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森を歩くこと2時間。俺は今、屋敷の外へ出たことを後悔していた。
話は簡単だ。午前中の早い時間だとしても、ここは自然豊かな薄暗い山の中。俺達がこんなところにいるのは場違いなのだ。不自然なのだ。人は森での生活を捨てた種族だからな!
つまるところ。森の異分子たる俺たちは今、10匹程の狼っぽい魔物の群れに追われているのである。無論、全力で逃げている。
「だぁぁぁあ!! くそっ、何でこんな危険地帯に屋敷なんて建てたんですかねぇ!!」
「記憶を無くす前は何の問題もなかったんじゃないですか? ほら、手紙には世界で一番強い魔法使いだった、的なことが書いてあったじゃないですか。主様、例え記憶を無くしてもあなたは世界最強。さぁ、何とかしてください」
「無茶言うな!! 魔力も封印したとか書いてあっただろ! 都合いいとこだけ抜き出しても意味はないんだぞ!!」
「何ですかもう。全く使えない主様ですね。何が魔法使いですか。そんな大層な肩書を名乗るなら実際に魔法の1つも使って見せてくださいよ」
「人の話聞いてた!? 大体魔力があっても、記憶無くなってて使い方すらわかんないんだっつの!!」
使えるものならさっさと使っている。俺だって元魔法使いとか書いてあったんだ、もしかして何か使えるかも! とか。ちょっと胸がときめいたさ! しかし結果は惨敗。何かしら知識はあるんじゃないか? と思ったが、引っかかりもしない。根こそぎ消されているらしい。酷すぎる。
……あ、そうだ、リオラはどうなんだ。封印についても知っていたし、何か使えるんじゃないか?
「なぁ、リオラ! リオラは何か使えないのか!!」
「そうですね……実はいくつか使えるようです」
何だと。おい、俺には何にも残さないのに使い魔には残すってどういうことだ。いや、とりあえずこの状況が何とかなるなら何でもいい。
「どんなのがあるんだ! 俺的には一発であいつらから逃げられる感じのがいいです!!」
「馬鹿言わないでください。無理です。そんな都合いいものがあったらすぐに使っています」
「……はい、そうですよね」
わかってた。しかしかれこれ30分近く走り続けているのでそろそろ限界だ。余裕そうに見えた? 残念! 切羽詰ってます!!
と、その時、遠吠えが聞こえたと思ったら、前方から更に3匹の魔物が現れた。咄嗟に進路を横に変えようとしたが――
「主様、ダメですね。回り込まれました」
いつの間にか、後ろから追ってきていた10匹のうち、6匹が半分ずつ左右に別れていたらしい。前後に合わせて7匹、左右に3匹ずつ。俺達を中心に仲間同士の間隔を少しずつ縮めている。完全に囲まれたようだ。
「くそっ! リオラ、この状況で使えそうなのはあるか!?」
「……私が使える魔術は、どれも武装を召喚するモノのようです。ですから、この状況で使えるかどうかは……私たち次第でしょう」
「ほんとあの野郎は気が利かないな!!」
しかし武装か……つまり、槍とか剣を呼び出して使うってことか? 手紙によるとオレは魔法使いだったみたいだし、そんな武器が使えるとは思えない。何故そんなもんを残したのか疑問である。リオラもあんな細腕じゃ……。いや、待て。彼女の拳の威力は俺が身を持って知っているじゃないか。もしかしたら戦闘は全て使い魔任せだったのかもしれない。
よし! ゆけ!! 我がしもべよ!! と、リオラをチラッと見てみる。
「……こんな状況で何か馬鹿なことを考えてませんか?」
「……いや、何も。よし、リオラ、他に手も無いんだ。何でもいいからやってみてくれ!」
「了解です、主様」
短く答えるとリオラはその薄い唇を開き呪文を唱え始めた。
『雄々しく雄大なる戦神。天地轟かす雷神の鎚。雷鎚ミョルニル、顕現します。』
仮にも世界最強だったという男が遺した魔術は、軽々しく使ってはいけないモノだということを、知らないまま。




