第21話 それぞれの理由
学院に入学してから、半年近くが経とうとしていた。
平民は世の中について無知であるため、学院では座学を中心に学ぶ。
教典、算術、天文学、行動学―多岐にわたる学問だ。
だが、講義についていくのは難しくなかった。
知というものには共通項が多く、前世で大学まで教育を受けていた自分にとっては、理解が容易だったからだ。
今日も、担任のラフィーナによる講義が始まる。
「国防について講義を行う。王国騎士を志す者は、よく聞いておけ」
リコーラ大陸には他国が存在しない。
それでも国防という言葉が使われることに、疑問を覚えた。
ラフィーナは長い黒髪をなびかせ、凛とした声で続ける。
「魔法大戦争以降、外敵がいないというのは建前だ。
王国民が足を踏み入れない山林地帯や離島には、生き残った少数民族が存在する」
地図を見ると、人が住みにくそうな山林地帯が確かに広がっている。
魔法があっても、完全な掌握は難しかったのだろう。
「そして、国防における最大の脅威は魔物だ。
魔物と獣の違いは分かるか?」
魔物―初めて聞く言葉だった。
魔物とは、魔力を保持した獣のことだという。
見た目はほぼ同じだが、やや大型の個体が多いらしい。
「王国騎士の主な役割は、魔物の討伐だ。
討伐を怠れば数が増え、やがて魔物同士が食い合い、
魔力量の大きな個体が生まれる恐れがある」
魔力量の大きな個体は、異常現象を引き起こし、王国に厄災をもたらす危険があるという。
―魔力とは、いったい何なのだろう。
そんな疑問が浮かぶ。
「先生、魔物はどこにいるんですか。見たことがありません」
珍しく、パリシオンが皆の前で質問した。
「魔物は王都周辺にはいない。生息地は、王都から離れた地域だ」
だから一度も見たことがなかったのか。納得した。
「近いうちに、お前らは遠征に出る。
王国騎士に帯同し、魔物討伐を見学する」
教室がざわつき、悲鳴のような声が上がる。
「先生も行くんですかー?」
「私は学者だ。何だと思っていた」
ラフィーナの即答に、教室から「えーっ」という声が漏れる。
彼女は、すっかり学生から慕われている。
講義後の自習時間、ガリンソン、ヒルメス、パリシオンと男四人で魔物図鑑を開いていた。
「うわ、気持ち悪いな、これ」
「この魔物、どうやって魔力を発動するんだろ」
少しはしゃぎながら話していると、背後から低い声がした。
「お前ら、王国騎士には興味がないのか」
振り返ると、ラリオンが立っていた。
大柄で筋骨隆々、モヒカンのような髪型。
口数は少なく、普段は誰とも深く関わらない人物だ。
「ここにはいないかな」
ヒルメスが軽く笑って答えるが、ラリオンは表情を変えない。
気まずさを避けるため、俺が尋ねた。
「ラリオンは、どうして王国騎士になりたいんだ?」
その瞬間、彼の様子が変わった。
「……魔物に遭遇したことがある。
商人の家族と買い付けの帰りだった」
全員が、黙って耳を傾ける。
「護衛が応戦していたが……
弟が、二歳だった弟が、目の前で食い殺された」
怒りで、ラリオンの体が震えている。
「だから強くなる。
王国騎士になって、魔物を皆殺しにする。どんな手を使っても」
そう言い残し、「悪かったな」とだけ告げて、彼は去っていった。
重い空気が残った。
帰り支度をしていると、マーガレットが近づいてきた。
「この前の約束!」
「これは……?」
「お母さんの焼いたパン」
袋を差し出され、思い出す。以前、そんな話をしていた。
「後で、こっそりいただくよ」
「うん、じゃあね」
マーガレットは笑顔で手を振り、リサリィとフリーラのもとへ走っていった。
距離が縮まっている実感があった。
前世では、好きな人がいても、ただ見ているだけだった。
今回は、一歩踏み出せるのだろうか。期待と不安は、相変わらずだった。
それでもマーガレットの存在もあって、近頃、学院生活は充実していた。
王国内に蔓延る問題を、一時忘れてしまうほどに。
帰り学院内を一人歩いていると、前方から三人組がやって来るのに気づいた。
見慣れない顔―プリビレッジの学生だろう。
だが、すれ違いざま、声がかかる。
「おい。お前」
振り返ると、威圧的な視線が突き刺さる。
「なんでここにいる。
またプリビレッジに立て付きに来たのか?」
その声を聞いた瞬間、記憶が蘇った。
―ウィル・ハーモス。
ユリウスを傷つけ、公証場で屈辱を与えた男。
「ウィルさん、こいつ、あのときの平民ですか」
「ああ」
取り巻きも、当時の連中だろう。
怒りが込み上げる。 だが、この充実した学院生活を壊すわけにはいかない。
気持ちをぐっと抑える。
「何かご用でしょうか」
「お前、学院で何してる」
「学生として通っているだけです」
「平民のくせに。草でも食って寝てろ」
高笑いが響く。それでも、耐えた。
ここで感情に任せれば、すべてが無駄になる。
「次に無礼な態度を取ったら、ハーモス家の名のもとに制裁を加える」
彼らは去っていった。
学院を出ると、今度は別の声がした。
「おい、アシェル」
振り向くと、フューゲルだった。
「プリビレッジに絡まれてたな」
「まぁね」
フューゲルは、少しだけ笑った。
「昔、連中と一悶着あったんだ。フューゲルはなんでプリビレッジに憎悪しているの?」
話の流れで前から気になっていたことを聞いてしまった。
「……俺の母親、プリビレッジに殺された」
静かな声だった。
「犯人は捕まってない。だから、学院を出たら調べる」
「分かったとして……どうする?」
少し間があった。
「分からねぇ。平民の俺に、何ができるかもな」
その言葉に、胸を打たれた。
「僕も力になる」
「おうよ」
照れたように笑い、フューゲルはいつもの調子に戻る。
「今度の剣技の授業、楽しみだな」
「正当に、プリビレッジをぼこぼこにしよう」
「だな」
フューゲルは手を振って去っていった。
平民が学院に来る理由は、それぞれだ。だが、皆、強い想いを抱えている。
その想いに負けないよう、自分の正義を貫こう。
そう心に誓った一日だった。
終




