第4話 正しさへの入口
昨日の出来事が頭から離れない。
拳が頬に当たった感触が、皮膚の奥にまだ残っている気がする。
目を閉じるたびに、少年たちの表情と、倒れたユリウスの姿が蘇った。
久しぶりに感じた、この感覚。
理屈が通らない世界に、力だけで押し潰される感覚。
まるで―前の世界にいた頃へ、引き戻されたようだった。
それでも、時間が経つにつれ、胸の奥に溜まっていくものが変わっていく。
恐怖ではなく、悔しさだった。
そんな朝、まだ陽の光も弱い頃、家のドアを強く叩く音が響いた。
ドンドン!
こんな朝っぱらから誰かが家を訪ねてきたようだ。
ナーディアがドアを開けたところ、そこに立っていたのはユリウスの父のシュフィーロであった。
「ナーディアさん、アシェルから聞いていますよね?」
シュフィーロは開口一番このように言葉を発した。
非常識な時間帯の訪問であったせいか、すかさず奥から出てきたトシェルがシュフィーロの応対をし始める。
「ユリウスの体は大丈夫ですか」
「歩くのもままなりません」
その言葉が耳に届くと、心に改めて重いものを感じる。
「それで・・・アシェルはいますか?」
「いますよ」
このやり取りは部屋にいる俺のところまで届いていた。
用件はだいたい予想がつく。
だから、俺は呼ばれる前から、ドアの方に自然に歩き出していた。
「実は、ユリウスとともに公証場に行こうと思っている。正式に訴える」
「公証場ですか・・・?」
本題を切り出したシュフィーロの発言に、トシェルの動揺が感じられた。
―この国にも、裁く仕組みがある。
その事実に、胸の奥で小さな期待が灯った。
前世で、俺は法学を学んでいた。
正しさが制度によって守られる世界を、少なくとも『建前として』知っている。
「……それなら、行くべきです」
トシェルは一拍置き、慎重に続ける。
「ただし、アシェルを連れて行くことには賛成できません。まだ幼い。プリビレッジとのやり取りを、これ以上見せたくない」
父としての本音だった。
だが、シュフィーロも当然引かない。
「友達がいればユリウスも心強い。それに、アシェルの証言が必要だ」
シュフィーロも彼なりの親心を全面にぶつけている。
話は平行線となり、重い沈黙が落ちる。
そんな中、俺は密かに決意していた。
「父さん。僕は行きたい」
自分でも驚くほど、はっきりした声だった。
「ユリウスが一人で殴られていたのは、僕が離れていたからだ。責任を感じている。それに―」
言葉が、自然と続く。
「許せない。あんな暴力を」
トシェルは目を閉じ、しばらく考え込んだ末、短く言った。
「……分かった。ユリウスの力になってこい」
こうして俺は、公証場で昨日の無念に向き合うことになった。
その後、シュフィーロの自宅に立ち寄り、痛々しい姿のユリウスと合流して公証場に向かった。
ユリウスは、顔が引き締まっており、昨日の出来事はある程度吹っ切れた様子だった。
その姿に少し安堵した自分がいた。
だが、これからが本番だ。気持ちを高める必要がある。
正しさを追及するために、本気で戦う。
終




