積みゲー談義
夕暮れ、逢魔時と呼ばれる時刻。
同じように影を伸ばして歩くふたり。
坊主というよりもはやスキンヘッドに近い頭をした男と、眼鏡をかけた中肉中背の男だった。
なんともちぐはぐな二人は傍から見れば、取り立て屋と取り立てられる側に見えなくもない。
「そういえばな」
ふと、眼鏡の男が思い出したかのように口を開いた。
「俺、最近積みゲーが増えちゃってさ」
「ほーん、積みゲーがね」
坊主頭の男がどうでもよさげに相槌を打つ。
「積みって言っても行き詰まるほうじゃないぞ、重ねるほうの積むだぞ」
「そんなこたあわかってらい。馬鹿にするなよ」
坊主頭がムッとした表情で言い返す。
「んで、どのぐらい積んでいるんだよ」
横を向き眼鏡に問いかける。
「うーん……。20、とか30ぐらいだったかな」
「結構溜まってるな……。金の無駄というかよくそこまで積んだというか」
思ったより数が多かったのか坊主頭がぎょっとした顔で言う。
「そうなんだよ、正直金の無駄遣い感がすごいんだよな。」
自嘲するように笑う眼鏡。
自分自身でも呆れているのだろう、その顔からはどこか疲れた様子がうかがえる。
「買った時はやりたくて買ったんだけど、いざ買っちゃうとやる気が起きないみたいな?」
「あーわかるわかる。」
坊主頭が眼鏡の言葉に同意して言葉を続ける。
「金のない時に気にいった物を見つけちゃって、懐が温かい時に行くと意欲が削がれるって現象だろ?」
どこか的外れで、それでいて合っているかのような回答。
これには坊主頭と長い付き合いである眼鏡も頭をひねらせる。
「んん……? ちょっと違うような気が……。いや、でも合っているのか……?」
ひねらせて、ひねらせる。
「まあ、おまえのわかりにくい例えは置いといてだな。話を続けるぞ?」
ひねった結果流すことに決めた。
「そんで、重い腰を上げてやったゲームが終わったら終わったでまた大変よ。次はどのゲームをしたらいいかわからなくなっちゃうんだもの」
「城を見に行こうと出発したのはいいものの、1時間も経たずに観光終了しちゃってそのあとどこに行こうか困る現象だな」
「えらく具体的な例えだな……」
どうせこいつのことだろうから実体験だろう、と目星をつける。
「実体験だ」
苦虫をかみつぶしたような顔で答えた坊主頭。
だろうな、と呆れたように呟き言葉を続ける。
「普通は目的地以外にもいくつかピックアップしておくだろ…。いやいや、お前の旅行事情なんて知ったことじゃない。俺が言いたいのはだな、何故ゲームがどんどん増えていくのか解明したいってことなんだよ」
ここで脱線しそうになった話題を元へと戻す。
「そりゃあ、浮気症なのが悪いんだろ。あっちがいいこっちがいいなんてやってたらリアルでも愛想尽かされるぞ。よかったな、ゲームに感情がなくて」
嘲るように言い放つ。
「全く嬉しくない褒め言葉をどうもありがとう。俺が浮気症なのはどうでもいいんだなこれが。」
話を戻すがいいかねキミ、と向き直る。
「俺が考える原因としてだな、ズバリ昔と比べて金が自由に使えるからだと思うね」
「なるほどな、大人になった今としては昔より金使いが荒くなったと常々感じているところだ」
坊主頭がどこか納得したような表情をしている。
それに対して眼鏡が腹の立つにやけた顔で言葉を続ける。
「だろう? 俺だって昔はこんなにゲームを積まなかったぞ。やるゲームがないから、どんなにクソゲーでも延々とやってたね」
「クソゲーを延々とやり続けるのも苦痛なんだよな」
「そうなんだよ、楽しくないんだけどやるものがないからやっちゃうんだよね。」
本来の話題そっちのけでクソゲー談義に花を咲かせる二人組。
それにしてもこの二人、よく話題が脱線する男たちである。
「ああいや、この話は長くなりそうだからまた今度にしよう。今は積みゲーの話だ」
本格的に脱線しようとしたところ本来の話題を思い出したのか、グソゲー談義流れを止める。
「まあ、昔は今と比べてあんまりゲームソフトを買ったりできなかったからな。」
遠い目で話し始める坊主頭。
辛い思い出があったのか、どこか声が震えている。
「買うとしても、誕生日やクリスマス、正月ぐらいか。俺は誕生日が年の後半だったから前半をどう過ごしたものかと頭を悩ませたもんだ」
そう言って坊主頭が肩をすくませる。
「そうそう。しかも時間が有り余ってた時期だから余計にな」
「しかし大人になるとそうはいかない。仕事やら会社の付き合いやらでなにかと時間がとれない。まとまった時間がとれたとしてもたいていは寝て過ごしてしまう」
坊主頭がそう語る顔はどこか疲れているように感じた。
「それも原因の一つだと俺は考えるよ。目的と手段が逆転しちゃってるんだよな」
「暇があるからゲームをする、じゃなくてゲームをするために暇を作る、という状態になっているんだな。きっと」
坊主頭の言葉に、眼鏡が続く。
「時間の少ない社会人にとって、貴重な休息時間をゲームに割り当てられないもんな」
哀愁を帯びた顔で吐き捨てるように言う。
「それと、昔のように情熱がなくなったというのもあるかもしれないな。子供の頃はまだ世界が狭かったからゲームという媒体で世界を広げていたんだよ。しかし大人へとなるにつれて新聞、テレビ、インターネットとでどんどんと世界が広がっていく。そうして気付くわけだ、時間のかかるゲームなんかより手軽に世界を広げられる、と」
先ほどとはうって変わった表情で話を続ける眼鏡。
「たしかに、昔のような情熱はなくなったかもしれないな……」
坊主頭は心当たりがあるのか、納得した表情をしている。
そして、呆れたような顔で眼鏡に問う。
「しかしなお前、そこまでわかりきっているのになんでまだゲームなんて買ってるんだよ」
「ここまでくると意地だよ、意地。社会の荒波に揉まれながらも、少年の心は忘れたくないという高尚な精神なのだよ」
ムキになったようなそうでないような顔で言い放つ。
「高尚っていうか……、大人になれてないだけじゃないのかそれは……」
呆れてものも言えんわ、と言いたげである。
「いやあ、俺だってやめようと思っているんだがな……。面白そうだからつい買っちゃうんだよ。通販と同じだな」
と、眼鏡がここで隣に気配がなくなった事を感じたのか、後ろを振り返る。
坊主頭が立ち止まってウンウンと唸っている。
坊主頭を怪訝な目で見つつ、傍へと寄った。
「……なあ、一つ思ったんだがちょっといいか。」
眼鏡が傍に来たと同時に坊主頭が、どこか引っかかったような表情で言う。
「なんだよ、どんどん言っちゃって」
眼鏡が追加意見は大歓迎よ、といった表情だ。
「もしかしたらお前、ゲーム自体にはあんまり興味なくて、買うという行為で満足してるんじゃないのか」
「……ほう、続けて」
眼鏡がスッと目を細めた。
「俺の知り合いにな、古書好きの奴がいるんだ。そいつは珍しい古書のためなら県外にも飛んだりして、俺も周りも愛書家だとばかり思っていた。だけどな、そいつにとって本は愛でる対象じゃなくて、収集する対象だったんだ。所謂、ビブリオマニアってやつだな。」
「ビブリオマニア」
「そう、ビブリオマニア。そいつ本人も最初は単なる本好きだったらしいが、しかしバイトやらで金が入るようになってからは漁るように買い始めたと話していた」
しばらく目を閉じて話を聞いていた眼鏡が口を開く。
「なるほどな、たしかに買うことが目的になっているのかもしれない。実際俺もそれで満足感を味わっている」
坊主頭は眼鏡のその言葉を聞き、満足げにしている。
「だろう?おそらくだが、積みゲーをしている人間は買うという行為に満足してしまって、ゲームの中身自体にはあまり興味はないんじゃないかと俺は考える」
なるほどなるほどと言っている眼鏡を横目に言葉を続ける。
「ゲームに限った話じゃないぞ、本や服、筆記用具なんかもそうだ」
そこで眼鏡は得心がいったように頷く。
「ああ、無駄に何本もシャーペンや色ペン持ってる奴いたな。そういうのもあるのか、なるほど」
「そうなんだよ。いつも読むはずがないって思ってるのについつい買ってしまうんだよな」
と、ここで不思議な言葉が坊主頭の口からポロっと出た。
「……買ってしまう?」
「あ、いや、特に深い意味はなくて」
もしかして、といった表情で眼鏡は聞く。
「さっき言った古書好きの奴って……」
「……すまん。あれも俺の実体験だ……」
この坊主頭、見かけによらず理知的であった。
「そうか……。なんか、悪かったな……」
同類だということを隠していたことに少し腹を立てながらうれしいような複雑な感覚になったようだった。
そうして尻切れトンボのような終わり方をした話題を後に、二人は歩きはじめる。
さきほど同じように伸びていた影は、いつの間にか片方が頭一つ抜けて伸びていた。