15.蔑み
家が崩壊せずに済んだ人は家に帰り、半壊、あるいは全壊、帰るには危険な人たちは宿に残った。その中には当然、バンネルを化け物と蔑んだ子供たちや大人もいたが、誰一人、バンネル含め劔メンバーを化け物だと蔑む人間はいなかった。
命をかけて戦う割りには少ない金額がいつも劍メンバーの手元には残ったが、今回は、それらのお金を半分ほど村復興のための資金源にした。あるものは「偽善者だ」と罵り、あるものは、「誰が人間なんかに!」と怒った。
だが、結局はそれらの仲間も、「仕事受付場が減られては困る」と納得した。
そんな彼らに意地悪をするものなどさらにいなくなった。
「……現金な奴らどが……勝手にこっちを化け物扱いして、倒したらとたんに黙りこむ……なぁ、リーダー?どが。」
「そう言ってやるな、キョウノスケ。彼らはみな臆病なんだ。自分と違うものを拒絶してしまう。たとえそれが同じ人間でも、だ。私たちはそんな彼らをある程度は理解しなくちゃならない。どんなに人間への思いが荒んでいてもな。」
「あの、リーダー……さん。」
ふいにドーシェに話し掛けたのは、バンネルだった。
「どうかしたか?」
ドーシェがバンネルを見ると、バンネルは少し怯えたように、「この後は、どうするの?僕達は、どこに行っても化け物と呼ばれ続けるの?」と言った。
「そういえば君は我々の事を話してなかったな。劍の事は知っているか?」
「だいたいは……聞きました、彼女……ネーデル?から……。」
「そうか。それならば話は早い。我々はあれらを倒すために戦っている。時には今回のように、時には依頼を受けて。このように劍が過ごせる場所ではめったに化け物など言われない。そのようにして我々は世界を渡り歩いているのだよ。さて、私から質問なのだが、君は君のお母さんのフルネームを知っているかい?」
ドーシェが少し笑うと、バンネルは、「ナリー・ピスタッチエ」と短く答えた。
「そうか、じゃあ君の名前は……バンネル・ピスタッチエだな。」
ドーシェがバンネルの頭を撫でると、バンネルは、少し首をすくめてから不思議そうにドーシェを見た。
おそらく、殴られていたかほぼ育児放棄されていた彼にとって、それ以外のふれあい……頭を撫でられるという行為は初めてなのだろう。
「……さて、君にいろいろ教えてもらわなくてはならない。君は、自分がいくつかわかるかい?外見的には、12かそこらに見えるが。」
誕生日を祝われる週間が劍メンバー達にはない。そのために、自分の年齢を正式には知らないというメンバーも多く、バンネルもまたその一人であった。
正式な自分の年齢と、誕生日を知っているのは、数少ないネーデルのように劍と劍を理解する者との間に生まれた子だけなのである。
「僕が、物心ついたときから……なら、8年……。」
「ざっと外見年齢と一緒だな。君は、おそらく12歳だろう。それで……君は機敏な動きは出来るか?そうだな、キョウノスケ。何かバンネルに見せてくれないか。」
いきなり話題を振られたキョウノスケは、その小さな体でドーシェを見上げると、ため息をついた。
「こんな老いぼれを指名するどがか?むちゃくちゃどが……。」
早口にそういいながら、持っていた杖を地面におくと、構え、すぐに2、3発空中に拳を突き出すと、すぐに姿勢を変え、蹴を空中に4発入れ、そのまま地面に転がると置いた杖の場所まで戻り、杖を素早くつかむと、杖をバンネルに向かって突き出した。
バンネルは圧倒され、身動きが出来ずに、杖の先とキョウノスケの顔を交互に見ていた。
キョウノスケは、ゆっくり杖を下ろした。その間、5秒となかった。
「……こんなんでいいどがか?」
キョウノスケがドーシェを見ると、すっかり腰を丸くし、か弱そうに見えるおじいさんに戻ったキョウノスケに、「相変わらずいい動きだな。」と告げ、微かに笑った。そのままドーシェはバンネルに向き直り、「ここまでは熟年の業だからできないだろうが、君は自分が出せる最大のスピードでどれくらい動ける?単純に走ってくれても構わないし、何かを捕まえてくれてもかまわない。」と付け足した。
結界、バンネルは、名をバンネル・ピスタッチエ、年齢、外見共に12、特性はパワー組で、スピード型でも、情報収集組でもない……ということがわかった。
一方そんなメンバー達や人間を余所に、ウミューは部屋で一人、物思いに耽っていた。
人間も、メンバーと話すことも苦手であるウミューにとって、騒がしい場所にいることは苦痛であるがためにずっと部屋にこもりっぱなしなのである。
「ウミュー!」
いきなり呼ばれた声に振り向くと、真横にネーデルがいた。少しばかり驚いたように目を見開いてから小さくため息を吐くと「なんだ。」とだけ告げてまた黙り込んでしまった。
「ウーミュー!」
ネーデルに押し倒され、迷惑そうにネーデルを見ると、ネーデルは満面の笑みで「遊んでほしいのー!」と口にした。
「ウンネに構ってもらえ。」
「ウミューがいいのぉ~!それに、ウンネは食事後で休んでるの!無理に動かすのは良くないの!」
静かに「俺なら無理にでも動かすくせに……」と思った言葉を飲み込んで、ネーデルが乗ったままの身を起こすと、ネーデルは、「わっわ!?すごいのー!」と拙い拍手をした。
「いいから退け。」
「じゃー、鬼ごっこするのー!はい、タッチ。ウミューが鬼なの!なの!」
きゃーっと言いながら逃げたネーデルは、壁にいつかミコトに傷つけられた肘をぶつけてしまった。
「いたいっ!」
血こそ出てはいないものの、その傷は数分前につけたように生々しくそこにまだついていた。
「大丈夫か?」
ウミューが駆け寄ると、ネーデルは遠い目をして問い掛けた。
「ネーデルがもし、死んじゃったら、ウミューはどうする?」
生き物たるもの、いつかは放っておいても寿命で死ぬ。人間などは愚かで、死にたくないから、と長生きするようなネーデル達のような変種遺伝子を自分の体に投与、組み換えようとしている。だが、それが必ずしもうまく行くとは到底思えない。中には外見が異形になり、意味もなく住みかを追い出され、のたれ死ぬ者、精神がいかれ、その後の一生をベッドに括り付けられてすごす者、投与時点で死す者などもいる。
そんな中で、劔メンバーの中では、死んだら、などと言う言葉はタブーで、誰も口にしなかった。それが暗黙のルールだったのだ。
「何を……」
「答えてっ!」
何を言うんだと言おうとした言葉を、ネーデルにしては珍しい強い口調で遮られた。
ネーデルはゆっくりとウミューを見ると、歪んで泣きそうな顔をしながらゆっくり、小さな声で付け加えていく。
「答えてよ……ウミュー……どうしてみんな死んじゃうの……仲良くなったみんなも、きっとドーシェだって、自然に任せたらネーデルより早く死んじゃう。ネーデル、こんなんだから、情報しか集められないし、戦えないから痛い思いも滅多にしない。そうやってみんなの死を目にしてきた。怖いよ、怖いよウミュー……死ぬって痛い?死ぬって、苦しい……?なんで?どうして死んじゃうの?わかんないよ、わかんないよぅ……。」
「さぁな。死ぬのは世のことわりだ。それと……お前が死んだら、きっと、いろんな奴が悲しむ。」
素っ気なくウミューは言うと、ネーデルの頭の上に手をおいた。
「……ウミューは、悲しい?悲しい?ネーデルは、ウミューが死んじゃったらすごく、すごく悲しいよ?」
「……あぁ。」
本心とも、言っただけとも取れる素っ気ない返事に、ネーデルはちょっとだけ笑うとウミューに抱きついた。
「ありがとう、ウミュー。ネーデル、困らせちゃったね、ね。ごめんなさい、なの。」
「いや……そんなことより腕、包帯巻いておくか?」
早口にそう言いながらどこからか布を取り出し、ネーデルの腕に巻き付けた。
ネーデルは、「ありがとうなの。」と微笑むとしばらく惚けていた。
今回強く吹き飛ばされた痛みで戦う痛みを実感したのかどうかはわからない。だが、傷や痛みは確実にネーデルの中に刻まれ、それが仲間の死を思い起こさせたのは言うまでもないだろう。
ネーデルが普通の人間であれば、死んでいたであろう衝撃だ。外傷は無数の小さな傷となっていて、きっとはじめて怪我した子供であれば動くだけでもチクチクと痛み、騒ぎを起こしているところだが、そうならないということは、今までも多少なりとも傷を負うような場面に出くわし、戦闘組と共に戦ったことがあるという証拠だ。実質的には戦ってはいない。だが、負傷者の手当ても戦いと似たものがある。お互いに、生死をかけて戦っているのだ。戦闘組も、情報収集組も……変種とも。
数週間その場に滞在したのち、メンバー一行はクエストを手に、また人里から少しばかり離れた山へと向かっていた。そこは変種の住みかとなっているという。
静かに山を登り続けるメンバーの顔には複雑な表情がかいま見えた。
皆、巨大変種の新種を恐れて、の事である。
新種はどの攻撃がどの程度効くのかわからない。それだけでなく、今回の新種は頭がキレるらしいのだ。劔メンバー進化系、とも言えるかもしれない。何故ならば、その新しい新種と言うのは、劔メンバーの骸を苗床にし、人間の細胞とともに死んだはずの変種の細胞が勝手に変異を遂げたものらしいのだ。当然だが、このような事例は今までに一度もない。変種の細胞だけが変異を遂げる、など、あり得ない事である…… は ず なのだ。




