17.独り
「ミコトッ!」
ネーデルが必死にミコトに手を伸ばしたが、体内から噴き出してきた毒のようなものにやられ、手に火傷のようなものを負った。
「いたいっ!」
すぐに手を引っ込めたが、腕の一部の肌が、焼けただれてしまっていた。
「カエン……あんたは、いつもすごかった……ミコトなんかよりずっと……体内から毒とか、ミコトにできないこともやってみせた。その分恨んだし、その分甘えた。けどね、カエン、いい加減にしな……このミコト様を怒らせたら、ただじゃおかないんだからねっ!!」
すると、ミコトの肌がぼこぼこと変色、変化し始めた。
あの怒りに目が見開かれたとき、ミコトが変化した時と同じように。
ただ、あの時ほど強い怒りを今はミコトから感じない。
やがてミコトは、ミコトとは見分けがつかないほど異形なものとなり、元カエンの体を突き破って這い出してきた。突き破られた元カエンは苦しげにもがく。
誰もが口を大きく開いた。
「なんじゃあれ、どが……。」
「……なんで、ミコトの匂いがするの……?」
「いったい、どうなってるんだ?」
「分裂か……?」
全ての宙に投げ掛けられた質問を胸を強く打ち付けられ、苦しげに呻くドーシェがひとくくりした。
「違う。あれが本来のミコトの姿だ。」
「ミコトは目、力、心臓。カエンは耳、口、頭。そうやってお互いに足りない場所を補ってた。カエンには心臓と呼べる機能があったけど、本当の心臓はなかった。だから、カエンの|体(器)の心臓が途絶えたら、それは完全な死だと、ミコトもそう思ってた……。」
くぐもり、低くなってミコトだとは思えぬ声がどこからか聞こえてきた。
その沢山の目玉に覆われた大きな体は、ギョロリとそれぞれの方向をまさぐるように見る。
「でもそうじゃなかった……カエンが死んでも、カエンの一部は残って、独自に進化を遂げてしまった……やっぱりあの時死ねば良かったのはミコトだったんだ……ミコトが死んだら、カエンも死ぬけど、もしかしたら、こんな形でじゃなくてカエン単体として生きられたかもしれなかったのにっ!」
元カエンは痛みから徐々に生気を取り戻してきたのか、目のない身体でミコトに勢い良くかじりついた。鋭い牙が、ミコトの体に突き刺さる。
「もう、ミコトの声も、届かない。ミコトには、カエンの声、聞こえてたのに……皮肉だね、命を懸けて助けたかったものを殺さなくちゃいけない……二回も!命を懸けて、助けたものに、殺されなくちゃいけない……そんな終わりを、あんたは望んでたの……ねぇ、教えてよ、カエン!!」
次の瞬間、凄まじい勢いで大きな塊が元カエンをとらえ、弾き飛ばしたのをメンバー達は見た。その塊がミコトが繰り出した拳であると気付くまでに時間がかかったものは少なくないはずである。
カエンはもがきながら耳だけでミコトの位置を性格にとらえ、また牙をむく。
が、ミコトに抱き締められるように押さえ付けられ、「安心しなよ……もう、一人にゃしやしないから……。」という声とともに身体の一部がミコトとカエンとでつながりはじめる。
何かを感じ取ったカエンは猛烈に暴れたが、力ではミコトにかなわない。
ミコトが声を張り上げて、「ありったけの爆弾を用意して!」と叫んだ。
ドーシェが「まさか、やめろ、ミコト、そんなのは私が許可しない!」 と言ったが、ミコトに「馬鹿をいわないで」と鼻であしらわれた。
「ミコトの人生なんだ……最後の最後くらい、自分で決めたい。頼むよ、こんな人生だったんだから……少しくらい幸せになったって罰はあたんないでしょ……?」
ドーシェは重々しく頷くと、買い付けたありったけの爆弾を全員に用意させた。外からの攻撃は効かない。たが、内側からならば……全てをセットし終えたあと、ミコトはその爆弾を体内に取り入れた。
ドーシェは耐え切れぬとばかりに顔をそらし、拳をきつく握っていた。
やがて、パンッという音とともにミコトとカエンの体内が徐々に光りはじめた。まるで噴火の直前のように光は膨れ上がり、やがてミコト達の体を突き破って爆風が爆音と共に仲間を吹き飛ばした。
それが納まると、すぐに感覚がおかしいままネーデルはミコトに駆け寄った。
ミコトは、少女の姿に戻り、少年の近くで横たわっていた。
「ミコトッ!ミコトッ!」すぐにウミューも駆け付けたが、頭をふると、ネーデルの頭に手を置いた。
ミコトの体は、胸から腸までが吹き飛ばされて存在しなかったのである。
それでもミコトは何かを呟いていた。
「カ……エン、あんたに甘えすぎたね、ごめん。本当はあんたにたくさん喧嘩も、恋もさせてあげたかった。ミコトだけが生き残ったことずっと後悔してた。ミコトだけが喧嘩も気を紛らわすこともできて、それができなかったカエンを思うたび、苦しかった。ミコト、ネーデルは馬鹿だと思うけど、嫌いじゃなかった……あのおばさん、ベラトランシーとも喧嘩して、一生仲良くなれないだろうけど、それでも……楽しかったのかもしれない……それから……」
やがて何も聞こえなくなった。
「ミコトッ……!」
「ネーデル、放してやれ。」
ネーデルが振り向いたとき、目を見開いて飛んだ。
ウミューがネーデルを目で追った瞬間に、ネーデルは刺されていた。




