占いで婚約破棄を勧めたら、相手が呪ってきたみたい
「その婚約は、破棄した方がいいですね」
私は目の前の、華やかな美しい女性にそう告げた。
本人は名乗らないが、私はその女性が誰か知っている。
アマーリエ・ローゼンクライツ様——公爵令嬢だ。
王都に住んでいる者なら誰でも知っている。何しろ、王太子レオポルド・エーデルシュタイン殿下の婚約者なのだから。
けれど、私はあえて相手の素性は尋ねない。
それが占術師というものだ。相手が高貴な方であろうが破産寸前の平民であろうが、同じ代金をいただく限り、等しく公正な助言を与える。
とはいえ、私は、私が占った結果は絶対に伝えない。なぜなら私の占いは絶対に当たらないから。正確には、それを伝えてしまうと、絶対に外れてしまうから。
私——エルナ・アーベルには、そういう先天的な異能があった。
そして、その異能に気づいたのは、王宮の占術師になって成り上がることを夢見て、必死に占術の勉強をし、訓練をして、高度な占術を身につけた後だった。
相手の運命を占い、その結果を見ただけの人はその運命のとおりとなり、その結果を伝えた人は、決して私が見た運命を辿らない。
もちろん、占術師としては絶望的だ。誰かの本当の運命を知りたいなら、相手に決してそれを伝えないでいなければならないのだから。
王宮への仕官という野心が潰えた私は、それでもしぶとく生きる術を編み出した。
運命そのものを伝えられないのであれば、その人に合った助言をすればよい。運命は避けられなくとも、少しは備えができて、相手は私の助言を聞いて良かった、と思うのだ。
露天での占い屋という名の「助言屋」を王都の片隅で細々と営み、今ではそこそこ評判になっている。
さて、目の前にいる公爵令嬢アマーリエ様に戻ろう。
私が占術によって見た運命は、アマーリエ様が、レオポルド殿下から妬み恨まれ、呪われる運命だ。
「呪い」というのは比喩でも何でもない。レオポルド殿下は、呪術を扱う宮廷魔術師に命じて、文字通りアマーリエ様に呪いをかけるのだ。一緒になろうとなるまいとその運命は変わらない。それならば、そんな邪悪な男と一緒にならない方がまだマシというものだ。
面と向かって「王太子との婚約を破棄しなさい」などと、平民の占い屋が平然と言えることではない。しかし、私は相手の身分など知らないことになっているし、王太子と婚約していることも知らないことになっている。だから言う。「婚約は破棄しなさい」と。
アマーリエ様も、お相手が傲慢で嫉妬深く、生涯の伴侶としてやっていけるかわからないと相談してきたのだ。本人も誰かに背中を押してもらいたがっている。それで、アマーリエ様も、「助言屋」として有名な私のところにやってきたのだから、欲しかった言葉をもらえて満足だろう。
案の定、アマーリエ様は、「ありがとう」と小さく微笑んで帰っていった。
呪いなんてものに関わる人生は嫌だ。
けれど、私も女だ。華やかな色恋の世界は少し羨ましかった。
※
それから一ヶ月もした頃だろうか。
アマーリエ様は再び私のもとにやってきた。
遅かれ早かれ、どの客もそうする。私の助言が適切だったことを知り、感謝しに来るのだ。
「やっぱりあんな恐ろしい方と一緒になるなんて、間違ったことだったわ」
公爵令嬢アマーリエ様が王太子レオポルド殿下との婚約を破棄したことはすでに王都では誰でも知っている。きっと私以外の人々には大きな衝撃だったに違いない。
「何かあったのですか?」
「私、呪術をかけられたみたいなの。ここのところ、ずっと気分が悪くて、それが悪化し続けるから、お医者様にも診てもらったのだけれど、原因がわからなくて……。藁にもすがる思いで教会に行ったら、神官の方が、私に呪術がかけられていると……」
それは私が見たとおりだ。
アマーリエ様はすっかりやつれており、あの華やかな美しさが影をひそめ、可憐さだけの女性になっていた。
「それは大変でしたね」
白々しくも私は同情の言葉をかける。
「神官の方も、呪術がとても複雑で高度なものなので、解呪が難しいと仰って……」
なるほど。それでまた私からの助言が欲しいということか。
「承知いたしました。では、少し見させていただきます」
私は占術の詠唱を行い、アマーリエ様の運命を覗く。前回見たよりも、より先の未来が見えるはずだ。
!
私は絶句した。
アマーリエ様は呪い殺される。想像を絶する無惨な姿で……。
王太子レオポルド殿下の命で動いた宮廷魔術師だけではない。
息子が恥をかかされたことに怒り狂った王妃へレーネ陛下もまた、闇ギルドの高位の呪術師を雇い、宮廷魔術師以上のおぞましい呪術を施しているのだ。
二重の高位呪術のせいで、呪いは解呪が難しい複雑で凶悪なものになり、アマーリエ様は見るも無惨な死骸にされるのだ。
これまで、離縁する貴族や、破産する商人など、不幸な運命を辿る人はそれなりに見てきたつもりだった。
けれど、こんな凄惨な死を迎える人の未来を見るのは初めてで、思わず嘔吐しそうになる。
「大丈夫ですか……?」
アマーリエ様は心配そうに私の様子を伺う。
「だ、大丈夫です……」
この可憐で、お美しい令嬢が無惨に殺される……。ただ、婚約破棄しただけで……。そして安易に婚約破棄を勧めたのは、私なのだ。
その死体だけではない。
私は、王太子レオポルドの、王妃へレーネの、嫉妬と逆恨みの醜い感情まで見てしまっていた。むしろ、その感情の方が強い嘔吐感を催させた。
「エルナさんも体調がお悪いのですね。そんなときに来てしまってごめんなさい……。お医者様をお呼びしましょうか?」
お美しい上に、お優しい……。ご自身もお辛いだろうに……。
こんな方を王太子と王妃の醜い感情に殺させてよいのか……。
「あなたは王太子に呪い殺されます。それから、王妃陛下にも呪い殺されます。婚約破棄の逆恨みですね」
「えっ……?」
アマーリエ様は驚くが、どこか諦めたような顔もした。
「そう……。きっと婚約した時点でそうなる運命だったのね……」
私はそれ以上、何も言うことができなかった。
「それよりも、あなたは大丈夫なの?」
死を宣告された自分よりも、ただ未来視して吐き気を催しただけの私を気遣うとは……。どこまでお人好しなのだろう。
「私は大丈夫です」
何度そう言っても、アマーリエ様は引き下がりそうになかった。
「もう私のことは放っておいて、帰ってください。あなたはご自身のことをもっと大事にすべきです」
私が強く言うので、アマーリエ様は少し怯み、落ち込んだようだった。
「そうね。私、もうすぐ死んでしまうのね……」
私はそれを否定しない。否定したら、私の「呪言」の効果がかき消されてしまうから。
「見ていただいてありがとうございました」
そう言ってアマーリエ様は立ち上がり、俯きながら去っていった。
私の異能「呪言」は、口にした予見を反故にする。これできっと、アマーリエ様は死なずに済むだろう。
それなら最初から、悪い結果なら伝えて、運命を変えてやれば良かったんじゃなかったって?
残念ながら、そんな簡単な話ではない。
まあ、見ているといい。
私の異能「呪言」が何をもたらすのかを。
※
翌日、王都は騒然としていた。
王太子レオポルド殿下と、王妃へレーネ陛下が怪死したのだ。
それぞれの身体には目立った外傷はないものの、レオポルドの遺骸は死後間もないにもかかわらず、腐ったように変色し悪臭を放ち、一方のへレーネの死体は腐りはしなかったものの紫に変色し、すさまじい苦悶の表情を浮かべていた。
王宮内に目撃者も多くおり、誰かに襲われたのではなく、その死は突然だったという。
つまり、呪術による死であることは明らかだった。
死体に残された魔力痕の鑑定から、犯人はすぐに見つかった。
レオポルドを惨殺した呪いは、王家の中では有名な闇ギルドの呪術師のもので、へレーネを殺した呪いは、王宮の宮廷魔術師長のものだった。
宮廷魔術師長は即座に王宮で捕縛された。
その宮廷魔術師は、王太子レオポルドに命じられ、公爵令嬢アマーリエ・ローゼンクライツを狙ったもので、王妃陛下を狙ったものではないと主張した。
その告白がまた波紋を呼んだ。
王家では、隠れて気に食わない者を、呪術で苦しめて殺している——そんな噂が王都中に広まった。
王太子殺害犯も、闇ギルドの呪術師であることが判明したが、こちらはすでに身を隠しており、すぐには見つからなかった。
王宮が直ちに、この呪術師を王太子惨殺の犯人とし王都中に指名手配すると、王都中の人々は恐怖と恐慌により血眼になってこの呪術師を探し始め、あっさりと見つかることになった。
この呪術師もやはり、王妃の命で動き、狙ったのは、王太子レオポルドではなく公爵令嬢アマーリエ・ローゼンクライツであり、王太子ではないと主張し、減刑を求めた。
世間も、確かに王太子と王妃が親子で殺し合うのはおかしいと考えた。王宮でも二人は不仲どころか、仲睦まじい親子との認識しかなかった。
——ではなぜ、二つの凶悪な呪術は、公爵令嬢アマーリエ・ローゼンクライツではなく、それぞれ王太子と王妃に向けられたのか。
その答えを世間に提示したのは、聖教会だった。
聖教会の大司教が声明を出し、邪悪な王家に対する神罰であると主張した。王家が同じような行為を繰り返せば、再び教会が神罰の祈りにより、王家に呪いを返すと。
ずいぶんな戯言だな、と私は思った。
真相を知っているのは、おそらくこの世界で私だけだ。
私の「呪言」は、魔術ではない。世の理を捻じ曲げるように作動する「異能」なので、いかに高位の呪術であろうと捻じ曲げてしまう。
私が「呪言」で回避させた運命は、別の誰かに回される。そして、捻じ曲げられた運命は、その人に対して強い念を持つ別の誰かに向かっていく。愛情でも憎悪でもよいが、特に悪意には敏感だ。
私がこの呪言を可能な限り使わないのは、人の不幸な運命を、別の誰かにその不幸を回すことが公平なことだとは思わないから。どれだけ不幸な運命であっても、誰かに押し付けてよいものではない。
ただ、今回ばかりは運命の方が間違えていると、思った。それでも「呪言」は使うべきではないのだが、目の前の明らかに善良な公爵令嬢を見捨て、理不尽な悪意と、自らの手も汚さないような邪悪な呪術をよしとすることが、どうしてもできなかった。
だって、そんなの公平じゃない。
いずれにせよ、王家の信用は失墜した上、神罰を恐れ、このような蛮行を控えるだろう。王家は少しでも世間と教会に格好をつけるため、高位の呪術を使う二人も処刑したようだ。
「あなた、私に嘘をついたでしょう?」
命拾いした公爵令嬢アマーリエ様は、三たび私のもとを訪れ、ひと言目にはそう言った。
呪いが解けて、ずいぶん血色も良くなり、あの華やかな美しさが戻っている。
「何のことですか?」
「私が殺されるって」
「人は誰でもいずれ死にます。それが運命というものです」
そう、それだけは私の「呪言」であっても捻じ曲げられない運命だ。
「あなたが私を殺すと仰った王太子殿下も王妃陛下も亡くなったわ」
「そんなこと言いましたっけ?」
「私は教会の神罰で解呪がされたとはとても思えないの。神官の方たちも、大司教でさえ、お手上げだとはっきり仰っていたのですもの」
「……何が仰りたいのですか?」
「あなたが解呪してくださったのでは?」
「あなたが殺されると予言した、このインチキ占い屋がですか? 神官でもできないような解呪を私がしたとお考えなのですか?」
ずいぶんと勘のいいご令嬢だ、と少し焦って抗弁する。
すると、アマーリエ様は微笑んだ。
「あなたが、『私は殺される』と仰ったとき、あなたが私を見捨てようとしているようには見えなかったの」
「……できれば、そのことは他ではお話ししないでください」
「恩人の不利益になることはいたしません」
この人は、私の最大の秘密を知ってしまった……。
友人らしい友人もいない私の人生の中で、今この瞬間、最重要人物になった。
「……では今日は特別に無料で占いをさせていただきますので」
私は焦って話を逸らし、占術の詠唱をする。
見えたのは、前回とは打って変わって幸せな光景だった。
アマーリエ様は王宮で、とても優しそうで、すてきな貴族の男性と一緒にいるのが見えた。
この善良な令嬢が幸せになることは嬉しかった。幸せになってほしかった。
そしてとても羨ましいとも思った。
「王宮で、すてきな貴族の方と出会いますよ」
何だか夢見心地になり、うっかりそう言ってしまってから、しまったと思った。
せっかく良い運命だったのに。
※
ちょっとした後日談をしよう。
王家は世間に反省の色を見せたいがため、アマーリエ様を王宮に招待し、もてなした。そこで、故レオポルド殿下の弟君の新王太子、コンラート・エーデルシュタイン殿下と出会い、何と恋に落ちてしまったのだった。「貴族」の方ではなく、「王家」の方と。
レオポルド殿下が傲慢だったのに対し、とても理知的で穏やかな好青年のようだった。
私がうっかり「呪言」で奪った後のアマーリエ様の運命は、よりすてきな運命になったようだ。よほど日頃の行いが良いのだろう。
私、エルナ・アーベルはというと、アマーリエ様の強い推薦で、王宮に仕官していた。宮廷魔術師の失脚により枠が一つ空いたのをいいことに、アマーリエ様が無理やり「宮廷予見師」の役職を作らせ、私をねじ込んだのだ。
王宮で、アマーリエ様を占ったときに見た、あのすてきな方と出会った。その方の素性は、ヴァルデック伯爵家の令息で、上級宮廷魔術師を務めるテオドール様という方だった。
もしかしたら、アマーリエ様と結ばれる運命だったかもしれないのに、ごめんなさい、と思った。
私とは身分差も大きく、どう進展していくかは分からないが、心ときめく毎日になった。
あのとき、私が「呪言」をうっかり使ってしまったあの瞬間、アマーリエ様に最も強い念を持っていたのは私だったようだ。
そのおかげで私は王宮に導かれ、テオドール様に出会うことになったのだ。
でもこうして使うのも今回限りだ。
いたずらに運命を弄んでは、きっと世の中がおかしくなってしまうだろう。
そして何より、公平じゃない。
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