第41話 最後の夜
進路が決まってからは、加速度的に日程を消化した。
そして、気づけば卒業の日だ。
学院には卒業式のような特別式典などがない。
前世の学校と一つ共通していることは、卒業の証である卒業証書を授与されるくらいだ。
「アシェル、前へ」
「はい」
担任のラフィーナが一人ずつ学生を呼び出し、卒業証書を手渡す。
「お前の目指すべき国を実現するために邁進するように」
ラフィーナは学生に対し、端的だが、餞にふさわしい言葉をかけている。
最初から分かっていたが、有能で信頼のおける恩師の姿だった。
新しい出会いがあるということは、別れもある。
学院生活は本当に充実していた。
こんな気持ちで卒業できるなんて、過去の自分ではとても考えられなかった。
(思えば、15年前のあの日)
俺は、都会のど真ん中で雷に打たれ、死にかけていた。
その頃は、結城佐久という名の21歳の学生であった。
偏差値トップクラスの大学に通い、法学を学び、将来は弁護士になることを約束された有望株だった。
だが、あの時の自分は死を目前にしても、生に対する執着をもっていなかった。
思えば、幼少の頃から自分の意思に従って行動したことはなかった。
厳格な両親のもと、言われるままに勉強だけに打ち込んだ学生時代。
常に競争の中に晒される環境で、親のプレッシャーに押しつぶされそうな毎日であった。
勉強が自分の全てになってしまい、結果を残すためにライバルとなるクラスメイトでさえ、蹴落としてやるという態度であった。
唯一趣味として没頭していたゲームも勉強の邪魔になるからだと親に取り上げられてしまったため、同世代の友達と話すような話題にも疎く、無機質な人間になっていた。
こんな自分には当然誰も優しくしてくれない。
浮いてた自覚はあるし、疎外感もあった。
大学生になる頃には、性格がネジ曲がり、どうすることもできず、ただ親の言うがままに生きるという人生が完成していた。
あのまま、社会に出て弁護士になったところで、人としての本質は変わらなかっただろう。
その思いがあり、死を迎えようとしたときでも、その運命を素直に受け入れていた。
ただ、一つだけ強く願ったことは、叶うのならば『全く違う人生を一からやり直したい』だった。
あのとき非業の最期を迎えた自分はもういない。
理由はわからないが、この世界で人生をやり直す機会を与えられた。
これからも、自分の意思で自分の人生をただ邁進していくだけだ。
卒業の瞬間を迎え、感慨深く一人耽っていると、声がかかった。
「アシェル、夜は分かっとるよな?」
満面の笑みを浮かべたリサリィであった。
実は、この日の夜、仲間うちでお別れ会を開催することになっていたのだ。
「もちろん!」
学院を卒業するということは全員が15歳になっており、既に成人だ。
そこで、この席上で初めてのお酒を嗜むということを密かに約束していた。
そして、夜になり、とあるレストランに全員が集合する。
「じゃあ、誰か挨拶してよー。アシェルがやって!」
リサリィが相わからずの無茶ぶりで、乾杯の音頭をとることになってしまう。
「えーみんなと出会えて本当によかった。
楽しい思い出、悲しい思い出色々だったけど、これからも末永くお願いします。
乾杯!」
ーーー乾杯!
挨拶も早々に、みんな待ちに待った初めてのお酒を味わう。
「まずい・・・」
「うん。これはきついね」
パリシオンが舌を出しながら感想を言い、俺も同調した。
この酒は本当にまずい。
ホワシューという名のお酒で、この世界では最も定番とされるものである。
度数が高く、クセが強い。
これを例えるなら、度数の高いウォッカの味に近い。
蒸留技術も高くはないため、料理酒のようなクオリティだ。
「おい、飲めよ」
「あははは、アシェル飲め飲めー」
既に出来上がっていたフューゲルとリサリィが楽しそうに酒を煽ってくる。
仕方なく口につけるが、すぐ酔いそうだ。
まずい酒を我慢しながら飲み続けていると、徐々に話がしんみりとなる。
「やっぱり一番の出来事は、フリーラの件だよね」
ヒルメスがタブーとなっていたフリーラの話題をポツリと漏らす。
だが、みんなの思いは変わらなかった。
「まぁフリーラはいいやつだったし」
「正直フリーラのこと悪く思えない」
ガリンソンとラリオンが暗黙の了解の中、許されなかったフリーラへの思いを吐露する。
「フェン・・・、フリーラもずっと友達なんだから」
「そうやそうや」
つられてか、マーガレットも感極まり、涙を流しながら胸に秘めた思いをぶつける。
ただ、マーガレットと同調したリサリィは目が虚ろになっており、完全に酔っ払った状態だ。
「アシェル、おめーはどう思ってんだ?」
「僕も聞いてみたかったんだ」
フューゲルの鋭い切り込みに、ヒルメスもこれに同調する。
「自分の抗えない運命にきっと辛かったのだと思う。
本当はみんなと学院生活を謳歌したかったはずだよ」
こう話すと、場がしんみりしてしまった。
だが、一人だけ例外がいた。
パリシオンだ。
既に一人屍のごとく気を失っていた・・・。
最後は、少し重い話となってしまったが、この夜は一生忘れることのできない思い出になった。
改めてこの出会いに感謝したい。
帰り道、俺はすっかり酔っ払ったマーガレットを自宅まで送っていた。
マーガレットは足元がふらついていたので、肩を貸す
「飲み過ぎだよ。
お酒は人を狂わせることもあるから、くれぐれも注意してね」
「何よー。アシェル。飲み慣れた人みたいなこと言うじゃない」
これまでで一番近い距離感だ。
思わず、キスしたいという気持ちにもなる。
それでも貞操が厳しいこの世界を恨む。
王令では、なんと「結婚するまで貞操を守る義務」が定められているのだ。
それも罰則付きで。
最後の夜を終え、それぞれ新しい道に進む。
これから進む道に何が待っているのか、不安と期待が錯綜する。
それでも、不安に押しつぶされず、険しい道を乗り越えていきたい。
自分で目指すと決めた『代弁者』になるのだから。
最愛のマーガレットとともに、これからも頑張っていく。
ただ、今回、マーガレットが酔っ払うと、泣き上戸になるという事実を知った。
社会に出たらお酒の場もあるだろう。
これからは要注意だ。
第一部 学院編 完
【魔法世界メモ41】
この世界とは?
この世界は地球と異なる。
人類が住むことのできる惑星であり、太陽と酷似する恒星の周りと公転しているが、月のような星はない。四季がなく、過ごしやすい気温が年間続く。




