11.氷
ご飯にありつき、食べおわったあと、食堂から出たところでウミューとネーデルはベラトランシーに遭遇した。
「あら、ネーデルじゃない。」
「ベラトランシー!珍しいね!ね!人里にいるのに、村には出ないの?の?」
ベラトランシーに駆け寄りながらネーデルが問い掛けると、ベラトランシーはちょっと渋い顔をして、「あたしの好みがいないのよ。」と言ってから笑った。
「ベラトランシーの……?」
「それより、ネーデル、ちゃんと髪の毛拭きなさい?風邪引くわよ!病気は大敵なんだからっ!」
ネーデルがいいかけた言葉を遮り、ネーデルの頭をかき回すように拭くと、ネーデルは、「キャー!」と喜んだ声を発した。
それを無視し、部屋に戻ろうとしたウミューをベラトランシーが呼び止めると、「あなた、前から変わってたけど、ちょっと変よ?何をそんなに考え込んでるの?」とネーデルに目をむけ、手を動かしたまま告げた。
「……別に……」何も。そう言い掛けたとき、目の前に不貞腐れたようなミコトが現われた。
「あーあ、つまんない!何このイモ男だらけの村!何で一人も良い男がいないわけ?」
あわてて踵をかえそうとしたウミューを、ミコトがすぐにみつけ、呼び止めた。
「ウミューさんっ!こんなところで会うなんて、ミコト達、やっぱり運命?きゃはっ☆」
「……何か……用か……。」
あからさまに嫌そうな顔をしてウミューが振り向くと、ミコトは、「そんなつれない態度とらなくたっていいじゃないですかぁ~。あのネーデルもいないことだし、今日くらいはミコトとゆぅっくりお話しません?」ミコトがウミューの手を取り、上目遣いで見てくる。
「ウミューさんっ!こんなところで会うなんて、やっぱりうんめぇ?きゃはっ☆……なぁにがきゃはっ、よ……。」
わざとらしく身振りを大振りにし、声を変えたベラトランシーは、もうすでにネーデルの髪の毛をふき終えていた。
「年増の嫌味ぃ?あーやだやだ……ブッ!」
ネーデルを見るなりミコトはいきなり噴き出した。
「ギャハハハハハハハッ!有り得ない!あたま爆発ぅ!?まるでただの変種みたい!アハハハハッ!やめてよ!お腹いたいっ!」
ヒーヒー言いながらネーデルを指差して笑っているミコトにベラトランシーが静かに近づくと、いきなり頬を叩いた。
「なっ……?何すんだてめぇっ!ミコトの、ミコトのかわいい顔を叩くたぁ、いい度胸じゃねぇか!」
ミコトがベラトランシーの胸ぐらを掴むと、ベラトランシーは静かに見下ろしたまま、「あなた、言っていいことと言ってはいけない事があるのがわからないの?」と告げた。
笑われた当の本人は、キョトンとしたまま普段とは違うように揺れる髪の毛をわさわさと揺らして遊んでいた。
ウミューはため息をつくと、部屋に戻ろうとした。
が、戻れない。
服が誰かに引っ張られているようだ。
誰かと言っても、ここにいるのはウミュー、ネーデル、ミコト、ベラトランシーの四人だけでミコトとベラトランシーは睨み合っているので、残るはあと一人しかいないのだが、目線の先にはやはり……。
「……ネーデル……。」
「ウミュー、ベラトランシー……凄く怒ってるの……今までにないくらい怒ってるの……どうしてかなぁ?」
「さぁな……離してくれないか?」
「一緒にいてよ……ウミュー……。」
今までに見たことのないくらい怒っているベラトランシーに、今までにない恐怖感を覚えたのだろう。
しっかりとつかまれたウミューの上着は、ちょっとやそこらではとれそうになかった。
「てめぇもやっちゃいけねぇことと、やっていいことの差ぐらいわかるよなぁ?」
ミコトの肌がボコボコといかつく変形し、赤褐色の何かが肌に浮き上がってきていた。
「……謝りなさい。」
「てめぇが謝れ。」
「ネーデルに謝るのが先よ。化け物に戻りつつあるミコトさん?」
「はぁ?ネーデル?あいつがどう関係してるんだよ?」
「あなた、醜いわね……。」
ベラトランシーは、突き刺すような見下した目のまま、何かの化け物へと変化していくミコトを静かに眺めていた。
「てめぇっ!」
「やめてぇええ!」
ネーデルが二人の間に割り込み、ベラトランシーを倒すようにしてミコトから引き離した。
「ネーデルは、何も気にしてないよ!?よ!?だから、もうやめて!仲直りしよ?しよ?」
ベラトランシーは、起き上がりながらネーデルの頭を撫でると、「ネーデルの心が広くてよかったわね……感謝しなさいよ?あなたもあたしも人間でありながら変種なの。今後は口が滑っても変種みたいなんて言わないことね。」とはき捨てて自分の部屋に帰ってしまった。
ネーデルは、異形を見せつつあるミコトに近づくと、「ミコト……?」と言って顔色を伺った。
だが、ミコトの怒りはおさまらなかったらしく、ネーデルに顔色を伺われたことでさらに怒りが増幅し、おぞましいほど怒りに見開かれた目をネーデルに向けると、ネーデルを殴り飛ばした。
「キャウッ!!」
「ネーデルッ!」
壁にネーデルが叩きつけられるより早く、ウミューがなんとか追い付くと、ネーデルを受けとめて床に転がった。
ミコトは舌打ちをすると、どこかに消えていった。
「……たた……。」
ウミューが衝撃を受けとめたさい、肩から落ちたらしく、肩がいやに痛んだ。
「ウミュー?ウミュー……ありがとう……大丈夫?大丈夫?」
ネーデルがウミューの腕から這い出ると、すぐにウミューの肩を見た。
「……大変っ!赤く腫れちゃった!ネーデルのせいで……どうしようっ!ネーデルのせいでっ!」
今にも泣きそうなネーデルを前に、ウミューは起き上がると、「骨折さえしてなきゃあと数分で治る。」と告げてネーデルの頭の上に手を置いた。
「でも、でもっ……ネーデルのせいなのに……っ!」
「……氷をくれ。」
「氷?氷ね!わかった!すぐもらってくる!待っててね、ね!」
ネーデルはすぐに食堂に駆け込むと、1分もしないうちにウミューに氷を手渡した。
「ウミュー。」
ネーデルの後ろに誰か立っていたため、ウミューがその女性を見上げると、女性は静かに「今回の騒動、拝見させてもらった。お前達は被害者側だが、この件は、仲間が仲間を攻撃したとして上に報告させてもらう。」と告げて去っていった。
ウミューは小さく舌打ちをすると、ネーデルを見て、「俺とお前も呼び出しくらうな。」と言った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ネーデルのせいでっ……ネーデルのせいでっ!」
「違う。」
「でも……。」
それ以上ウミューが何かを言うことはなかった。
ネーデルの腕には擦り傷がついていた。
うっすらと血が滲んでいた。
その程度ですんでよかったと喜ぶべきか、傷つきにくい体質であるネーデルに小さくても傷を負わせた事を反省すべきか……ウミューはなんとも複雑な気持ちでネーデルの傷を眺めていた。
相当の摩擦がネーデルの腕にかかったのだろう。
自分は打撲程度で済んだのに……もう少し間違えればネーデルを殺してしまう事だって可能な傷をつけてしまうところだった。
小さな傷でさえ、ネーデルの回復の遅さでは命取りになる。
そのために、ネーデルのような体質の持ち主達は傷つきにくい体であるはずなのだが……。
「馬鹿力で吹っ飛ばしやがって……。」
ウミューが床を見ながらそう呟くと、ネーデルが微かに反応した。
だが、何も言わなかった。
ただ、ずっと黙って、ウミューの肩に乗せている氷を支えていた。




