僕だけ鏡に映らない。
お盆の静けさに包まれた街で繰り広げられる、切なくも美しい最後のデートを描いた短編小説です。
鏡の違和感から明かされる切ない真実と、切なく揺れる二人の想い。カランと鳴る氷の音とともに広がる余韻を、どうぞ最後までお楽しみください。
大久保 龍二は、生まれて初めて女の子を誘い、お盆の昼間から初デートを楽しんでいた。
龍二は今年で中学2年生。好きになった1年後輩の川西 柚に思い切ってラブレターを送ったのが交際のきっかけであった。
お盆期間中だけに都内にはあまり人は残っておらず、りゅうらふたりだけが天下を取ったような気分で、街を闊歩していたのである。
お盆の静まり返った街を、天下でも取ったかのように歩くふたり。手をつなぐわけでもなく、ただ数センチの隙間を空けて並んで歩くだけで、龍二の胸は破裂しそうだった。
「龍二先輩、あそこのカフェ、入ってみませんか?」
柚が指さしたのは、レトロな雰囲気が漂う純喫茶だった。店内に入ると、壁一面に大きなアンティークの鏡が張られている。ふたりは奥のテーブル席に腰を下ろした。
冷たいクリームソーダを注文し、ぎこちない会話を交わす。龍二は緊張を誤魔化すように、ふと壁の大きな鏡に目をやった。
——そして、息をのんだ。
鏡には、赤いストローでソーダを飲む柚の姿と、空の椅子が映っていた。龍二の姿だけが、どこにも存在しなかったのだ。
「……柚、あの、鏡……」
声が震えた。柚は微笑んだまま、静かにグラスを置く。その瞳には悲しげな色が浮かんでいた。
「……気づいちゃいましたか」
「どういうことだ? なんで俺が映って……」
「先輩。思い出してください。お盆の都内に、どうしてこんなに人がいないのか。どうして、誰も私たちとすれ違わないのか」
頭の中に、途切れ途切れの記憶が流れ込んでくる。
一年前、柚にラブレターを渡した夏の日。その帰り道。猛スピードで交差点に飛び込んできた車。突き飛ばした小さな背中。
「あの日、先輩は私を庇って……」
柚の目から涙がこぼれ落ちる。
「今日はお盆です。帰ってきた先輩が、最後に私とデートしたかったから……この街を作ってくれたんですよね」
街の静けさも、「天下を取ったような気分」の正体も、すべては龍二が残した未練が見せた一瞬の夢だった。
鏡を見つめ直すと、自分の姿があった場所には、光の粒が優しく漂っていた。
「……そっか。俺、もういないんだな」
「付き合ってくれて、ありがとうございました。先輩のラブレター、ずっと宝物です」
龍二は照れくさそうに笑うと、最初で最後のデートを締めくくるように、優しく柚の頭を撫でた。その手が透けて消えていく。
「柚、好きになってくれてありがとう」
カラン、と氷の鳴る音だけを残して、龍二の姿は完全に消えた。
鏡にはただ一人、涙を拭って前を向く柚の姿だけが映っていた。
【了】
お読みいただきありがとうございました。
お盆という特別な季節を舞台に、切なくも温かい初デートを描いてみました。街の静けさや鏡の違和感など、小さな伏線を楽しんでいただけていたら嬉しいです。
最後まで見守ってくれた柚が、これから自分の足で前を向いて歩いていけるようにと願いを込めて書きました。二人の短いけれど確かな時間を、少しでも心に残していただけたなら幸いです。




