第二伝(第六十七伝)「バトラのルール」
2の第二伝です。堅苦しいですが、ここでバトラの世界観をしっかり伝えていきたいと思います。それでは、どうぞ。
四階堂戦樹。仕事中に敵によって右腕を破壊された。バトラを続けることが困難となった彼は、休職中にエルヴィンと出会う。右腕をエルヴィンによって治してもらった彼は、生真面目な性格がゆえに、エルヴィンに忠誠をつくすことを誓った。
そして、彼はエルヴィンと共に、裏闘技という闇の世界へと道を踏み外してしまった。そして、龍達と激突した。
そんな戦樹が今、龍達新人バトラの視線を一身に受け、進行役の女性の紹介の後に、彼女からマイクを授かった。どうやら、彼は本来自分が進むべき道に戻ってきたらしい。
「ご紹介にあずかりましたプレミアランク・バトラの四階堂戦樹と申します」
生真面目な性格だけあって、凄く丁寧な口調だった。本部長とのギャップでその丁寧さはさらに色濃く反映された。
根は真面目な人なんだな……。
龍は戦樹の律儀な声のメロディーに心地よく耳を傾けた。
「プレミアランクか。大したことないな」
と、水を差すどころか水を射ぬくような発言をのたまったのは、蔵持透だった。彼のデリカシーの無さは底抜けだ。
この男は難癖をつけないと死ぬのか?
龍は透のことを知れば知るほど、理解に苦しんでいた。
そう言えばプレミアランクって何だろう?
龍の素朴な疑問はすぐに解決された。
「まずは、私の紹介で進行役の方が仰っていたプレミアランクという言葉について説明します。バトラには、強さごとにノーマルランク、プレミアランク、プラチナムランク、マスターランク、アルティメランク、ゴッディスタランクの計六つの階級に分かれています。前者から後者にかけて高い階級となります。この階級がどんな意味をもっているかというと、受注できる仕事の種類が違います。バトラが受ける仕事を『バトミッション』というのですが、これは後で説明します。まずは、”ノーマルランク”です。このランクは初期のランクで、階級としては最下層のランクです。皆さんは、新人なので全員このランクです。このランクはいわば研修期間のようなもので、半人前という扱いになります。バトミッションも簡単なものしか受けられません。ですので、皆さんの当面の目標はいち早くノーマルランクを卒業してもらうということになります。真面目にバトミッションをこなしていけば、早くて半年、遅くても一年以内には卒業できます。ノーマルランクを卒業すると、”プレミアランク”にランクアップします。プレミアランクになってやっと一人前ということになります。バトミッションもノーマルランクより難易度の高いバトミッションを受注する事が出来ます。私の現ランクがそのプレミアランクというわけです。そして、功績が認められた者のみが”プラチナムランク”にランクアップすることが出来ます。プラチナムランクは一人前以上の扱いを受け、国から重宝される存在となります。プラチナランクよりもさらに難易度が高いバトミッションが受注できます。さらに、逆指名制度と言って、センターハウスに舞い込んだ依頼困難とされる難関バトミッションをセンターハウス側から直接依頼することもありますので、覚えておいてください。そして、さらにそのプラチナムランクのバトラかえあ選ばれし者だけが”マスターランク”の称号を得ることができます。マスターランクのバトラはダイバーシティに数名しかいない、まさに国を代表する存在です。当然、ダイバーシティのトップバトラとしての振る舞いが要求されます。皆さんも、ゆくゆくはマスターランクのバトラになるように日々精進してみてください。さらに、その上に”アルティメランク”というランクが存在します。このアルティメランクのバトラは全世界にも数名しかいない最強のバトラの称号となります。ここまでくると、現実味を帯びなくなっていきます。そして、その先にゴッディスタランクというランクが存在します。これに関しては現在全世界に登録されているバトラの中にはおそらく存在せず、存在意義がよくわからないランクです」
ここで説明を一区切りさせた戦樹は、一息入れるために、持参していたペットボトルに口をつけた。
中に入っていた水は重力に逆らえずに、戦樹ののどに流し込まれた。
龍は戦樹の話を頭の中で咀嚼した。咀嚼しながら、ふとこんなことを考えた。
戦樹さんの説明は誠実さが伝わってくるけど堅いなあ。アリサ先生ならもっと楽しく説明していたかも……。
龍は戦校時代の一幕を想起した。
~戦校時代~
アリサ先生は、いつも黒板にコツコツと音を立てながらチョークを走らせ、黒板全体を使って図を用いながら、わかりやすく説明してくれた。
「はーい、きいてー★ 今日は戦闘距離についての授業です。戦闘は大きく分けて三つの距離で行われまーす。近距離戦闘、中距離戦闘、遠距離戦闘の三つだよー」
アリサは説明しながら、ポンポンと黒板に書いた戦闘距離の図を叩く。そして、さらに説明を加えた。
「自分の肉体を使って戦闘する体撃、リーチの短い武具で闘う場合は近距離戦闘、一般的なスペシャルやリーチの長い武具で闘う場合は中距離戦闘、フィールド変化型のような範囲の広いスペシャルで闘う場合は遠距離戦闘という具合に。具体的に言えば交流戦のメンバーでいうと、剛君と二年の邪化射ナギちゃんは近距離戦闘がメイン、二年の水堂黄河君は遠距離戦闘がメイン、それ以外は中距離戦闘がメインだったかな。ちなみに、先生は近距離戦闘がメインだけど中距離戦闘も出来ちゃったりしまーす★ 理想としてはこの三つの戦闘距離に対応できることが好ましいけど、それはなかなか難しいから二つの戦闘距離に対応することが求められるね。もし、一つしか出来ないと……。例えば、剛君前に来て」
「ししょーのお呼びとあらば!」
剛は自分が慕う師匠の指名とあり、妙な踊りをしながら座席と教壇の間にあるぽっかりと開いた空間にのこのことやってきた。
「ハハハハハ」
そのおかしな光景はクラスに笑いを届けた。
かつてクラスの皆を恐怖の淵に立たせた驚異の男は、今やクラスに笑いを巻き起こすムードメーカーに様変わりしていた。
アリサと剛は一メートルという近しい間隔で対面した。
それは、お互いの拳が届き、お互いの息遣いも聞こえるまさに近距離と呼ぶにふさわしい距離。
「剛君、簡単な組手をしよっか」
「はいっ!」
アリサと剛は軽快な組手を始めた。相手の拳を受けたり、躱しながら自分の攻撃を打つ。質の高い組手だ。パシッパシッという拳と掌がぶつかる心地よい音が教室内をなびかせる。
簡単な組手と思うなかれ。さすがは、近距離戦闘を主軸とする二対。スピードが速い。
その組手の中で、アリサは軽やかなステップで後方に退いた。
教室にある三人掛けの長机を一つまたいだような距離。これでは互いの拳も息遣いも届かない。
かといってリーチに長い武具、たとえば龍の鳳凰剣なら届く距離。まさに、中距離と呼ぶにふさわしい距離だ。
アリサは教科書通りの中距離を体現して見せた。
当然、これでは剛の拳は届かない。剛は口を真一文字に紡ぎ、立ちすくむしかなかった。
実践で剛というちょうどいいサンプルを使い、一つしか戦闘距離に対応できないことを分かりやすく証明した、完璧な授業だった。
「はい、剛君ありがとう。ここで見てわかった通り、近距離戦闘しかできない人は、こうやって距離を取られると、打つ手がなくなってしまうんだよ」
それは俺も痛感していた。
進と闘った時、近距離戦闘しかできなかった俺は、進にそれを見抜かれ距離を取られた。
そこで俺は、中遠距離戦闘に対応するために、「火の玉・魂」を生み出した。
龍はこの授業内容を痛いほどよく理解した。
~現在~
アリサ先生の説明は、聴覚だけではなく視覚からも促してくれるから分かりやすかった。
というか……。
あの頃に戻りてえぇ……!
龍はこの時、生まれて初めて過去に戻りたいという感情を抱いていた。
今までの龍は思い出したくもないほどの辛い過去を味わっていた。しかし、龍が味わった戦校での想い出はかけがえのないものだった……。
龍が一人だけ脳内タイムマシンを使っている間に、戦樹の説明はいつの間にか後半戦を迎えていた。
「皆さんは、これからダイバーバトラに舞い込んできた依頼、バトミッションを遂行して頂きますが、どういうシステムでバトミッションが行われているかを説明します。バトミッションは依頼者、センターハウス、バトラの三者の関係から成り立っています。このシステムをトライアングルシステムと呼びます。まず、依頼者の大小様々な依頼はすべてセンターハウスが統括します。そして、センターハウスが依頼者の代わりにバトラにバトミッションを提供、紹介します。バトラはその中から自分に合った依頼を受注して、センターハウスが適正と判断した場合のみ受注は認められます。ここでバトラとセンターハウスの間で契約が成立します。ここでセンターハウスは依頼者に依頼を受けたバトラの情報を私、依頼者が了承したら、初めて三者間の契約が成立してバトミッションの遂行が可能となります。バトミッション中はセンターハウスの方からの指示は特にないので、依頼者の指示に従ってください。そして、バトミッションが成功すれば依頼者から報酬が支払われます。報酬はあらかじめ依頼者からセンターハウスにあずかさせていただき、不正がないか監査をして、それが通ればセンターハウスから支払われます。なお失敗した場合は報酬金が依頼者に返還されますのでご注意ください。それでは私からは以上です」
「四階堂戦樹さん、ありがとうございました。みなさん、お疲れ様でした。これにて入闘式を終わります。早速、明日からバトミッションを受注できますので、どんどん受注の方をよろしくお願いします。新しい環境に不安があると思いますが、我々と共に頑張っていきましょう。この後、”スクリーズ”の受け渡しがあるので新人バトラのみなさんはセンターハウスで待機していてください」
進行役の女性と戦樹が部屋から去り、短いようで長かった入闘式は終わった。
「ふー」
龍は誰が見ても分かるような大きなため息をついた。息詰まる入闘式を終え、解放感を得たからだ。
そう言えば、スクリーズの受け渡しってなんだ……?
龍は進行役の女性が最後に言っていたなじみの無い単語を思い出した。
入闘式が行われた大部屋は緊張感という日もがプツリと切れ、龍の耳に障るような騒がしい新人バトラ達の交流の場と化していた。そして、龍の耳に障るものがもう一つ――。
「ぐがー、ぐがー」
蔵持透はバカでかいいびきをかきながら、机に突っ伏してだらしないよだれを垂らしながら安らかに眠りについていた。
大事な話をしていたのになんてやつだ……。まあ、こいつと関わることなんて一生ないだろうな……。
龍は結局、最初から最後まで透を迎合できないまま、雑音が入り混じる大部屋を後にした。
そう言えば、センターハウスで待機しろって言われてたっけか……。
龍は進行役の女性が話していたことを今一度思い出し、しばらく巨大なセンターハウス内を散策する事に決めた。
「やあ、久しぶりだな龍君。裏闘技以来か?」
当てもなく、入り組んでいるセンターハウス内をさ迷っていると、前方から龍に声をかけてきた男がいた。
その男は先ほど、ダイバーバトラのルールを事細かに説明してくれた四階堂戦樹だった。
「お久しぶりです戦樹さん」
龍は敬意をもって戦樹に挨拶を交わした。
龍にとって戦樹は、敵ではあったものの、自分の信念をしっかりと持った尊敬に値するバトラの一人だ。
「君達のお陰で、私はもう一度まっとうな道に進むことができた。感謝している」
戦樹とて龍のことを尊敬していた。
裏闘技という野蛮な舞台に挑んできた未来ある若者たちが、自分のよどんだ心をろ過してくれたからだ。
「いやー、それほどでもー」
龍は照れ笑いして、まんざらでもない様子だ。
どうやら、龍の短絡的な思考回路は、バトラになっても複雑化されることはなかったようだ。
「進君や剛君や凛ちゃんは一緒ではないのか?」
「いや、僕一人です」
この戦樹の質問に龍はビクッとした。
そう言えば、あいつら見てないな……。
はっ……!もしかして俺に内緒で三人で行ったとか……。
またぼっちに逆戻りかよ俺……。
なぜか龍の心は鈍器で殴られたような感覚に陥っていた。
よかったらセンターハウスを案内するけどどうする?
「は、はい! ありがとうございます!」
龍は改めて人脈の大切さを知ったのであった。
入闘式が行われたニ階には大小様々な部屋が点在していた。部屋を区切っている壁が分厚い。
「ここで依頼者とバトラがバトミッションについて話しあったり、先輩バトラが後輩バトラの相談に載ったり、国家間の重要な会議なんかもここで行われることがある。この階の部屋は全て防音で、周りに聞かれたくない大事な話をここですることが多い」
「なるほど」
確かに歩いていると分かるように、ところどころ部屋で、扉越しに堅苦しい会議が行われているのが見て取れるが、サイレントで行っていると勘違いするほどに、音が全く聞こえない。
「次は三階に案内しよう」
三階には驚くべき光景が広がっていた。