10.黙祷
ウミューは、割合大きなサンプルをかなり持ってきたようで、汗だくになりながら、「……おまえら、まだいたのか……。」と呟いた。
「ウミュー、大変なの!手伝うの!」
そう言って、ネーデルが両手を差し出すと、ウミューは、「いい、重いからおまえじゃ無理だ。」と突っぱねて歩きだした。
「ウミューウミューウミュー!」
口を尖らせながらウミューの名を連呼すると、ウミューは、「うるさい。」とだけ返した。
「……あなたは、彼が好きなのですね。」
ウンネがネーデルにそう言うと、ネーデルは満面の笑みで「うん、好きだよ。ウミュー、時々意地悪だけど、絶対にネーデルを見放したりしないもん!」と返した。
「自分も彼のように信頼の置ける者になりたいものです。」
ウンネは少し笑うと、歩きだした。
ネーデルは不思議そうな顔で飛ぶと、早足で過ぎ去るウンネとウミューの横に並んだ。
「……ネーデル、ウンネも好きだよ?よ?」
「ありがとうございます。」
ウンネはそれだけ言うと、チラリとウミューを見て、「あなたは、彼女以外、頑なに心を閉ざす気ですか?」と質問をした。
ウミューは、何も答えずに、ただ、ウンネをチラリと睨むように盗み見ただけだった。
それを見たネーデルが「いやぁ~!ウミューとウンネが目と目で会話してるのぉ……!ネーデルもやるぅ!」と訳のわからないことを言いだしたのは、言うまでもない。
ネーデル達が戻って着た時、さらに死者が数人出ていた。
格闘した深手の傷から、大量に血が出て、そのまま血が足りずに死に至ってしまったのである。
「……みんな……。」
ネーデルは静かに目を閉じると、黙祷をし、ウンネを見てから淋しそうに笑った。
微かに風が青く、悲しみを吹き鳴らしながらメンバー達の頬を掠めていったように見えたのは、気のせいだったのかもしれない。
「青いなぁ……。」
ネーデルが唐突に告げた。
何事かと思いきや、ネーデルが見ている方向にあったのは、地上にのびのびと広がる青く澄み渡った空だった。
「音が……どこまでも響き渡りそうな、そんな空……という事ですか?自分には、虚無の空にさえ思えますが。」
「キョム?キョム~。」
遊んでいるかのような声を出し、ネーデルは空へと手を伸ばした。
移動した先で治療に取り組むと、敵名は、ディロンガーとなった。
どうやら、ロディンガという種類の変種と特徴が似ているらしいのだ。
ロディンガは、巨大で、ディンガンローよりすばやい動きを見せ、ディンガンローよりもスマートな形をしている。
なんとも攻撃のしにくい敵で、外側からの傷は相当むちゃくちゃな力でも加えない限りほぼつかない。
いや、全くつかないと言っても過言ではない程だ。
また、長い尻尾がくせもので、時折鞭のようにどこに落ちてくるのか予期できない事も多い。
「……ディロンガー……。」
ウミューがその名を内に刻むように口にすると、「あら、ウミューじゃない。ネーデルはいないの?」という声がして振り返った。
「……ベラトランシー……。」
「何よ?」
「……何も……何か、用か……。」
「あら、用がなくちゃあんたに話し掛けちゃいけないの?それはそうとは知らずにごめんなさいね~。」
ベラトランシーは片手をヒラヒラとふると、そのまま通り過ぎていった。
ここの所、強敵が増えてきている。
敵の進化速度が早すぎるのだ。
「お腹がすきました。なにぶん自分は、ここにいる間何も口にしていないので……今日で1ヶ月と3日が経ちます。」
ふっと横を見ると、遠目にネーデルとウンネが走ってくるのが見えた。
「だってウンネが食事を食べないから……何が食べたいの?の?ネーデルには、わからないよ……よ。」
「自分は人間とは違うので、人間の食事は食べないのです。自分が食べるものは……あなた方が敵としている……変種と言うのでしたね。自分は変種を食らうのです。」
ネーデルがうぇえと言った渋いような変な顔をしてみせると、ウンネは、ちらりとウミューに気付いてから、すぐにネーデルに向き直り、「おいしいですよ?」と言った。
あの変種達がおいしいはずもないのだが、ウンネも変種であるがゆえに、変種の味覚はわからない。
「あ、ウミュー!」
ウミューがその場から踵をかえそうとしたとき、ネーデルに呼び止められた。
ネーデルは、飛んでくると、ウミューの横にならび、「今の聞いた?聞いた?」と顔を覗いてきた。
「……ああ。」
だからなんだ?とでも言いたげにウミューが返事をすると、ネーデルが「何で怒ってるの?の?ネーデル、いけない事した?した?」と問い掛けてきた。
「……別に……俺は休む。」
「待って!また近々行くみたい。今度の敵は、ヘレットリアなんだって。ヘレットリアは蜂みたいで厄介だよね……ネーデル、あれ嫌い……。」
「……そうか。」
ウミューはそれだけ言うと、部屋にこもった。
ヘレットリアは、小さな虫と同じくらいの弱い変種だ。
一固体では、小さく、潰すことも容易な軟弱な敵だが、これが群れをなし、一つの巨大な組織化となると、こちらの攻撃は効きづらくなり、攻撃力だけは増す。
ただし、大きくなる分、動きもかなりとろくなるのだが。
巨大になっても一固体一固体は変わらないため、ダメージを受けてもそのダメージを分散させることができるのだ。
今回、ウミューの出番は少しで済みそうだ。
今回のディロンガーの戦いで死者、負傷者共に多すぎた。
コンコン、と軽快なノックが聞こえたときには、すでに夕刻を回っていた。
「……ウミュー?ご飯いらないわけ?寝てるならいいけど……ここのご飯は時間制限があるんだからね?あたしは知らせたわよ?」
どうやら、ベラトランシーが知らせに来てくれたらしい。
そうなのだ。
ここの食事はいつでも頼めば食べれるわけではなく、皆決まった時間に食事をする。
宿の人出が足りないせいだろう。
おかげでやたらに規則正しい生活が送れている。
ウミューはため息を一つ吐き出すと、部屋の外へ出た。
最近ネーデルはウンネにご執心らしく、あまりウミューの所にこなくなったため、気付けば物思いに耽ったまま時間がすぎているという事が多々起こるのである。
「あ、ウミュー!」
食堂に入るなりウミューにベシャッと抱きついてきたのはネーデルだった。
「……ベシャッ?」
ウミューが気付いたときにはすでに遅く、ネーデルの濡れた髪の毛が服に押しつけられていた。
「おまっ……!」
ウミューが引き離そうとすると、ネーデルはギューっと抱きついたままでいるので、服にどんどん冷たい水分が染み渡っていく。
お風呂に入ってきてからすぐにこっちにきたのだろう。
しかし、こんな絞れば水滴がこぼれてきそうなまま食堂にくるとは……恐らく、ネーデルは食堂の床も濡らし、みんなに迷惑をかけていることは知らないのだろう。
「離せ!」
ウミューがネーデルに言うと、ネーデルは離れると、うつむいたまま数歩下がった。
ウミューが大声を出したためと、ネーデルの髪の毛が濡れたまま食堂に来たため、ウミューは食堂にいた劔メンバーのほぼ全員に白い目を向けられた。
「……こい。」
ウミューがネーデルを連れて食堂を離れると、一度沈黙が訪れたとは思えぬ程にぎやかになり、いつも通りの光景がそこには戻った。
「あの、あのね……ごめんなさい、なの……。」
ネーデルが謝るそばでウミューは自分の部屋で着替えとタオルを探すと、タオルをネーデルに放り投げた。
「きゃふっ!?」
ネーデルが驚いていると、「頭くらい、ちゃんとふけ。」と一言はき捨てて自分は上着を脱ぐと、新しい服へと着替えた。
「ふわふわ~。」
喜びに似たよくわからない声をあげると、ネーデルは、タオルを振り回して遊びはじめた。
「暴れるな。」
ウミューがタオルを避けながら外へ出ると、ネーデルの頭に少々乱暴にタオルをさえつけた。
「うきゅっ!」
ネーデルは身を固めてから、ウミューの顔色をうかがった。
「……ウミュー?」
「肩に掛けておいてもいいから、早く行くぞ……飯がなくなる。」
早口のように告げるとネーデルを置いてスタスタ歩き始めた。
そのあとをすぐネーデルが追い掛ける。
「やっぱりウミューなの~!」
何が嬉しいのか、ネーデルはニコニコとしたままウミューの数歩後ろを小走りでついてきていた。




