第8話 代弁者協会
俺は胸の高鳴りを抑えきれないまま、代弁者協会を訪れていた。
王都でも珍しい、三階建ての大きな建物。
外壁はやや古びているが、手入れは行き届いている。
入口には、控えめながらもはっきりとした文字で、「代弁者協会」と記された表札が掲げられていた。
「……こんにちは」
そう声をかけながら、恐る恐るドアを開ける。
「はい」
少し間を置いて返事があり、視線を向けると、受付らしき女が、やや離れた位置に座っていた。
「何かご用でしょうか?」
「アシェルといいます。ネフィスさんという方に、お会いしたいのですが」
「はいはい。お待ちくださいね」
拍子抜けするほど、あっさりと通される。
―いいのか、これで。
内心で戸惑っているうちに、二、三分ほどが経った。
「君が、アシェルかな?」
声をかけられ、顔を上げる。
そこに立っていたのは、四十歳前後の黒髪の男だった。
落ち着いた雰囲気で、いかにも知性を感じさせる。
「ロレック氏から連絡を受けてね。
アシェルという少年が訪ねてくるだろう、と」
「そうだったんですね」
話が早くて助かった。
「立ち話もなんだ。奥の部屋へどうぞ」
案内された部屋には、簡素だが清潔な机と椅子が置かれていた。
「さあ、楽にして」
勧められるまま、ちょうど良い高さの椅子に腰を下ろす。
「早速だけど……代弁者について知りたくて来た、という理解でいいかな」
「はい、そうです」
俺の答えを聞くと、ネフィスは一度小さく頷き、語り始めた。
「代弁者はね、王国が“社会の正義”を維持するために設けた存在だ。
平民の立場から、王国内の不均衡を是正する役割を担っている」
続いて、代弁者協会の役割が説明される。
平民を代表して国家の意思決定に関与すること。
平民に生じた紛争に介入し、妥当な解決を目指すこと。
場合によっては、公証場での仲裁に立ち会うこともある。
―国会議員?
―それとも、弁護士に近い存在か?
頭の中で、前世の知識と照らし合わせる。
「でも……」
説明を一通り聞いたところで、疑問が湧いた。
「どうして王国は、代弁者なんて機関を作ったんですか?」
プリビレッジが特権階級として君臨する王国で、なぜ平民の声を拾う必要があるのか。
その問いに対しても、ネフィスは即座に答えた。
「平民の人口は、およそ五百万人。
一方で、プリビレッジは全体の1%にも満たない」
「……」
「だが、その1%に、極端な特権が集中している。
王国は、その歪みを放置できなかった」
つまり――。
「平民の……ガス抜き、ですか?」
「そうとも言える」
俺の踏み込んだ指摘にも、ネフィスは動じない。
だが、次に口を開いたときの表情は、はっきりと変わった。
「だがね、王国も代弁者を完全に軽視することはできない。
いくら魔法の力で平民を抑えられるとしても、
もし平民が一斉に王国からそっぽを向いたら―国家は機能しなくなる」
力のこもった言葉だった。
建前ではない。現実を見据えた言葉だ。
胸の奥にあった疑念が、少しずつほどけていく。
「どうすれば……僕も代弁者になれますか?」
気づけば、そう口にしていた。
ネフィスは、穏やかに微笑む。
「代弁者になるには、十三歳から二年間、王国中枢養成学院に通う必要がある」
本来は、プリビレッジの子息が通うための学校。
だが、その一部が平民にも開放されているという。
国家機関で助手として働く人材を育て、その進路の一つとして、代弁者がある。
俺は前のめりになって話を聞いていた。
一刻も早く、そこへ行きたい。
そんな衝動を抑えきれなかった。
だが、ネフィスは一つだけ、静かに釘を刺す。
「学院に入るには、読み書きが必須だ。今から、しっかり勉強しておきなさい」
その言葉に、深く頷いた。
こうして、ネフィスとの面談は終わった。
この日、俺の進むべき道が、はっきりと見えた。
―代弁者になる。
―正義を、正しい形で通すために。
高揚感は、なかなか消えなかった。
帰宅すると、夕食後の団欒の時間を待って、話を切り出した。
「父さん、母さん。
僕、十三歳になったら王国中枢養成学院に通って、代弁者になりたい」
その瞬間、空気が変わった。
「……アシェル、それはどういう話だ」
「代弁者……?」
トシェルは言葉を失い、ナーディアも驚いた表情を浮かべる。
「今日、代弁者協会で話を聞いてきたんだ。
代弁者になって、平民でも生きやすい世界を作りたい」
「待て」
トシェルの声が、強くなる。
「代弁者なんて、結局はプリビレッジの手先だ」
予想外の言葉だった。
「そんなことない!
今日会った人は、ちゃんと信念を持ってた!」
思わず、強く言い返していた。
だが、両親の反対は思いのほか強かった。
そんな中―
「私、アシェルを応援するよ」
静かに、だがはっきりと、カナディが言った。
「アシェルなら、代弁者になって、きっとすごいことをすると思う」
真っ直ぐな視線が、胸に響く。
その一言で、両親は口を閉ざした。
「……まあいい。
まだ十歳だ。時間はある。じっくり考えなさい」
トシェルは、そう言って話を終わらせた。
平民として生まれ、教育もなく、世界を知らなかった。
だが、公証場での出来事と、今日の出会いが、それを変えた。
この気持ちは、きっと変わらない。
ただ前を見て、目標に向かって進む。
それが、現在を生きるということなのだ。
終




