第二十一伝(第八十六伝)「ツリーハウスの歴史」
闘いも白熱してまいりましたが、ここで一つブレイクタイムです。いよいよツリーハウスの歴史が紐解かれます。どうぞ、ご覧ください。
「まずは、ツリーハウスの歴史から話さないとね★」
アリサはゆっくりと語り始めた。
☆ ☆ ☆
王樹。
世界最大の樹木で、その歴史は幾千、幾万とされている。
キングツリーはその大きさだけでは無く、高い生命力を誇る。バトラの力の根源であるライフソースが大量に含まれており、一説にはキングツリーがライフソースを生み出したとされている。
約二百年前、ある女がいた。その女はバトラだった。
女はいわば”落ちこぼれ”で屈強なバトラ達と相容れることは無かった。
劣等感にかられた彼女は自分の無力さに絶望し、バトラの道を断念した。
女は、自分の凡なる力を削除し、特別な力を求め、特別な存在になるために放浪の旅に出た。
しかし、あてなどない。その旅は過酷を極めた。肉体的にも精神的にも疲弊し、女は次第に生命力が枯渇し、死と隣り合わせの毎日を過ごしていた。
どこにいるのかも分からない、自分が何をしているのかも分からない、そんな極限状態の中、女の目に飛び込んできたものは視界という名のフレームに収まりきらないほどの巨大な樹木だった。
女はこの時、死にぞこないである自分の状態を加味し、幻だとも夢だとも思ったそうな。
あの樹には、我が欲している特別な力がある――。
そう直感した女は、巨大樹の幹に付着されていた緑色をした粘着質の樹液と思われるものを、無我夢中で喉に送り続けた。
これは――!
女はこの時、凡な自分では今まで決して感じることができなかったなんともいえない高揚感に見舞われたそうな。
女は体内に含んでいる樹液が自分に特別な力を与えていることを肌で感じ取ったのは容易なことだった。血液、骨、細胞、皮膚が活性化しているのが手に取るように分かったからだ。
我は手に入れた――!求めていた特別な力を――!我は特別な存在になった――!!
女は、キングツリーを拠点とし生活するようになり、後にバトラへ復帰した。特別な力を得ることができた女は、屈強なバトラ達とも相容れるようになり、次第に一目置かれる存在となった。
そして、男と結婚し、子を授かった。
そこで、あることが判明した。
キングツリーの特別な力は子に遺伝する――。
女は男と子と共に、キングツリーに住居を作り、本格的にキングツリーでの生活をはじめ、余生を過ごした。
これがツリーハウスの起源とされている。
女の名は階堂アスカ。後にツリーハウスの創始者と呼ばれる女である。
☆ ☆ ☆
階堂アスカが死去してからも、親から子へ、子から子へと、ツリーハウスの住人は廃れることなく枝分かれのようにその数を増やしていった。
しかし、数が増えたがゆえにある弊害が起こってしまった。
特別な存在が多すぎると、それはもはや特別な存在では無くなってしまう――。
そんな矛盾を取り払うために、ツリーハウスの住人はあるルールを設けた。
”選別”。
新たに生を受けたツリーハウスの住人を、特別な力がどれだけ色濃く反映されているかで、選別したのだ。
分かりやすく、階堂姓に一から四の数字を加えて。一は最高レベルの力を持つ者、二は優秀な力を持つ者、三は凡な者、四は劣悪な者といった具合だ。
さらに、一は一同士、四は四同士で生活するように強いられ、生活区域も数字ごとに完全に隔離させた。
一や二の姓を持つ者はキングツリーの特別な力が最も湧き出る下部に、三や四の姓を持つ者はキングツリーの特別な力があまり及ぶことがない上部に生活拠点が指定された。さらに、拠点ごとに完全に隔離されており、違う姓を持つ者同士の交流は禁止とされた。
それは約八十年前から始まったルールだ。
このルールが生まれてからというもの、彼らにはある特別な感情が芽生え始めていた。
我らこそ特別であり、他所者は平凡な存在でしかない――。
彼らは、ツリーハウスの住人以外の人間を「外界人」と呼び、蔑むようになっていった。
次第に、違う姓を持つ同じツリーハウスの住人同士でもいがみ合っていった。
約五十年前、ツリーハウスの住人に転機が訪れた。
それは、ダイバーシティの建国だ。ツリーハウスの西方に出来たその国は、リーダー・小門永錬を中心にその勢力を次第に広げていた。
そんなあくる日のことだ。
ツリーハウスにめったに来ない来訪者が訪れた。
「一階堂レイサ様」
忠実なる僕に呼ばれたのは、当時唯一、一階堂の姓を持ち、若くしてツリーハウスの頂点に上り詰めた実質的なリーダーであった一階堂レイサ。
彼女はツリーハウスの創始者である階堂アスカとその能力、姿ともに瓜二つであり、歴代においても数えるほどしかいない”一”の姓を与えられた。
当時、一階堂の姓を持つ者は彼女一人で、次に優秀な血を持つ”二”の者を僕に置き、政治を行っていた。
そんな矢先のことだ。
「なに、外界人が?」
レイサは物珍しそうな顔をして口を開いた。ツリーハウスの住人以外の者、つまり外界人がツリーハウスに訪れることなど、滅多になかったからだ。
「はい。どうやら、その外界人の名は小門永錬。最近出来たダイバーシティという国のリーダーだそうです」
僕である二階堂の姓を持つ女が話し始めた。
「その者達は、我々に何の用があるというのだ?」
「どうやら同盟を組みたいと。我々の特別な力を欲しているようです」
「同盟か。そんなものは特別な力を持たない凡な者同士が、弱い力を集め合わせ、満足感を得るためにあるものだ。元々、秀でた力を持つ我々に必要はない」
「では、追い返しますか?」
「いや、このところ少し退屈でな。外界人と話すなど滅多に無い機会だ。話だけでも聞くとしよう」
「かしこまりました」
ツリーハウスの外に立っていたのはダイバーシティのリーダーである小門永錬と思われる男と部下らしき女の二人だった。
小門永錬と思われる男は、長い間愛用していることが簡単にわかるくらい、いたるところ傷だらけの麦わら帽を深くかぶり、背には何人もの猛者切り倒していたような鋭き真剣を携え、表情こそ防止のせいでよくわからないものの、彼の体を取り巻く圧倒的なオーラは一般人であれば物怖じしてしまうほどだ。
一方、部下らしき女は、全身暗い黒ずくめのマントを身にまとい、そのマントとは正反対の明るい真っ赤な髪が特徴的だった。女の持つ心を読むことが不可能なほどの禍々しい眼からか、永錬のような圧倒的なオーラこそないものの、人々を恐怖のるつぼに陥れるような不気味なオーラを逐一放っていた。
「どうやら、凡な者達ではないようだな」
この二人のいでたちを見て、久方ぶりにツリーハウスの外の空気を吸ったレイサが話の口火を切った。
「あんたが一階堂レイサだな? 俺はダイバーシティのリーダー、小門永錬だ」
国のリーダーになろうが人の本質はなかなか変わらない。永錬はツリーハウスの住人の長だろうがなんだろうが、お決まりの敬語なしの高圧的な態度で応対した。
「口を慎め外界人! この方はツリーハウスの頂点に立ち、唯一の”一”の姓を持つ一階堂レイサ様であられるぞ!!」
レイサの僕である二階堂の女は失礼な言葉使いをする永錬に腹を立てたのか、声を荒げながらレイサの威厳を誇示させた。
「よい。猿にいくら注意したところで治るまい」
レイサはツリーハウスのリーダーらしく、冷静に僕の怒りを鎮めた。二階堂の女は怒りが鎮まらないのか、唇を噛みながら悔しそうにうなずいた。
「マギア、一の姓とはなんだ?」
永錬は小声で部下らしき女に尋ねた。どうやら、マギアというのは部下の女の名前らしい。
「えーとねー。ツリーハウスは優秀な人とそうでない人を選別して、一から四の姓に分けられるんだって。それでね、確か一の人が一番優秀で、二の人がその次で、えーと多分そんな感じだよ」
マギアはまるで子供のようなしゃべり口調で答えた。
「貴様たち! どうやって、そのことを!」
先ほどレイサに怒りを鎮められたのにも関わらず、またしても二階堂の女が永錬とその部下であるマギアに大声をぶつけた。
「どうやら、我々の情報は筒抜けのようだな。貴様らは我々のように、特別な力を持っているらしい」
レイサは分かっていた。ツリーハウスの情報は口外厳禁、もし口外しようものなら厳重に処罰が下される。だからこそ、あの者達にツリーハウス内に潜入されたに違いないと。
しかし、ツリーハウスの警備は厳重。ありんこ一匹見逃さないほど。その警備を突破して潜入されたのだ、あの者達は自分たちと匹敵するやもしれない特異な力を保持していることを。
「そうそう、ここすごい警備が厳重で大変だったんだよー。私が無生物に精神を憑依させて、操ることができる”憑依幻想”じゃないと絶対潜入できないんだもん」
マギアは褒められたのがよほどうれしかったのか、無邪気な子供のようにべらべらと種明かしを始めた。
「なるほどな。さすがに無生物では対処しようがないな」
「ね、すごいでしょ」
そんなレイサとマギアの話を永錬は強引に遮り、本題を話し始めた。
「話は聞いていると思うが、我々と同盟を組みたい」
「その高圧的な話し方といい、こそこそと潜入をしていた事実といい、あまりいい印象は持てないな」
レイサは永錬の要望を切れ味鋭い包丁のようにスパッと切り捨てた。正論である。人に頼みごとをするときは低姿勢で誠心誠意を見せなければならない。しかし、今の永錬にはそれが著しく欠如していた。
「あんたらのことをよく知りたかっただけなんだ。すまない」
それを補うように、永錬はおんぼろの麦わら帽子を脱ぎ、髪の毛をレイサに献上するように、斜め45度の最も美しいとされる形で頭を下げた。一国の頂点に立つ者として、最低限の礼儀は覚えたようだ。むしろ、叩き込まれたと呼ぶにふさわしい。
「それは百歩譲って水に流すとしよう。いくら情報を得たからと言って貴様らではどうすることもできまい。して、なぜ我々と同盟を組みたがる?」
レイサはここで肝心なことを永錬に尋ねた。
「我々の国は出来たばっかりの新入りの国にすぎない。他国と比べると戦力が圧倒的に足りない。他国から攻められたときの対処ができない。一応、帝国の援助は受けているものの、いつまでもエンペラティアの力に頼ってばかりではいられない。そこで、特別な力を持つとされているキングツリーとツリーハウスの住人の力を借りたいのだ」
永錬は熱弁した。レイサや、今まで永錬を毛嫌いしていたレイサの僕である二階堂の人間まで永錬の話を傾聴した。これが、永錬のカリスマ性の高さの所以だろう。
「貴様の言い分は分かったが、残念ながら我々が同盟を組むことはない。貴様らと違って、我々は自分の身は自分で守れる」
「本当にそう言い切れるのか? もし他国があんたらを攻めてきたら守れる自信があるということか?」
「この世界に我々より秀でている者など存在しない」
このレイサの一言こそが、ツリーハウスがこれまでたどってきた歴史により、住人達に植え付けられた高すぎる自尊心を象徴している。
「もし、たった今この私と闘い勝てる自信があるということか?」
「当然だ。我々より秀でた者がいないということは我々より強い者がいないということと同義だ。なんなら、我より強かったならば同盟の話を受けてやってもいい」
「レイサ様がこのような外界人のために手を汚す必要はありません。この私が……」
話の流れを察し、二階堂の女がレイサにそう提案したが、レイサは首を横に振り、次のように言った。
「貴様は女の方を頼む。小門永錬とは我がやる。なに、勘違いするな。これは、私が自ら望むことだ。このところ平和でな、闘う機会が減ってしまった。平和は時に人を腐らせる。我の能力もたまに使ってやらないと腐ってしまうからな」
「私と闘うということでいいのだな?」
永錬は今一度レイサに闘う旨を尋ねた。
「話の流れを読め外界人。その通りだ」
一方、二階堂の女はレイサの言いつけを守り、マギアと対面していた。
「貴様が崇高なるツリーハウスに汚い足を踏み入れた者か。今こそその罰を受けてもらう」
二階堂の女はマギアが放つ独特なオーラに物怖じすることなく、狐のような強力な眼力を使い睨めつけながら言った。
「へー。あなたが私と遊んでくれるんだー」
マギアは自分の遊び相手を認識したようだ。
「いや、遊びはすでに終わりだ」
二階堂の女は意味深なことを呟いた。
すると、マギアの頭上に幾多にも及ぶ、どこからともなく現れた樹木達が湯水のごとく降りかかった。
バゴオオンという物凄い衝撃音とともに、マギアの小さな体は鈍重な木々たちの下敷きと化してしまった。
「天樹雨。我らツリーハウスに歯向かった罰と思うがいい」
二階堂の女はそんな捨て台詞を吐き、一瞬でマギアを葬ってしまった。
「マギア!」
永錬は部下の安否を確かめるために叫んだ。しかし、マギアからの返答はなく、その声はむなしく空の彼方へ飛んでしまった。
「我らの力を少しは思い知ったか外界人」
「なるほどな。やはり、その力は我が国に必要なようだ」
レイサの呼びかけに、永錬は何かを確信したように答えた。