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5.先導者

「ふぁああ!」

大きなあくび声が部屋に響いた時、ウミューは目を覚ました。

こすらずとも冴えている視界でベッドの上を見ると、のびをしたネーデルがこちらを見ていた。

「あれ?あれれ?どうしてネーデルはここに……。」

「お前が勝手に寝たんだろ。」

「うぅ、ごめんなさい……。」

「ほら、わかったらすぐ出てけ。」

「きゃー!」

遊んでいるような声を発し、キャッキャとはしゃぐネーデルを部屋から押し出すとウミューは固まってしまった体をのばし、間接をボキボキとならした。

この個室は地下なので、今日の天気などを窺い知る事はできない。

グルルと、一定の音ではない腹の虫がなき、ようやくウミューは昨日の夕飯を食べていないことに気が付いた。

道理で朝からこんなに腹が空くわけだ、と思いながらそれなりの身仕度をすると、部屋のドアを開けた。

「ウミュー!」

……開けた。

「ウミュー?」

……開けなかったことにして、見なかった事にしよう。

ウミューは部屋のまん前に立っていたネーデルを無視し、静かにドアを閉じた。

「やぁー!ウミュー!どうして無視するのぉ!開けてほしいの、無視しないでほしいのー!」

閉められたドアを叩きながらネーデルは叫んだ。

「……なんで、いるんだ……。」

観念したかのようにドアを重々しく開きながら、こちらを見上げているネーデルを見た。

「みゅ?朝ごはん、一緒に行くのー!あとね、あとね?何となく、ベラトランシーが帰ってくる気がするの~お出迎えしよーね?ね?」

「静かにしてください。」

「みゅ?」

ウミューが答えるより先に、よく通る、高めのリンとした声が響いてきた。

「……ルリクレッサ……。」

呆気にとられながら、ウミューがその女性の名を口にすると、その人は、薄い笑みを浮かべると、「わたくしの名前、覚えてらしたんですね。」と抑揚のあまりない声で告げた。

「ルリクレッサ、あの……あのね?ごめんなさい、なの……。」

ペコリとネーデルが頭を下げると、見事に切りそろえてある青色の髪の毛を長く、三角のような形をした耳にかけながら、「わかっていただければいいのです。くれぐれも、ここが廊下でみんなの共有スペースであるということを忘れないでください。」と告げた。

青く、細い目をチラリとネーデルをとらえ、ネーデルは少しだけ首をすくめる仕草を見せた。

その目は、侮蔑と軽蔑を少しばかり含んだような冷たく、氷のような目だった。

ルリクレッサは、162センチの細身体系で、宿にいるというのにいつもきちりと鎧を着ている。

その鎧は燃えるような赤で、攻撃的な光を放っている。

きっちりとした性格なので、毎日の手入れを欠かさないのだ。

それに対し、ルリクレッサの肌は青白く、髪も瞳も青かった。

寝るときでさえ外さないブーツの下はキョウノスケのような気持ち悪いツタ状の塊が潜んでいる。

「あの、あのね?ベラトランシーが来るような気がするの……だから、よかったら、ルリクレッサもお迎えを……。」

そこまでネーデルが言い掛けた時、30そこそこに見えるルリクレッサの眉間に深い皺がよった。

その皺はまるで彫刻刀で掘られたかのように深いので、一瞬、石像か何かを眺めているのではないだろうかと思うほどだった。

「ベラトランシー?彼女がなんだと言うのですか。なぜわたくしが彼女を出迎えなければならないのです?あんなに風紀を乱すメンバーを喜んで出迎える必要などないでしょう。わたくしはあのようにルール違反を平気でするようなもの達を仲間などと思っていません。ネーデル、この事は……あなたなら知っているでしょう?それでも、わたくしに彼女を出迎えろと言うのなら……そうですね、まずリーダーに言って、わたくしにリーダーから命令がおりるようにしてください。よろしいですか?」

「……そんなつもりは……なかった……の……ごめん……なさい、なの……。」

強い口調にすっかり落ち込んでしまったネーデルは、いつになく、沈んだ様子でルリクレッサに謝った。

ルリクレッサは、呆れたように鼻をフンッと鳴らすと、そのままネーデルに背中を向け、階段へと消えていった。

「……ネーデル?」

ウミューがすっかり意気消沈してしまったネーデルに声をかけると、ネーデルは、黙ってウミューに抱きついた。

「……何するんだ。」

ウミューがネーデルを自分から引き剥がそうとネーデルの肩に手を置いたとき、ネーデルは、ギュッと抱きついている腕に力をこめてそれを拒んだ。

ウミューがため息をついて、とりあえずネーデルの頭を撫でていると、ぽつりとネーデルが言葉をこぼした。

「みんな仲良くしてほしいと願うのは……いけない事なの……?」

「……さぁな、ほっといてほしい奴もいるだろうな。俺みたいに。」

ネーデルが顔を上げ、ウミューの顔を見た。

「ウミューも、ベラトランシー嫌い?」

今にも泣きだしそうに、大きい瞳には涙がたまっていた。

「好きでも、嫌いでもない。苦手ではあるが……。」

「……みんな、良いところがあるの……それをみんなに知ってほしいの……それって、ムボーな願いなの?」

「無謀かもな。」

ネーデルは再び、ウミューの体に顔を埋めると、一度緩めた力を再び強くし、しがみついてきた。

「じゃあ、何も望まなければ良いの?そんなのの、何が楽しいの?何のための仲間で、何のためにネーデル達は一緒にいるの?戦うためだけなの?本当にそれだけ?なら、どうして、好きとか嫌いとか生まれるの?わからないよ……わからないよぅ……。」

うす紫色の髪の毛がさらさらと音を立てて揺れた。

「……お前が珍しいんだよ、突き放されてもまだ仲間を好きだなんて言ってるんだから。」

優しい口調でウミューがそう告げると、ネーデルは、ギュッと全身に力を入れた。

「お父さんが言ってたの……偏見やほんの少しのことで、何かを嫌いになってはいけないよって……例えば、噛んできた犬が居たとして、次にその犬を嫌いになるのはおかしいって……もしかしたら、その日はたまたますごく機嫌が悪い日だっただけかもしれないのにって……嫌だなって思った人達にも良いところはあって、全てが初めからの悪人なんて事はないんだよって……人の、良いところをはじめに探してごらん、きっとその人を好きになれるし、その人もネーデルを好きになってくれるだろうって……でも……でも、その教えは……間違ってたって事なの、かなぁ?かなぁ?」

「間違ってはいないんじゃないか?少なくとも、俺に比べれば、お前は好かれてる……それを知る奴らが少ないんだろ……嫌いな奴の良いところなんか、見つけたくもないしな……。」

ネーデルはさらにギュッとしがみつくと、「やっぱり、ウミューは落ち着くの~。」と言ってから離れ、上を見上げると、ニパッと歯を見せて笑った。

「……お前に好かれてもなぁ……。」

「……ウミューのおバカぁあ!」

ぽかぽかと殴られたが、ウミューはあえてそれを受けとめておいた。

今は、それでもいいかというちょっとした気まぐれを起こしたからだ。

「行くんだろ。」

「え?」

ネーデルがウミューを叩いていた手を止めて、ウミューの顔を見た。

「飯。」

「うんっ!」

その後、ネーデルはルリクレッサに怒られた事がうそかのように上機嫌になり、ウミューの横をついて歩いた。

その後は、しばらく何もない平和な日々が続いた。

それでも、劔メンバーの誰もが知っていた。

この平和が長く続くわけはないと。

宿から出発し、新たなクエストを受け取った一行は思い足取りで次の敵出現地まで足を運ぶ。

「もうやだ。あたしは戦闘向きじゃないのよ?」

ベラトランシーが呟いた一言にある一人が反応する。

「同感だね。僕も僕は戦闘向きではないと思うよ。なんせ、自分が傷つくからね。」

背が高く、わりとイケメンで髪の毛をツンツンと立てた完璧人間に近い体を持った男性が応えると、ベラトランシーは、「ランパイ……。」と力なく応えた。

ランパイは、ベラトランシーと同じタイプで、年齢不詳、女ったらしの捕食型だ。

視力が良く、弓攻撃を得意としている。

人里に降りないときは、ベラトランシーとランパイは仮の恋人同士となるのだ。

確かにはた目から見ても美男美女でお似合いだが、二人とも気が強く、かなりのナルシスト。

一度喧嘩するとかなり厄介な事になる。

お互い束縛をしないというのが付き合っている時のルールで、二人は本当に付き合っているのか?と不思議にさえ思うくらい仲はサバサバしている。

「……そうよね、あたし達、そこまで戦闘には貢献しないのよね……汚れるの嫌だし……。」

「汗臭くなるのも嫌だよ。」

「同感よ。」

二人仲良く頷いているうちは意気投合しているからいいのだ。

これが一度でも食い違ってくると、二人とも何ヵ月も……最長一年は口を聞かなかったりする。

喧嘩した内容を忘れた頃にまた仲良く話しだすのだ。

この二人には少々呆れながら遠目に見ているのが劔メンバーの半数である。

「近い……!」

鼻をひくひくさせたハルネが声を上げた。

「敵の数は……1、2、3……ざっと20!」

耳に手をあてたままネーデルが声を張り上げた。

「距離は?」

ドーシェが殺気をはらんだ声を極めて静かに発した。

「最短……ドルン(50メートルジャスト)!」

ネーデルが最短を応えて直ぐに、「最長、セメンタリドルア(800メートルほど)!」と誰かが声を張り上げた。

誰かが超音波を出すと、ネーデルやネーデルのように耳がいい者達は耳を塞いだ。

「敵散乱周辺、周囲ケルメティニーア(直径900メートル内)!」

距離を暗号のようにしているのは、まわりに普通の人間がいたとき、混乱を招かずに速やかに避難してもらうためである。

「人はいるか?」

「……わかりません。これだけ広範囲で敵数も多めとなると……民家はすでに食い潰された後かと……。」

「困ったぞ……次の目的地は小さいが、村が存在している場所だ。チャルコハネ、キョウノスケ、ウミュー、ドウダウ、グラッシェ、クラウン、ミドリ、ルビー、ダリアン!皆、足が早いものは私たちより早く村へ向え!人がいたら救助を!ハルネ、ルドア、ネーデル、プリティア、クレス、ナリー、ドゥロップ、クランビーは引き続き情報収集!空を飛べるものは地上から状況報告を!私を含めた、その他の物は走り、すぐ戦闘態勢に入れるように構えておく事!」

ドーシェが指揮を取ると、みんな一斉に飛び出し、地上からも情報収集できる者達は地上へと飛び上がった。

「敵個体、全長5メートルほど。耳なし。目は体全体につき、体自体が口と化している。足は四本。敵種類としては、ディガンロー。恐らく、新種ではあるが、ディガンロー進化系。ディガンローの弱点は露出した目……今回は堅く透明な幕に覆われていて、簡単に見つけられそうもない。口に爆弾(バク)を大量に放り込み、体内爆発を起こすほうが効果的かと……。」

大量の情報処理が行われ、ドーシェの耳に届いた時にはそのような話になっていた。

「しかし……ディガンローの中には、火薬を好んで食うものもいれば、鉄を好むものもいる。今回は何を好んで食っている?」

ドーシェが呟いたとき、隣で走っていた誰かが、「ディガンローは、雑食ですからなぁ……時には木も肉も貪りますよ。」と当たり前の事をぼやいた。

「ああ、だから尚のこと、人名がかかっている。急がねばならないな。」

険しい顔つきでドーシェは、走ることから空を飛ぶことへと切り替えると、大きな翼をバサバサと上下に振った。

赤と黒の鎧を纏い、赤と黄のドラゴンの翼で青と白の空へと飛びだつ様は、なんとも言えず、とても目立っていた。

目立つ事を知っていたから地上を走っていたのだろうが、それでは遅すぎると判断したのだろう。

敵に気付かれるのを恐れていても仕方ないといったドーシェの姿勢は勇ましく、それがまた、メンバーのやる気を高めた。

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