第6話 不問
講義で聞いたことがある。
ー正当防衛は、違法性を阻却する。
だが、侵害に向いていない防衛や過剰な防衛は違法のままであると。
気づくと、右手を大きく挙手していた。
「公証人、一つよろしいでしょうか」
「なんだ。言ってみなさい」
公証人は俺の意外な勢いに押されたのか、発言をあっさりと認める。
少し深呼吸して発言を続ける。
「ユリウスにぶつかってきたのは、よそ見をして突っ込んできたことが原因です」
「それで」
「事の発端に関してはユリウスに責任がありません。それにもかかわらず、無抵抗なユリウスに一方的に暴行を加えて、大怪我をさせています」
俺が発言を続けていると、これにウィル・ハーモスが割ってくる。
「ほんの数発殴っただけで問題はない!」
ウィルの不規則発言であったが、公証人は特に制止させない。
「平民は王令で暴力も出来ません。つまり、反撃も不可能で、無抵抗です。それにもかかわらず、一方的にそれも集団で暴行を加えています」
「お前は何を言いたいのか」
「暴行は過剰ではないでしょうか」
口調が生意気だったのか、公証人がムッとした表情となる。
「過剰?そんなものは関係ない。無礼があったのだから正当だ」
公証人は先程の理屈を改めて押し通す構えだ。
それでも諦めない。
「死んでいたらどうでしょうか。たかが食べ物が服に当たっただけで、人を死に至らしめるまでの暴行は許されますか」
何かが吹っ切れていた。
もう言いたいことを全部ぶち込んでやると。
「机上の空論だ!実際にユリウスは死んでおらん!」
公証人は不機嫌そうに眉をひそめる。
「正当な理由があっても、限度があるということです!ユリウスへの暴行はその正当性を打ち消すほどのものでした」
ヒートアップしてしまっている。
自分でもそれに気づいていたが、高ぶる気持ちを抑えることはできない。
「こんなことが王令で許されるのでしょうか!」
公証人は俺を睨み、完全に怒り心頭だ。
そのとき、ウィル・ハーモスは鼻で笑いながらこういった。
「本気なら魔力を込めて、全力で殴っている!殺すことだって簡単だ」
このとき、傍聴席のシュフィーロが立ち上がりかけたが、黒縁メガネの男に止められる。
公証人はこれを黙ってみていたが、何かをひらめいたのか、少し表情に変化があったことを、俺は感じとった。
そして、しばしの沈黙の時間があり、公証人が再び口を開いた。
「他に双方で言っておきたいことはないな?」
公証人は、先ほどと変わり、落ち着いた声で双方に最終確認をした。
全員がその場で「はい」と返事をする。
「後ほど裁定を申し渡す」
公証人はこう告げると、部屋を出ていった。
傍聴していた先ほどの黒縁メガネの男もその後を追った。
残されたのは当事者のみということもあって、気まずい空気になっていたが、厳格な場であることもあって、誰一人言葉を発することはなかった。
10分後。
こつこつと足音が近づいてくる。公証人が部屋に戻ってきたようだ。
公証人は先程の高い席に座り、咳払いをする。
「これから裁定を言い渡す」
公証人の第一声に対して全員に緊張が走る。
「ウィル・ハーモスが魔法を使用していないことを踏まえると適切な範疇である」
まさかの論理だった。
公証人の裁定を告げる言葉に、一瞬硬直してしまう。
「ウィル・ハーモスを不問とし、神の名の下、解決した」
言葉を失った。
それと同時に隣のユリウスを見ることができなかった。
ただ、ユリウスがすすり泣いていることが伝わってきた。
公証人、ウィル・ハーモスはこの場からさっさと退出していく。
明らかに不当な裁定。理不尽だ。
だが、覆す術はもはやない。
この事実が重くのしかかる。
少し時間をおいて、俺たちも公証場を後にすることになった。
白い建物を出ると、空がやけに遠かった。
ユリウスになんて声をかけていいかも分からず、シュフィーロに対しても同様であった。
長かった重苦しい時間を耐え、ユリウスの家につくと、ユリウスは言葉をかわさず、黙って中に入ってしまった。
「アシェル、今日はすまなかったね」
シュフィーロからはかろうじて一言だけ謝罪の言葉があった。
彼らに慰めの言葉もでてこなかったので、一礼して、足早にこの場を去り、家に向かうことしかできなかった。
1人になっても、気持ちがついてこない。
頭の中が真っ白で道のりはあっという間に感じた。
だが、家にたどり着くと、ドアを開けるのにしばらく躊躇してしまった。
家族から公証場での出来事を聞かれると思うと、気が引けてしまう。
それでも気配を感じたのか、ドアが意図せずに開いてしまう。
「おかえり」
その声だけで、張っていたものがほどけた。
俺は言葉にできないまま、ただ立ち尽くして―
ナーディアに抱きしめられたとき、ようやく涙が溢れた。
正しさは、ここにはなかった。
終




