第18話 喪失
※アレイシア視点です。
それは幻想でしかなかったのか?
「…ぁ、ッ……?」
私は雨が降る中、身体を地面に横たわらせていた。身体を少しでも動かせば、全身がバラバラになりそうな痛みが襲ってくる。手を見れば、見まみれだった。咳き込む度に、激しい痛みと真っ赤な己の血が飛び散る。
「コマンダー・アレイシア将軍ッ!」
雨水と血の混ざった液体が覆う地面。そこに足をつけ、水飛沫を起こしながら走ってくるコマンダー・コミット。私は激痛の襲う身体に鞭打って、なんとか立ち上がろうとする。コミットが、そんな私をそっと抱き起こす。
「わ、私は、――?」
エデンを刺して、彼女に勝ったハズだじゃないのか? あれは、ただの夢だったのか?
「よくもアレイシア将軍を!」
「コイツを殺してしまえ!」
「絶対に許さない!」
「その命、ここから出すか!」
数十人のクローン兵が、誰かに向かっている。……胸に剣を刺したクローンに向かって行っている。アイツは、エデン……?
数人のクローン兵が、アサルトライフルを手に、エデンに向かって銃撃する。激しい、連続した銃撃音が鳴り響き、無数の銃弾がエデンを襲う。
数人のクローン兵が、剣を手に、エデンを何度も斬りつける。彼女の身体に赤色の鋭い線が入っていく。そこから血が流れ出す。
数人のクローン兵が、火炎弾や電撃弾、衝撃弾などの魔法弾や超能力を飛ばす。銃弾と同じように、それらも彼女の身体に当たる。
――私はエデンを倒したんじゃなかったのか?
「アレイシア、――」
エデンがそっと両腕を持ち上げていく。その間にも、クローン兵たちの激しい攻撃は続き、彼女の身体を傷つけていく。
「私を刺せば、私が死ぬと、――」
持ち上げた両腕にラグナロク魔法が集まっていく。腕に黒い雲状のエネルギー。それ以外の場所は、赤い液体で染まっていく。
「に、げっ……」
「――誰が決めたんだ!?」
黒い拳を纏ったエデンは、自身の両側の空間を殴る。それと同時に、周囲で激しい攻撃をしていたクローン兵たちが弾き飛ばされ、その姿を私の視界から消す。水たまりも宙に消え、また新しく流れてくる。
エデンは自分の胸に刺さった剣を抜き取り、手に持つ。あの剣は私の剣だ。あれを刺したとき、私は勝利を確信した。なのに、――
「残念だったな。お前じゃ私を止められない。――分かっただろう? 何を言おうと、最後は力だけが全てを決めるとな!」
エデンはそう言うと、手に持った血まみれの剣を私に勢いよく投げつける。目にも止まらぬ速さで回転しながら飛んでくる剣。もはや、避ける力さえも出て来ない。
だが、その剣は空中で弾かれ、数ミリの液体が溜まった地面に転がる。私の後ろから、少女ともいえる若いクローン兵――コマンダー・クナが飛び出す。
「アレイシア将軍は殺させない」
「……コマンダー・クナ。その年齢で少将とは大したものだ。同年齢で、お前ほど強いクローンもいないだろ?」
「そんなの、死にゆくお前に関係ない」
「ク、クナぁっ……!」
私は彼女を止めようと、手を伸ばすが、その前にクナはエデンに向かって飛び出す。クナは少将。確かに強い。
クナはエデンに向かって強力な斬撃を十二連続で飛ばす。要塞の城壁さえも細かく斬り壊すほどの威力を持つ十二連・斬撃。生き物相手なら、あれを受けて立つことは出来ない。ビッグ・フィルド=トルーパーさえも倒せる。だが、――
「お前のウワサは聞いている。未来の連合政府将軍と、な。あと3年、生きながらえれば、そうなっただろう……」
エデンは黒い斬撃を飛ばす。ラグナロク魔法を纏った斬撃だ。それでクナの斬撃を打ち消そうとする。だが、消せたのはたったの3つ。残り9つの斬撃がエデンを襲う。
エデンの鮮血が、自身の足元に降り注ぐ。だが、不意にエデンが宙に飛び出す。クナに向かって手をかざす。速さでは、エデンの方が上だった。
「やめろっ、エデ――」
再び放たれる黒い斬撃。クナが打ち消そうと、新手の斬撃を飛ばす。……2つしか放てなかった。黒い斬撃は威力を大幅に弱めながらも、クナの小柄な身体を貫通する。
「…………!」
「クナっ!」
「クナ少将ッ!」
クナの身体が壊れる――
「あ、ぁ…… ク、ナっ……」
元気だった小柄な身体が、右肩から左腰で直線状の斬り込みが入り、彼女の身体は2つに分かれてしまう。2つになったクナの身体は、水飛沫を上げて、地面に倒れる。
私の身体から、血の気が引いていく。クナが殺された――
「…………」
エデンが、絶望に呑み込まれてゆく私に、手をかざす。また斬撃が飛んでくる。そうか、私も死ぬのか……。
「コマンダー・アレイシア将軍! 逃げてくださいっ!」
私の後ろから誰かが飛び出す。また小柄な身体をしたクローン――フィルストだ。私ははっと我に返る。しかし、すでに時遅し――
私の前に立ったフィルストの身体が腰を境に、上半身と下半身で斬れる。どちらも、雨ともに、地面に落ちる。
「クナ……? フィルスト……?」
雨が強くなっていく。一瞬の雷鳴と共に、空が眩しく光る。今夜、初めての雷鳴。……仲間が、私の大切な仲間が、2人も殺されてしまった――
「さっきから邪魔入るな、劣化クローン共め……」
エデンはフィルストの上半身を蹴り飛ばす。彼の身体は血を飛ばしながら、クローン兵たちの死体の山に乗る。……あれはエデンが築いた死体の山だ。
私は痛みを忘れ、素早く立ち上がると、何かを叫びながら、素手でエデンに向かって行く。心にあったのは、エデンへの憎しみと、彼女の死だけ。
「身体も、心も苦しそうだな。――楽にしてやるよ」
ニヤリと笑う。右手にラグナロク魔法を纏い、彼女も私に向かって飛んでくる。再び、赤色の液体を纏うエデンの黒い拳が、私の腹部に打ち込まれた――