離れた。
私は何気なく廊下の窓越しから、外の様子を眺めていた。
外を見ている私の目に飛び込んできたのは新入生と思しき初々しき子供たちだった。新生活の希望に満ちているのか、彼らの目は瑞々しく潤っていた。
平和ボケしている……。あまりにも……。
不意に窓は何者かの像を写しだした。窓から写しだされたものは、外にいた生徒達とは対偶を成すような枯渇した目を有し、まるでこの世に絶望したかのような人間の像だった。
これは誰だ……?
しばらくして、私はその正体に気付いた。
そうか……。これは私か……。
私は絶望していたのだ。レイサ様の犠牲があったからこそ生きることのできる紙屑のように弱き人間たちが、こうしてのうのうと生き、私のように屈強に生きてきた、岩石のように強き人間がこうして苦労して生きなければならない、この不条理な世界に。
しかし、仮にではあるが私は教師。生徒の手本にならなければなるまい。
私は両手で頬をパチンと叩き、とびっきりの笑顔を作った。
しかし、本当に平和ボケしているな……。
私は彼らを卑下しながら、今一度外を眺めた。
私は一人の生徒に目を取られた。赤と黒が入り混じった特徴的な髪形をしている男子生徒だった。彼は先ほどまでの私と同じ目をしていた。
周りの人間を邪魔な者としか見ていない乾き切った目だ。
見所ありそうな生徒もいそうじゃない……。
私は作り笑顔を保ちながら、先ほどの空っぽの雰囲気が嘘のように、生徒達の希望が満ち満ちとしているであろう教室へと向かった。
私は今日から担当する一組の教室の扉の前に足を置いた。
教室から時報の役割を担うフクロウの声が聞こえたので、私は元気よく扉を開いた。
「はあーい。みんないるー? 私はこの教室の担任の先生、アリサだよー★」
私はとびっきりの明るさを振る舞いて、元気よく挨拶した。
人のイメージは第一印象や第一声で決まってしまう。まさか、こんな明るい人が憎しみに満ちているなど夢にも思わないだろう。
私は挨拶をし終わった後、教壇に上がり始めた。
「そんな格好で恥ずかしくないんですか?」
教室のどこかから、生徒の誰かからこんな声が聞こえた。
「なに!?」
確かに、私は少しでもクーデターのことを気取られないために、必要以上に奇抜な格好をすることにしたのだが、それにしてもこの発言は失礼だ。
それも、この一階堂アリサ様に対して……!
私はチョークを手に持ち、思い切り投げ込んだ。チョークは私の圧倒的な力を証明するように強固な壁を撃破し、めり込んでしまった。
しまった……。
つい、鬼の一階堂アリサを見せてしまった……。私はここではあくまで優しく元気なアリサ先生……。
私はつい情に駆られ、取り乱してしまった場を得意のビジネススマイルを作り、なんとか取り繕った。
「と、とにかくみんな入学おめでとう――」
私は口をただの言葉を話す機械のようにして、マニュアル通りのセリフを述べ始めた。セリフは機械仕掛けの口に任せて、神経を目に集中させて、キングツリーの養分になりえる生徒がいるかどうか判断するために教室を見渡した。
しかし、パッと見それに該当する生徒は見受けられなかった。強いて言うならば、朝私が気になった乾いた目をしている男子生徒が端っこの席でその乾き切った目でこちらを凝視しているくらいだけか……。
今日の授業(授業と言う授業はやっていないのだが)が終わり、生徒達が本当に楽しそうに談笑しながら矢継ぎ早に教室を去っていく。
そして、私は同じように教室を去ろうとする、知っている生徒を見つけ、声をかけた。
「あなたは確か、桜田銀次君だよね?」
その生徒の名は桜田銀次。人のスペシャルを色で見抜くことのできる異色な彼。彼にはキングツリーの養分の選別に一役買ってもらおうということだ。
去年もいた生徒が一年しかいないこの教室にいることはおかしいのだが、自分で言っていた通り留年したと見て間違いない。
「アリサか……」
銀次君は私の声を受けると、教室の外に出る群生の流れを遮り、足を止めた。
「”アリサ先生”ね。年離れてるでしょ?」
「いや、あんたとそこまで年は変わらない」
この子、何年留年しているの……。
「それで何の用だ。俺はあいにく忙しいんだ。用なら手短に頼む」
「この教室内にレア度が高い子いた?」
私の質問に、銀次君が声のトーンを一つ落としてこう答えた。
「ああ。あんた生徒全員のプロフィール持ってるだろ? それを見せてくれ」
確かに、担任には事前に担当する生徒全員の写真付きプロフィールを渡される。私はまだ目を通してないけど……。
こういうのを生徒に渡すのはダメな気もするけど、そんなルール言われなかったし大丈夫だよね……。
そう言い聞かせて、私は銀次君に言われたとおり、鞄にしまっているプロフィールを銀次君に渡した。
銀次君はパラパラと冊子になっているプロフィールをめくり始めた。そして、一人の生徒のプロフィールで手を止めた。
「こいつだ、こいつ。教室の隅っこに座っていた変な髪の色した奴だ。名前は一撃龍って言うんだな」
「この子は……」
そう、私が再三気にかけていた赤と黒の髪が入り混じった男子生徒のことだった。
私と銀次君は同じ所に視線をやった。視線の先には物憂げな顔で帰り支度を整える龍君の姿があった。そして、龍君は他の生徒と同じように教室を去ってしまった。
「じゃあな。俺は忙しいって言ったよな」
「どこ行くの?」
私はあえてこの質問を投げかけた。銀次君は逐一龍君を見ながら、急にそわそわし始め、明らかに挙動不審になっていたからだ。
「ど、どうでもいいだろ!」
銀次君はごまかそうとしているが、残念ながら私には隠し通せそうもない。
「スペシャルを倒すことを生きがいにしているあなたならやることは一つかな★」
「そんな俺でも言ったかどうか覚えていないセリフを覚えているとはな……。本当にあんたはただものでは無いな」
「どうもありがとう★」
「それで、俺を止めるのか?」
「いや、そんな勿体ない。バトラは闘いが本分。暇さえあれば闘いなさい。まあ、殺し合わない程度にね。殺されでもしたら、問題になっちゃうから★」
それに、この子の気持ちはよくわかる。
自己の力の証明が欲しいんだ。強い、もしくはその可能性がある者を自分が倒すことによってそれは証明される。私とて同じ理由でジェシカに闘いを挑んだ……。
「恩に着る」
「ところで、龍君を追わなくて大丈夫?」
「あ、そうだった! じゃーな!」
私は龍君のプロフィールを舐め回すように見つめていた。
翌日。
私は、いつも通り笑顔と元気を心掛けて教室の扉を開いた。
「はーい、おはよー! 今日からいよいよ授業だよ! その前にまずは出席とるわよ★」
勿論、明るい挨拶も忘れずに。
私は出席を取りながら、銀次君一押しで、私の一押しでもある一撃龍君の姿を確認した。そして、彼らのある変化に気付いた。
治療の跡が見られる……。
誰かと交戦したらしい。十中八九銀次君だろうけど……。
後で銀次君に聞いてみるか……。
「桜田銀次君」
私が銀次君の名を呼ぶも、返事はない。
「銀次君! 銀次君はいないの?」
私は強く呼び掛ける。しかし、沈黙が流れるだけで、やはり返事はない。
「二日目なのにいきなり休みかー。私のことがきらいなのかなー」
おそらく昨日の龍君との交戦が原因だろう……。何年も留年する子だから単なるサボりかもしれなけど……。
ただ、私の勘が正しければ昨日大きな出来事があった……。それは、おそらく銀次君は龍君に敗北した……!
それから、しばらく経ったある日のことだ。
「今日は実践的な授業をするよ!」
そう。今日は座学では無く、実際に武具を扱い少しでもバトラの世界に慣れしたしんでいくことを目的とした授業が、カリキュラムとして組まれていた。
私は生徒達を武具が並べられている戦闘館に連れていき、しばらく彼らが武具を扱う様子を見た後、会議の為その場を離れた。
私が廊下を歩いていると、目の前から見覚えのある男子と、見知らぬ男子が歩いてきた。
「銀次君?」
そう。見覚えある男子とは銀次君のことだ。そして、見知らぬ男子はかなり大きい。2mほどはあるだろう。服の中からでも主張してくる張りのある筋肉も申し分はない。ただ、残念ながら無駄な筋肉が多い。私のように拳撃一つでバトラとしてやっていくのは厳しいだろう……。
銀次君は私に気付くと、露骨に私と目を合わせるのを避けるように自分の目を下にやった。
「行きましょう剛さん」
そして、こう言って銀次君は足早に去っていった。それにつられて大きな男子も同じように大きな足音を鳴らしながら去っていった。
私はこの一連の動作で銀次君がだいたい何をするのかは想像ついた。
おそらく銀次君はこれから龍君に復讐をしに行くのだろう。しかし、ただで行けば二の舞になってしまう。だから、仲間を引き連れてやってきた。だいたいこんな感じだろう。
やられたらやり返す。自然の流れだ。私も同じだ……。私もレイサ様がダイバーシティにやられた借りをきちんと返さなければならない。
それと全く一緒……。
ああ、見に行きたい。これからあの戦闘館が文字通り戦闘になることは避けられない……。
見に行きたいいい!
一階堂アリサの血が騒ぎ始めてしまった。
とはいっても私は新米教師の身。会議をサボるなど言語道断だ。
私は一階堂アリサの血をグッと抑えながら教師アリサとして会議に向かった。
会議と言ってもクラスの様子を報告するだけで、十分弱で終わった。
私は即座に戦場になっているであろう戦闘館に向かった。
戦闘館に近づくにつれ、血なまぐさい匂いが立ち込め始めた。久しく嗅いでいなかったこの麻薬のような危険かつ魅惑的な麻薬のような香りに、私の心は一階堂アリサに鞍替えしていた。
私は誰からも気付かれないように、窓の隙間からこっそりと観戦した。
戦場では銀次君と女子生徒、確か名前は光間凛ちゃんだったかな、その二人と、大きな男子生徒と龍君が交戦していた。
しかし、残念ながら私の満足行くレベルには到底達していなかった。一階堂の物差しでは測れるものも測れない。私は彼らの年の時、彼らよりずっと強かった……。
伸び白という点では一応期待できるかもしれないが……。
「アリサ先生ー! アリサ先生はいますかー!」
そんな声がどこからか校舎を伝って私の耳に届いた。
まずい……。こんな所を見られてはどう言い訳をすればいいのやら……。
私はばれない様に声をする方を避けながら戦闘館を一旦離れ、あたかも何も知らない風を装って廊下をてくてくと歩き始めた。
そして、徐々に声をする方向に近づき、偶然を装い接触する。完全犯罪の完成だ。
「アリサ先生、ここにいましかた。探しましたよ。会議室に行ったらもう終わってて……」
「ごめんね。えーと……」
「一組の明日野ユメです。とにかく大変なんです! 戦闘館に来てください!」
「分かった!」
私は何の事だか分からない感を出しつつユメちゃんと共に戦闘館へ向かった。
「一体、戦闘館で何が起こっているの?」
私は何も分からない感をさらに出すため、こんな言葉を付け加えた。
「それが、謎の二人組が突然戦闘館を襲ってきて……」
「そんなことが……。私のいない間に……」
全部知ってるけどね★。
私は戦場に足を踏み入れた。
この空気が戦場だ……!
半年間、生ぬるい研修生活をしてきた私は闘いに飢えていた。闘いという極上のグルメを求めて私は腹を空かした獣の如く、その身を動かした。
私は気がつくと最高級フィレ肉のような濛々たる拳を止めていた。
これが闘いだ……!
「とりあえず終わりにするね」
私は久しぶりに順回を繰り出し、極上の食事を摂り始めた。しかし、まるで食べ応えが無かった。相手はただ後方へ吹き飛ぶだけで、何の反撃もしてこなかった。
その代わりにこんな言葉が返ってきた。
「まさかあんたは独自で編み出した拳法である天空拳を極めた格闘術のスペシャリストか?」
天空拳を知っているとはね……。この界隈では有名というわけか……。
「天空拳を知っているなんて嬉しいよ」
「俺はあなたのような拳法のスペシャリストにあこがれこの世界に入ることを決心しました! アリサさん僕を弟子にしてください!」
なんて言う始末であった。
残念ながら私は樹希がいるので、あなたの願いは届きそうもない。
そして、この後、新たなる養分が私の前に現れる。