第十三伝(第七十八伝)「敵か味方か」
第十三伝です。みなさんは味方と思いこんできた人が敵だと思ったらどんな反応をしますか。私は絶対パニックになります。そんなことを考えながらご覧ください。
「出来たやんでー。凛ちゃん、こっちに来るやんでー」
武具工房「ココロ」の現店主、真野心が工房の奥の作業室から、汗だくになりながら出て、凛を呼んだ。
作業室は材木や釘、輝鉄等が無造作に散らばっており、今まで心が一生懸命作業していた形跡が見受けられる。
その中心にあるのは、神々しい光を存分に放っている黄金なる剣だった。その剣の名を聖剣エターナルと呼ぶ。
凛の愛器である聖剣エターナルは先ほどまでの刃先がこぼれたみすぼらしい姿とは見違え、すっかり元ある形に姿を戻した。いや、元のよりもより一層清廉さを増しているようにも思える。
「ありがとうですわ」
凛の目は自身の愛器のような輝きを放っていた。
凛がバトラになって最初の目的とは闘いによって破損した愛器を復活させることだった。それが世界三大武具職人の一人の孫という申し分ない人物によって復活の息吹が吹いたのだ。凛にとって嬉しくないはずはない。
「これで、バトミッションは遂行やんでー。二人ともありがとうやんでー。報酬はセンターハウスにあるやんでー。また会えるといやんでー」
お昼を少し回った頃だろう。依頼主から依頼遂行の宣言がなされた。
「心、ありがとな! 最後に聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
締める流れではあるが、剛はその流れを止めてまで心に尋ねた。
「なんやんのー?」
「”アリサ”って人知っているか?」
それは自ら師と仰ぐ人物だった。
剛がバトラになっての最初の目的とは戦校時代の担任であり、剛にとっての師匠であり、突然の失踪を遂げたアリサ先生を探すことだった。その目的を達成するためにいろんな人に聞き込みをしているのである。
「剛君はアリサ先生のことを探しているのですわね」
凛もアリサという単語に深く反応した。
凛にとってもアリサは特別な人物。バトラとしてのノウハウを教えてもらったのは当然ながら、女流バトラとしての生き方を身を呈して教えてくれた尊敬の対象となる人物だからだ。
「アリサ? ツリーハウスの住人にそんな名前の人がいたような……」
「本当か!?」
確信的な情報ではないが、有力な情報を聞いた剛は思わず身を乗り出して尋ねた。
「ウチ、ツリーハウスの子と仲良くさせてもらってるから、よくツリーハウスに遊びに行くやんでー。だから、もしその人を探すのならウチがツリーハウスに連れて行くやんで!」
「頼んだ!」
光間凛と鉄剛、そして真野心を加えた新たなるパーティがツリーハウスに向かうのであった。凛は生まれ変わった新生、聖剣エターナルを携え、剛は自分の重厚なる拳に、ちゃっかり心に頼んでパワーアップしたチェーンを巻きつけ、心は三大武具職人の弟子が自らの子に捧げた唯一無二の一刀、心剣―ブレイブオブマインド―を携えて――。
☆ ☆ ☆
「アリサ先生……!?」
巨大なるツリーハウスの内部の巨大なる空間。
龍は何でも吸引出来そうな大きな口を開いたまま、動じることは不可能だった。
その再会はあまりにも突然で、あまりにも衝撃的だった。
龍の目の前に現れた女は、髪色こそ美しい茶髪が緑ががっているが、女子高生を思わせるほどの若々しいポニーテールの髪形、お色気ムンムンの短すぎるミニスカートを穿いている。戦校時代の龍の担任であるアリサ先生であることに間違いはなさそうだ。
なにが、どうなって……!?
龍の頭は人生最大の大パニックが起こっていた。
まず迷子であるはずの進は何者かに捕縛されていること、次に依頼主であり好意を寄せていた樹希の敵とも思える言動と行動、そして極め付けはなぜかツリーハウスに現れた戦校時代の担任教師アリサ。
処理できないような出来事が同時に三つ起こったのだ。感情の起伏が激しい龍にとって、これは正常に時を流すことはできまい。
「かわいそうだよ姐さん。ドラ君、パニくってるじゃん」
樹希はそんな極限な龍の精神状態を嘲笑った。先ほどまでの龍を包み込んでいた天使のような樹希はそこにはいなかった。まるで龍の精神を破壊するかのような悪魔が樹希の心に宿っていた。
「久しぶりだね龍君、戦校の卒業以来だから半年ぶりくらいかな★」
懐かしい声だった。
戦校時代に毎日聞いた、あの懐かしい日々が一瞬で蘇ってくるようなそんな声だった。
それは目の前にいる女イコール、アリサ先生であることが断定されたことの証明だった。
「本当にアリサ先生なんですね……?」
龍はゆっくり足を進めながらアリサに近づいていった。それは、この危機的状況には先生という安心の象徴が必要だと、本能的に判断したからだ。
「そうだよ、成長したね龍君」
アリサは目の前にいるいとしき教え子をハグした。
ああ……。この安心感、この温もり、アリサ先生だ……。
アリサに抱かれた龍は、母親の抱きかかえられた赤子のように幸せをかき集めたような表情で、その温もりを存分に味わっていた。
「龍、早く逃げろ!」
キングツリーのツタにぐるぐる巻きにされている進が叫んだ瞬間、その温もりは戦慄の炎へと豹変した。
アリサは龍の体を抱え込んだ右手を離し、上空へ掲げる。そして、その右手を手刀の形にし、龍の首を飛ばすようにとんでもないスピードで振り下ろした。
アリサの右腕からバキンというむごい音が静寂なツリーハウスに響き渡った。その音の主はツギハギだらけの人の背中ほどある巨大なブーメラン。進の相棒、太刀である。
進は不自由な腕をなんとか器用に動かし太刀をアリサの腕めがけて放ったのだ。
「やってくれるじゃん、進君★」
この一部始終を利用して龍はアリサから身を引いた。龍の本能は手のひらを返すように、今度はアリサは危険な人物であると判断したのだ。
「先生は僕のは敵なんですか? 味方なんですか?」
龍はこの状況下で一番重要なことを問うた。
目の前にいるアリサ先生は今の自分にとって不利益をもたらす存在なのか、はたまた有益をもたらす存在なのか。
「どっちだと思う?」
アリサはこの状況下で龍に究極の二択を提示した。
まず前者はありえないことだ。戦校時代の二年間という計り知れない時間でアリサは龍にとってずっと味方だった。時には技を教え、時には自分達を守ってくれた。そんなアリサ先生が敵であるはずがない。
しかし、そうだとしたら今のアリサの行動には辻褄が合わない。それに進の叫び声は、間違いなく目の前にいる者が敵であるという警告。
分からないよ……!
龍は頭を抱え、しゃがみ込んでしまった。アリサから提示された究極の二択に解答出来る術は、今の龍には持ち合わせていなかった。
「龍、そいつは俺達の先生の……!」
進が必死で龍に何かを訴えようとした時、進の体を縛っているとんでもない生命力を誇る巨大樹のツタが進の身をさらに強く縛る。そのキングツリーの生命力の強さと脅威なる束縛力で進の比類なき精神力をもってしても抗うことができずに、気を失ってしまった。
「進君、余計なことは言わなくていいんだよ。私は龍君に聞いているんだから★」
アリサの草笛のような心地よい声が、なぜか今回は警笛のように不気味に感じる。
アリサは一歩一歩着実に龍との距離を詰めた。龍の決断の時が刻一刻と迫っている。
「僕にとってアリサ先生は、僕達を正しい道に率いてくれた先生です! 敵であるはずがありません!」
龍はアリサを信じるようにアリサの目、ただ一点を見つめ答えた。
龍にとってアリサはバトラの道を先頭に立って示してくれた大切な存在。そんな人が敵であるはずはない。いや、敵ではないと信じずには、自我を保てないからだ。
「正解は……」
正解を言い終わる前に、急ぎすぎたのか、アリサの姿は消えた。
アリサが十八番である転法を繰り出したのだ。これは、何度も見た光景。アリサの生徒ならば即座に分かること。
しかし、今の困惑している龍にとって、これを見破るのは困難なことであった。
「”敵”でした」
アリサが次に姿を現した時には、すでに龍と零距離の位置で対面していた。
「順回」
アリサは龍の目の前で跳躍を披露する。そして、跳躍しながら回転。アリサの数ある技の中でも顔と言うべき、空中の回し蹴り、順回だ。
そんなアリサレベルのバトラが最も得意とする技が、龍の顔面にクリーンヒットした。
龍は抗う術を知らない赤ん坊のように、無抵抗に回転しながら後方へ吹き飛んだ。
ツタと葉の壁に叩きつけられた龍は鼻から鮮血がたれ落ちた。
ここからアリサの恐怖の追撃が始まった。
アリサは、手で血まみれの鼻を押さえながら、震える二歩脚でやっと立っているだけの龍の腹を容赦なくひざ蹴りをかました。
「ガハッ!」
鼻の次は喉からの鮮血。龍の体のいたるところから沸き出る鮮血は止まらない。
痛み……。
今の龍にとって最も活発に働いている感覚だ。肉体的な痛みもさることながら、精神的な部分が大きい。
ただの敵に殴られている訳ではない。自らが大いに慕っていた先生に殴られるのだ。その精神的なダメージたるや計り知れない。
「おい龍! なに、やられっぱなしでいるんだ! 反撃しろ!」
相棒の不甲斐ない姿に痺れを切らした鳳助が、龍に闘う意志を持たせるために、必死で促した。
しかし、届かない――。
なぜ、先生は僕を殴るんですか……?先生は、生徒を守るのではないのですか……?なぜ、先生は僕を守るどころか襲うのですか……?
先生とは学問を教える存在である。しかし、それだけではない。時には生き方を教え、時には生徒を守る。先生とはそんな存在であると思っていた龍は、アリサからの仕打ちにひどく絶望した。
それは教育の一環であるお仕置きとはわけが違う。明らかに、ただ人を傷つけるためだけの仕打ちだった。
「ドラ君、弱すぎるよ。もうちょっと頑張ってよ」
樹希は龍にエールを送った。だが、明らかにふざけている。
何を血迷ったか、龍はふらふらと樹希がいる方向へと歩み寄っていく。もはや、誰が敵で誰が味方かが分からない状況になってしまったようだ。
血迷っている龍に目を覚まさせるように、バシッという潔い音が龍の体から楽器のように聞こえた。
樹希の右足が龍の腹部を見事にとらえていた。
そして、龍は再度吹き飛んだ。龍は二転、三転しながら地面に転がり落ちる。
もはや、やられたい放題である。
「あっけない。あまりにもあっけないよ龍君。進君とは結構楽しめたんだけどねー★ 進君とライバル関係だと思ったけど随分差がついたね」
そして、言われ放題である。
ここまでやられ、言われたら、やり返す及び言い返すのが常だが、今の龍はそれどころではなかった。
もし、本当にアリサ先生が敵ならば、いつから……?最初から……?ありえない……。
アリサ先生は二年間もの長い間、俺達に正しいことを教え、俺達に技を教え、俺達を助け、俺達を成長させてくれ、そしてなにより俺達をバトラにしてくれた……。
それは全て紛れもない真実……。
だから、誰かに洗脳されているとかいう線が濃厚になってくる……。
龍は意外にも冷静に物事を考えていた。しかし、それは自分の尊敬する先生であるアリサがシロだということをなんとか証明するためだった。
「やっぱりアリサ先生が……敵であるはずはない!」
龍はパッと立ち上がり、豪語した。
それは、アリサとの偽りなき二年間によって証明された一つの答えだった。しかし、そんなアリサから返ってきたものは残酷な言葉だった。
「甘い、甘過ぎるよ龍君。あなたは昔からそう。敵に対しても情けをかける優しすぎる男。あなたは、バトラになるべきでは無かった。そして、なんであなたは私が敵ではないと言い切れるの? あなたは私の何を知っているの?」
「知っていますよ。それはね。だって、僕は二年間あなたと共に過ごしてきたのですから」
「たった二年間で私の全てを知った気でいるの? それが甘いんだよ、龍君」
「僕にとっては大事な二年間だったから……」
「それはあなたにとってでしょ? 私には何も関係ない。例えば、私の”姓”知っているの?」
「それぐらい当然ですよ。アリサ先生の姓は……」
あれ……?アリサ先生の姓って……?
龍はある衝撃的なことに気づいてしまった。
俺はアリサ先生の姓を知らない……!
いや、アリサ先生は一度も姓を話したことがない。自己紹介の時ですら……!
「わ、分かりません……」
「ほらね。私のこと何も知らないでしょ。今日は特別に私の姓を教えてあげる。私の姓は”一階堂”アリサ」