第一伝(第六十六伝)「最悪の第一印象」
『ドラゴンバトラ―仲間と共に強くなる―』の続編です。バトラになった龍の記念すべき初日に起こる出来事とは?それでは『ドラゴンバトラ―仲間と共に強くなる― 2』のスタートです!
この世界には「闘士」(バトラ)という職業が存在する。特殊な能力を持った人間が、その能力を用い様々な依頼をこなしていく職業のことを指す。この物語の主人公、一撃龍。彼もまた「闘士」(バトラ)である。
朝七時。空の息吹が心地よく外を舞うこの時刻。一撃龍は、ふかふかの布団をガバっと押しのけ起床した。
朝九時ごろに起きる龍にとってはやけに早い。
十七歳になった龍は、戦校の難関といわれる卒業試験に合格し、はれてこの春から正式にダイバーシティのバトラとして働くこととなる。
仕事はともかくバイト経験すらない龍にとっては、社会という名の魑魅魍魎が潜むジャングルに放り出されるということに不安は募るばかりだ。とてもではないが、正気なんかではいられない。
現在、龍は母親と二人暮らし。理由あって父親はいない。
龍はパジャマ姿のまま、二階にある自分の部屋から階段にコツコツと足音を言わせながら、リビングがある一階に降りてきた。
リビングにある調理器具が散乱してせわしない台所に、朝七時にも関わらず龍の母がいつもの可愛い兎模様の白いエプロンをつけて、すでに可愛い一人息子の為に朝食の支度をしていた。
「早いわね。集合時間は十一時でしょ?」
母は包丁で食品をザックザックと音を立て切りながら、背中から語りかけた。
そう。集合時間は十一時。まだ、集合時間までは四時間。いくら、集合場所まで距離があるとはいえ、ギリギリまで寝るをモットーにしている龍にとってはまだ早すぎる。
「そうなんだけど、今日が今日だからね。緊張して眠れなかったよ」
龍は母の姿を哀しげに見つめながら言った。
龍の言葉と哀しげな目には意味があった。今日からバトラとして従事するにあたり、実家を出て独り暮らしをしなければならないのだ。寄生虫のように一度も母親の元から離れたことの無い龍にとっては、想像を絶するような事実であった。
「大丈夫、あなたなら平気よ」
母は龍の心情を全て察したように、我が子の不安を和らげる魔法の言葉を言った。
龍はそんな母親の言葉という名の魔法にかかり、少し不安が和らいだ。
龍は、気持ちを落ち着かせるようにして食卓につき、朝食の完成を待った。
しばらく待っていると、テーブルに食卓が届いた。
朝食は今にもとろけそうなふわふわな衣で分厚い肉を包み込んだ上質なカツ丼だった。龍の母はなにかしらイベントがある日の朝食は、朝食とは思えないようなヘビーなものを作る傾向にあった。
龍にとっては大好物なのでなんの問題もない。
龍は朝食を済ませ支度にとりかかる。
彼は数日前ダイバーシティから届いたダイバーバトラの証である「制服」にそでを通した。制服といっても着心地の悪い堅苦しいものではなく、まるでどこかのサッカーチームのユニフォームのようなカジュアルで着心地の良い服。鮮やかな青に、これまた鮮やかな赤い縦のラインが入ったボーダー。胸元には黒い熊のような獣、おそらくこの国に巣くう伝説上の魔獣、グルマンと思われる模様が刻まれている。
「相棒」。人によってその言葉の意味するものは様々であろう。
一撃龍にとっての相棒は鳳凰剣だ。この家に大事に保管されてあった秘剣であるこの剣は、幾度となく龍のピンチを救ってきた。
龍は一旦、自分の部屋に戻り、たてつけてあった鳳凰剣を背中に担いだ。普通の剣よりも一回り大きい鳳凰剣はドンと音を立てて重くのしかかった。
「今日からだな龍! 乳臭い戦校生活が終わってやっと本気の闘いが出来るぜ!」
剣の中から龍の脳内から直接、語りかけるように荒々しい声が聞こえてきた。
この剣は特別。かつて人々に未曽有の被害を与えた鳳凰という化け物の力と意志の一部が剣の中に内蔵されている。つまり、鳳凰剣は”しゃべる”剣なのだ。
玄関。いよいよ出発の時。そして、母親とのしばしの別れの時。
龍は、悲しみをぎゅっと押し殺すように、同じように靴ひもをぎゅっと結んだ。
この家にはしばらく帰ってこれない。当然、母親ともしばらく会えない。
我が家の独特な木の匂い、いつも嫌な顔一つせず笑顔を振りまいてくれる母の顔。それらを五感が嫌というほど感じ取ってしまう。
龍の目から不意に涙が出た。
別に一生戻ってこないわけではない。休みを取ればいつでも戻ってこれる。
でもダメだ……。離れたくない……。
わがままを言ってはダメだ。そんな腑抜けた俺にバトラという生きる希望を示してくれた母さんに申し訳ない。
それに俺は一人前のバトラ。自分の力でお金を稼ぎ、自分の力で生きなければならない。
こんなところでくよくよしていたら、これから降りかかる試練は到底乗り切れることができないだろう。
龍はそんな想いを血管にめぐらせながら、玄関の扉に手をやって外に出た。
外の雰囲気はいつもと違う感じがした。
爽やかな風が肌を和ませる春のはずなのに、冷たい風が肌に吹き付けてくる。
それはまるで、これから襲いかかる試練を暗示しているようだった。
「母さん今まで俺を育ててくれてありがとう! 行ってきます!」
龍はそんな不安を振り払うかのように、母に感謝を添えて別れを告げた。龍は、これから襲いかかるであろう試練に堂々と立ち向かうことを決めた。
そんな息子の成長した姿を見て、龍の母の筋肉が緩んだ。
こうして、一撃龍のバトラとしての人生が幕を上げた。
☆ ☆ ☆
センターハウス。通称本部。
整った芝生が色鮮やかに植えられている公園の真ん中に佇む、七階建ての真っ白いエレガンスな外観の名であり、龍達新人バトラ達が新たなスタートを切るための集合場所だ。
龍は一度ここに訪れた事がある。それは、エンぺラティアの交流会の時だ。あの時は時偶半蔵のクーデターに巻き込まれ散々だった。
さて、なぜ龍達新人バトラがここに招集されたかというと、「入闘式」があるからだ。入社式のようなもので、新人バトラの通例行事となっている。当然、全ての新人バトラが招待された。
龍はセンターハウスの中に入った。
走り回れるくらいのだだっ広いロビー。あでやかな外観の色に酷似した真っ白いシャンデリア。中央にはどんな依頼も拒まないかのように堂々と構える受付。その受付には、顔が整った綺麗な受付嬢が姿勢よく立っている。
端っこには座ったら地面につきそうなくらいふかふかのソファーと机。ダイバーシティの制服に身を包んだ男の人と、普段着を着て神妙な面持ちをしている女の人が話しこんでいる。おそらく、依頼者かなんかだろう。
龍は制服を着ている男の人を自分に照らし合わせていた。
俺も近い未来、ああいう風に依頼をこなしていくのか……。はたして、依頼者の要望に満足に応えられるのか……。
龍がそんな心配していると、次々に龍と同じくピカピカの制服に着させられている集団がセンターハウスの通路を堂々と歩きながら、右奥の階段へ吸い込まれていった。どうかんがえても、龍と同じ新人バトラだった。
俺も行かないと……。
龍はその集団に混ざり込み、同じく右奥の階段に吸い込まれていった。
「入闘式」が行われる場所は、二つの部屋をつなげたような大きな部屋だった。
無機質な机といすが大きな部屋にぎっしりと並べられており、新人たちは前に詰めて着席していた。
それに倣い、龍も前に詰めて座った。
机の上には「バトラの心得」なる冊子がホチキス止めで置かれていた。龍はそのプリントはなんとなく目を通していた。その冊子には自覚を持てだの、説教くさいことが主に記されていた。
「おい! ここ空いているか?」
龍の耳にぶつけるように誰かが言った。
それは強い声だった。
龍の心臓に嫌な負担がかかった。龍は声がした斜め上方向を恐る恐る向いた。
そこには、おしゃれなのか天竺を目指す某物語の某主人公のような頭を締め付けるような金色に輝く輪っかを装着させた、髪をもてあそばせている茶髪の男が龍をまるでごみを見るかのような目でにらみつけていた。
それは、龍にとってとんでもなく嫌な目だった。昔、龍をいじめていたいじめっ子の忌々しき目を彷彿とさせるものだった。龍は記念すべき初日にも関わらず、ついつい嫌なことを思い出してしまった。
自己主張が激しそうな強い口調。いじめっこを彷彿とさせる忌々しき目。ちゃらちゃらとした装飾品と髪。
龍にとって最悪な第一印象だった。
「ここ空いてるかって聞いてんだよ!」
さらに男は声を荒げた。
戦校時代にたくさんの人に出会った。
銀次、凛、進、黄河先輩達諸先輩方、どの人達も個性的で確かに嫌な部分があったのは否めない。でも、だからといって嫌いになるなんてことはなかった。
でもこの男だけは……嫌いだ!!
龍のこの男に対する嫌悪感は募るばかりだった。
「……はい、空いていますよ」
龍は身を縮こまらせながら答えた。この男からムンムンと伝わるいじめっ子気質が、龍の身体を反射的にそうさせたらしい。
「ああ、そう。じゃあそうさせてもらう」
男はドスンと音を立てながら、まるで学校の番長のように偉そうに椅子に座った。
そのデリカシーの無さ、態度の悪さ、風貌、龍はこの男の良い所を一つも見つけることができなかった。
関わるのはもう止めよう……。
そう心に決めた龍だった。
「俺の名は蔵持透だ。お前の名を教えろ!」
聞いてもいないのに、勝手に名前を言い始めたと思ったら、龍に名前を訪ねてきた。
龍の願いむなしく透と名乗るこの男は、ずかずかと龍のデリケートゾーンに侵入してきた。
龍は不安を抱いた。
これが初対面の人に話す態度なのか?バトラになる人間は、こんな奴らばかりなのか?不安だ、先行きが不安すぎる……。
とにかく、こいつと関わることは金輪際ないだろう。適当に流して、終わったらさっさと帰ってしまおう。
「僕の名前は一撃龍です」
龍は距離を詰めないためにも、あえて他人行儀な口調で言った。
「ふーん、あっそう。経歴は?」
しかし、透は距離を詰めてきた。
「経歴?」
「そうだバトラになったいきさつだよ。国から推薦されたとかいろいろあるだろ」
へー。推薦なんてあるのか……。
と感心している龍は、自分の経歴に後ろめたさなどあるわけでもないので正直に答えた。
「戦校の卒業試験に合格してバトラになりました」
「あのお遊び感覚で仲間となれ合い、ぬるま湯に浸かったような試験で間違って合格しちまったゆとり連中か」
こいつは今なんて言った?俺の目の前で俺の経歴の悪口を言ったのか?
いや俺だけではない。こいつは戦校に通っていた者すべての悪口を言ったんだ!
なんてデリカシーの無い奴なんだ……。
確かに俺の友である雷連進も時折、失礼なことを言って周りを困らせていた。でも、そこにはあいつなりの信念があって、別段嫌悪感があるわけではなかった。
でも、こいつはダメだ!嫌悪感の塊だ!
龍はこれまでにない憎悪を透に対して振りまいていた。
「みなさん静かにしてください。これからセンターリーダーからのお話があります」
大部屋の前に立ち、入闘式に集まった新人バトラ達に促したのは先ほどの受付嬢。いや、似ている人かもしれない。
就活生のような真っ黒なスーツと、それに見合った黒い髪、整った顔、綺麗な肌。こう言う場所で勤めている人の顔面レベルはとにかく高い。
センターリーダー。通称、本部長。ダイバーバトラの頂点立つ正真正銘のダイバーシティのリーダーだ。
そんな凄い人に、俺は一度だけ会ったことがある。どんな凄い人だったかというと、寝間着姿で無精ひげを生やした情けないおじさんだった。到底、一国のリーダーとは思えない人だった。もしかしたら、そギャップが人々を魅了するのかもしれない。
「こんにちわー。小門秀錬です。ふわー、眠い……」
この緊張感がある室内を、一瞬で脱力させる情けない大きな欠伸がマイクを通して部屋全体に響いた。
新人バトラ達の視線の先に、頭をぼりぼり掻いている脱力系おじさんが立っていた。この人こそ本部長・小門秀錬である。
さすがにひげはそってあると思いきや、よく見るとところどころにそり残しがある。寝間着とは言わないものの、ジャージ姿でこの緊張感がある部屋には不釣り合いな格好だ。
「えー、みなさん。とりあえず、バトラになっておめでとーございます。あんまり、気おらずに気楽にやっていきましょー」
「センターリーダー、ありがとうございます」
秀錬は進行役の女性に、マイクを返し、眠そうな顔をしながらそそくさと部屋から退出した。
はやっ……。こんな人がリーダーで大丈夫なのか……。
と、龍始め多くの新人バトラが一抹の不安を覚えた。
「では続いては皆さんの先輩バトラから、バトラについての説明があります」
ピッチリと制服に身を包んだ、二十代前半くらいの真面目そうな男が本部長を入れ違いで部屋に入ってきた。
龍はその男をまじまじと見つめた。
俺はこの人を知っている……。