狂気と恐愛
セシウムは町外れの小路を疾駆している。
ノーゼンディールは中心地を外れると雰囲気が豹変してくる。
茅葺きの家家は酷く草臥れていて、夜だというのに明かりを灯す事も出来ないほどに貧しいのだ。
ここにノーゼンディールの本当の姿が顔を出し始める。
パウレタがこの国で商売を始めると貧しい者と富める者の格差が大きく拡大していき、今では盗賊が跳梁する国になってしまったのだ。
セシウムはその草臥れた家家を憤りを感じながら通り過ぎると、ある建物にアルバの愛馬が居るのを確認した。
(あそこか)
セシウムは馬銜をひきゆっくりと近付いていった。
アルバの愛馬は建物の回りに生えている雑草を食べていたが 馬に乗ったセシウムが近づくと威嚇をするように静ではあるが権威のある眼光を向けた。
その鋭利な眼光に恐れおののき、あとずさりをする。
セシウムはポン、と馬の首を叩いてやり、馬を降りるとそのアルバがいるであろう建物に近付いていった。
戸は開いている。
中には大きな酒樽がいくつも積み上げられている。
(静かだな)
セシウムは人が居ない事を確認すると灯り取りから入る月明かりを便りに奥へと進んでいった。
妙に静かだった。
セシウムは耳を澄ます。
すると階下へと続いているスロープの奥から人の気配をセシウムは感じた。
セシウムは腰に帯びている護衛用の長剣に手をかけると静寂と冷静という秩序を守るように引き抜き、スロープを降りていった。
からーん、からーんと金属音が大きくなっていく。
スロープを降りると、セシウムの正面に一人の少年が佇立していた。
散在しているランプが逆光となり地面にはその影が不気味にセシウムに向かい伸びている。
セシウムは剣を正眼に構え息を整えた。 「アルバか」
その問いかけに少年は応答しない。
弛緩した両腕に力を入れようとはせず、 ただ緘黙し、右腕に持った細剣で地面をこづいている。
セシウムは不気味さを感じつつその少年に近づいていく。
「なにがっ」
セシウムが少年に近づくとその少年の回りには無数の死体が転がっているのが、 確認できた。
少年の細剣からは血と思われる液体がポタポタと流れている。
セシウムがその阿鼻叫喚たる光景に唖然としていると少年は振り返る。
その顔は笑っている。
「もう事は済んだよ」
セシウムは一つ足を引いた。
異様。
すると唐突に少年は泣きだした。
「だっだって」
セシウムは剣を降ろさない。
「アルバ、お前がやったのか」
少年の嗚咽は止まらない。
「うん、大人しくしないから」
そのセシウムがアルバと呼ぶ少年は老臣パウレタの子供である。
噂では弟スナイダーと共にパウレタが養子として向かい入れたとセシウムは聞いていた。
セシウムは冷静さを保ちつつ、現状を確認しようと恐らく生き耐えたであろう無数の死体のそばにあるランプを手に取りに行った。
その時物音がした。 セシウムはその物音がした方を向いた。 「誰だ」
問いかけには答えない。
セシウムはすぐにランプを手に取り物音がした方にあるきだした。
決して慎重さは失わずに。