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さて、あの後俺とリオラはまた魔物に襲われることも、山賊に遭遇することも道に迷って遭難することも無く、目的の町に辿り着いた。実に平和だ。素晴らしい。魔術を使うことにならなくて本当によかった。
まぁ、一応平和だったのには理由があるのだが。
何のことはない。あの野郎が用意した(と思われる)旅用の皮袋に入っていた、野宿セット。リオラが言うには、これにかなり高度な魔物避け、人避けに動物避け、おまけで虫避けの効果を持つ結界を周囲に張る効果があったらしい。これを応用(頭から被って)して道中の安全を確保したのだ! ドヤァ。
効果について俺は至れり尽くせりだ、と 聞いたその時には思ったものだが、しかし野宿2日目に、ふと気付いてしまった。
あの野郎は、その後の俺に対してはふざけた手紙1通遺しただけで、後はちょっとした情報すら残さなかった。精々微妙に残ったあれこれの知識と封印はしてあるもののどうやら少しはあるらしい魔力くらいか。他には本当に何もない。
しかし。しかしだ。俺にはそんな杜撰な対応だったくせに、あの野郎はリオラには何かと気を使ってるのだ。指示も与えていたし、魔術関連の知識も明らかに俺より豊富。そして魔術も使えるし、多分魔力も現状の俺より多いんじゃないか。
少々脱線した。話を戻そう。俺が気付いたこと。それは至れり尽くせりなのはリオラのためであって、俺のことに関してはそのついででしかないんじゃないか、ということだ。過去に戻って自分を殴ってやりたい。いや、つーかさ。何で俺は自分に対してこうまで理不尽を強いるのか。マゾだったの?
ごほん。
とにかくそういうわけで。結界の効果とリオラの道案内によって特に迷うことも無く2回の野宿を経て森を抜け、街道を歩き街に到着した。
街に入る際に警備の人が身分証明書を要求してきたが、ご丁寧にも袋の中に入っていたのでそれを見せてあっさり通過。
まぁこんなところで足止めされてもアホらしいだけだし、身分証があるのは納得ではあるんだが、少々拍子抜けである。まぁ何か問題があっても困るんだが。
さておき街である。屋敷で目覚めてから3日。やっと人里に到着したのである。嗚呼……この、自分たち以外にも人がいるという安心感。わかるだろうか。しかもこの街はそれなりに頑丈そうな壁を持っている。この安心感。わかるだろうか。あぁ――
「主様鬱陶しいのでそろそろやめてください」
「はい、すいません」
「さぁ行きますよ。こちらです」
リオラに促され渋々歩き出す。もう少しこの感動を味わいたかったが仕方ない。丁度お昼時ということもあって、往来の人通りが多い。露店からは実に食欲をそそる香りが漂ってくるがしかし。俺達には金が無いのだ。あの袋には食糧その他諸々は入っていたが、路銀だけはなかったのだ。おのれ俺、許すまじ。
「お金ならありますよ?」
「え?」
……え? どういうこと?
「というか何故持ってないんですか。袋に入っていたでしょう」
「……無かったけど?」
袋を開いて見せる。見よ、必要最低限しか入って無いこの袋を。
「……」
「……」
二人して覗き込み、そして黙り込んでしまう。次第に俺たちの間にだけ居た堪れない空気が漂い始める。やばい、泣きそう。
と、リオラが俺を見つめる。その眉尻は少し下がっている。わかる。俺はわかるぞ。これは憐みの目だ。
「……さ、主様、何が食べたいですか? 何でもいいですよ? 遠慮なくおっしゃって下さい」
「やめろ! そんな目で俺を見るな!! 急に優しくしないで!!」
うぉぉぉぉおのれあの野郎ふざけやがって!! どこまで俺を貶めるんだ!! おのれ俺、許すまじ。
結局奢ってもらった。恐らく焼き鳥だ。少し焦げた皮が香ばしくてうまい。うまいぜ……。くっ……。
さておき、リオラと共に焼き鳥を食べながら街を歩くうちに、ほとんど人通りも無い裏通りに辿り着いた。どうやらある人とやらは、この辺りに住んでいるらしい。会っても大丈夫なのか不安になってきたんだが。その道の人じゃないよね?
などと勝手にビクビクしているうちにやや先行していたリオラが、一軒の家の前で立ち止まった。目的地のようだ。
「……ここが、何とかいう人の家?」
「えぇ、私に残されていた指示が正しければ」
「あー何ていうか――」
家の外観は何とも表現しづらい。一言で言うならそう。
「――普通だな」
「どんな家を想像していたんですか」
うん、普通。煉瓦を組み合わせて作られている2階建ての家屋。扉は木製で、出窓が2階1つ。ここに来るまでに街で見た家と大差がない。ぶっちゃけ俺がいた屋敷のが立派だ。民家と屋敷を比べるのもどうかとは思うが。
まぁそれはさておき。俺はこんな普通の家を想定していなかった。もっと奇抜な感じなんじゃないかと勝手に思っていた。何故か。
「いや……だって、ねぇ? 自分で言うのもなんだけど、自分の記憶を消すような奴の知り合いだぞ」
まともなわけがない。そこ、使い魔さん、ジト目で見ない。
「まったくもってその通りですが……」
と、人の家の前でうだうだと会話を続けていた俺たちはさぞ不審だったのだろう。遠慮がちに声をかけてくる人がいた。
「あー……君たち。私の家に何か用かな?」
「あ、いや俺たちは――」
咄嗟に言い訳しようと振り向いた俺の目に映ったのは、何やら意外なモノを見た、とばかりにこちらを見る女性だった。目の色、髪の色がリオラそっくりで顔のパーツも……って、ん? 私の家?
「……んん? 君は……まさかシグかい? 珍しいねぇ、君が街まで来るなんて。前に来たのは……10年前だったか。まぁ上がりなよ。お茶くらいは出そうじゃないか」
「え、あ、はい」
どうも彼女が例の「ある人」らしい。そして返事をする前にさっさと家に入っていってしまった。うぅむ。10年前とか聞き捨てならない言葉が聞こえたが、気のせいだろうか。
まぁ考えてても仕方ない。と、俺とリオラは女性の後に続いて家の中に入った。家から判断するに、少なくともあの野郎よりはまともだろうし、色々と聞いてみよう。




