第三十一伝(第九十六伝)「二つの計画」
第三十一伝です。みなさんは旅行を計画する派ですかしない派ですか。私は計画したにも関わらず全く計画通りに行かない派です。それではお楽しみください。
私、一階堂アリサは晴れてダイバーシティのバトラとなった。
私は一階堂の姓を持つ者らしく傑出した才能で、ダイバーバトラとしてメキメキと頭角を現し、ノーマルバトラからプレミアバトラ、そしてスペシャルバトラへとウナギ登りで階級を上げていった。拳一つで難関とされる仕事を次々と遂行させる姿に、いつしか「拳撃の革命娘」なんてたいそうな異名もついたほどだ。さらに私の空を自由自在に扱う拳撃は、天空拳と呼ばれ拳撃を使う人達の界隈で有名になった。
そして、クーデターの企てもおろそかにせず、私は事あるごとに逐一、ツリーハウスに帰還し、クーデターの協力を仰いだ樹希をはじめとする二階堂の者達と密にコンタクトを取り、クーデター成功をより現実のものにしていった。
最近、ツリーハウスで起こった一番の出来事は、その生涯の全てをレイサ様に捧げたレミさんの死だ。彼女はレイサ様の死の後を追うようにして亡くなられた。二階堂の姓を持つ者達はその日以降しばらく、悲しみに明け暮れた。樹希も例外ではなく、数日間はまともに私に仕えることが出来なかった。
今まで知らなかったのだが、二階堂の者達にとって一階堂の者に仕えるということは、最も名誉なことだそうだ。生涯を通じてレイサ様に仕えたレミ様は二階堂の者達にとって、まさに神のような存在で、羨望の眼差しを一手に引き受けていたのだ。
「アリサ様がお帰りになられたぞ」
「久しぶり、アリサ姐さん」
私は長期にわたる大仕事を終え、半年ぶりにツリーハウスに帰還した。
久しぶりとあってか、樹希をはじめ、たくさんの出迎えが私を歓迎した。
「それで、計画の方は上手くいっているのか?」
ダイバーシティのバトラになり、直に彼らと関わることにより私はある一つの事項を痛感した。
我々の戦力ではダイバーシティに歯が立たない……。
よって私はダイバーシティに対抗するために、ある計画を立案し、その計画を二階堂の者達の手で進めさせた。
「うん、大丈夫みたい。ほらね」
樹希はそう言って、小さくも幻想的な身なりをその身に宿す幻想的な妖精を、ペットのように肩に乗せた。
これが私の計画。「ツリーフェアリー計画」。
この計画の全貌を見せるには少し昔話をしなければならない。
私がダイバーバトラになってしばらく経った時だった。私は、ダイバーシティに対する憎悪の感情を一切捨て、勤勉にバトラとしての業務をこなしていった。その功績が認められ次第に難易度の高い仕事も任されるようになっていった。
そんなある日、私はこんな仕事を受けた。
ダイバーシティの遥か西方にある広大な森の中にある一つの集落。その集落の人間達が次々と謎の怪死に見舞われているらしく、私はその調査を依頼された。
結果から言えば、森に生息する生物が原因だった。生物の名をバトルフェアリー。その名の通り、妖精なのだが、通常の妖精とはその性質が大きく異なっている。
このフェアリーは取り込んだ者を、たとえどんな人間であっても特殊な能力を保有させる。
ある日、集落に住んでいる子供が誤ってそのフェアリーを喰らってしまったそうだ。すると、その子は特殊な能力を手に入れ、森に巣くう獣達を次々となぎ倒していったそうだ。獣を狩りしてそれを食す原始的な生活をしたいた彼らは、その子どもに倣い森に生息するフェアリーを矢継ぎ早に捕食していった。
それからだ。それから彼らは謎の怪死を遂げた。
全ての原因は、やはりバトルフェアリーだった。バトルフェアリーは取り込んだ者を一時的に特殊な能力を手に入れさせる半面、その特殊な能力に体という器が適応できなくなり肉体が朽ちてしまう。つまり、フェアリーを喰らった者は遅かれ早かれ死んでしまうのだ。
これに、私はピンときた。通常の凡なる人間なら朽ちてしまうが、選ばれし非凡なる人間、つまり私達ツリーハウスの住人達なら、肉体を朽ちらせることなく、バトルフェアリーの特殊な力を手にすることが出来るのではないかと。
ただでさえ特別な人間に特別な力が加わるのだ。とんでもない化学反応が起こるかもしれない。そう
思った私は、背筋の奥がゾクッとした。
私は二階堂の者達と協力し、確認出来る限りのバトルフェアリーを捕縛し、ツリーハウスに収容させることで、この仕事を完遂させた。
そして、実験の結果、私の仮説通りツリーハウスの住人はバトルフェアリーを喰らってもその身が朽ちることはなかった。それだけではない。喰らう必要が無く、フェアリーに触れることだけでフェアリーの能力を得ることが出来、それの解除も自由自在に行うことが出来た。
これが私達なのだ。フェアリーの新たなる可能性を発掘した。これこそが、ツリーハウスの住人の他の凡人とは一線を画する存在たるゆえんなのだ。
さらに、バトルフェアリーはキングツリーの満ち満ちとした生命力を直に触れることで、自身の質をも向上させ、ツリーフェアリーへと進化を遂げた。
しかし、良いことばかりでは無かった。キングツリーの力に触れることで、知能まで向上させたツリーフェアリーは、何体か脱走してしまった。
そして、繁殖能力まで向上させたツリーフェアリーは増殖し続け、各地で目撃された。その珍しい幻想的な姿に飼育用としての人気が出始め、高値で取引されることにもなったそうだ。さらに、ツリーフェアリーの特性を知った輩たちが力を求めてツリーフェアリーを喰らう事件も頻発し、ダイバーシティに危険生物に指定され、取引や飼育が禁止された。しかし、法で規制されたとしても彼らは力を求め続け事件はとどまることは無かった。
私は理解できなかった。なぜ、法を犯してまで力を得ようとするのかを。元々、特殊な力持っている私には……。
「それと、樹希。『王樹再生計画』はどう?」
私は、ツリーフェアリー計画と他にもう一つ計画を企てている。「王樹再生計画」。
このクーデターを成功させるためにはキングツリーの力は不可欠。私達の力も少なからずキングツリーの力に依存している。しかし、周知の通りキングツリーの樹液、すなわちライフソースは枯渇し、キングツリーの生命力は年々弱まっている。それゆえ、キングツリーとリンクしていたレイサ様が亡くなられた。
だからこそ、キングツリーの生命力を復活させなければならない。
方法はあった。あれ以降、キングツリーと対話することが出来なくなってしまったので、私はツリーハウス文献を探った。文献によれば、キングツリーは人間のライフソースを養分としている。それが、特殊なライフソースであれば、あるほどキングツリーは活性化するらしい。これも二階堂の者達が実験を施し証明された。
三階堂の者や四階堂の者を使って……。
ライフソースが無くなれば人間は死ぬ。しかし、キングツリーは人間が持つ全てのライフソースが無ければ満足しない。最初は三階堂の者や四階堂の者を使おうとしたが、彼らは残念ながらツリーハウスの住人の中では落ちこぼれの部類。キングツリーも満足しないだろう。それに同胞に手をかけるのも心痛い。
だが、悲観する事は無い。私は知ったのだ。ダイバーバトラにも私達同様特別な人間はいることはいる。数は少ないが。
そいつらを「養分」にすれば良い……。
「姐さん、新しい実験結果なんだけどね、どうやら『子供』を養分にすると、よりキングツリーが活性化するんだって。子供っていっても私くらいの年が良いんだって。だから、アリサ姐さんのパイプを使って”特別な力を持つ子供”を連れてきてもらいたいんだけど……」
「子供ね……」
私は樹希の実験結果を聞き難しい顔をした。
残念ながら、私に樹希くらいの年齢の特別な力を持った人を全く知らない。
とりあえず動くか……。
とにかく子供がたくさんいる場所に行きたいのだが、あてもない私はとりあえず夢我師匠に聞くことにした。
「なに? 子供がたくさんいる場所だと?」
「はい。どこか良い場所ありませんかね師匠?」
「何が目的なんだお前は」
「あ、あのー。わ、私子供が大好きでして、子供と交流したいなあって。ははは★」
師匠の鋭い指摘に対して動揺してしまった私だが、嘘をつきなんとかその場をごまかした。
「お前に協力したいことは山々だが、パッとは思いつかん。私は一応、サブリーダーの身なのだ。なかなかに忙しいのだ」
「あ、ここにいらっしゃいましたかサブリーダー」
師匠と私が話している会議室にセンターハウスで働くスタッフの女性が入ってきた。
「ということだ。また今度だアリサ。それで何の用だ?」
「実は『戦校』の教員が人員不足でして……。来年から二年間の契約期間で教員が出来る人材を探してまして……」
「来年からということは急だな」
「はい、急募です」
「それならここに”良い人材”がいるぞ」
師匠はなぜかスタッフの女性の言葉にピンと来たのか、ニンマリしながら私の顔を直視した。私にはなんのことやらさっぱり分からなかった。
「どういうことですか、師匠?」
「お前は子供のいる場所に行きたいと言っていたな?」
「は、はい……」
「その望みを叶えると言っているのだ」
「え、でも師匠は先ほど思いつかないって……」
「思い出したのだ」
「それはどこですか?」
「戦校だ」
「戦校って?」
「バトラ育成学校・通称戦校。ダイバーシティがエンぺラティアに倣い数年前に完成した学校だ。ダイバーシティも大国に変わりつつある。大国になればなるほど他国に目をつけられる。よって、屈強なバトラを揃え、国力を上げなければならない。そこで、バトラの卵達を育て上げ、一足早く戦力を確保したいということで、戦校が出来たのだ。ここまでは分かるな?」
「はい。そこに、バトラの卵達、つまり将来のバトラになる可能性のある子供たちがいることは分かりました。そこへ行けばいいのですか?」
「ただ行くのではないぞ。そこに行って教員になるのだ」
「教員……。って、えーー!!」
私は驚きのあまり雰囲気をぶち壊してしまう大声を出してしまった。思いもよらかった展開だ。
私が教員……。確かに学校なら子供はたくさんいるけど……。でも、教員なんてやったことないし……。
「静かにしろアリサ。それでやってくれるよなアリサ? こちらは人材に困っているのだ。まさか、師匠の頼みを断るわけにはいかないよな……?」
「あ、あのー、私教員なんてやったことないんですけど……?」
「心配するな。研修期間が設けられているからそこで教師のノウハウは叩きこまれる。で、どうなんだ?」
「え、え……」
「というのは冗談だ。お前の人生を左右する重要なことだ。自分で考えて、自分の意志で決めろ。ただ、先ほども言った通り時間があるわけではない。出来るだけ早く決断してくれ」
「は、はい!」
私は一旦、師匠の提案をツリーハウスに持ち帰り樹希に相談することにした。
「ということなんだけど、どう樹希?」
「確かに学校なら私くらいの子供がたくさんいるし、バトラの卵なんだからキングツリーが喜びそうな人達もいそうだね」
「でも、契約期間が二年間だから、当分ここには戻ってこれない……」
「安心して姐さん! 姐さんがいない間、私達二階堂のみんながツリーハウスを守るから」
「樹希良いんだね?」
「勿論だよ姐さん。姐さんの意志は私の意志」
「ありがとう樹希」
私はこれまでずっと自分の身勝手な意志決定で傍若無人に樹希を振り回してきた。それでも一切反抗せず私についてきてくれている樹希に感謝をした。レイサ様が私に感謝をしてくださったように……。
私は決心した。戦校の教師になることを……。
動機は不純も不純。でも、私が動くしかないんだ。私がレイサ様の意志を継ぎ、樹希とツリーハウスを守るしかないんだ……。
私がやるしかないんだ!!
「そうか、戦校の教員になってくれるのかアリサ」
「はい! 精一杯尽力します! それと、一つ私の我儘を聞いても良いですか?」
私はクーデターを成功させるために、ある一つの条件を師匠に提示した。
「なんだ?」
それは……。
「私が戦校の教員として働く時は私の名を姓の一階堂を無くし、ただの”アリサ”ということにしてください」
そう。私はこの二年間、自分が特別であることを生まれてから今までずっと証明してきた大事な一階堂の姓を捨てることにした。
それは、人と密に関わる仕事であるからして、少しでもクーデターのことを感づかれないようにするための配慮を施す必要があるから。
そして、この二年間限定で私は選ばれしツリーハウスの人間であり、ダイバーシティに恨みを持つ一階堂アリサをではなく、ダイバーシティのバトラであり戦校の教師であるアリサに生まれ変わる覚悟を決めたから――!
「それは構わんが……」
「あ、ありがとうございます!」
「よし! これより一階堂アリサ改めアリサを戦校の臨時教員として採用する!!」
二十三歳の夏。私はアリサとして教師としての新しい道を進むことになった。