18.馬鹿
カエンから伸びてきた刺のような何かがネーデルを貫いていたのだ。
「ネーデルッ!!」
やがてネーデルがズルズルと落ちるのと同時に、カエンだったものも、ピクリとも動かなくなった。
ウミューはネーデルを抱き抱え、止血作業にあたりながら、「ただじゃ死なねぇってわけかよ、クソッ!」とはき捨てた。
やがてかけつけたメンバー一行があわててネーデルの止血を行ったが、傷が思ったより深く、致命傷と言うほどではない傷だが、ネーデル達長寿メンバーにとっては命取りだと言うことがわかった。このまま血が流れ続ければ長くて3日しか保たない、というのだ。
「おい、くそ、ネーネル、しっかりしやがれっ!」
ウミューがネーデルを抱き締めると、ネーデルは、弱々しく笑いながら「ね、ネーデルだもん……ネーネルじゃ、ないもん……。」と言ってウミューの顔に触れた。
「くそ……なんで俺なんか助けた!俺ならすぐに傷だって治ったのに!」
「えへ……ネーデルにも、よく……わかんないや。でも、ウミューが死んじゃうような気がして……ウミューには、ネーデルが生きててほしかったの……痛いし、なんか眠い……ねー、ねていい……?」
「寝るな馬鹿!死ぬかもしれないんだぞ!?」
「死な……ないよぉ……ねー寝る、ね……夕飯になったら、起こしてほしい……の。」
そのまま、カクンと力が抜けたネーデルを抱いたまま、ウミューは軽くネーデルを揺すった。
「……おい……おい!?」
そこへドーシェが来て、ウミューの肩に手をおいた。
「大丈夫。寝てるだけだ。下手に喋らせて体力を消耗させる方がまずい。今は寝てるほうがいいだろう。今は……だがな。」
ウミューやネーデルがメンバーになる前からずっと残り続けているドーシェの生々しいまでの鼻の上辺りに位置する傷痕がウミューの心を痛め付けた。
その後すぐに、ドーシェは小さな声で「ネーデルがウミューの事を死んでしまうかもしれないといって庇ったカンは当たっていたのだろうな。」と付け足した。
「……どうゆう……こと、だ。」
落ち着きを取り戻してきたウミューは、いつもの口調でドーシェを見上げた。
ドーシェは、無言で自分の持っていた剣をネーデルに押しあてた。
「何をする!?」
ウミューが払い除けようとすると、ドーシェは、「まぁ、見ててくれ。」と先端をネーデルの肌に押しつけた。
そこに赤い一筋の線……は、なかった。
「私くらいになればこれでも何も傷つかん。」
そう言って、ドーシェは自分の手首に剣を振り下ろした。
鈍い、ガンッという音がして、ドーシェは痛そうに顔を歪めたが、血がしたたるどころか、その腕には一切の傷はなかった。
「勢い良く振り下ろしすぎた。痣にはなるかもしれないが……わかってるだろう?私たちのようなタイプは滅多なことがなきゃ傷つかん。弱く見えるネーデルでさえも、だ。それなのにこんなに深く貫かれてる。人間と同じだけの攻撃しか防げない君たちがこの攻撃を受けたら、一瞬で本当に死んでしまっていた確立が高いんだ。」
「けど……ネーデルに死ななれたら困るやつは……きっと、沢山……いる……。」
「いるだろうな。ネーデルはいつもみんなを理解しようとし、人を恨む事もなく、笑顔を絶やさなかった。ネーデルは、幸せな家庭にいたから我々とは少し考え方が違っていただけかもしれないが……何故このメンバーに入ったのか、謎に思えるよ。私なら、こんな戦場で戦うことなど望みもしなかっただろう。」
「……この、馬鹿。」
ウミューは眠っているネーデルにそう吐き捨てると、ミコトとカエンだった塊に目を向けた。
「可哀想だが……これからは劔メンバーの死ごとに塵すらも残さぬ程遺体を燃やさねばならないだろうな。もう二度と、こんな過ちを繰り返してはならない……。」
ドーシェはそう言うと、口の前に筒状にした手を添え、おもいっきり息を吹き出した。
手から数センチ先に、炎が灯り、数分後にはミコトの肉体も、元カエンの肉体も跡形もなく消えていた。
「今度こそ、二人一緒に……幸せになってくれ……。」
ドーシェはそう呟くと、ただ爆音にまだ惚けているメンバーを見渡した。
あれだけの悲劇があったにも関わらず、負傷者は過去最小と言えるほど少なかった。
「とりあえず、今日はこの無駄に広い洞窟に泊まるとするか。」
ドーシェがそう呟くと、ベラトランシーがピクリと反応した。
「ええ!?ここでなの!?岩の上で寝たら腰を痛めちゃうわ!」
「目覚めもかなり悪いしね。」
ランパイもベラトランシーに同感だと頷く。
「ナルシスト&ワガママな奴らは他で寝床を探せばいいどが。」
「馬鹿言わないでよ、頑固ジジィ。」
「ベラトランシー……お前、ずいぶんと大口たたくどがな。」
「何よ、別にあんたを敬わなくてはいけないなんなんて、どこにもないわよ。またね、おじいちゃん。」
ヒラヒラとベラトランシーは手を振ってどこかに向かった。
キョウノスケは、「カーッ!」と叫んでから、ベラトランシーに杖を振り下ろすふりをした。
翌朝、目覚めたネーデルはさっそくミコトが最後に呟いていた言葉をベラトランシーに告げた。
ベラトランシーは、しばらく沈黙していたかと思うと、小声でポツリと、「こんな時にだけまともに名前呼んでるんじゃないわよ……いつもみたいに、罵るのがあんたでしょ……。」と、そう告げた。
「……ネーデル……ミコトは、本当は、みんなの事……凄く、好きだったんだと思うの……。」
苦しげに呟いていたネーデルに、ベラトランシーは「ネーデルは、あまり話さないほうがいいわよ。早く傷なおしたいでしょ。痛むなら無理しないの。」と笑いかけた。
「うん……早く治して、みんなと、遊ぶの……の。」
横で黙っていたウンネが唐突に口を開いた。
「厳しいようですが、言わせていただいても良いですか。」
「ウンネ……なぁに?」
「遊びたいのであれば、まずはあなたが無茶をしない事です。自分が見てきた限りでは、あなたはいつも自分の身を投げ出している。あなたは、自分が大切ではないのですか?人間は、自分が一番大切なようですよ。自分にはわかりかねますが、あなたの思考、思想はより人間に近いのではないのですか?」
「ネーデルには、むずかしいのぉ……もっと簡単に言ってほしいのぉ……。」
「では言い方を変えましょう。死にたくて危険に飛び込むならかまいませんが、生きたいのに何故危険に飛び込むのです?早死にしますよ。」
「ネーデル……は……生きたいもん!みんなと、生きたいんだもん!だから……。」
そのまま黙り込んだネーデルに、ウンネはさらに追い討ちをかける。
「……だから、何です?みんなと、生きたいなら、何故命を投げ出すようなマネをするのですか。今のあなたはむちゃくちゃです。」
「ウンネは……意地悪だよぅ……なんでそんな意地悪言うの?」
ボロボロと透明な涙をこぼしはじめたネーデルの頭に軽くベラトランシーが手を乗せる。
「自分には、理解できません。人間も、人間の考えも、今の自分も。人間は、自分勝手です。自分本位で、事故中心的。偽善的で、依存質。でもそんな動物が、たった一つの単一固体が、こんな自分にも、影響を与える事があります。」
「ネーデル、簡単に言うとね、あたし達、みんな、あーだこーだ言っても、ネーデルの事が好きってことよ。だから、自分の命を投げ出すような危険な真似はしてほしくないって、ウンネにはまだ素直に言えないみたいね。」
ネーデルは顔を上げて、ウンネを見た。ウンネは顔色一つ変えぬまま、また口を開いた。
「……自分には理解できません。人の行動を制限できる権限は自分にはありません。その人の行動は身を持ってその人が全ての責任を背負うべきです。なのに人間は、自由だの自主自立だの言いながら依存し、干渉しあい、それ故に権限を設ける。人間の考えは、自分にはわかりません。でも人間の感情を自分に植え付けたのはあなただ。だから、自分にとってあなたは大切な存在です。だからこそ、あなたが決めたことは素直に従うべきなのでしょうが、矛盾した今の自分には理解できない自分の感情に、わけのわからないことになっているのです。人はこれを、“優しさ”や“思いやり”と呼ぶのですか?こんなエラーを起すような、行動する上で邪魔で必要のないものを“心”と呼び、大切にするのですか?そうだとするのなら、自分は……心などいらなかった……自分は、人間に近づきすぎたようです。といってもあなた方も完全なる人間ではありませんが。」
ベラトランシーの目つきが急に鋭くなり、瞳孔は猫のように細くなっていた。まるで、蛇が威嚇をしている時のような緊張感が一瞬流れた後、すぐに体の力を抜き、ベラトランシーは微かに微笑んだ。
「そうね、人間の心なんて……いらないわよね……なかったらいいのに、とは思ったことがあるわ。でも、どうなろうとよ?この先、どうなろうと……あたしはあたしを見失わなければそれでいい。一番に信じるのは、いつでも自分よ。自分が行動したいと思えるならすればいいわ。ね、ウミュー?」
「……ウミュー?」
ネーデルが不思議そうに辺りを見渡したが、ベラトランシーとウンネはウミューがそこにいることを知っていたようだ。
岩影から何かが微かに動いた。
ウミューは、小さく舌打ちすると、「今、来て……帰ろうと……したところ……だ。」と告げてネーデルの前に姿を現した。
ベラトランシーは、俯き気味に微笑むと、ウミューに近寄り、「あんたはあんたのやりたいと思うことをやんなさい。何もしないで自分の殻にこもってるなんて、後悔しかしないわよ。」と言ってウミューの胸に軽く手をあてると、そのままネーデルの元を去っていった。
「ウミュー……嬉しいのぉ……遊びたいけど、ネーデル動けないから悲しいな、悲しいな……。」
頑張って体を動かそうとするたびに血がにじみ、包帯を赤く染めてしまう。
「馬鹿野郎、動くんじゃねぇ。」
ウミューは素早くそうつげると、持ち前の速さでネーデルを押さえ付けた。
そんなウミューをウンネは一言、「彼女が、大切か?」と横目にウミューをとらえたまま呟いた。
ウミューは、何も答えなかったが、ウンネ自身、答えが返ってくるとは毛頭考えていなかったようで、身動ぎ一つしなかった。
ネーデルは呻いて白くなった顔に冷や汗をかいていた。
ネーデルの傷は治りそうにはない。このまま大量出血で死ぬ可能性が大いに有り得る。
すでにネーデルの身体からはリットル単位の血が外へ流れ出ていた。
ウミューは一人、「こいつが死んでも俺の何かが変わるわけじゃない。むしろ死ねば俺の周りの鬱陶しいのが消えるんだから好都合だ」と思いながら自分の行動を少しばかり不思議がっていた。
そう、ウミューにとって、ネーデルは、鬱陶しい存在……のはずだったのだ。
そんな複雑な心境を読み取ったのか、ネーデルは小さく告げた。
「そろそろ……ネーデルは、足手まとい……に、なる……の……わかってる……の……でも……ネーデル……生きたい……今だから……強くそう思うのかもしれないけど……生きていたかった……だから……皆のいつか使う分の薬草や……包帯まで……」
「馬鹿言うな!もう黙れ!それ以上言うなら、本気で怒るぞ!」
感情をむき出しにして、ネーデルの言葉を遮ったウミューに、怯みながら、ネーデルは、「もう、怒ってるよ?……よ?」と言って微かに笑った。
「……悪かった……馬鹿を……言うな……治りたいなら……無茶は、するな。お前は……情報組……怪我をしてても……使える。問題は……ない。」
ネーデルは、情報組なので、怪我をしていても脳も処理機能も正常で生きているかぎり、役には立つ。役に立たない事はないのだ。
だから何も問題はないということを素直に口にはできなかった。
ネーデルは、浅い息を繰り返しながら「ネーデル……頑張る……ね。ね。」と告げて目を閉じた。
この程度の傷であれば、ウミューならすぐに治ったし、たとえ治癒力がウミューより劣るチャルコハネでも死傷になりゆるほどのものではなかっただろう。だが、この攻撃を、ウミューが受けていたら即死だったという。
それならば、それでもかまわない。
俺に生きる価値はない……でも、ネーデル、お前はそうじゃない。生きる時間も長いし、俺よりあるはずなんだ。そう心で呟いて、悔しげに拳を握り締めた。




