第十二伝(第七十七伝)「想いを伝えるということ」
第十二伝です。みなさんは人に自分の想いを伝えていますか?それって大事なことですよね。それではご覧ください。
心の言葉を受けた剛は回答を逡巡していた。
”好き”か……。
好きってどういう感情なんだ……?確かに凛に他の女子とは違う感情が芽生えているのは確かだ。だが、改めて問われるとそれが好きという感情に該当するのかが分からねえ……。
「わりいな心。俺には分かんねえや」
それが剛の素直な回答だった。
凛とは交流戦時に共に闘い、仲間以上の存在であることには変わりない。しかし、それがイコール好きということになるのかは今の剛には解明できない難解な問いだった。
「私には分かるやんでー。今日の剛君の凛ちゃんに対する態度を見れば一目瞭然やんでー」
「そういうものなのか!?」
ここで剛は疑問を持った。
自分でも分からないことを他人が分かるもんなのか。
「意外とこういうことは他の人が気づくことも多いやんでー。特に恋愛未経験な初心な剛君ならなおさらやんでー」
「え!? なんでそのことを……!?」
剛の心は高鳴った。
それは自分しか知りえない真実だからだ。しかも、こんな恥ずかしいことを――。
「少女漫画好きの私をなめないでほしいやんでー。とりあえず、気にはなっているやんねー?」
「俺は嘘をつきたくない人間だからな正直に言うぜ。気にはなってる」
剛は小声で言った。疲れ切っていた凛を起こしたくないからだ、もっと言うならば凛に聞かれたくないからだ。
そんな珍しく常識をわきまえている剛に対し、心は頬を赤らめて、手でまだ余ったカップ麺と、さっきまで心が熟読していた少女漫画が散乱している丸机を夜中にも関わらず全力でバンバンと叩いた。
「まさに恋! 青春! 素晴らしいやんで―! 最高やんで―!!」
心はまるでスピーカーの音量を誤ってマックスまで上げてしまったような音量で言った。この女、他人の恋愛ともなれば見境がなくなるらしい。
「おい、うるさいぞ!」
剛が心に耳元で囁きながら注意した。あの剛にうるさいと言われるとは、真野心おそるべしである。
「ごめんやんでー。さっき剛君が言ってたやんでー。嘘はつきたくない人間だって。でも、それは矛盾しているやんで―。だって、自分の気持ちを凛ちゃんに言ってないやんで―。それって凛ちゃんに”嘘をついている”んじゃないやんのー?」
「なるほど。確かにそうかもな。だが、どうしたらいいんだ?」
「簡単なことやんでー。自分の率直な気持ちを凛ちゃんに伝えればいいやんでー。世間一般ではこれを”告白”と言うやんでー」
心の言葉を正面から受け止め、剛は一度目を瞑った。どうやら、頭をフル回転させているらしい。
自分の想いを相手に伝える、告白か……。考えてもみなかったな……。
でも、凛のことを好きかどうかなんて分かんねえ……。そもそも、好きなんてあいまいな表現、定義は人によって違うんじゃねえか?
ああー!まどろっこしい!グチグチ考えるのは性に合わねえ!
俺は凛のことが好き!それを凛に伝える!
それでいいや!
「ありがとな心! お陰で何かが吹っ切れたみたいだ! 告白だっけ? 頑張ってみるぜ!」
剛は一大決心をした。凛に告白するという大仕事をやってのけるという。
剛の脳細胞は単純明快。だが、それがいいのだ。
「応援しているやんでー!」
剛は心のもやが取れて安心したのか、心の応援に励まされたのか、気持ち良く寝床に入った。
翌日。殺風景な荒野が、鳥のさえずりによって色気づいていた。
凛、剛、心の三人はよく眠れたらしく、顔の一つ一つのパーツがピカピカで、朝からすこぶる機嫌が良いように見えた。
凛は昨日の慣れない仕事でたまった疲れがきれいさっぱり無くなり、剛は凛に想いを伝えるという決心がつき、心はそんな二人の恋の導火線に火をつけたことで、各々良い朝を迎えたようだ。
朝食は昨晩の不健康なカップ麺とは打って変わって、和をテイストとした白米、味噌汁、白身魚のスリーコンボを決めていた。心は料理にも精通しているらしい。是非、お嫁に行ってもらいたい人材である。
それを喉の通りも良い三人はペロッとたいらげた。いや、ただ単においしいだけかもしれない。
「今日は何の仕事ですの?」
健康的な食事に思わず箸が進み、その細い体で朝食を全てたいらげ、着替えを済ませた凛が口を開いた。昨晩の心の発言が気になっていたようだ。
凛……。
剛の様子が昨日と違う。きょろきょろと凛のことを二度見、三度見している。明らかに挙動不審である。
剛は昨晩の決意で凛のことが気になって仕方がないようだ。
この雰囲気……。いいやんでー……。
心は口角を不気味につり上げ、そんな剛の様子を見つめている。
彼女は二人の恋の行方が気になって仕方がないようだ。
「心ちゃん!」
なかなか回答しない心に痺れを切らした凛は、珍しく強い声で言った。
「はい! ――でなんやんのー?」
「だーかーらー! 今日は何の仕事をするのですの!?」
凛はさらに声の調子を上げた。
あそこまでしっかり者の心であるが、人の恋愛模様となるとテンでダメである。
「そうそう。今日は工房の仕事とは関係なくウチの私用なんやけど。まずは、これを見てほしいやんでー」
さっきまでの恋愛脳になっていたのか、情けない顔をしていた心だったが、表情を一変させ、きりっとした面持ちで一つの引き出しに手をかけた。
引き出しから取り出したのは高級そうな透明なショーケース。ショーケースの中には一振りの刀が、まるで眠れる森の美女のように美しく寝静まっていた。
心はショーケースの中を開き、美しき一振りの刀に朝を告げた。朝を告げられた刀はその美しき体を起こす。
その刀はとにかくショーケースの中に厳重に保管されているのに満場一致で納得するほどに美しい。まず、その刀だけ別世界に誘われるかのような感覚に陥るほどの透き通るような透明なる輝きを誇っている。輝鉄を元に作られていることは間違いないが、輝鉄だけではこの輝き表現できないだろう。おそらくダイヤモンドでも組み込まれているのだろう。特に刃の輝きは凄く、何でも斬れると自慢しているようにも見えるほどだ。刀の柄には達筆な書体で「心」と刻まれている。
「この刀はパパがウチの為に作ってくれた一点物の刀やんでー。パパが自ら手掛け、最高級の輝鉄をふんだんに使ったとあって希少価値は計り知れないやんでー」
「パパってどれだけ凄い人ですの?」
凛が気になった単語は”パパが自ら手掛け”という単語。つまり、心の父親自体にブランド力があるということだ。
凛は優等生ぶりを遺憾なく発揮し、質問を飛ばした。
「ウチのパパは世界三大武具職人の一人、真野武衛門の唯一の子であり唯一の弟子である、真野武心」
「真野武衛門、その名は知っていますわ。戦校でも習うほどの有名人ですわね。武具に心を宿すという神の腕を持っていると教えられましたわ」
さすがは戦校時代から成績が秀でていた凛。その片鱗が垣間見えるかのような、幅広い知識を披露した。
「そうやんでー。真野武衛門はウチのおじいちゃんやんでー」
「そうですわ! ってことは心ちゃんは世界に名を轟かす世界三大武具職人の血を引き継いでいるのですわね! 凄いですわ! 確かに、それなら心ちゃんの腕も納得ですわ!」
凛はかなり驚いているようだ。いくら博学な凛でも、依頼主が世界三大武具職人の末裔ということには気付かなかったようだ。
「ってことは有名人じゃん!」
剛は急にはしゃぎだした。教科書にも載っているような偉人の孫が目の前にいるのだ。単細胞の剛ならごく自然なリアクションと言える。
「そうやんのー? ウチはただの孫だからそんな気はしないやんでー。話を戻すけど、ウチのパパに貰った、この『心剣―ブレイブオブマインド―』はパパによるとこれが完成型やないらしいやんでー。どうやら、この透明な刀身が桃色に染まったら完成らしいやんでー。心と力を刀に与えれば完成するらしいやんけど、ウチがいくら力を与えたってうんともすんとも言わないやんで―。心に関してはよく分からないやんねー。ウチの名前でもあり、ウチの家系の伝統でもある”武具に心を宿す”関係あるのは分かるやんけど、いまいち掴めないやんで―。それで、ウチは考えたやんでー。バトラが持つ強き心と力があれば、完成するのではないかと。それで、バトラを要請したやんでー」
「よーし! そーと分かればやるのみだぜ!」
「剛君、待ってくださる?」
早速、心剣―ブレイブオブマインド―を掴み、依頼主の期待にこたえようとする剛を、凛は剛の腕を掴みそれを制止させた。
「な、なんだよ!?」
凛のことを意識しまくりの剛は、凛の手が自分の腕に触れた事に過剰に反応し、まるで電気ショックを受けたかのように剛の強靭な腕がぴくっと動いた。
「何も分からないままやったって時間の無駄ですわ。物事は効率的にやらないといけませんわ」
「それもそうだな!」
凛の意見に剛は同意。今の剛はとにかく凛の機嫌だけは損ねないように細心の注意を払っている。
「ポイントとなるのは”心”と”力”二つの力を与えるということですわ。心はひとまず置いといて力とは”ライフソース”のことである可能性が高いですわね」
「ライフソースってなんだ?」
聞き慣れない単語に剛は聞き返した。
「剛君はなんで卒業できたのですの? ライフソースとは私たちの生命を支える源のことですわ。バトラは特にこのライフソースが強く大きい。スペシャルもこのライフソースが元となって生成されているという説が濃厚ですわ。剛君と心ちゃんと私、三人でライフソースを心剣に与えますわ!」
ということで凛、剛、心の三名で刀の柄を掴み、ライフソースを分け与えた。コツは心臓を授けるように力を込めることだ。
ちなみに分け与えたことにより減ってしまったライフソースは、一時間から二時間で全快する。それほどまでにライフソースの生命力は高い。
そんなライフソースを分け与えた三人だったが、当の心剣―ブレイブオブマインド―はうんともすんとも言わない。
「心を与えてないから完成はしないのは分かってたけど、何かしら反応くらいはすると思ってましたわ」
凛は自分の予想が外れて肩を落とし、ひどく落ち込んでいる様子だ。
「ドンマイだぜ凛!」
剛はそんな落胆した肩を励ますためにポンポンと肩を叩いた。
「ありがとうですわ」
思わぬ剛からの優しい言葉で、凛はまんざらでもない様子だ。
「その感じいいやんでー! 最高やんで―!」
心は興奮した声で、両腕で自分の体を抱えながら、左右に体をゆすった。どうやら、例の発作が始まったようだ。
「うるさいですわ心ちゃん。それと、心って抽象的でよくわからないですわね」
凛が珍しく首をかしげている。成績優良者の凛でさえこの謎を解くのには困難なようだ。
「うーん。やっぱり厳しいやんでー。でも、これは私用だから無理に遂行しなくてもいいやんでー。なんか分かったら、また呼ぶやんでー」
心はあくまで自分の事情ということで、潔く諦め、次の機会に臨むことにしたようだ。
「最後に凛ちゃん、その剣を治すやんでー」
☆ ☆ ☆
剛が凛のことを気にかける中、こちらの男も一人の女性に脳内を支配されていた。
ツリーハウスお手製の葉のベットで寝転がっている一撃龍だ。
樹希ちゃん……。樹希ちゃん……。
今の龍は、もはやストーカー一歩手前の危険な心理状態であった。
「ドラ君お待たせー。進君を探しに行こっか」
一人の美少女が龍がいる空き家に入ってきた。いとしの二階堂樹希である。
「樹希ちゃん!」
龍は樹希の声を引き金に反射的に体を起こした。そして、龍は樹希の顔を見るなり満点の笑顔をした。
樹希に連れられてやってきたのは葉とツタで作られた天然の滑り台。
「ツリーハウスにはこういう滑り台がいくつもあって、入り組んでいるんだよね。運が悪いと変なとこにたどりついちゃってなかなか元に戻れないんだよね。じゃあ、私についてきて!」
樹希は無邪気にポンとジャンプし天然の滑り台に乗った。龍も同じようにして乗った。
ツタと葉でできた滑り台の滑り心地は新鮮で、龍はまるで夢を見ているような不思議な感覚に陥っていた。
しばらく滑り台で気持ち良く滑っていた二人がたどりついたのは周りを無数のツタと葉で覆われた巨大な空間だった。奥には超巨大な幹が鎮座している。
ん、なんだあれは……?
龍は何かを見つけた。目を凝らして良く見ると、巨大な幹がら生えているであろう巨大なツタにがんじがらめにされている人影が見え隠れする。
龍はその人影に恐る恐る近づく。
「こ、これは!」
その人影の人物を龍ははっきりと目でとらえた。
むかつくほどの整った顔立ち、何者も制圧するような鋭き眼光、自慢げに背に携えている三丁のブーメラン。
龍の戦校時代のチームメイトであり、龍にとっての最大のライバルであった雷連進、その男である。
進はらしくない苦しげな表情を浮かべていた。
「進! どうしたんだ!?」
進は迷子になったと聞いていた。しかし、どう考えても迷子では無く捕縛されている。
龍は混乱しつつも、友の名を大声で叫んだ。
出来れば、こんな再会はしたくはなかった。
「だ……れ……だ……?」
進は恐ろしいほど弱り切った声で問うた。よく見ると、体がやつれている。
「俺だよ! お前の戦校時代のチームメイト、一撃龍だよ!」
「龍か……。久しぶりの再会を喜びたいところだが、早く……逃げろ!」
それは精一杯の勧告だった。
「ざんねーん。それは無理だよ。だって滑り台って一方通行じゃない?」
樹希は残忍なる言葉を吐いた。
樹希ちゃん……。どういう……?
あの優しかった樹希の刃物のような言葉に龍の頭は真っ白になった。
「龍、その女から離れろ! そいつは俺達の”敵”だ!」
進の衝撃的な言葉。しかし、彼女の虜になっている龍はにわかに信じることができなかった。
「進、なに言っているんだよ? 樹希ちゃんが敵なわけ……」
脳内が真っ白になり、ボケっと突っ立っている龍に、背後から樹希が手刀を振り下ろそうとした。
「待って樹希。ここは私が闘う。久しぶりの再会だしね」
その時だった。
何者かが樹希の行動を制止した。樹希はパッと自分の動きを止めた。
そして、樹希を止めた声の主が巨大な空間の奥から現れた。
「あ、あなたは!?」