第9話 参戦の女騎
※前半はフィルド視点です。
※後半はアレイシア視点です。
【ディメント支部内部 中層 北エリア】
「そ、そんなバカな……」
「なぜアイツがここに……?」
薄暗いディメント支部の廊下。私の視線に入るのは、黒いレザースーツを纏ったクローン兵たち。私は彼女たちに向かって冷たい廊下を一歩、また一歩と足を進めていく。
「カーネル・フォク中佐、どうしましょうか……?」
「あ、あれを捕まえるなんて不可能だ……。――殺せ!」
「は、はっ!」
4人のクローン兵たちは、私にアサルトライフルの銃口を向ける。銃弾が飛んでくる。私は彼女たちに向かって手をかざす。銃弾が砕け、その先のクローン兵たちの身体が大きく斬り裂かれる。斬られた身体が、おびただしい鮮血と一緒に床に転がる。
「ひぃっ……!」
「う、うわぁっ!」
「逃げろ!」
カーネル・フォクとかいうクローン将校と生き残ったクローン兵たちは一目散に逃げ出す。私は口端を歪めて笑う。その瞬間、走って逃げる彼女たちの身体が八つ裂きにされる。バラバラになって床に散る。
私は床に撒き散らされた血に足を赤色に汚しながら、薄暗い廊下を歩いていく。その私の身体には無数の返り血が付着していた。
私がこのディメント支部で殺めたクローン兵は、さっきの数人じゃない。私が魔法で電力供給システムもろとも、留置所一帯を破壊してやったとき、数十人のクローン兵が死んだ。
「クソ、よくも姉妹たちを!」
「…………」
後ろから、超能力で斬撃を飛ばしてくる1人のクローン兵。私は手だけを後ろに向け、その斬撃とクローン兵を一緒に斬り殺す。彼女と私じゃ、超能力の威力は私の方が遥かに上だった。
私が“逃げ出した”とき、コマンダー・ヴェルというクローン准将を筆頭に、何十人ものクローン兵が襲い掛かってきた。私はそれを全て斬り殺した。簡単なことだ。
「さて、アレイシア軍の指揮官でも始末していくか……」
コマンダー・アレイシア。連合政府七将軍の1人だが、見込みが甘いな。本気で私を殺したかったら、瀕死のときにさっさと殺るべきだった。拷問で私を弱らせたつもりか……?
◆◇◆
【ディメント支部 シールド内 高台】
私はディメント支部の正面に立てられた高台から、シールド・スクリーンに映し出される映像を見ていた。形勢はほぼ互角。クォットとスロイディアが参戦したことで、少し勢いが増している。徐々に攻め込まれつつある。
だが、ディメント支部を覆うシールド内は、アレイシア軍のテリトリー。簡単には陥落させられないだろう。
「雨が降っているようです」
「ん? そうか……」
フィルストに言われて初めて気が付いた。雨か……。このシールド内には入って来ないから気が付かなかった。
「コマンダー・コミット、ディメント支部管理官のコマンダー・ヴェル准将から定期連絡は入ったか?」
「いえ、まだです」
「……そうか。まぁ、何かあったらすぐに知らせるだろう」
ディメント支部内には施設管理官のコマンダー・ヴェルがいる。万が一のことを考えて、施設内の状況を逐一知らせるように指示していた。
「それと、――」
コマンダー・コミットが何かを言おうとした時だった。
「…………?」
私の頬を何かが濡らす。頬の水滴を手ですくうと、それに視線を移す。透明の冷たい液体だった。
「……雨?」
私は真っ黒な空を見上げる。私の頬を濡らした透明な液体と同じもの――雨が後から次々と落ちてくる。……ディメント支部を覆うシールドが消えていた。
「こ、これは!?」
「……まさか!」
私は左腕に装備した小型無線機を起動させる。通信相手はディメント支部の中にいるハズのコマンダー・ヴィルだ。
しばらくの間、無線機からは呼び出し音が鳴り続ける。10秒、20秒、30秒……。だが、1分経ってもコマンダー・ヴィルが応答することはなかった。私の背筋に冷たいものが流れる。
「フィルドが、来る……」
「えっ?」
フィルストが私の方を振り返る。私は彼に背を向け、ディメント支部に目をやる。……支部中腹のテラスに誰かいる。
「だ、誰だ……?」
「…………!? アイツは……!」
その人物は、テラスから飛び降り、この高台の床に上手く着地する。長い赤茶色の髪の毛、同じ色の髪の毛、白いラインの入った青い服。……誰だ?
「……お前、フィルドじゃないな?」
私は剣を手にしながら、いきなり現れた女に問う。フィルドではない。この女は私たちと同じクローンだ。
「ああ、そうさ。私はお前と同じクローン。しかも、同じ連合政府所属の、な」
「どこの部隊のだ? アレイシアじゃないな?」
「……私は“ヒーラーズ・グループ軍”所属のクローンだ。名は――」
「コマンダー・アレイシア将軍、お逃げを!」
コマンダー・コミットが急に青い服のクローンに斬りかかる。不意打ちだ。……にも、関わらず、彼女はコミットの剣を避け、その身体を蹴り飛ばす。私の足元に倒れる。――一瞬の出来事だった。
「コマンダー・コミット!」
「しつけの悪いメス犬だな」
「しょ、将軍っ……! コイツは、――コマンダー・エデン中将、ですっ! その強さ、あなたを遥かに超えます……」
私に抱き起されながら、コマンダー・コミットは話す。コマンダー・エデン? 聞いたことがあるな。彼女はかつて、デスペリア支部に収監されていたクローンだが、その身体を実験台にするために、連合政府の一角を担う「ヒーラーズ・グループ」が回収したらしい。
「こ、この女は隙見て「ヒーラーズ・グループ」の前リーダーを殺し、自らが事実上の支配者となったんです……」
「……ずいぶんと凄いクローンが何の用だ?」
私はコマンダー・エデンとやらを睨みながら言う。
「別にお前などに用はない。いや、1つだけ。――フィルドはどこにいる?」
「お前がフィルドに何の用だ?」
「……パトフォーの命令を受け、私はソイツを捕まえに来た」
「なにっ!?」
コマンダー・エデンの言葉は、衝撃の言葉だった。パトフォーやティワードの命令を受けたのは、コマンダー・ライカじゃなかったのか……? まさか、コマンダー・ライカはただの表向きに派遣されただけか……!
そのとき、さっきエデンがいた場所で、大きな爆発が起こる。今度はなんだ?
「……お前に聞くまでもなかったな」
「コマンダー・アレイシア将軍ッ!」
「そ、そんなっ……」
キャプテン・エデンがニヤリと笑う。コマンダー・コミットとフィルストが困惑の表情を浮かべる。……砕けたテラスにいたのは、血まみれのフィルドだった――。