16.カエン
そんな事になれば劔は劔としていられなくなるし、ただの化け物にもなりゆる。死体から変種だけが生き残ってしまったら、元メンバーだったもの達と毎回戦わなくてはならなくなる。
そして、そんな経験は一度もなかった。劔メンバー結成以来、メンバーに存在しつづけたドーシェでさえも、だ。
人種的高知能を持つ変種進化系ならウンネを見ているので納得がいくし、ウンネは絶対にメンバーや人間に危害を与えないので何かを心配する必要もない。
ウンネも初めて見た変種であるが、今回のこれと、それとは全くの別問題だ。
劔には、頼れるものは劔メンバー達だけとなるものがほとんどだ。喧嘩も、笑い会うことも、触れ合うことも、人間らしい感情のすべてを劔はメンバーの中で学ぶ。
たとえ、憎みあっていても劔同士は大切でかけがえのない仲間なのだ。元、とはいえ、その気持ちがすんなりなくなるはずがない。
不意に口を開いたものがいた。
「やぁだね、何湿っぽくなってんだよ?敵は敵だろ?変種みたいに人間を殺しまくった奴だってうちらは殺したんじゃなかったのかよ?」
まだ治らない足を引きずりながら強気な発言をする赤毛の娘……そう、チャルコハネだ。
「チャルコハネッ!」
「ハルネは黙ってろ!だってそうだろ!?うちにだって仲間はいるよ、大事だと思うよ!でも、こうなっちまった以上やるしかないんだ!なぁ、うちの言ってること間違ってるかよ!?」
いきり立つチャルコハネを前にどこからかいかにも演技らしい大きな欠伸の声が聞こえてきた。
「あんた、ばっかじゃないのぉ?仲間がどうこう、とかぁ、ミコト、そんなのこれっぽっちも気にしてなぁい。なのに、怪我人が1人で熱く語っちゃってばかみたぁい。」
ミコトは、しゃなりとわざと腰をふって歩きだすと、チャルコハネが「てんめぇ……!」とミコトを追い掛けようとした。
その瞬間、ミコトは抜かしたチャルコハネを見向きもせずに、背中をむけたまま、「そんなの、はなっからわかってるっつーんだよ。」と低いトーンで告げた。
この時、誰も知るはずなどなかった。一番悲しんでいるのは、ミコト自身であるということに。
その洞穴のような場所にたどり着いたとき、ミコトは「うっ」とうめいて胸を押さえたが、そんなミコトに気を配るものなど誰もいなかった。いや、巨大な敵の前に驚き、気を配る事などできなかったのだ。
ミコトは顔を上げ、弱々しく笑うと、太い足を振り上げ、メンバーを蹴散らそうとする変種にむかって、小さく「ただいま」と言った。
誰一人、ミコトの発言を理解できない中、変種だけが微かに反応をし、やがてミコトに向けて足を振り下ろした。
ミコトはその場に転がるように逃げてから、「生気を失ったんだね、皮肉なもんだ……ミコトだよ、それとも、もう死んじゃったあんたにはわからない?ねぇ、カエン。」と悲しそうに言葉を繰り出した。
その言葉をたまたま聞いたドーシェが目を見開く。
「カエン、だと!?これが、あのカエンなのか!?」
メンバーは聞き覚えのない名前を前に、ただ動揺していた。
ミコトはドーシェを無視し、「本当は……わかってた、あんたが生きいるとは言えない状態で生きてたこと。この体は、この心臓は、あんたと繋がってる。あんたの声も、聞こえてた。だから、きっといつかこうなることも、わかってた。でも、ミコト、もう、やめられなかった。自分を偽ることも、淋しさを紛らわせることも、あんたを忘れる事も。だから、だから……ね、決めたんだ。あんたは、あんただけはミコトが殺すって!」と呟いて敵に向かって突っ込みだした。
「ミコト、やめろっ!今のままのお前じゃ新たに進化したこいつにはかなわない!」
ドーシェが声を張り上げたが、ミコトは聞く耳を持たなかった。
「リーダー、どういうことどが!?ちんぷんかんぷんだどが!」
「カエンは……ミコトの実の双子の兄だ……。」
ドーシェがキョウノスケに説明する間にも、ミコトは雄叫びをあげ、敵……元はミコトの兄だというカエンに突っ込んでいく。
「うぉぉおおっ!」
その瞬間、ふっと大きな化け物がいなくなり、ミコトの前に、一人の少年が現われた。ミコトに似た、少しばかり可愛らしい顔つきの少年が、ミコトに向かってにっこりと笑いかけたのだ。
ミコトは思わず勢いを弱め、その敵の前で攻撃をすんどめしてしまった。
とたんに少年はニヒルに笑むと、素早くミコトを殴り飛ばした。
殴られたミコトは、見事に横に吹っ飛び、洞窟の壁に激突すると、呻いて地面に落ちた。
「ミコト……!こいつ、知性じゃない、カエンの脳ミソを借りてずるがしこくなったんだな!?」
ドーシェが突っ込んでいこうとすると、無理に起き上がってきたミコトが「手を出すなっ!」と怒鳴った。ドーシェは首をふると、「気持ちはわからなくもないが、手出しだけはさせてもらう。今のカエンに、ミコトは力不足だ。」と言い切った。
「ミコトが力不足だってぇ?ハッ、馬鹿言っちゃいけない、ミコトは本来の力をまだこれっぽっちも出してないんだ……っ!」
その瞬間、また元カエンという少年は、化け物じみた姿に戻り、暴れはじめた。
皆それぞれに戦う中、ネーデルとウンネだけがその場に立ち尽くしていた。
「……ネーデル、よくわからないの……でも、ミコト、すごく悲しくて、辛そうなの、の。」
「大地も共鳴しています。彼らの悲しみに、彼らの憎しみに……彼は大地の影響もかなり濃く受けたようです。おかげでうるさくて誰が何を思い、どんな感情でいるのかを聞き分けることができません。」
ウンネが言う、「彼」とは恐らくカエンの事だろう。
「ネーデルがね、一緒に旅することが決まった時、もうすでにミコトはいたの。でもね、ミコトはもう一人だったし、すでにあの姿だったの。あの姿のまま、老いることなく今日までずっと……。」
「彼女は彼女なりに悲しみを紛らわせるしかなかったのでしょう。それより一度ここを出ましょう。強い憎しみと強い苦しみ、憎しみがあいまって自分は頭がガンガンします。気が狂いそうだ……。」
「気が……!?た、大変なの!ウンネ、すぐにここから出るの!」
皆敵に突っ込んでいく中、ネーデルとウンネだけが逆流しだしたことに、敵の興味を注いでしまったのだろう。敵の手足はすぐさま、出口へ向かうネーデルとウンネに向けられ、振り下ろされた。
「わわっ!?」
ネーデルは危なっかしく、それを飛んで避け、ウンネは、地面に叩きつけられた足を噛みちぎった。
痛みでか、激しく暴れはじめた敵をよそに、ウンネは「とにかく、一度出ましょう」とネーデルの手を引いて走りだした。
洞窟から出たとき、ウンネは座り込むと、「人間とは厄介ですね。」と言ってネーデルを見た。
ネーデルは何度も忙しなく洞窟とウンネを交互に見返していた。
「気になりますか?中で戦う彼らが。」
「……怪我人がいたら、運びださなくちゃ、なの。」「その前に一つ、何故人は、悲しみながら怒り、憎むのでしょう?何故愛というものの中に激しい憎しみを抱いているのでしょう?自分にはわかりかねますが、こんな自分にも言えることがあります。あなたが向こうにいっても、恐らくなんの意味もないでしょう。あのものは、メンバー全員の戦闘パターンを覚えている様子。じき、誰も攻撃が効かなくなるでしょう。そのとき、戦えるのはミコトという少女だけになるかと。」
「でも、仲間なんだよ!?仲間を放っておくなんて、ネーデル、できないの!」
「どうぞご自由に?自分はあなたがしたいと思うことを止める権利など持っていませんから。」
「ありがと、ウンネ……ネーデル、行ってくるね!」
そう言うと、うす紫いろの髪の毛をなびかせてネーデルは飛び、洞窟へと進んでいった。
思ったほど負傷者はいない。だが、ウンネの言ったとおり、皆傷を少しでもつけようと、苦戦している。
今回の敵は身体の一部を自由に変形させる事が可能なようだ。パワー型にはスライムのように柔らかくなって攻撃を吸収したり、スピード型には鋼鉄のように硬くなって攻撃を弾き返したりしていた。変化する速度もかなり早い。集団で一ヶ所を狙う攻撃も、すぐにその大きな足で踏み潰されて散らされてしまう。
その時だ、「くぁっ!」と言う聞き覚えのある声がした。
「ミコト!?」
ネーデルが必死でミコトを見つけだした時、ネーデルはただ、絶句した。
ミコトはスライム状になった敵の体内へと引きずりこまれていきつつあったのだ。
「ミコトを……吸収、しようと……いうの……。」




