第17話 キャプテン・フィルドの夢
※アレイシア視点です。
冷静でない者は、戦場で生き残る確率を減らす。
冷静でない者に率いられた者たちは、生き残れる確率が低い――
私は剣を手に、エデンに斬りかかる。彼女はその場から地面を蹴って、空に飛び上がる。私の剣は空気を斬り裂いただけだった。
「エデン、私はお前を――!」
――許さない! 何千、何万という姉妹を殺したお前を、絶対に、ここから生かして出すワケにはいかない。
「……ほう、私と殺り合うのか、アレイシア」
空中を飛ぶエデンは、口端に飛び散った血を舐め取る。余裕そうな顔がそこにあった。以前、彼女はデスペリアに収監されていた。ということは、以前、誰かが彼女を捕まえたんだ。私にだって……。
私はエデンやフィルドと同じように、脚に白い衝撃波を纏う。衝撃を起こし、地面から足を離す。空中で衝撃を起こし、更に早く、高く飛んでいく。
「フフ、なら仕方ないな」
エデンは武器を持っていない。さっきから見ていると、彼女の戦闘は全て素手、魔法・超能力だ。ラグナロク魔法を纏い、自らの手で相手を粉砕していく。それが彼女の戦い方だ。なら、接近してきた時に、一刺しにするしかない。――チャンスは一度だけ。相討ち覚悟でやるしかない。
「お前も結局は命ある人間! 無敵でもなんでもない!」
「だが、私はお前を超える力を持つ」
空中で何度も衝撃を起こし、直線状に、それでもあらゆる方向に飛ぶエデン。私の後ろを通ったかと思えば、左側を通る。気が付けば前を通る。
「私はお前の仲間を何百人とこの手で葬った! 愚かな劣化クローン共をな!」
私はチラリと下に目をやる。何十、何百人ものクローン兵やクローン囚人の死体が転がっていた。コンクリートの地面は血に染まっていた。
「いずれ、私は世界をこの手で血の色に染める! この手でクェリアを、クォットを、スロイディアを、レイズを、マグフェルトさえも殺し、国際政府を滅ぼす!」
エデンが私のすぐ耳元を通り過ぎる。そのとき、小さな声で言った。
「――連合政府をも滅ぼし、私の夢で覆ってやる。いずれ、私がパトフォーになる」
「…………!」
私は剣を勢いよく振る。だが、そこにエデンはもういなかった。
あいつ、連合政府さえも滅ぼす気なのか……! ティワードやパトフォーを殺し、己をの夢を貫く気だ。――パトフォーに取って変わろうとしている。
その昔、彼女は連合政府リーダーたちを殺そうとした。やっぱり、デスペリアから復活した今でも、それは変わっていない。
「強さこそが全て! 力こそが全て! どんな理想を持とうが、どのような色をした夢を持とうが、――最後には力だけが全てを解決する! 逆らう者は、壊せばいいのさ!」
気が付けば、エデンは右腕を黒く染めていた。ラグナロク魔法を纏った証拠だ。しかも、今までよりもかなり黒い。かなり強力な攻撃をする気だ。私を一撃で仕留めるつもりなんだろう。
「コマンダー・アレイシア――お前の夢はなんだ?」
エデンが空中を高速で飛びながら、私に問いを投げかける。私は目を閉じる。もはや、彼女の姿は早すぎて捉えきれない。自分の感覚を信じ、エデンの気配を捉えよう――。
「私の夢は――」
……パトフォー。その名を初めて聞いたのは、もうどれほど前になるか。その存在を知る前は、“ティワードの打倒”。それが夢だった。彼の黒い夢を倒そうとしていた。だが、彼もまた操り人形でしかなかった。
――私の夢は、パトフォーを倒し、黒い夢を消し去ること。そして、私たちクローンが虐げられない世界を創ること。フィルドの処刑は、その通過地点にすぎなかった。
「――黒い夢の終わりを……」
「そうか。私の夢も黒色か?」
黒以外の何物でもない。パトフォーも、エデンも、根本的なところでは似ている。――調和も、信頼も、優しさもなしに、力だけで全てを支配しようとしているところは、同じだ。
そのとき、エデンの動きが変わった。いや、変わったように感じられた。私を仕留める動きだ。強大な黒い夢が、私を潰そうとやってくる。私はそっと剣を持ち上げる。
「エデン、力だけで得たモノは、どんな味がした――?」
次の瞬間、私は剣を前に素早く突き出す。
「…………!」
「アレイシア将軍!」
「将軍っ!」
「コマンダー・アレイシア将軍っ!」
私はそっと目を開ける。
「…………!」
私の突き出した剣に、深々とエデンの身体が突き刺さっていた。彼女の身体から出た真っ赤な血が、私の剣を持つ右手を濡らし、肘から落ちていく。
血に濡れた剣の先端は、エデンの背中から突き出ていた。――私の剣は、エデンの胸をしっかりと貫いていた。
「なっ……!?」
エデンの口端から一筋の血が流れ、血に染まった地上へと落ちて行く。同じようにして、私と剣で貫かれたエデンの身体も地上へと向かっていく。
史上最凶のクローンを、己の剣で刺すことが出来た。1つの黒い夢を終らせることが出来た。私は、私に届かなかった黒い拳――ラグナロク魔法を纏った破壊の拳を視界の端に入れながら、そう思った――。