第十伝(第七十五伝)「一目惚れ」
第十伝です。さあ、待ちに待った恋展開です。私の考えでは、一目ぼれが一番美しい恋愛です。それではドキドキしながらお楽しみください。
龍がバトラになり半年が経った。
龍は現在、ダイバーバトラの拠点であるセンターハウスにいる。大部屋、休憩所、食事処、宿泊施設、何でもあり、ダイバーバトラであれば格安で利用できるこのセンターハウスはまさにダイバーバトラにとっての憩いの場だ。
龍も例外なく、用もないのに常にいりびたっていた。しかし、龍の職業はバトラ。バトミッションをこなさなければあっという間に飢え死にだ。
龍は有益なバトミッションを探すためにも、ここを訪れていた。
一階にいた龍は、なんとなしに受付に目を向けていた。
受付には一人の女子が受付嬢と話し込んでいた。その女性は後ろ姿しか確認できないものの、瑞々しく美しい黄緑色の背中まで届くような長い髪、細身な体型ながらも程良い肉付きのある抜群のプロポーションを披露していた。
これは可愛いぞ……。
龍は後ろ姿に心を奪われるという斬新な一目ぼれをしていた。龍は、まるでストーカーのように受付嬢と黄緑の髪の女子の会話を盗み聞きしながら、近くの椅子に座り、じっくりと見ていた。
「これで、お願いしまあす」
おそらく龍お気に入りの女子の声だろう。その声は、まるで子供のような無邪気で可愛らしい声だった。
「はい。確かに、依頼を承りました。依頼内容はダイバーバトラ・雷連進が行方不明になったので捜索してほしい。でよろしかったでしょうか」
「はぁい。ありがとうございまぁす」
「雷連進!」
龍は受付嬢から不意に出た聞き覚えのある名前、いや聞き覚えしかない名前に思わず反応してしまった。
雷連進とは龍が戦校時代に出会った仲間の一人で、抜群の戦闘センスを持ち、龍と同時期にバトラになった同期の男だ。龍にとって進は最大のライバルであり、最高の友である。
そして、龍は久しく進をはじめとした戦校時代に出会った仲間に会っていない。思いがけない再会のチャンスに龍は反応するしかなかった。
「えっ! 雷連進君を知っているんですかぁ!」
今まで美しい後ろ姿を見せていた黄緑色の髪の彼女が、ナイスリアクションで龍に全身をお披露目した。
か、可愛すぎる……!
まるでどこぞのアイドルのようなぱっちりと開いた目、汚れの類を生まれてから一切味わったことの無いような綺麗な肌、整った顔、そして胸周りの方は謙虚だが、それがまた可愛いらしい。
龍が持つ全ての神経が彼女の顔に集中した。これが一目惚れというやつだ。龍は生まれて初めて、一目ぼれというものを体感した。
「雷連進君を知っているんですかぁ?」
「は、はい!」
初めての一目ぼれした相手との会話。なんだが、ぎこちないものとなってしまった。
やばい……。変な返しになってしまった……。嫌われたりしないだろうか……。
龍がこんなしょうもないことを考えていると、彼女はぐいぐいと主導権を握りながら話しを進めた。
「だったら是非、私のバトミッションを受けてください! 私の名前は二階堂樹希です!」
樹希はただでさえ大きい目をさらにぱっちりと開け、満面の笑みで言った。それは、まさに地上に舞い降りた天使そのものだった。
龍はその笑顔に心を奪われながらも、樹希の姓を聞き、一人の男の一人の言葉を思い出した。
「ツリーハウスの住人は遠い血ではあるが、皆血がつながっていて、住人全てが”階堂”という姓を持っている。ここまでは普通だが、ここからがツリーハウスならではの風習といえる。ツリーハウスの住人は生まれながらにして血の優劣によって一から四の数字が加わる。数字が小さいほど優秀な血を持っている」
これは戦樹の言葉であるが、注目すべき点は樹希の姓が二階堂であること。つまり……。
ツリーハウスの住民であり、なおかつ四階堂戦樹よりも優秀な血筋!
こんな可愛い子が戦樹さんより強いなんて……。
龍は樹希のギャップに戸惑いながらも、心臓をバクバク言わせながら、初めて自分から会話をしかけた。
「バトミッションの内容は……?」
「ズバリ、ダイバーバトラ・雷連進の捜索! です!」
雷連進の捜索?進が行方不明にでもなったのかな?
龍は進の所在に不安になりつつも、これをいいことにさらに会話を続けた。
「進の捜索って、進がどうしたんですか?」
「実は、昨日進君が私が住んでいる街に仕事でやってきたんですけど、私の住んでいる地はちょっと特別で……。迷子になっちゃったみたいなんですよ。それで、進君の捜索の応援を頼んだというわけです。ということは、進君を知っている人の方が良いですよね。ですから、進君を知っている人を探していたんですよ。ちょうどよかったです! 是非、受けてくださぁい!」
樹希は自分の顔を龍の顔にぐっと近づけて、まるで子犬のような目で龍を見つめ、説得しにかかった。
「も、勿論です」
樹希にすっかり心を奪われている龍に断る余地なし。龍は頬を赤らめながら、二つで返事で承諾した。
久しぶりに進に会えるかもしれない……。そして、なにより二階堂さんのバトミッションを無事遂行できたら、あんなことやら、こんなことやら……。
龍の妄想はピンク色と化していた。龍の歳は十七。こういう妄想は年相応と言える。
「そう言えば名前を聞いてませんでしたね」
「一撃龍です。職業はバトラです。といっても、一年目の新人ですけどね」
「えっ、じゃあ同期だね! 私も今年バトラになったばっかりなんだよ!」
おいおい……。俺の好きな同級生属性まで持ってるのかよ……。父さん、母さん、俺にも春が来たよ。
龍は遅かった春の訪れに心を躍らせていた。
「じゃあ、受付のお姉さんそういうことだからよろしくね。じゃあ、龍君の準備ができ次第いこっか。ってうわー!」
樹希が意気揚々と歩きだした瞬間、なぜか樹希は何もない所でつまずいてしまった。しかも、ダイナミックに顔面から……。
樹希のせっかくの綺麗な鼻が赤く染まってしまった。
「だ、大丈夫?」
突然起きた出来事に龍は目をポカンとさせて、あっけにとられていた。
「大丈夫だよ。昔からドジなところがあるんだよね私。じゃあ私ダイバーパークで待ってるから」
樹希は赤く染まってしまった鼻を押さえながら、照れ笑いをして言った。
さらにドジっ子属性だと……。完璧ではないか!
龍の心をド直球で突いてくる樹希の数々の属性に、龍の心は紅蓮のように燃え上がっていた。
龍はスキップしながら、準備をするために一旦家に戻った。その足取りはこれから仕事とは思えないほど軽やか。龍の心は、バトラになってから、いや生涯で一番の盛り上がりを見せていた。
☆ ☆ ☆
龍はさっさと準備を済ませ、鳳凰剣と水晶玉を装備し、樹希が待つダイバーパークにやってきた。樹希は龍の姿を確認すると、笑顔で手を振っていた。樹希の動作の一つ一つが龍の心を着実に射ぬいていく。
「お待たせ」
「随分、早かったね。乗ろっか」
待ち合わせをダイバーパークにしたのは、ブライトカーに乗るため。バトミッションの目的地にはブライトカーで行くらしい。
龍と樹希はタイミング良く来たブライトカーに、まるでカップルのように乗車した。そして、これまたカップルのように二人用の座席に隣り合わせで座った。
これってデートじゃね?神様、俺はこんな幸せ者でいいのでしょうか?
龍の心臓はあまりの奇跡的な状況にバクバク言わせながら、愛の車は静かなエンジン音で走りだした。
ブライトカーという名の愛を乗せる車に乗った二人だったが、残念ながら愛とは程遠い、沈黙の空気が流れていた。
まずい……。なんか、話しのネタは無いだろうか……。
龍が会話の糸口を模索していると、一つのネタが頭にパッと思い浮かんだ。
それは、今回のバトミッションの目的地。だいたいの予測はついているし、そもそもセンターハウスから送られてきたバトミッションの詳細をスクリーズで見れば簡単に判明する事だが、そういう問題では無い。
こういう業務的な話から、プライベートな話に発展させるのだ!
「お、俺達はどこに向かって、い、いるの?」
やばい!ちょー、ぎこちない!
龍の口は排水溝にある髪の毛のように詰まっていたようで、どもってしまった。自分の心を射止めた子が隣に座っているという状況では、平常心でいられないのも致し方ない。
「私の住んでいる地、ツリーハウスだよ」
樹希は笑顔で答えた。
やっぱりね……。
ここまでは予想通り、さあ問題はここからどう会話を発展させるか。
だが、龍はこう見えて策士。話の流れを読んで、次なる会話を用意していた。それは、二階堂の姓について。戦樹が言っていた、優秀な血筋云々が本当だろうかは気になることだ。
「二階堂っていう姓ってことは……」
「そうだよ。ツリーハウスの住人が持つ姓、階堂に二が加わった姓。つまり、私こう見えて優秀な血筋なんだよ」
やっぱりか……。しかし、自分で優秀って言うのはどうなんだろ……。よほど自信を持っているんだな……。
「凄いね」
そんなことを思いつつ、龍は当たり障りのない返答をした。
「凄いでしょ」
樹希はそれに合わせた言葉を放ち、また避けるべき沈黙の空気が流れてしまった。
あれ……。会話終わっちゃった……。
意外と早い終了のホイッスルが鳴ったのであった。
またしばらく過ぎた。樹希はうーん、うーんとあごに手を置き、顔を左右に揺らしながら、考え事をしているようだった。
「ど、どうしたの?」
「龍君じゃ普通だから、なんか良い呼び名ないかなって考えてたの」
「普通じゃダメなの?」
「うーん。やっぱり私だけの呼び名がいいな。あ、そうだ。龍君、龍、ドラゴン、ドラ君! ってのはどう?」
ドラ君って……。ヘンテコな呼び名だな……。でも、二階堂さんがそれでいいなら、俺は一向に構わん!
「うん。それでいいよ。俺は何て呼べばいいかな?」
これだ!二人だけの呼び名で距離は一気に縮まる!
新たな突破口を見つけた龍は、ベテランナンパ師のように女子との会話を一気に進めた。
「よく”じゅっきー”とか”じゅきりん”とか”じゅきたん”とか呼ばれるよ」
どの呼び名も角度がえぐいな……。
龍が呼ぶには不自然な選択肢ばかりだった。
「じゃあ、樹希ちゃんでいいかな?」
「普通だね」
『ハハハハハ』
二人は同じタイミングで笑い声をあげた。車内は朗らかな空気に包まれた。
幸せだ……。こんな時間がいつまでも続くといいな……。
幸せを乗せたブライトカーは着実に目的地であるツリーハウスに進んでいた。
センターハウスがあるダイバーパークからブライトカーで二時間、そこからさらに徒歩で一時間。荒れ果てた大地をひたすら歩いていた龍に、異様な風景が待ちうけていた。
まず間違いなくお目にかかることはないだろう、とんでもなく大きな樹木。どんなことがあってもまず折れることはないだろう超ごんぶとの幹、その幹から無数に生える枝というには不釣り合いな巨大サイズの枝、その枝から脈々と連なる人工的なものが一切ない超自然的な緑の葉が織りなす風景はまさに圧巻。
これこそが王樹であり、おそらくそのキングツリーの中に樹希と戦樹の故郷であるツリーハウスがあるのだろう。
龍は樹希につられ永遠とキングツリーの下を歩く。樹の下を歩いているだけだが、あまりの大きさに疲弊しきってしまうほどだ。
そして、やっとの思いでキングツリーの根幹部分である巨大な幹の前にたどりついた。
幹の根元を良く見ると、人ひとりが入れるくらいの空洞が確認できた。樹希は抵抗なくその空洞の中に入っていった。同じように、龍も入っていった。
「す、すごい」
幹の内部に入れるなど、キングツリーでないとまず経験できない。龍が自然なリアクションを取るのも無理もないだろう。
内部は真っ暗と思いきや、いたるところにランプが取り付けられあり、周りの様子が良く見える。幹の内部の中心にはロープに吊るされた三人くらいが乗れる、木の籠が設置されていた。
樹希はその木の籠の上に乗ってしまった。
「ドラ君も早く、早く」
樹希に誘い入られた龍は、同じく木の籠に乗った。ギギギという音が不安感を募らせる。
「お願いしまあす!」
樹希は上方を向き、大きな声を発した。その声は空間一帯を響かせるほどだった。
「階層は!?」
誰かの声が、天から降ってきた。どうやら上に人がいるらしい。
上を見上げると幹の最上部に人が覗き込んでいた。しかし、あまりの高さに人の大きさがフィギュアほどにしか見えない。
「二階層です!」
「よっしゃあ!」
上の人の声が声をあげるとともに、龍と樹希を載せる木の籠は上昇し始めた。まさに、自然のエレベーターだ。
その木のエレベーターは建物四階ほどの高さで止まった。木のエレベーターの両端には木の通路が設置されている。
二人は通路に降り立ち、樹希先導のもと、光が見える空洞に歩を進めた。
外に出るとこれまた圧巻な風景が広がっていた。
足場が驚くほどしっかりとした枝でできた道、木のツルと葉で作られた家、枝とツルで勝手に出来上がった天然の滑り台。
どれをとっても簡単にはお目にかかれない光景だ。これこそがツリーハウスである。
そして、何といっても全ての気力を吸い取られるかのようなキングツリーの生命力が肌から伝わってくる。
「長旅で疲れたと思うから、ここで休んでね」
樹希がそう言って案内したのは、ツルと葉で作られた空き家。空き家には葉で出来た天然の布団と枕が二セット置いてあるだけだった。
「ここは、来客用だから遠慮なく使ってね」
樹希はそう言い残して、どこかへ行ってしまった。
龍は疲れた体をいやすために、荷物を置き、慣れない葉のベットに寝転がった。
しかし、樹希ちゃん可愛かったなー……。
龍の脳内は完全に樹希一色に染まっていた。完全にバトミッションのことなど上の空だ。
☆ ☆ ☆
そんな龍をよそに樹希はツリーハウスのとある場所で誰かと話し込んでいた。
「姐さん、また一人”養分”が来たよ」
樹希は意味深なことは話し始めた。
「名前は?」
「一撃龍」
「ふーん。で、上手くいった?」
「恐ろしいほど上手くいったよ。もう私にメロメロって感じ。男って”チョロい”ね、姐さん」
「樹希にはあんまり男癖悪い人にはなってほしくないけど、あの”龍君”がね」