第7話 代弁者への道
あれから二日が経過した。
とても消化できる出来事ではなかった。
なぜ、加害者は三人いたはずなのに、裁かれたのは一人だけ?
なぜ、俺に対する暴行は、ほとんど問題にならない?
なぜ、公証場は出来レースになるのか?
考えれば考えるほど、納得がいかない。
制度の穴だらけの構造に、どうしようもない憤りを覚える。
「……どうしようもない理不尽って、本当に存在するんだな」
ぽつりと、独り言が口から漏れた。
静まり返った部屋で、布団の上に仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめている。
思考は止まらない。終わりのない反芻だけが、頭の中を支配していた。
このエンドレスな思考から逃れたくて、気づけば玄関のドアを開けていた。
それでも、フラッシュバックは容赦なく襲ってくる。
消しても、消しても、蘇る。
王都の街は昼間ということもあり、きっと賑わっているはずなのに、周囲の景色はほとんど目に入ってこなかった。
ただ、何も考えずに、足だけを前に出し続ける。
―どれくらい歩いたのだろう。
ふと顔を上げると、白く堅固な建物が視界に入った。
……公証場だ。
無意識のうちに、ここまで来てしまっていたらしい。
いけない、いけない。
ここは前近代的な世界だ。
法の支配も、近代的な公平性も存在しない。
理不尽なことなど、いくらでもある。
ここに立ち尽くしていても、何かが変わるわけじゃない。
俺はそうやって自分に言い聞かせ、踵を返そうとした。
「君は、あのときの」
背後から声をかけられ、思わず足を止める。
振り返ると、そこに立っていたのは、黒縁メガネをかけた三十歳前後の男だった。
――思い出した。
宣誓の書類を手渡し、公証人の後ろで傍聴していた人物だ。
「覚えているかな。一昨日、あの場にいた者だ」
「……はい」
穏やかな声で、柔らかく語りかけてくる。
「君も、気の毒だったね」
にこやかな表情で、こちらを見ていた。
「アシェル君の答弁には、少々興味を持ってね。
公証人を相手に、怯むことなく、しかも理路整然としていた。正直、驚いたよ」
突然のことで思考が追いつかなかったが、自然と彼の言葉に耳を傾けていた。
「私は公証人の見習いをしている。
よければ、あの裁定について、君の率直な感想を聞かせてほしい」
「……正直に言えば、納得していません。
公平とは、とても言えない裁定でした。少し……がっかりしました」
本当は、もっと言いたいことがあった。
だが、公証場の人間――いや、プリビレッジに感情的な言葉をぶつけても、ろくな結果にならない。
本能的に、そう判断していた。
だが、その男は、予想外の言葉を口にした。
「裁定は、公平なものではなかった」
「……?」
「仲裁は本来、公平であるべきだ。たとえ平民であろうと」
思わず、言葉を失った。
額面通りに受け取っていいのだろうか。
だが、彼の目を見ていると、嘘やごまかしを言っているようには感じられなかった。
「……それは、どういう意味でしょうか」
「そのままの意味だよ。
私はね、同じ人間同士が、対等に扱われる世界であってほしいと考えている」
この人は、本当にプリビレッジなのだろうか。
判断がつかない。
「私もプリビレッジだ。
でも、一部によるやりたい放題を苦々しく感じている者もいる。
君も……自分の正義が、通る世界であってほしいと思っているだろう?」
見透かされている。
そんな感覚があった。
だからこそ、俺は正直に答えた。
「はい。僕は……こんな差別的な王国は、嫌いです」
「なら、君は“代弁者”になるといい」
即答だった。
あまりにも唐突な提案に、思考が追いつかず、言葉に詰まる。
「代弁者というのは、平民の声を、さまざまな場所で代わりに伝える役割だ。
権力の前で、声を上げられない人間の代わりに、ね」
――なぜだろう。
危険な話のはずなのに、恐怖よりも先に、胸の奥が静かに熱を帯びた。
ここだ。
俺が向かうべき場所は。
「興味があるなら、“代弁者協会”を訪ねなさい。
そして、ネフィスという人物に会いたいと伝えるといい」
「ああ、名乗るのが遅れたね。
私の名前は、アレン・ロレックだ」
そう告げると、彼は「そろそろ仕事に戻らないと」と言い残し、足早に去っていった。
代弁者……。
一体どのような仕事なのだろう。
ついさっきまで胸を覆っていた虚無感は、いつの間にか消えていた。
視界が、ほんの少し明るくなった気がする。
王都の街は相変わらず活気に満ちている。
だが、さっきまでとは、見える景色がまるで違っていた。
この先には――
正義へとつながる、希望があるのかもしれない。
終
本作の冒頭をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。
引き続きよろしくお願い致します。




