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怨霊のおはなし

作者: 読図健人

あけましておめでとうございます。暫く執筆から離れていたのでリハビリとして。肩の力を抜いてお読み下さい

 そろそろ今年度の終了も近いな、と私が大学近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら窓の外を俯き気に行く学生達を眺めているときだった。

「やあ」

 肩を軽く叩かれ振り向くと、ノートを持った青海おうみが満面の笑みでそこに居た。

 冬なのに、スカートの丈は以前会ったときより短い。その事を問うと、冬は日差しが弱いからねと返された。

 なるほどな、と頷く。生まれは北で寒さに強い。ただしその分、日光に弱い。そういえば、そんな事を言っていた様な気がする。

 テーブルにノートを置き、私の対面に腰掛けた。詰まったコーヒー豆が見えるテーブルのガラスの天板に、青海の切れ長の目が一際輪郭確かに映っている。

 何か、面白い事を見つけたときの目だ。

 気が高ぶると青海の目は文字通り爛々と輝き、鏡像では鮮やかに浮かび上がる。これの所為で私は、幾度となく痛い目を見た事がある。

「こっちまで、何の用だったんだ」

「学部外で受けてる子に、ノートを借りに」

 憂鬱そうな私の問い掛けに、青海が笑って答えた。

 青海は文理学部、この街のキャンパスは法学部。私は、そこで法学の課外講座の講師をしている準教授。

 講座は六時からなので、二時間ほど暇がある。大抵、私はこの喫茶店で時間を潰す事にしていた。

 学生街にありながら、学生が入る事は殆どない。そこが、魅力の一つだ。

「この前の旅行の時のか」

 行き先は賀名生あのう。あれも、大変だった。

 青海ともう一人、それに私が揃うと災難に出くわす。或いは何か事件に巻き込まれたり、事件を起こす。

 それでも旅行自体は楽しいものだ。賀名生あのうも梅の時期にもう一度訪れたいと思った。

 大変だがまた行きたい、そう感じさせるものがこの女達との旅行にはあった。名所を多く知っている、というのもある。

 態々わざわざ青海がこっちのキャンパスまで来たのは、その学部外受講生のノートが細かく書かれており字が綺麗で見易いからだそうだ。

 そうかと煙草に火をつけると、ブレンドを注文した青海が露骨に顔を顰めた。

「この間、禁煙したって言ってなかったっけ」

「さあな。俺は覚えてない」

 煙草の煙を手で払いながら、青海がノートを鞄に仕舞った。

「民俗学か」

「いや、怨霊史」

 怨霊、即ち敗者の観点から歴史を読み解く。そんな学問らしい。当時の人間が出来事を“怨霊の祟り”と捉えていた背景に着眼しており、オカルト的な要素は殆ど絡まないのだそうだ。

 歴史学会でも、学者は少数だが新しく活発な研究の様だ。

 文化人類学は大好物だがオカルティックな話題は好まない私にも肌に合う講義かもしれないと、目を輝かせながら語る青海の説明を聞いていて思った。

「つまり、この連続死を怨霊と捉えるというのは“死人に怨まれる様な”後ろめたい事が在ったって事。基本的に怨まれなきゃ霊になって祟らないって考えられてるからね。それに、文献が残されているって事は当事者以外も知る所だったって事」

 “誤解だ”、“無念である”、“陥れられた”、“せめて話せさえすれば”などと呟いていたという様子が伝え聞かれて記されている場合もあるらしい。多くは創作だろうが、その創作を容認する事実や人々の心理の背景があったという事は確かなのだという。

「なるほどな」

 専攻は法律一辺倒であった為、あまりこんな分野と触れ合う機会がなかった。精々本屋で偶々目に入った選書や新書を購入するぐらいだ。

 青海と会うとこんな類の話が聞けるのも、評価すべき点だった。

「怨霊と言えば……」

 煙草をもみ消し、青海に顔を向ける。やって来たブレンドを吹いて冷ましている青海が、上目遣いに視線を寄越す。

「お前は、何かそんな話を聞いた事はないのか」

 心霊、前世、宇宙人、宗教、超能力、悪魔、超自然的パワー――――。

 多くの人間がツキや運・ジンクスの存在を認める、或いは信じる様にこれらの事象を信じる者も居る。物事の原因の説明を求める、それは人として当然のさがだ。

 創作物としては好きだが、これらを出来事の理由として説明するのは好ましい事だと思えなかった。それでも現実問題として、現象を割り切っていけばどこかで“説明の付かないもの”が顔を現す。

 私は、それを身をもって認識する事となった。

 一昨年の早春、自分が由緒ある鬼の家系の生まれであるとうそぶいた坂上さかがみ青海おうみに出会ってから。

「そうだねえ……」

 視線を宙に走らせる青海。やがて目を少し開いた。何か、思い出したらしい。

「うーん……誤解といえば」

「何かあるのか?」

「いや、これはねえ……」

 やけに歯切れが悪い。死体を見ても動じない女なのだが、そんなに凄いのか。

 それでも話す様に促すと、悪戯っぽい目を私に向ける。あの目を。

「じゃあ、ちょっとしたおはなし・・・・を」


 あるところに男―― 一昔前の言葉で言うなら地主というヤツか――が居た。

 妻が居たが、どうにも使用人と関係を持ってしまったらしい。彼は、使用人を自室へと呼んだ。

 何時ぞやの時間は、何をしていたのか。その日、何かあったのか。

 そんな様子で、男は使用人を問いただしていった。

 使用人はそれに、しどろもどろといった様子でうやむやに返そうとする。

 この使用人、あまり頭の良い人間ではなかったようだ。それでも、男は信頼していた。純真で、嘘を吐く様な、人を傷つける人間ではないと思っていたからだ。

 やがて、男の迫力に押されてか……使用人は不義を認めた。

 そんな使用人のたどたどしい告白を聞いている内に、男の心の中に湧き上がって来るものがあった。

 何でこんなヤツを信用していたんだろうとか、今までずっと雇っていたのに裏切られたなどという具合に。

 遂に激昂した男は、使用人に今すぐ出て行く様に怒鳴った。

 それどころか、自らの手で使用人を窓から外に叩き出そうとした。そんな男が自分の家の敷居を跨いでいる事が、一瞬たりとも許せなくなったのだろう。

 使用人は男にせっつかれながら、『だんなさま、ごかいです』『だんなさま、ごかいです』としきりに叫んでいたらしい。

 そのまま、使用人は家から放り出され、庭の池に突っ込んだ。


「なるほど。実は使用人は誰かに嵌められていて、それから、追い出された無念の使用人の霊の祟りと思わせる事が起きたってところか」

 私が言うと、青海はさも悲し気に首を振った。

「うーん……残念だけど、使用人は決して嘘を言っていないよ。誰かに、追い出される様に仕向けられたという訳でもない」

 それでは、あまりに仕打ちが酷かったと、無念を抱いたのか。

「いや、そうでもないんだよね。浮気は……確か、昔は罪で、今でも離婚の原因になるんでしょう。ともすれば殺されてもおかしくはない」

 ああ、そうだ。以前会ったその罪は女性に対するものだったが。

 今でも、不義密通は離婚の相当事由として数々の判決を生み出している。

 では、何故なにゆえ男は誤解だと叫んだのだ。怨霊は、どこに出てくるのだ。

 理不尽に他人からおとしいれられたものが、怨霊となるのではないのか。

 青海が何かを我慢するかのごとく伏し目がちに頭を寄せ、私に耳打ちをした。

「男は、マンションに住んでたのさ。“旦那様、五階です”、“旦那様、五階です”ってね。そして、使用人は“おとしいれられた”。他人の庭の池に“落とし入れられた”んだよ」

 もう堪らないとでも言いた気に、取り繕うのを諦めたのか、青海の声色は終わりに近づくにつれて笑いのそれが多分に含まれる様になっていった。

 はなし・・・はなし・・・でも、そのはなし――小噺こばなし――か。

 こちらを指差して笑う青海の声に、脱力感と空虚な清々しさを覚える。

 私は、灰皿の煙草に再び火を点けた。青海が眉を顰める。それで、幾分かは気が晴れた。


                                                 ――了


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