白羽の矢たち『ウィネット』 〜異世界転移したけど、低スキルでもやっていけますか?(弓道経験は有ります。)〜
「——だから、お前の風魔法じゃ足手まといなんだよ。攻撃の威力も刃の薄さも中途半端でさ、実戦じゃ使い物にならない」
魔法学院の冷たい講義室。
教壇の男から投げつけられたその言葉は、今でも私の胸の奥で、嫌な熱を持ってチリチリと燻り続けている。
空気の流れを読み、魔力の揺らぎを感知し、気流のバランスを微細に操る——。
あたしにとっては呼吸をするのと同じくらい自然なことだったけれど、この世界の冒険者たちにとって価値があるのは、すべてを焼き尽くす派手な火魔法だったり、敵を一撃で両断する重い剣撃だったりする。
「風で索敵ができるったって、モンスターを倒せなきゃ意味がない」
「お前の風じゃ、誰も守れないし、何も倒せない」
——そうやって、あたしは学院を追い出され、街から街へと流されてきた。
ガルガノスのギルドにたどり着いたのも、ただ日銭を稼ぐためだ。
今日もソロで森の周辺へ赴き、魔獣の動きを『風脈索敵』で完璧に捉え、『旋風刃』でどうにか牽制を試みたものの、やっぱり決定打に欠けて討伐を諦めざるを得なかった。
敵の懐に踏み込むことも、致命傷を与えることもできない。 ただ風で翻弄し、逃げ回るのが関の山。
「……いくら風で道を作ったってさ。それを活かして、遠くへ、深くへ打ち込んでくれる人がいなきゃ……あたしの風なんて、誰の役にも立たない、ただの役立たずのそよ風じゃん・・・」
泥に汚れたブーツを見つめながら、ため息を吐く。
おどけて、いつもみたいに明るく笑ってみせても、心の底に澱んだ無力感は消えてくれない。
あたしは結局、どこにも居場所のない「落ちこぼれ」のままなのだろうか。
そんな鬱屈した気分を振り払うように、あたしはギルドのホールへと足を踏み入れた。
その時、耳に飛び込んできた周囲のざわめきが、ぴくりと私の足を止める。
——「聞いたか? あの『音速の射手』さ……」
——「氷塊の領土での大戦功ってマジかよ。弓であんな化け物みたいな物理ハックを……」
『音速の射手・・・』
直近の大規模な戦いで常軌を逸した戦果を挙げ、一躍噂の人となった奇妙な弓使いの名前。
その噂の主が、いまギルドの受付で依頼の手続きをしているという。
(……弓? 魔法じゃなくて、弓……?)
胸の奥で、小さな電撃が走ったような気がした。
矢を放つということ。
それは、空気の抵抗を真っ向から受け止め、軌道を描き、目標へと突き進む純粋な物理の軌跡だ。
もし、その矢の進む世界に、空気の壁が存在しなかったら——?
あたしの脳裏に、これまで誰も評価してくれなかった「空気の制御」の技術が、鮮やかな色彩を伴って蘇ってきた。
「……これだ」
迷っている暇なんてなかった。
鬱屈とした敗北感も、自分を否定した学院の記憶も、この瞬間のためにあったのだとさえ思えるような、強烈な直感。
あたしは足取りを軽やかに変え、受付のカウンターへと急いだ。
氷塊の領土での大戦功から数日後。
ガルガノスのギルドで、噂の彼は、銀髪の綺麗な少女と一緒に静かに手続きを済ませていた。
チャンスは今しかない。
「ねえねえ! 君が噂の『音速の射手』、橘蓮くんでしょ!?」
勢い余って後ろから背中をドンッと力強く叩いてしまった。
驚いたように振り返ったその顔は、余計な飾り気のない、無骨で引き締まった精悍なものだった。
「……誰だ?」
冷徹でも温和でもない、ただ真摯に世界を見据えるような双眸。
その至近距離に臆することなく、あたしは満面の笑みを貼り付けて顔を覗き込んだ。
「あたしはウィネット! 風魔法使いの冒険者だよ! ずっと君の噂を聞いて探してたんだ!」
人見知りを一切しない様子で距離を詰めるあたしに、蓮くんはわずかに眉をひそめる。
その背後から、ぴょこっと銀髪の頭が割り込んできた。
「あ、あの……ちょっと蓮さんに近すぎです!」
慌てて声を荒げたのは、さっきまで彼の隣にいた少女——シルフだった。
彼女は蓮くんの腕をギュッと抱え込むようにして引き寄せ、緑色の瞳をむき出しにして警戒の視線を向けてくる。
あらあら、すごい独占欲。
「ふーん? 君が相棒の氷魔法使いちゃん? かわいいねぇ。でもね、あたし……蓮くんの戦い方を聞いてビビッときちゃったの!」
勢いに任せて、あたしは腰に手を当て、自慢げに胸を張ってみせた。
「あたしの風魔法、学院じゃ『威力が低くて刃も薄い』って落ちこぼれ扱いされて追放されたんだけどさ……空気の流れをコントロールさせたら、誰にも負けないんだ!」
言葉に熱がこもる。
かつて嘲笑われた自分の力が、いま、目の前の少年の戦い方とどう結びつくのか。
それを証明するための言葉が、あふれ出て止まらなかった。
「蓮くんの『音速の矢』、あたしの風があればもっと遠く、もっと速く飛ばせるよ!」
「……空気の流れのコントロール……?」
蓮くんの目が、わずかに細められた。
興味を惹かれた男の顔だ。
彼は自分の『音速の火矢』が、旋風回転と熱推進で無理やり空気抵抗を押し破っていることを誰よりも理解しているはずだ。
もし、その進行方向にある空気そのものを風魔法で押し広げ、『瞬間的な無抵抗空間エア・トンネル』を作ることができたなら——
彼の矢は、さらに別の次元へと到達する。
「面白そうだな。シルフ、一度ウィネットの実力を試してみないか?」
蓮くんが静かに、しかし確信に満ちた声で隣の少女に問いかけた。
「え……蓮さんがそう仰るなら……」
シルフは少し不満そうに、ぷぅっと唇を尖らせつつも、彼の言葉に小さく頷いた。
彼女にとっても、蓮くんの力になることこそがすべての基準なのだろう。
その健気さも、なんだか少し微笑ましい。
心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。
「使えない風」だと笑われ、誰も認めてくれなかったあたしの空気制御が、いま、世界で一番尖った「理」を持つ少年の矢と噛み合おうとしている。
追放されて行き場を失っていた風が、ようやく本当の意味で、どこかへ向けて吹き抜ようとしていた。
「決まりだね! よろしくね、蓮くん! 相棒ちゃんも!」
あたしはニシシと自信満々に笑い、新しい仲間たちの背中を追いかけた。
風はもう、迷わない。
あの少年の放つ矢の軌跡に寄り添い、どこまでも遠くへ、世界を切り裂く道を作って見せるんだから。




