掌編小説 今、あなたに会えますか?
二年前、それはまだ冬の寒さが濃く残りゴールデンウィークで賑わう騒がしい春のこと。家庭の理不尽なある事情で追い出されたこの俺、須賀勝平は賑わう広い大通りを歩いていた。
人生は理不尽
人は皆、欲の塊
財産力のあるものが勝者
こんな現実を、この歳まで周りのあらゆる環境の中で身近に見せ付けられてきた俺は、人の温かさを失い、笑顔を失い、人生の希望という名の光を失った。そんな脱皮した後のもぬけの殻の状態で、何を見出せというのか、それは、わからなかった、もうわかろうとする気力さえ無かった。こんな無気力の塊のような俺に、一人、たった一人、温かな笑顔と優しさを胸に、俺に話しかけてくれた彼女がいた。
「どうして、そんな悲しい顔をしているの?笑おうよ、ね、笑顔になろうよ」
この唐突な呼びかけに俺は一瞬何も言葉を返せなかった。
「・・・・・・なんでもないです。」
「何でも無いこと無いよ。だって笑顔じゃないもんっ。・・・よかったら電話して、私なら何でも相談にのってあげる。」
そう言うと、彼女は小さなバッグからボールペンと小さめのメモ帳を取り出し電話番号と住所を書いて俺に渡してみせた。じゃ、などと言って走り去っていく彼女の背には、やましい気持ちのないとても優しい雰囲気を感じ取ることができた。
俺はその後、ぼろぼろの古びた自宅アパートに帰ると自然に、彼女に助けを求めるように受話器を手に取っていた。毎日が彼女との悩み相談や晩御飯の話、散髪屋に行ったとか、
時には将来の夢の話、どんな些細な会話でも、彼女となら十分でも五分でも一分一秒でも彼女のその優しく温かい声が聞こえただけで、毎日が楽しかった。嬉しかった。涙がでた。
そんな受話器越しの会話を続けていくうちに、次第に二人で会うようになった、二人で互いに勝ちゃん、朱子と呼び合うまでになった。会うたびには、会話をした、一緒に歩いた、食べて、服を買って、慰めて、時には意見が食い違った、でも最後だけは絶対に笑った。そんな生活を続けていた日々がたちその年の冬、大事な話があるといわれ、地元の中学校の裏山に呼び出された。十五分ほど歩くと、そこには彼女の姿、適当に挨拶を交わすと、彼女は確かな思いを込めてこう呟いた。
「私だけを見て、私だけを見てくれないと私は幸せにはなれない。勝ちゃん、私を幸せにして、私はあなたのことが好き、だからあなただけを見る。だから勝ちゃんも私だけを見て、これは互いに幸せになれるおまじない。これ、誓い」
ここで俺たち二人は、互いに誓いをした。二度と離れぬように、そう誓った。
夕焼けの、町を望むこの裏山で、生涯の思い出になるこの場所で、二人足を並べ、そっと
初めてのキスをした。
・番外編 別れ
彼女がいない、今日は俺の誕生日、いつもどうりボロボロの古びた自宅アパートの玄関を開けるとそこには、いつも笑顔で出迎えてくれる彼女の姿は無かった。いつまで経ちつくしただろか、最初は何かの彼女なりのサプライズだろうと思った、でもそこには彼女が使っていた鞄、靴、化粧品、箪笥、歯ブラシ・・・・何も無かった。まるで彼女が最初からいなかったかのようなこの空間に、気が動転してしまっていた。
「・・・・おい、朱子?・・・どこにいんだよ・・」
俺は焦って携帯を取り出そうとする、しかしあまりの焦りに手からするりと携帯を落としてしまった。・・・・・落ち着け俺、心を落ち着かせ再び携帯に手を伸ばす。電話帳から彼女の電話番号を選択し発信ボタンを押して一目散に彼女の声を求めた。
『おかけになった番号は現在使われておりません』
「うそ・・・・・・だろ。なんで、どこにいんだよ朱子!今日は俺の誕生日だろ・・・・・・悪い冗談ならやめてくれよ」
彼女のいないこの空間がひどく居心地が悪かった。いつも気を遣ってくれて、なにかと笑顔を振りまいて、目の前に困っている人がいると自分そっちのけで助けに行くほど優しくて、優しくて、優しくて・・・・・・彼女は、そう、俺のこの人生の中で世界一、誰にも譲れないほど自慢のただただ心優しい世界一の彼女だった。そんな彼女が突然消えた。居なくなった。この現実を誰にどうぶつければいいのだろう、そんな人はこの世界に誰も居ない、だって二人だけって彼女と裏山で誓ったんだ。この誓いは今思えば彼女がいなくなれば、俺、一人ぼっちなんだなぁって今分かった。こんなことも分からないほど、俺は彼女に没頭していたんだと思う、今だってそうだった。俺は、当時最悪だった。彼女と出会った頃どんなに嬉しかったか、こんな天使みたいな人と一緒にすごせて少し皆より得した気分になった。これを誰が責められよう。ともかく今は、彼女を探すことだ、そう思った俺は、彼女と過ごしていたこの部屋を後にした。
「どこだ・・・・・・どこに居る。」
学校、公園、駅、とにかく探しまくった。走って走って走って、彼女の後姿、笑顔を探してただ走った。居なかった・・・・・・どこにも、でもまだひとつ探していない場所がある。裏山だ。俺は恐れていた。あの二度とはなれないと誓った場所で二度と会えなくなってしまうのではないかと。でも、もう決心はついた。夕日が木々の葉の間を通す少し涼しいぐらいのこの裏山を頂上まで歩いた。歩道のその先の展望台、そこに彼女は居なかった。でも二人初めて足を並べた横の石に手紙を見つけた。
『勝ちゃんへ、お誕生日おめでとう この手紙を見つけるのにたぶん苦労したんだと思う。初めて誓ったこの場所を選んだのは、やっぱり二人にとって最高の思い出の場所だから。勝ちゃん、びっくりさせてゴメンね、もう勝ちゃんに会えなくなっちゃった。親の都合でね、オーストラリアに行くことになりました。だから、もう会えない、帰ってこれないと思う、なんか変だよね最後の別れを、こんな形にしちゃうなんてさ、私って馬鹿なのかなでも勝ちゃんには直に言えなかった。自分が言う勇気が無かったのかもしれないけど、だってさ、勝ちゃん甘えん坊さんなんだもん。絶対に合えないって分かると勝ちゃん止めちゃうでしょ?でもそれはダメ、なんか、でもこんなかっこつけたこと書いてもやだな、どうしてかな、これから幸せになるところだったのに、これから幸せになる人なんていっぱいいるのに、なんか理不尽だよね。神様って嫌い、・・・・・・こんな形になっちゃったけど、この手紙の置いてる石の裏にプレゼント置いといたよ、感想が聞けないのは残念だけどこれでいいんだよ、仕方がないんだよ。勝ちゃんならわかってくれると信じてます。
もうさ、これ以上書くのも私つらいんだ。なんかどんどん離れていっちゃう光景が直に見える気がしてさ、もうこの辺で筆をおいとくね 朱子より』
石の後ろには確かにこぎれいな小包がひとつポツンと置いてあった。それは、悲しく俺を見つめている気がした。今年の俺のプレゼント、小包の中には彼女の想いが込められた小さなクッキーが三枚入っている。でも本当の心からのプレゼントは
『彼女が俺にくれる最後のプレゼント、それは俺と朱子の別れという大きな節目を気遣った彼女の最後の小さな優しさだった。』
彼女は、優しく笑って、
俺はそれに微笑んで、
また、呼ぶんだ。
キミの名前を。
キミが、呼んでくれるから。
オレを。
そしたら、失くしても。
見付けられるよ。
キミの声