表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

突撃ラッパを吹き鳴らせ

作者: 鈴木山猫

※この作品は長編を短篇ように編集し投稿してみました。

 その日の日照りの熱さは、私の体力を削ぎ落していった。

 私は運搬用の荷馬車に揺られている。

 それは荷台に木枠を備え付け、ぼろぼろの布切れをただ無造作に張っただけの荷台だった。

 その中は風通しが悪く埃臭さがあり、なにより蒸し暑いのが私を苦しめる。

 その蒸し暑さで、荷台に横たわる私の全身からは、汗が染み出る……いや、湧き出ていると言っても過言ではないないように感じられた。

 ねっとりとした中で頭皮からしたる汗が、いつしか一つの雫になると、私の顔の輪郭をなでるようにしたり落ちる。

 そう……私が荷馬車にゆらされている理由。それは私の両足は怪我をし、戦の前に退かされ国元へ帰される為の荷馬車の中に私はいたのだ。

 蒸し暑さのせいか怪我のせいかは分からないが、頭が朦朧とし、目は虚ろに、そしてぼやけた風景だけが、私自身に意識があると自覚させていた。

 だが、そんな時だった。どこか懐かしい故郷ふるさとの匂いが、意識をなくしかけた私を呼び覚ましす。

 私は何故かその場に馬車を止めさせ、痛む両足を引きずりながら荷台から降り立った。

 そこに広がる風景は、収穫時をむかえた麦畑が金色の輝きを彩し、風に煽られ波打つ光景が五百歩向こうの雑木林まで続いている。

 雑木林が途切れるその遠い向こうには標高高い山々が連なり、そこに吸い込まれて行くように澄み渡る空に流れる雲は、麦畑の傾斜に影を写し、地を滑るようにその姿を遠くに消す。そんな風景を私に見せたのだ。

 私は足を引きずりながら麦畑にお邪魔することにした。

 両手を少し低めに広げて歩くと、土と血がこびりつく汚れた手のひらに、麦の穂が当りカサカサと乾いた音をたてていく。

 私は悪いと思いながらも一本むしり取り、麦の穂を両手に擦りあわせ、その匂いを嗅いだ。

「よく育っている……」

 そんな時だった。遠くから砲撃の甲高い音が、澄んだ空気を伝って私の耳に微かに聞こえてきたことを今でも記憶し、呼び覚ました。



  *

 一一夜の事だった。

 私を含めた突撃隊の兵士達が明日の突撃を前に食事を終え寛いでいるとき、突撃隊の指揮官であるバルテス隊長が私に声を掛けてきた。

「トマス。珈琲はどうだ?」

 私は隊長がつくる苦めの珈琲を何度か頂いたことがあるが、なぜか慣れない。それでも私はいつもご馳走になる。

「うまいか?」

「はい! 隊長がつくった珈琲ですから」

 嘘でも私はこう言っている。上官だからではない。只、人として尊敬するからだ。

「お前はもう時期除隊するのではなかったか?」

 それは唐突な質問だった。

「は……はい!?」

 私は数か月前から願い出ていて、この突撃を無事に切り抜ければ除隊するはずだった。

それをわかっていて、隊長は何故こんなことを切り出したのかは、その時は解るはずもない。

「お前の妻子は元気か?」

「はい、元気です」

 それが除隊する為の理由の一つ。元気とわかっているのは遠征になると、手紙を時折だが書き出すことが許されているからだ。

 バルテス隊長は消えかかる火に薪をくべると、徐々に勢いを増す炎に視線を向け、珈琲をすすって言いだしたのだ。

「今回の突撃は、かならず死ぬ」

 唐突過ぎた言葉。目が泳いで言葉につまる私に突き刺す言葉。

「お前も私もかならず死ぬ。生き残れる可能性は低い」

「な、何故です!?」

 焦る私がいる。

「明日、未明に本隊と合流するはずだったが、その前に奇襲で敵の裏を突き、本隊到着前に大打撃を与えよとの伝令がきた」

 何故、そうも簡単に“死ぬ”と淡々と話せるのかが分からなかったが、兵を率いる隊の隊長なら仕方がなかったに違いないと……いや、隊長だからではない。

 私たち兵士ですら、その覚悟を辞さないのは明白なはずだったのだろう。

 私は除隊できるものと信じていただけに、死に対していつしか逃げていたのかもしれない。不覚だった。

 冷め掛けた珈琲はさらに苦みを増していたが、私はそれを一気に飲み干した。

 隊長は私の怯える目を鋭く覗きこむ。

 その時私は思った。

 私の逃げの気持ちがすでに悟られ、死の覚悟を植え付けにきたのだと……

「トマス! お前に頼みがある」

 “一番先に死んでくれ”とでも言わんばかりの勢いで言われた。

「……か、覚悟します!」

 腹をくくらずにいられない状況になり、勢いに飲まれた訳ではないが思わずついて出てしまった返事。

「よし!」

 そう言うと隊長は自分のテントに消えていった。

 辺りの仲間達はすでに火を消し、自分達のテントで寝静まっていた事に気付く。

 私はその時何を考えていたかは今は定かではないが、炎を遠くの意識の中で眺めていて、隊長がまた近づいていたことに気付かないでいた。

 私の側に誰か立っていると気付いたときには既に遅く、何かでこめかみの辺りを強く殴られ、意識が飛びそうになる。

 倒れ込んだ私の口の中に布をねじ込まれ、息苦しいと感じた瞬間だった!

 私の太ももに骨を削る鈍い感覚と激痛が走った。


 うぅーーー!!!


 布切れが喉の奥までねじ込まれていたため、悲鳴にはならなかった。それを確認するかのように、一時の間があいた後、二つ目の激痛がもう片方の足に走る。

 その時、初めてバルテス隊長が私の両足に銃剣を突き刺していたことに気付いたのは。

 なんの事だか訳が分からず、痛みと恐怖とで涙が流れ、頭に混乱を招いている私にバルテス隊長は近付き、なんとか言葉を発しようとする私の口を手の平で強く塞いたのだ。

「いいか良く聞け!」

 焚き火の燈が消えかかっていたが、隊長の形相の影を浮き彫りにしていたのを覚えている。

「お前は生きろ! この怪我で突撃できんお前は、明日の朝除隊できる」

 私は情けないほど震えていたに違いない。その言葉に頷くだけだったろう。

「朝一番で本隊の伝令とこの場を去れ!」


 うぅう、うぅう


 それを私に伝えると、口元から手を離し布切れを中から取り出してくれた。

「た、隊長!」

 震える私の声に対し、人差し指を自分の口元に立て、“しぃーー”と、静寂を促した。

 静かにする私の素振りをみるなり、やっと隊長の顔が穏やかになる。

「除隊後、足の怪我が完治したらでいいが、この手紙を私の妻子に届けてほしいのだ……頼まれてくれるか?」

 懐から取り出した手紙を私は受け取り、それを無我夢中で強く握り締めていた。

 その後、隊長は私の足に布を強く縛り、止血の介抱をしてくれていた。

「すまなかった。もし、足が完治できないときは、死に逝く私に免じて許してくれぬか?」

 私は震え、涙と鼻水に塗れたくしゃくしゃの顔でこう言った。

「は、はい……はいいい」



 一一朝、隊長は引き止めていた伝令に嘘の報告をし、物資運搬用の荷馬車に私は押し詰められる。

 私は気付かなかった。本来なら、本隊の伝令は伝える事を伝えたら直ぐ様戻るはずなのに、何故に隊長に引き止めていたのかを……何かあると気付きもしなかった私の不覚。

「トマス。頼んだぞ!」

 私は後ろめたさから、それに頷く事もしなかった。


“私は悔やんでいた”


 が、もう遅い。

「よし出せ」

 馬車が遠退くのを、隊長は見送る。まだ朝靄がかかっている時間帯、静かな森の中の姿だった。

 遠退き隊長以下、仲間達の姿さえ見えなくなった靄の向こうから、隊長の大声が聞こえてくる。



 ラッパたーーーーい! 突撃ラッパを吹けぇーーーーっ!!!



 銃剣を構えた突撃隊の決死のおたけびと突撃を知らせるラッパの音が、泥と血に塗れ徐々に聞こえなくなってゆく……






  *

 一一あれから数年。私は思い出す。あの日、本隊に合流後した後、除隊が承認され、無事国元に帰ることができ懐かしい故郷の匂いと、涙で送り出した両親に再開できた。

 両足の怪我は、やはり完治とまではいかず、左足に後遺症が残り、片足を引きずりながらの生活が私にある。

 だが、隊長の遺言通り恨んではいない。遺言がなくとも恨むことはない。

 私には幸せな生活があるからだ。

 だが、その生活と言うのは私の言った妻子とではなく、バルテス隊長の妻子との生活。


 “私は悔やまれる”


 妻子がいると隊に除隊を提出していたのだが、それは除隊したいが為の嘘だったからだ。情けなかった。死にたくなかったばかりについた嘘が、このようなカタチとして叶ってしまうとは。

 私は隊長の妻子に何故、生き残ったかの真実を話せず、只、預かった手紙を届けに現れ、後ろめたさから時折、隊長の妻子の様子を伺いにお邪魔していたのだが、いつしか互いが求め合ってしまいこのような結果になってしまったのだ。

 私は朝靄に消えたあの日の隊長の掛け声とラッパの音を胸に秘め、あの日晴れ渡った天下のもとで嗅いだ忘れることの出来ない麦の匂と、この日晴れ渡った空の下、私は妻と子に見送られ自分で耕した麦畑の収穫に向かっていった。




    END

ありがとうございました。久々で、新携帯。編集をしましたが、間違った点、誤字脱字、あったかもしれません。すみませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 作品を読んで、まず最初に浮かんだのは、 天気の青空の下で金色に色づく麦畑が揺れている、ただ砂埃のような靄がかかってどこか悲しい風景、 のイメージでした。  理由が明かされるまでの間、除隊…
[一言] 実際の戦争体験記でもありえそうなことですね。 ぼくも実際の経験者が記した戦争小説をいくつか読みましたが、ヒーロー的な行動が多く描写されているように思えてきました。 そうですね、本当にこんな行…
[一言] 短編化されたものだそうですが、簡潔で読みやすくて良いです。 思わぬ結末で面食らってしまいました。 卑怯な主人公に対する嫌悪感が芽生えましたが…彼は最も人間らしいとも気付きました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ