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第22話 均衡の下で

今朝も、いつもの時間に学院へ向かって歩いている。

広がる景色が、どこか明るく輝いて見えた。

 ―気持ち一つで、見える景色は変わる。

それには理由がある。


「アシェル、おはよう」

「おはよう、マーガレット」


この時間、この場所。

ここを通れば、マーガレットと顔を合わせることが多い。

話をしたい。その気持ちを抑えきれず、

 ―いや、さすがにストーカーだろ、と自分にツッコミを入れながらも、 偶然の遭遇に期待してしまう。


「パン、食べてくれた?」

「うん。すごく美味しかったよ。

 サクサクしてて、ほんのり甘くて……なんだか懐かしい気持ちになった」


この世界では見たことのないパン。

前世で食べていたクロワッサンによく似ていた。


「懐かしい?どうして?」

「……なんでだろう」


マーガレットが不思議そうに笑う。

前世の話など、できるはずもない。


そうこうしているうちに、学院に着いてしまった。

通学路が、もう少し長ければいいのにと思う。


教室に入ると、すでに九割ほどの学生が集まっていた。


「最近さ、アシェルとマーガレット、いつも一緒じゃない?」

「偶然だよ、たまたま!」


リサリィの女の勘が発動する前に、 反射的に強めに否定してしまう。


「今日は王国財政について話すぞ」

ラフィーナの講義が始まった。


「王国は財政を維持するため、税を徴収する。

 平民は金銭で納付し、プリビレッジは免除される代わりに魔力を徴収される」


 ―なるほど。

プリビレッジが裕福な理由が、腑に落ちた。


「税は分かりやすくするため、一人あたり月額百キルスだ」


つまり、四人家族なら月四百キルス。 決して軽い額ではない。

ふと、先月の出来事を思い出す。

 ―ご近所のルッカリーさん。


「聞いたよ、三人目なんだって?」

「そうなの。この子で三人目だから、大変よ」

お腹を撫でながら、彼女は微笑んでいた。

「経験が活きるんじゃ?」

「違うのよ。一人増えるってことは、その分、税も増えるでしょ。

 うちは両親もいるから七人家族。働き手は夫だけなの」


当時は、そこまで重く受け止められなかった。

だが今なら分かる。

この税制は、納税者への配慮に欠けている。

平民の中にも格差はあり、持たざる者ほど苦しくなる設計だ。


「徴収した魔力は、王令や国防の備蓄に使われる。だが大半はインフラの維持だ」


話題は、プリビレッジ側へ移る。

「人口五百万人分のインフラを、全体の一%にも満たないプリビレッジで支えている。魔力負担は決して軽くない」


この点については、理解できなくもない。

だが―。


「魔力の負担割合は四割程度だ。

 この負担に、プリビレッジ側からも不満は多い」


魔力は私的に利用し、市場で売却することも可能だという。

納める魔力が少ないほど、プリビレッジは豊かになる。

魔力という存在が、この世界の根幹なのだ。


質問の時間になり、意外な人物が口を開いた。


「金持ちのくせに、税金払わねぇのは不公平じゃねぇか」

フューゲルだった。


「それは意見だな。魔力インフラも不可欠だ」

教室に薄笑いが広がる。

だが、フューゲルは真剣だった。

 ―彼の背景を知っている自分には、笑えない。


「税を払えなかったら、どうなるんですか」

今度はヒルメス。


「奴隷落ちだ」

冷たい言葉が落ちる。


講義の最後に、ラフィーナが告げた。

「来週は剣技の演習だ。

 魔物討伐遠征の前に、護身術を学んでもらう」

―いよいよ来たか。


講義後、ヒルメスとパリシオンと談笑していると、

ヒルメスが聞いてきた。


「アシェルは、税制度、どう思った?」

「平民内の格差を考えるなら、

 少なくとも累進課税にすべきだと思う」


二人はぽかんとした顔をしていた。

だが、この二人なら、制度を考える力がある。


「でさ」

「……なに?」

「マーガレットと付き合ってるの?」


話題が急転直下する。

「い、いきなり!?」

「それ、気になってた」

「違うってば!」


年相応の会話とはいえ、やはり恥ずかしい。


―その頃。

別の教室では、プリビレッジ学生が、 机を叩きながら怒りを露わにしていた。

「アシェルという下民……あいつの目、胸糞悪い」


ウィル・ハーモスだった。


「来週から剣技実習です」

「最終日は平民との合同訓練です」


取り巻きのシューリスト・フォークとラード・ダカリが告げる。

ウィルは、薄く笑った。

「いいことを思いついた。平民を煽れ。

 模擬戦なら、多少痛めつけても学院は文句を言わない」

「なるほど」

「規則上も問題ありませんね」


―再び、あのときと同じ構図を作るつもりだ。


この会話の一部始終を、少し離れた場所から聞いている人物がいた。

高身長で、金色の髪を持つ端整な顔立ちの青年。

その身なりは、周囲の学生とは明らかに違っていた。


「……くだらない」

そう、小さく呟く。

その青年は ウィル・ハーモスらの企てを止めることも、咎めることもなく、ただ静かに聞いていた。




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