第三十伝(第九十五伝)「変わり者」
第三十伝です。みなさんは変わり者と言われることはありますか。私はしょっちゅうあります。ではでは、どうぞ。
樹木達が活発に活動する春、十九になった私、一階堂アリサは今、異郷の地に来ている。ダイバーシティだ。
私の故郷にある巨大樹・キングツリーに匹敵するほどの高さを有するおびただしい数の鉄の建造物は、私の目を何度も仰天させた。田舎者が上京した時に、高層ビル群に驚く時と全く同じ気持ちであろう。
さて、そんななぜ田舎者の私が、いやずっと樹の中で生活していたので田舎者とも違うかもしれないが、こんな大都市に足を運んでいるのかと言うと、この地でバトラになるために来たのだ。
なぜ、この歳で一族の長を任されているこの私がバトラを志しているのかと言うと、あまり大きな声では言えないが、復讐とも言うべきか、この大都市にクーデター起こすためなのである。
私は今、人探しをしている。
探し人の名は黒猫夢我。幼少期に非常にお世話になった人である。私が通っていた道場の師範であり、私をダイバーシティのバトラに誘った張本人である。以前は尊敬していたが、私が憎むダイバーシティのバトラになったことでその尊敬は疑念の眼差しへと変貌した。
「っていうか、どこ探せばいいのおお!」
つい、私の心の声を外に放出してしまった。こんなだだっ広い土地でたった一人の人を見つけるなど容易ではない。
グウウウ……。
「お腹も空いたし……」
私のお腹が私の状態を嘘偽りなく教えてくれた。私はダイバーシティに来てから食事を取っていない。初めて訪れた土地なのだから、食事処なんて知る由もない。
最悪だ……。ダイバーシティに来てから何も良いことが無い……。
人が気に食わなければ土地も気に食わない。途方に暮れた私は小休憩を取ろうと舗装された道に設置されている艶やかな茶色のペンキが塗られたベンチに腰掛けた。
「人間よ、本能のままに生きよ。貴殿は今、食欲を満たしたいように思える」
ベンチに座り、ボーとしていた私に誰かが野太い声で話しかけてきた。私が下に向いた目線を上にやると、そこには髭がボーボーで大柄の若干獣臭い男が私の前に立っていた。
「で、どうなんだ人間よ」
「あなたも人間だよね?」
男の独特の話し方に戸惑いを見せるも、なんとか平常心を保ちつつ会話した。
「人間とも言えるし、人間では無いとも言える」
毛深い男は自分の太鼓のように太い胸に手を押し当て、なぜか自信満々に宣言した。
意味が分からない……。ダイバーシティの人間は疎ましいだけではなく、意味も分からないとはね……。
「良くわからないけど、あなたに付き合ってる暇はないよ。ごめんねー★」
宗教の勧誘のような面倒くささを感じた私は、一応笑顔を見せてベンチから腰を離し、その場を去ろうとした。
その時だった……。
グウウウ……。
また、私のお腹は正直に身体の状態を告げた。
「いつだって本能は正直だ。欲望のままに生きようではないか。余と共に食欲を満たそうではないか」
毛深い男は声のように野太い腕を存分に使いながら、私を説得し始めた。
なにこれ……。新手のナンパ……?
私の困惑は絶頂期を迎えていた。とはいっても、お腹が空いたのは事実で、お腹を満たす場所を私は知らない。この男の主張通りなら私の空っぽのお腹を満たしてくれるはず。怪しさ満載の男だが、いざとなれば力で制圧できる自信があったので私はこの男に乗ることにした。
「しょーがないな。行こっか★ えーと、名前は?」
「余の名は夜神楽愚礼威と申す」
「ぐ、ぐれい……さん……変わった名前だね……」
愚礼威さんに連れられ私がやってきたのはダイバーシティの中心街を少し外れた所にあるラーメン屋だった。ラーメンと言うのは北方の国から伝わった麺料理らしいのだが、ツリーハウス出身の私には縁遠い料理だ。
この店は何時間も煮込んだ濃厚なスープと、それに絡みつく中太のちぢれ麺が特徴だそうだ。
私はそんな慣れ親しんでいない料理を舌に運んだ。
旨い……!
こってりとした濃厚なスープにピッタリと麺が絡みつき、私の舌は今まで味わったことの無い高揚感に浸されていた。
「こんな良いお店を紹介してくれたありがとうございました、愚礼威さん★」
私は初めてダイバーシティの良い所を見つけることが出来た。こんな良いお店に、そしてこんな親切な人に出会えたのだから……。
だから、私は感謝の言葉を述べた。
でも、ダイバーシティが私の復讐の対象であることには変わりはない。レイサ様の無念は必ず晴らさなければならないから……。
愚礼威さんは私の言葉を受け、頬を赤らめ少し恥ずかしそうにしていた。そして、コップに注がれた水を勢いよく呑みほしながら話し始めた。
「そ、そうか。余に感謝を述べるとはな、貴殿は今までにないタイプの人間だ。ところで貴殿はどのような人間なんだ?」
私はその質問の答え方に若干戸惑ったが、回りくどい言い方で答えた。
「私はある”目的”を果たす為にこの地にやってきた、周りとは少し変わった人間ですね」
「そうか、変わった人間か。なら余もそうだ。余も変わった人間だろう。変わり者は普通の者よりも変わった生き方を強いられる。そして、普通の人よりもいろいろなものを背負われる。そう思わないか人間よ」
私はこの人の言葉を痛いほど理解できた。いや、理解できてしまった。
私はツリーハウスという特別な一族に生まれ落ち、そして、その中でもさらに希有な一階堂姓を貰い、これまでの人生は間違いなく他の人とは変質的な生き方であろう。そして、若くして一族のリーダーを任された。
この人もそうなんだ……。
私は初めて自分のことを理解してくれる人に出会ったと感じ、同時にこの人を心のどこかで許したのだろうか、自然と私の口は動いていた。
「愚礼威さんはどんな方なんですか?」
「余はこの国に雇われているバトラだ」
この一言で私は我に返った。
この人も憎きダイバーバトラ。この人もレイサ様を亡き者にした人の内の一人……!
私はこの人と分かりあうことを即座に諦めた。私はどんな人であろうとダイバーバトラという肩書であれば分かりあうことはないと悟った。もはや、種族レベルで虫唾が走るような嫌悪感を覚えるのだ。どうしようもない。
それは、美味しいお店を紹介してくれたことには感謝するけど……。
私は聞きたいことを聞いてさっさと去ることに決めた。
「愚礼威さん、一つ聞きたいんだけど”黒猫夢我”って人知ってる?」
「知っているもなにも、そのお方は”センターサブリーダー”、募るところダイバーバトラの実質ナンバーツーであるぞ!」
はい……?
これが、ダイバーシティに来てからのファーストインパクトというやつだった。
私がやってきたのはセンターハウス、通称本部。ダイバーバトラが依頼を行ったりする、言うなれば奴らの本拠地。ここを潰せばクーデターは成功するはず……。
しかし、そんな物騒な考えをするのもおこがましくなるような壮麗な真白のお城のような外観に私は圧倒されていた。まず、ツリーハウスではお目にかかれない光景だ。
私は雰囲気に御されそうにされながらも、なんとか敵の本拠地に足を踏み入れた。
なぜ、私がこのような場所に赴いたのかというと、なぜかダイバーバトラのナンバーツーに君臨している私の師匠に会うためだ。
私は、師匠が国のナンバーツーであることに懸念を覚えていた。私の良く知る師匠がそのような立場であるならばクーデターが成功する確率が低くなるのではないか。また、大事な局面で師匠に対する情というものが出てしまうのではないか。
センターハウスの中に入ると、受付らしき隔たりの奥に受付嬢らいき綺麗な顔立ちの女の人が立っていたので、その人に聞くことにした。
「黒猫夢我に会わせてください。一階堂アリサと言えば分かりますから」
「黒猫夢我様、サブリーダーのことですね。サブリーダーはお忙しいので少々、お待ちいただけますか」
受付嬢は笑顔を取り繕りながら答えた。
私は受付嬢の言うとおりに、傍にあった来客用と思われる椅子に腰をかけ、待機することにした。
「一階堂アリサ様、二階の第ニ会議室にお越しください。センターサブリーダーがお待ちです」
私は心を躍らせながら階段を駆け上った。心の躍りが体に現れたのか、小刻みなステップを踏みながら階段を駆けていた。
理由はどうであれ、師匠と久しぶりの再会は楽しみだ。
私は師匠がいるはずの、第ニ会議室のドアをノックした。
「一階堂アリサです」
「入れ」
私は唾をゴクリと呑みほしながら、一礼して部屋に入った。部屋の中は無駄に大きく、視覚が落胆するほど殺風景。
そして、会議室特有の中が空洞の四角机の奥に座っていた、怖々しくも暖かい目をした女性は、紛れもなく夢我師匠そのものだった。
「久しぶりだな、アリサ」
「師匠……」
久しぶりに見た師匠を見て芽生えた感情は一言で表せないほど複雑怪奇だった。簡潔に述べれば、ずっと会いたかった師匠と再会して嬉しさ半面、その師匠が憎むべき対象だという哀しさ半面といった感情だ。
「でかくなったな。お前と久しく会ってなかったからな、何か変わったことはあったか?」
「レイサ様がお亡くなりになられました」
「そうか、レイサがか……それは残念だったな……」
まるで他人事のように話すその口ぶりで、私の複雑な感情をさらに複雑にさせるように、憎悪の感情が横入りした。
あなたはレイサ様を殺した加害者の一人だ……!
私の感情が拳に現れてしまったので、背中の後ろに拳をやり私の感情を察されないように努めた。
「ここにやってきたということは、心は決したようだな」
「はい! 私はダイバーシティのバトラに志願します!」
私は潔い宣言とは裏腹に、自分の言葉に矛盾を感じてしまった。種族レベルで嫌いなダイバーバトラに自ら志願しているのだ。こんな分かりやすい矛盾もそうそうないだろう。反吐が出る……。
しかし、クーデターを成功させ、レイサ様の無念を晴らすため、そんな感情をギュッと押し殺して、師匠の前では優等生のアリサを演じ切った。
「それでは簡単な適性試験を受けてもらうからそのつもりでいろ。なに、心配するな、お前なら楽勝の試験だ」
「はい!」
試験って何だろう……?
まあ、楽勝ならいっか。
二日後、私がダイバーバトラにふさわしいかどうかの適性試験が行われた。場所は地下訓練場、センターハウスに隣接するダイバーパークの地下にある、ダイバーシティが有事を想定して作られた巨大な施設だ。
地下訓練場には夢我師匠と、堅苦しい背広を着た試験官らしき人が二名、書類とペンを持ち難しそうな顔をしている。
広さは小さな集落がすっぽり入るのではないかというくらい闊大で、戦闘を行うには申し分はない。
「これから試験内容を説明する。といっても、私からの推薦があるから、お前の力を少しばかり見るだけのもので、よほどのことがなければ合格出来ると考えて良い。内容はいたってシンプル。ただ、一人のダイバーバトラと組手をするだけだ。分かったな、アリサ」
「は、はい!」
夢我師匠の呼びかけに、私は大きな声で返事をした。この巨大な空間のせいか、私の声はよく響いた。
「それでは、対戦相手に入ってもらおう。入ってよいぞ!」
夢我師匠の張りのある声は地下訓練場一杯に響き渡った。
そして、奥の物々しい扉が唸るようにギイッと開いた。
私の対戦相手らしき人がこの空間に足を踏み入れた。
私は、その対戦相手を見るなり、はっとした。
「愚……礼……威……さん……?」
その髪の毛と交わるくらい長く、猛々しい髭が特徴的な男の顔には確かに見覚えがあった。二日前出会い、美味しいお店を紹介してくれた夜神楽愚礼威さん、その人だった。
「ダイバーバトラ候補と闘うと聞いていてが、まさか貴殿だったとはな、人間」
愚礼威さんはいつもの調子で私に話しかけてきた。
「なんだ、知り合いだったのか。それならば話は早い。準備は良いな、それでは始めろ!」
瞬殺――。
私は闘いが始まった刹那、私はこの二文字をイメージした。復讐の対象を相手にした今の私には、それが出来る自信があったからだ。
私は流星のように一瞬のうちにして消えた。そして、これまた流星のように突然、相手の前に姿を現した。
「順……回……!」
私はその身を空中に投じ、回転させる。激しく、そしてしなやかに。
相手は私の驚異的なスピードに成すすべなく、ただ理由も分からず後方へ吹き飛ばされるのみ。
とどめ……。
私は一気に決着をつけるため、すぐさま相手との距離を詰め、正拳突き「正撃」の構えに入った。
その瞬間、なぜか私の綺麗な頬は切り裂かれた。理由は分からない。ただ、頬から滴り落ちる鮮血は、私が一瞬のうちにしてやられたという事実を如実に物語っていた。
それから、私は全身から悪感を伴なった。その悪感の正体は対戦相手である、愚礼威さんの眼光だった。人間の眼にしてはあまりにも鋭く、あまりにも野性的。
さらに、まるで鰹節のように妖しく踊る、彼の体から生える剛毛がそれを助長させた。
私は全身で感じ取った。
この人も私同様……。
特別!!
「やめ! もう、十分に分かった。一階堂アリサをダイバーバトラとして認める!!」
私はこの日よりダイバーバトラとして人生を歩むことになる。