第二十四伝(第八十九伝)「一階堂アリサ誕生」
第二十四伝です。みさなんの生い立ちはどういったものなのでしょうか。私凄く気になります。それではどうぞ、どうぞ。
ツリーハウスがダイバーシティと同盟を組んでから二十数年後、今から二十数年前。ツリーハウスに新たなる息吹をもたらすような産声が上がった。
「おぎゃあああ!」
それは、それは大きな声だった。ツリーハウスという名の静寂な会場を、瞬く間に音楽だけで沸かせるようなオーケストラのような大きくて立派な声だった。
「さて、選別の時間じゃぞ」
生まれたての赤子は母親の肌の温もりを感じる間もなく、小汚い爺によって連れされてしまった。
「ああ、私の子供が……」
その赤子の母親は嘆いた。
ツリーハウスの伝統である選別。この制度により、子は同じ階級の者に育てられることとなる。つまり、もし親と違う階級に選別されたのであれば、親は実の子を育てることはできない。いや、会うことすらできないかもしれない。
だからこそ、親は願うしかないのだ。
自分と同じ階級であれと……。
高い階級の者ならともかく、低い階級の者は複雑。もし、自分と同じ階級であるとするならば、それはイコール我が子が生まれながらにして低俗な者というレッテルが張られるということになるからだ。
とにもかくにも、この選別で子の運命、親の運命が決まると言っても過言ではないということだ。
「”四”じゃな」
一人の子の選別が終わったようだ。
「良かったわ! 私が育てることができる! 四でもいいのよ。これから戦って強くなればいいのだから。決めたわ、あなたの名前。戦樹よ。四階堂戦樹!」
そう言ってその子の母親は小さな小さな赤子をギュウと抱きしめた。そして、すぐさま自分の住処に生まれたばかりの我が子を連れ帰った。
どうやら、この親子は無事、共に生活できるようだ。
「ふん。戯言を。所詮、四は四じゃ。このツリーハウスの落ちこぼれであることに変わりはない。さて、次じゃ」
と、苦言を呈したのは、先ほどから赤子を連れ去っては、赤子の階級の判断を下している長い白ひげを生やした小汚い爺。長きにわたりツリーハウスの住人を選別してきた通称選別爺だ。
文字通り選別爺のスペシャルは選別で、血の音を聞き人の優劣を判断する事が出来る。
選別爺は次なる子の選別を開始した。
次の選別の対象は、先ほど元気な産声を上げた女の子だった。
「おぎゃああああ!」
「泣く」という立派な仕事を全うしている赤子に爺は、選別をするために赤子の人形みたいに愛らしく小さな体に耳を当てた。
爺が耳を当てた途端、顔色が変わった。
「こ、これは……!」
血の音を聞き選別する爺であるが、この赤子の血の音は常軌を逸していた。
まず、大きい。バチに叩かれた太鼓のように胸を刺激するような音。それだけではなく、大地に脈々と流れる溶岩のように生命力に溢れかえっている。
「この子は”一”じゃ」
爺の言葉により、今まで生命の誕生を祝福するかのように穏やかな空気を流していたツリーハウスの空気が氷漬けにされたように張り詰めた。
一の称号を与えられる者は、いくら優秀な血を持つツリーハウスの住人ですら数十年に一人いるかいないかというレベルのごくわずか。一の称号を持つということはすなわち、ツリーハウスの頂点を担うということ。生まれたばかりのこの女の子に、早くもそんな大役が任されたのだ。
「まさか、私の子が一……」
この事実に一番の驚きを見せたのは実の母であろう。たった今、一の称号を与えられた子の母は両手で口を覆い、驚きを表現した。
実は母親、特に優秀な血を持っているわけではない。ごく平凡のツリーハウスの住人。ツリーハウスの住人の血の優劣は、突然変異によるものが多く遺伝はそこまで影響しない。
とはいったものの、ツリーハウスの住人の中で秀でた存在ではない自分の子が、まさか将来のツリーハウスの頂点を担う存在になるなんてことは夢にも思わなかったようで、心底驚いたようだ。
実の母親に驚きの次に襲った感情は、誇らしさ。優秀なツリーハウスの住人の中でも特に秀でた血の証明である一の者をこの手で産み落としたという誇りだ。
しかし、すぐにこの感情が支配してしまった。
”哀しさ”。
ツリーハウスのルール上、姓ごとに区分けされた生活を強いられる。一の姓など持ち合わせていない母親は当然、一の姓を持つ我が子と共に生活することはできない。それは実の我が子であろうと特例は許されない。
忌まわしき掟である。愛情を注ぐことも、成長をこの目で見届けることもできないのだから。
「いやああああ! この子は私の子! 私が育てる……!」
母親はこれから一度も娘に会えないという恐怖に頭が支配され、叫びながら反射的に爺から我が子を奪い去り、自分の元から離さまいと強い力で抱きかかえた。
しかし、勝手な行動を取った母親は爺によって蹴り飛ばされ、すぐに奪い返されてしまう。
「このお方は”一”の称号を与えられた者であるぞ! 主のような低俗な者が気易く触れるでない! この赤子を”一階堂の間”に連れて行け」
爺は部下に指示を出し、部下に一の姓を持つ赤子を手渡した。部下は生まれたての赤子を抱き抱えながら、どこかへいってしまった。
私の子……。私の子なのに……。
血の優劣だけで触れられることすらできないなんて……。
連れ去られてしまった子の母親は爺の主張がとんちんかんなものとしか思えなかった。
「ああああああああ!!」
一の者を産み落とした女は子どもを奪われたことに耐えきれずに発狂した。
実の親子であろうと血の優劣により隔離される。これが、ツリーハウスの鉄の掟である。
一階堂の間。
キングツリーの力が直に伝わる立地にあり、キングツリーから、どんなに衰弱しきった者でさえも活き活きとした体を手に入れるような生気が常にあふれ出ている。この一階堂の間は一の姓を持つ者と、特例でその僕である二の姓を者しか踏み入れることを許されない特別な間である。
現在、ツリーハウスにおいて一の姓を持つ者は一人のみ。
名を一階堂レイサ。ツリーハウスの創始者・階堂アスカと瓜二つの力と姿を持つ彼女は、文句なしで一の称号を手に入れた。
ツリーハウス創立時から住人達が持っている自分達だけが特別な存在であるという信念を人一倍持つ彼女だったが、新国・ダイバーシティのリーダーである小門永錬に敗れた。それが、今日のダイバーシティの同盟関係に繋がっている。
だが、本日を持ってこのツリーハウスにおいて一の姓を持つ者は二人となった。
「二階堂の女よ、その子は何だ?」
キングツリーのツタでできた豪華なソファーに腰掛けているレイサは、なぜか赤子を抱いている僕である二の姓を持つ女に疑問を持った。赤子でさえも、一階堂以外の人間にこの一階堂の間に足を踏み入れることは禁止されているからだ。
「はい。このお方は一の姓を持つものであられます」
「そうか」
二階堂の女の答えにレイサはにやりと笑った。
ここ数十年のツリーハウスはレイサ一人しか一の姓を持つ者がいないほど不作で、現在ツリーハウスの頂点に立つレイサの後継者がいないことを危惧していた。しかし、そんな暗雲立ち込めるツリーハウスを明るく照らすかの如く自分の目の前に参上した未来ある赤ん坊の誕生がひどく嬉しかったようだ。
「どうされますかレイサ様?」
「ツリーハウスの掟がある以上、この子は実の母親に育てられることはない。我がこの子を我が子のように育てる」
「かしこまりました。お名前はどうなさいましょうか」
「そうだな。まずは名を決めねばな」
そう言ってレイサはツリーハウス創立時からなぜかあったとされる書物・『人神伝』をおもむろに開いた。
『人神伝』。
内容は”人神”と呼ばれる七柱の神が世界を創造する物語。
「我が最も好きな人神、拳神・亜里抄。拳神・亜里抄は他の人神のように特別な力や武具を一切持たない。ただ、それを補って余りある圧倒的な肉体を有し、人神の中でも最強のパワーとスピードを持った人神。まさに、存在自体が特別。ツリーハウスの住人を象徴するような存在だ。その人神の名を用い、この赤子の名をアリサ、”一階堂アリサ”とする!」
~現在~
「こうして優秀なツリーハウスの住人の中でも最高の血統を持つ者の証である一階堂の姓を生まれながらにして手に入れた私は、同じ一階堂の姓を持ち当時ツリーハウスの頂点に君臨していた一階堂レイサ様に育てて頂いた」
☆ ☆ ☆
私、一階堂アリサが生まれてから六年がたった頃、レイサ様にある変化が見られた。
「アリサよ、貴様ももう早六歳。そろそろツリーハウスの頂点に立つ者としての自覚を持たなければならない。その意味がわかるか?」
「はい! レイサ様★」
私は否定することなく力強く返事をした。
私は本当の親を知らない。ツリーハウスのルールにより別の姓である親と、生まれながらにして離れ離れになってしまった。名前はおろか、会ったことすら一度もない。
私が物心がつき始めた時、この事実をレイサ様から伝えられた。
最初は凄く哀しかった。ツリーハウスの掟を憎んだりもした。
でも、そんなものはすぐレイサ様が消してくれた。
レイサ様は私のことをまるで我が子のように、愛情たっぷりに育ててくださった。
嬉しかった。
私は本物の親かどうかなんて次第にどうでもよくなっていった。レイサ様はいつも自分のそばにいてくれて、たっぷりの愛情を注いでくださる。私にとってレイサ様は親同然の存在だ。
「アリサよ、あれはなんだ」
レイサ様はそう仰って、まるで仏様のように自分達を見守っている巨大樹の幹を指さした。
「はい! あれは、キングツリーです」
「そうだ、あの樹こそが我々に特別な力を授け、我々を守ってくれる、まさに我々にとって神同然の存在である。我々はキングツリーに感謝を忘れてはいかぬ」
「大樹に祈りを捧げよ」
「はい!」
祈りを……捧げる……。
レイサ様は律儀なお方。私はレイサ様と毎日こうして大樹、キングツリーと向きあい、正座し、両手を合わせ祈りを捧げる。私達に、否私たちだけに力をくれたキングツリーに感謝をするために……。
「入りますよ」
キングツリーの神秘的な力が身に染みて伝わる、神聖な一階堂の間に何者かが入ってきた。
一階堂の間はその名の通り、一階堂の姓を持たないツリーハウスの住人すら入ることを許されない。ツリーハウスの住人ではない外部の人間なら言語道断だ。
しかし、たった今入ってきた者の風貌はどうだ。ツリーハウスでは滅多にお目にかかれない辺鄙な服を身に纏っている。とても、ツリーハウスの住人とは思えない。
「ダイバーシティの者か」
この者はダイバーシティの者であった。
ダイバーシティとの同盟関係に含まれているキングツリーの力の供給。キングツリーの力が凝縮されている樹液を、この男が定期的に一階堂の間に回収しに来るのだ。
私は幼ながらにしてひどい憤りを覚えていた。この神聖なる一階堂の間に同盟関係にあるとはいえ、部外者が勝手に土足で入って、私達にだけに与えてくれるはずのキングツリー力が外部に流出してしまうのだから。
「あまりとるなよ」
デリカシーなくキングツリーからあふれ出る樹液をむさぼり取るダイバーシティの者に、私は睨みつけて威嚇するのが通過儀礼になっていた。
「アリサよ、いらぬことはするな。我が小門永錬に負けたのが悪いのだ」
「レイサさん、ツリーハウスもいつまでも閉鎖的では困りますよ。我々は同盟関係です。門戸を開きましょう。未だにツリーハウスに入ることができるのはダイバーシティの人含めごく少数。私のように何か用が無い限り、入ることは許されない。我々、ダイバーシティはあんた達に行き来も居住も許可しています。それも、同盟関係ですので安価で土地も提供しています。少しは考え直したらどうですか」
この者は私達の力の源であるキングツリーの樹液を奪い去るどろこか、レイサ様に口答えをしているというのか。なんて野蛮な奴らなんだ……。
私は幼き時からダイバーシティに不信感を抱いていた。
「ふん。我々には我々の伝統というものがある。聞く耳は持たぬな」
「さすがレイサ様です! 用が終わったのなら、即刻立ち去るがいい!」
私はレイサ様の主張にひどく共感し、ダイバーシティの者を追い出した。
「レイサ様、私はダイバーシティという国が気に入りません」
「我はそのダイバーシティに敗北したのだ。我の責任だ。我のせいでツリーハウスの格を失墜させてしまった」
「そんな、レイサ様のせいではありませんよ!」
「ただ、アリサの言いたいことはよくわかる。我もダイバーシティは気に入らぬ。だが、安心しろ。ツリーハウスは必ず格を取り戻す。我々が特別な存在であることはゆるぎない真実だ。それに今は貴様という新たな――グハッ!」
この時、レイサ様は吐血なされた。これが、レイサ様が私に初めて見せた変化だった。