第ニ十五伝(第九十伝)「二つ目の繋がり」
第二十五伝です。総合では節目の九十伝を迎えました。このまま百伝まで突っ走りたいので、今後ともよろしくお願いします。
あの日、レイサ様は原因不明の吐血に襲われていた。
「レイサ様! どうなされたのですか!?」
私はこの時、とにかくレイサ様のことが心配で仕方が無かった。
レイサ様は私にとっての全てだったからだ。全部の繋がりがレイサ様とのもの。レイサ様を失うことはすなわち、全てを失うということになる。
「ここまで弱っているとはな……」
この時のレイサ様の言葉はよく覚えている。
今まで凛として気丈に振る舞っていたレイサ様の声が怯える子猫のように力が無かったからだ。
「弱っているとはどういうことですか?」
私は咄嗟に聞き返した。
私はレイサ様の答えをとにかく欲していた。レイサ様は私の欲望を満たすかのように、まだ六歳の私に全てを打ち明けてくださった。
「我はキングツリーの力の源であり、バトラのスペシャルの源であるライフソースをキングツリーと共有する力を有する。キングツリー内にあるライフソースが充足していればその分我の力も増幅する。しかし、逆もまた然り。キングツリーのライフソースが不足していればその分、我の力が衰退する。今現在、我は衰弱している。ということはすなわちキングツリーのライフソースが不足しているということだ。原因はただ一つ。ダイバーシティの存在だ。奴らは我々と同盟関係であることをいいことに、先ほどのようにキングツリーのライフソースを底なしに搾取しているのだ。外界人がキングツリーの力を手に入れる。創始者である階堂アスカ様はこんな状況をお望みになられていないはずだ。我の責任だ。我が小門永錬に負けてしまったばっかりに……。とにかく、我々ツリーハウスの住人の象徴ともいうべきキングツリーはなんとしてもダイバーシティの魔の手から救わねば」
私は当時、レイサ様が仰った言葉の意味をはっきりとは理解できなかった。
だが、レイサ様が弱っているのはダイバーシティのせいだということははっきりと分かった。奴ら(ダイバーシティの連中)はキングツリーのライフソースだけではなく、レイサ様まで奪ってしまうのか……。
私は六歳にしてダイバーシティに対し、ひどい憎悪の感情を覚えた。
☆ ☆ ☆
~四年後~
「順回!」
私は一年前から一階堂の姓にふさわしい力を、キングツリーの大いなる力に耐えうる器を手に入れてる為に、レイサ様と鍛錬を開始した。
「さすが我と同じ一階堂の姓を持つ者といったところか。早くも、極空回の土台である順回が様になってくるとはな……」
「ありがとうございます★ レイサ様!」
レイサ様からの褒め言葉。
これが私の唯一の生きがいだった。だから、私はたくさん褒められるレイサ様との鍛錬が大好きだった。
しかし、そんな幸せな時間は長くは続くかなった。
「グハッ! 鍛錬は終わりだ……」
レイサ様はまたしても吐血なされた。
最近、レイサ様の吐血が日に日に増えていく。皮肉にも、レイサ様の吐血がレイサ様の衰弱ぶりを如実に示している。
レイサ様の吐血を見るたびに、キングツリーの力イコールレイサ様の力を奪い取っていくダイバーシティへの憎悪の感情が増すばかりであった。
そんな明くる日、レイサ様は私にある指示を出された。
「アリサよ、分かっているとは思うが、私の体は日を追うごとに弱っている。もはや、満足に貴様と鍛錬すらできない。アリサよ、ある道場へ行け。私の知り合いがやっている。今の我が鍛錬するよりも、よほど強くなるだろう」
「そんなこと……。嫌です! レイサ様以外の者に教わるなど……!」
「案ずるな。我は例えアリサと鍛錬が出来なくとも、貴様のそばいいるし、成長をずっと見守っている」
「レイサ様……!」
私は思わずレイサ様の胸に飛び込んだ。
今の私の心を癒やすには、どんな優良な薬よりも、レイサ様の一言が一番の薬なのだ。
私は道場に通うために、レイサ様、レイサ様にお仕えする二階堂の者と共に、これまで十年間生きてきて、初めてツリーハウスの外に出た。
箱入り娘という言葉があるが、ある意味私はそれの究極系だろう。
外はとにかく明るかった。普段、木の中で生活している私にとって、陽の光をさえぎるものが何もないことに驚いたのが今でも鮮明に覚えている。
空気は普段からキングツリーの澄んだ空気を吸っているせいか、よどんでいるような印象を受けた。
ツリーハウスから歩いて一時間ちょっとしたくらいであろう。茅葺き屋根が特徴的な家が何軒か立ち並ぶ小さな集落にたどりついた。
その中でも、「猫道場」と木の立て札に書かれた、漆黒のペンキで全身を濡らした怪しげな風貌に、不吉を表す黒猫の絵が描かれた、なんとも不気味なオーラを醸し出す建物が異彩を放っていた。私が一番驚いたのは、建物の材質。木以外で建物を創れるなど想像すらしていなかった。この建物の材質が鉄だと知ったのは後のことである。
「ここだ」
レイサ様はそう言って、その建物に指を差しだした。
「ここですか……?」
私は唾をごくりと飲んだ。
先ほども言ったが、私は外に出ること自体が生まれて初めての経験。当然のことながら、ツリーハウス以外の施設に足を踏み入れた事すらない。そんな私がいきなりこんあ怪しげな施設に足を踏み入れるのだ。ハードルが高すぎる。
「アリサよ。案ずるなと言っているだろう。我がそばにいる」
私の不安は、レイサ様の魔法の言葉によってすっかり浄化された。
私は初めてツリーハウス以外の建物に足を踏み入れた。
中へ入ると、スパン、スパンという音が私の耳と言う名の吹き抜けを勢いよくとおった。
生徒らしき者達が両拳を交互に前後に差し出ししている。私はその生徒達を見て驚いた。
その生徒達の背丈が私ほどしかなかったのだ。つまり、その生徒達は私と同じ子供だったのだ。
なぜ、そのような当たり前のことに驚いたかというと、私は生まれてから今まで自分以外の子供に出会ったことが無かったからだ。ツリーハウスは姓ごとに生活する場所が隔離される。一階堂の姓を持つ者は、現役では私とレイサ様の二人。子供は当然私一人。だから、他の子供を見た事すらなかったのだ。
正面にはそんな生徒である子供達と向き合いながら、生徒達と同じ動作をする一人の大人の女性がいた。
おそらく、この道場の師範なのだろう。その割には若い。二十代前半、いやもう少し若いかもしれない。だが、黒のボロボロになった道着を身に纏い、猫耳つきのキャップ帽をかぶった、摩訶不思議な風貌をした彼女にレイサ様と同じような強者たるオーラが見え隠れしていた。
「おい、中断しろ」
その女性の一声で、先ほどまで響き渡っていた拳で風を叩く音がピタッと止んだ。この女性が道場に与える影響力を察するに、師範であることは間違いが無さそうだ。
「何の用だ、一階堂レイサ」
師範の女はそう言って生徒達を遮りながら、レイサ様の元へ近づいていった。
私は、師範の女から溢れ出る圧倒的なオーラに呑まれてしまった。呑まれてしまったが、レイサ様を守るために、二階堂の女と共に、レイサ様の盾になるように割って入った。
「黒猫夢我。今日は貴様と闘いにきたのではない、貴様の力を見込んで、そこにいる娘を貴様の道場に入れさせてやりたいのだ」
「この子か?」
女はそう言って、私のことを指さした。
「そうだ」
「お前の子か?」
「そうとも言えるし、そうではないとも言える」
「相変わらず、意味のわからないことを」
「それで、こいつを道場に入れてくれるのか?」
レイサ様の言葉を受け、女は私の目をじっと見た。
私はとっさに女の目を見返した。女の目の奥には強大なオーラに隠されてた、暖かいものを感じた。
私は感覚的にこの女を信頼した。私は初めてレイサ様以外に信頼できる人間に出会ったような気がした。
「いいだろう。娘よ、お前をこの道場に入ることを許可する」
女は私の道場への入門を許した。
「は、はい」
「私の名は黒猫夢我だ。お前の名は?」
「アリサ。一階堂アリサです」
「そうか、よろしくなアリサ」
これが師匠との出会いだ。私にとってこの人との出会いが、レイサ様に続く第ニの繋がりを生むこととなった。
この日より、私は夢我師匠の道場「猫道場」へ通うこととなる。
「ツリーハウスから来ました一階堂アリサです! みんな、よろしくね★」
私は誰よりも明るく振る舞った。決して、私の心の奥底に住み着く闇を外に出さないために。
「今日からこの道場に入門することになった一階堂アリサだ。みんな、仲良くしてあげるのだぞ。よし、再会だ! 正拳付き百回!」
私は見よう見まねで、規則的に左右の拳を突く動作を行った。
最初のころはこの動きに全く慣れなかった。レイサ様との鍛錬は実戦さながら。規則的な動きなど一切なく、本能に身を任せることしかなかった。
おそらく、これはツリーハウスの住人が自分が特別な存在がゆえに、本能のままに身を動かせば結果はおのずとついてくるという思想から来ているのだろう。
だから、このような基礎と言う名の実戦では何の意味も見いだせない代物に体がすぐには順応しないのだ。
「いいのですか、レイサ様? アリサ様があのような外界人に教えを受けるなど」
「案ずるな、二階堂の者よ。確かに、今までの私ならこのような手を打つなど考えもしなかっただろう。だが、ツリーハウスの力だけでは闘いに勝てないことが、対小門永錬戦で証明された。だからこそ、私は賭けたのだ。私が越えられなかったダイバーシティという大きな壁をアリサが越えてくれること、つまり私を超えることを……!」
レイサ様と二階堂の者がそんな会話をしているような気がしたが、拳が風を叩く音が邪魔であまりよく聞こえなかった。
こうして、私は夢我師匠のもと、基礎を学びながら着実に力をつけていった。キングツリーの力だけでなく、レイサ様の命までも奪おうとするダイバーシティの連中にいつかこの手で目に物見せるために。
私が猫道場へ入門してから一年後。
「はあああ!!」
私は雄たけびを上げながらひたすら道場で自らの拳をがむしゃらに振るっていた。
道場の稽古は大きく分けて三つのメニューに分かれている。まずは、今私が行っているひたすら交互に拳を永遠に打つ通称”打ち込み”。敵の顔面を狙うことを想定して上部に打つ上段突き、敵の胸辺りを狙うことを想定した中段突き、敵の腿辺りを狙うことを想定した下段突きの三種類。これでまず拳を息つく間もなく打ち続けられるスタミナと、拳を打つスピードが鍛えられる。定期的に蹴り込みも行い、同時に脚力も鍛えることができる。
さすがに最初は辛かった。両腕の感覚が無くなったったほどに。しかし、数カ月もすれば辛さも緩和された。一階堂の姓を受けたスペックからか、レイサ様の鍛錬のお陰か、またその双方かは分からないが、私は道場内で地獄の練習とされるこの打ち込みがまるで苦にならなかった。
二つ目のメニューは”転脚”という特殊な走り込み。普通の走り込みとは違い、一歩一歩を大股に、どちらかというと跳躍に近い歩法で走り込む。これは、バトラにとって必須の回避法、転法に直結する動きなのだ。
これは私の一番好きなメニュー。レイサ様との鍛錬のお陰でこの頃からスピード能力は抜きんでており、この練習において私の右に出る者はいなかった。
最後のメニューは”岩破壊”。道場の外に出て、道場近くの岩山にある岩を自らの拳と脚を駆使し、道場の生徒全員で壊す。壊したらその時点で稽古は終了、家に帰ることができる。
個人の力もさることながら、壊せないと全員帰ることができないという連帯責任を生み出し、道場生徒全員の息を合わせないと壊せない仕組みとなっており、チームワークも重要になってくる。
幼きころからレイサ様だけが全てで、”仲間”や”チーム”という言葉を知らなかった私にとって、このメニューが一番苦手であり、苦痛なメニューだった。
バコオンと夜空に響く岩砕音。どうやら今宵の稽古も終わりを告げたようだ。
「はあーい。お疲れ様、アリサ」
我がホームであるツリーハウスに戻るため、暗い夜道をひたすら歩く私に声をかけたのは、同じ猫道場の道場生であり、紫奇髪ジェシカ。私と同い年でありながら、大人の雰囲気を醸し出し、地面までつきそうな長く妖艶な紫色の髪が特徴の彼女だが、能力は道場生の中でもトップクラスのエリート。一階堂の姓を持つ私と並ぶかそれ以上の素質の持ち主だ。
「ジェシカちゃん、お疲れー★」
「もう、今日の岩破壊も足手まといばっかり疲れちゃうわ。私とアリサの二人だけならもっと早いのにねー」
「そんなことはないよ、ジェシカちゃん」
とは口では言ったものの、心ではジェシカの意見に激しく同意せざるおえない。はっきりいって道場生は私とジェシカを除けば凡な力しか持たない者ばかり。
私はそんな道場生を見て次第に自分が特別な存在だと徐々に自覚していくことになる。
「おかえり、アリサ」
ツリーハウスに戻ると夜遅くにもかかわらず、レイサ様はいつも私の帰りを待っていてくれる。
「ただいま帰りましたレイサ様」
私はレイサ様の姿を見て、いつも頬がゆるんでしまう。
安心するのだ。レイサ様と一緒にいると、私の体にへばりつく、道場で手に入れた疲労感というものが綺麗さっぱり消却されるのだ。
「今日の稽古はどうだった?」
「はい。今日も楽しかったですよ」
「そうか。最近、アリサの笑顔が増えている。どうやら、道場に入れたことは成功したようだ」
「私の笑顔のことまで……」
「当たり前だ。我は貴様の”親”なのだからな」
私は思わず涙をこぼしてしまった。
レイサ様が私のような者に与えるのはもったいないお言葉だったから……。
それから、さらに一年が経った。私の力は着実に強化されていった。