第十六伝(第八十一伝)「選手交代」
ここで選手の交代をお知らせします。いやー、選手交代はスポーツの醍醐味ですよね。スポーツではなくとも盛り上がると思います。それではどうぞ。
威風堂々とした背中が龍の目の前に出現した。相手を威圧するような二丁の稲光したブーメランも龍の目の前に出現した。
「進……!」
龍が驚いた様子でその背中を見つめている。
龍の一番のライバルであり一番の友である雷連進がツリーハウスの地に凱旋したのだ。
進を縛っていたキングツリーのツタは粉々に切り刻まれていた。どうやら、進は自慢の太刀で、自分を縛っていた憎きツタを切り裂いたようだ。
「選手交代だ、龍」
その声は、どこか安心感があった。
「頼んだ」
龍は尻もちをつきながら言った。
龍は友に託したのだ。そこには、確固たる信頼関係があった。
「おかしいな進君★ あなたのライフソースは吸いつくしたはずだけど」
人々の原動力であるライフソース。特にバトラはこのライフソースでスペシャルを発動すると言われているのだから、バトラとライフソースの関連性は非常に大きく重たい。
キングツリーはその卓越した生命力でライフソースを吸いつくすことができる。進は、アリサの手によってキングツリーに捕まり、養分となってライフソースを吸いつくされていたのだ。
だからこそ、ライフソースがつきたはずの進が、こうしてキングツリーのツタを切り裂きながら、アリサの目の前に立っているのはおかしなことなのだ。
「さあな、正直俺にも分からない。さっきまで気力のかけらもなかった俺だが、今はなぜかバリバリに体調が良い。どうやら、俺には”特別な力”があるらしい」
「ふーん。まあいいや★ 進君には昨日の二の舞になってもらうよ」
~前日~
「雷連進様、いらっしゃいましたらセンターハウス受付前にお越しください」
今年より晴れてバトラになった雷連進。次世代のダイバーシティを担う存在と言われている邪化射ナーガと戦校時代に互角の勝負を演じたことから、早くから周りの注目を浴びていた。
そんなプレッシャーの中、進は着々とバトミッションをこなしていた。
この日も、いつもと同じように朝早くからセンターハウスに訪れ、めぼしいバトミッションをチェックしていた。
そんな中、進は呼び出しをくらっていたのだ。
「用はなんだ?」
センターハウスの要求通りに受付に来た進は、受付嬢に向かってと考えると、若干高圧的な態度で話しかけた。
「実は、雷連進様、直々にバトミッションの指名が入りました」
「俺にか? 妙だな」
指名制度というものはだいたいスペシャルバトラ以上の階級のバトラに使われるもの。いくら、期待されているとはいえ、進はあくまでド新人のノーマルバトラ。指名される身分でも何でもない。
そこで、進は違和感を覚えていた。
「はい、確かにこのバトミッションの条件は雷連進であることとなっております」
「そのバトミッションの詳細を俺のスクリーズに送ってくれないか?」
「かしこまりました」
受付嬢は丁寧な応対をし、センターハウスのスクリーズを巧みに操作し、進が持っているスクリーズにバトミッションの詳細を送った。
進のスクリーズに送られてきたバトミッションはこのようなものだった。
『依頼名:ツリーハウスにある荷物をダイバーシティに持っていってください 特別条件:バトミッションを遂行する者が雷連進であること 依頼内容:期待の新人バトラ、雷連進君に頼みがあります。私はツリーハウスに住んでいます。とある荷物をダイバーシティに持っていきたいのですが、ツリーハウスからダイバーシティまでは距離があって、なかなか持っていくことができません。そこで、雷連進君の力を貸してほしいのです』
ただの荷物運びか……。
だったら誰でもいいはずだ。ますます妙だな。何か別の意味があるそうだな。
だが、最近つまらないバトミッションばかりで退屈していたところだ。ちょうどいい。面白そうだからやってみるか……。
進は明らかに罠臭そうなこのバトミッションを、興味本位で受注した。
進はマップを頼りに、ブライトカーを乗り継ぎ、また自身の脚を使役し、ツリーハウスへたどりついた。
「雷連進くーん。待ってたよお」
キングツリーの中心部、つまりツリーハウスの入り口に待ち構えていたのは、綺麗な緑髪が特徴的な、龍を虜にさせた二階堂樹希だ。
進は疑いの目を樹希に向けながら、近づいていった。そして、進は樹希に尋ねた。
「なぜ、俺の名を知っている? そして、なぜ俺に依頼した」
「期待の新人バトラ、雷連進。有名な話だよ。それに、依頼主さんは進君のことをよく知っている人なんだよお」
「お前が依頼主ではないのか?」
「うん、私じゃないよ。それじゃあ、早速依頼主のところに案内するね」
進は樹希に連れられるがまま、ツリーハウスの独特な景観に目を刺激されながら、ツリーハウスの街並みを冒険していた。
気がつくと、奥に巨大な樹木が鎮座する、開かれた空間にたどりついていた。
そんな空間の中央に見覚えのある女性が立っていた。
「久しぶりだね進君★」
その声で、進はその女性が何者であることかを確信した。
「その声は……! アリサ先生か?」
進は内心驚いているようだが、あくまで冷静なスタンスを取りつつ言った。目の前にいる女性は戦校時代に自らの先生であったアリサであった。
「そうだよ進君★ 久しぶりだね」
「なるほど、あんたが依頼主だということか。だから、俺をよく知るあんたが俺を指名して依頼したということか」
「半分正解で、半分不正解。私があなたに用があって直接指名したことは本当だけど、依頼自体はあなたを呼ぶ口実でしかないよ」
「それぐらい分かっていた。あんたなら荷物くらい簡単にダイバーシティに運べるからな。まさか、あんたがこんな辺境の出身だということは初耳だが。それでなんの用だ? 俺の力がいる面倒事に巻き込まれたのか?」
「合っているような、間違っているような。簡単に言えば私の”野望”を達成するためにキングツリーの養分になってほしいの」
「野望だと……!?」
この発言には、今まで冷静さを保っていた進も声を荒げた。
「ということだよ進君」
後ろから樹希の声がしたと思った途端、進の両腕に痛みが発生した。何者かにつかまれたような感覚に進は襲われた。
樹希が背後から進の両腕をがっちりとつかんだのだ。
「離せ」
進は自分の体に電気を流した。帯電だ。
電気は進の体から手足に流れる。当然、その電気はそんな進の両腕をがっちりつかんでいる樹希の手にも伝わり、感電。痺れにより反射的に樹希は両腕を離す。はずだった――。
しかし、電気を伝えたはずなのに、樹希は進の両腕を離そうとはしない。
おかしいと思った進は振り返った。
「なに……!?」
進はまたしても驚嘆なる声を上げた。
確かに、樹希は進をつかんでいた。しかし、つかんでいるものは手とは限らない。樹希はどこから召喚させたのか分からないが、今にも伸びそうな色鮮やかで生命力がいかにも高そうなツタを使ってつかんでいたのだ。
「アリサ拳撃★星連撃!」
背後の状況を勘違いしてしまった進の動揺を見逃すはずの無いアリサは転法で一気に距離を詰め、星撃の連弾を進の腹一点に集中させて放ち続けた。
「ガハッ!」
進はアリサの強烈なる連撃に思わず吐血した。しかし、進はなんとか自我を保とうと、眼球を目いっぱい開いた。
「四柱牢!」
アリサが技名を唱えると、進の視界は途絶えてしまった。
気がつくと、進は大いなるキングツリーの礎となり果ててしまっていた。
~現在~
「昨日は油断したからな。次はあんたを”一階堂アリサ”という敵として処理する!」
進は比類なき覚悟で、目の前にいるアリサに小動物を睨む蛇のように鋭い視線を送った。それは、自身の先生を見る目では無い。完全に敵を見る目と変化していた。
敵として……。
それは先生であったという過去を全て捨てることを意味する。それが出来るのは容易ではない。そう感じたアリサはすかさず言葉という攻撃を繰り出した。
「進君にそんな覚悟があるのやら★」
「残念だったな。俺は龍とは違う。敵とみなせば、かつての先生だろうが容赦はしない。非情な男だ、俺は」
「そう。でも、私はあなた以上に非情だよ★ だって、かつての生徒だろうが”殺す”覚悟を持っているのだから」
途端、進の肌を寒気が叩いた。
”殺気”。
それは、他人の肌、神経、臓器、それらすべてを自分の気だけで支配し、殺す。人が生まれながらにして潜在的に持っている隠されし凶器。
アリサはそれを分かりやすく表現しただけ。しかし、それだけでも進の体は御された。
この殺気は……。かつて、本部長・小門秀錬が俺に一度だけ見せたあの殺気と似ている……。
否、この殺気は本物……。ゆえに、あの時の殺気を遥かに越える……!
この女は俺を本気で殺そうとしている……!二年間、苦楽を共にしてきた俺に情というものは存在しないのか……?
進は恐怖していた。それは殺気に恐怖していることには間違いないのだが、ただ敵が発する殺気であるならば、これほどまでの恐怖は感じなかっただろう。かつての味方だからこそ、それもかつての先生であるからこそ、その殺気は”怖い”……!
進は負けない。この男は敵としてアリサと闘う覚悟を決めたのだ。殺気だけで怖気づくほどの”タマ”ではない……!
刹那、アリサの実像が残像と化した。
アリサの実像は進の目の前に姿を見せた。
「ワンパターン過ぎる。なめすぎだこんな単純な戦法を取るやつが俺の先生だったとはな。これなら、まだ邪化射ナーガの方が上だ」
進は読んでいた。アリサの動きを完璧に。
ライバルの名を挙げるほどの余裕があった。
すでに、太刀は白光たる雷を従えていた。
「その生意気な口を今すぐ聞けなくしてあげるよ。アリサ拳撃★星撃!」
アリサ得意の正拳付き。
進はそれを完璧に読み切り、しゃがみながらかわす。
「雷太刀!」
しゃがみながら、アリサの懐に潜り込んだ進は、屈伸を利用して雷を纏った太刀でアリサに斬りかかる。まさに、絵に描いたようなカウンターだ。
しかし、さすがはアリサだ。そうやすやすとカウンターを決めさせない。
「アリサ拳撃★流雁!」
アリサは懐に入った進を、ひざ蹴りで強襲した。
かなりの威力だったようで、進は雷太刀もろとも後方へ吹き飛ばされた。
吹き飛ばされ受け身を取る進に、アリサは拳を構えながら追撃態勢に入った。
「帯電」
進は受け身を取りながらも、自身の体に電気を纏わせ、アリサをけん制した。
さすがのアリサも、あの帯電をもろに受ければ、無傷では済まされない。アリサは警戒して動きを止めた。
「帯電放出!」
そちらが何もしなければ、こちらから行くと言わんばかりに、進は身に纏っていた電気を外界へ放出させた。
「四柱壁!」
しかし、負けじとアリサも四本の木柱から成る防御壁で、進の奇襲を防ぎきった。
「飛・雷太刀!!」
キュイイインという超密度の光線が放たれたような耳を貫くかのごとく音色が流れる。刹那、白い光を纏った奇抜なファッションをした蝶が四柱壁を貫通した。
飛雷太刀――。雷太刀を飛ばす進の必殺技だ。
「十字守!」
アリサは第二の奇襲に完璧に対応しきれず、応急処置的に十字守で対処するので精いっぱいだった。
これが才と才がぶつかり合うということであろう。もしこれが大会ならば、観戦人も疲弊し切るほどの大技の応酬である。
「あなたのこの力は一体どこから来るのか、本当に恐ろしい子だね、進君は。進君の全てをキングツリーの養分にしないとね★」
アリサは飛雷太刀を受けた左腕をペロッと舐め、まだ余裕を見せていた。進を持ってしても、まだまだアリサの底は見ることができない。
「転法!」
アリサは転法を繰り出し進の視界からその姿を一旦消す。転法なら、どこからか再度姿を見せるだろう。
しかし、一向に進の視界からアリサの姿を目認することができない。
それもそのはず。アリサは視界が行き届かない真後ろにいるのだから――。
「もらった!」
捉えた事を確信したアリサは、自信満々に傲慢なその拳を振るう。
しかし、アリサの拳は進に届くことはなかった。それどころか、進の姿はアリサの視界からも捉える事が出来なくなっていた。
進は空中にその身を置いていた。寸前でアリサ直伝の転法を繰り出し回避したのだ。
「人から教わった技でしか危機を回避でいない。天才と謳われたあなたも私の前ではそんなものだよ★」
アリサは、まるで二足歩行をするように簡単に跳躍した。
これは進の悪手だ。
空中はアリサの絶対領域――。
「アリサ拳撃★順回!」
アリサは跳躍したのち、その身をコマのように高速回転させ、遠心力を利用し進に蹴りをお見舞いした。
それは、あまりにも速く美しい。まるで、バレエの演技を見ているかの如く。
進はそのスピードにより太刀を構えることが一歩後れ、もろにアリサの強烈な蹴りを腰に受けてしまう。
その衝撃で、空中から吹き飛び、まるでパイロットのいない飛行機のように地面に勢いよく墜落した。
くっ……。だが、お陰で距離を取れた……。
「四柱弾!」
四本の柱で創られた砲台から、木製の鉛弾が放たれた。
思わず、アリサの拳撃の猛威から避けられる戦闘距離を相手の力であるが距離を取ることができ、安堵した進だったが、そんな進に絶望をつきつけるような獰猛な鉛弾が飛んできた。
まずい……。距離を取ったと思えばこれだ……。
この女、弱点がねえ……。
くそっ、俺自身のライフソースが無い代償が来たか……。力が抜けていく……。
進が珍しく心の中で弱音を吐いていた。アリサというバトラの盤石さを身を持って体験したからだろう。どうやら、進の奮闘もここまでのようだ。
「火の玉・魂、鳳凰ⅴer!」
その時だった。
見覚えのある火の玉が木の鉛弾と向かい合うように放たれた。そして、必然的にその二つの玉は衝突し、見事なまでに相撃った。