第17話 魔法理論
「では、講義を始めるぞ」
いつもの号令とともに、教室が静まり返る。
今日は魔法理論の講義だった。
この日を楽しみにしていた学生は、俺だけではないだろう。
平民にとって魔法とは、不思議そのものだ。
だが同時に、生活のあらゆる場面に溶け込んでいる。
調理用の熱源、水を新鮮に保つ器具、街灯のランプ。
それらはすべて魔導具であり、魔法の産物だ。
王国の技術水準は決して高くない。
それでも生活が成り立っているのは、魔法という“異質な技術”があるからだ。
幼い頃から、ずっと感じていた違和感。
その正体に、少し近づける気がしていた。
「魔法とは、魔力を用いて発揮される現象の総称だ」
ラフィーナの説明が始まる。
「まず、魔力と魔法の関係を理解しろ」
魔力を持つ者は、学術的には「魔力持ち」と呼ばれる。
魔力とは、世界に満ちる自然エネルギー
―魔素を体内に取り込み、 それを再構築したエネルギーだとされている。
光、熱、音、振動、風。
人が意識できるものも、できないものも、あらゆる自然現象が魔素たり得る。
理論上は、魔力の生成量に限界はない。
だが実際には、魔力の生成には体力を消耗するため、
生成できる量には個人差がある。
―なるほど。
だから魔法は万能ではない。
そして、魔力を持つ者が特権階級になる理由でもある。
ラフィーナは続ける。
「魔法の発現方法は、学説上、三つに分類されている」
まず一つ目。外部発動型。
媒介物―つまり魔導具に魔力を通し、特定の現象を具現化する方法だ。
火種を含んだ杖に魔力を流せば、火炎が生まれる。
この方式であれば、魔法石に魔力を蓄積することで、魔力持ちがその場にいなくても魔法を発動できる。
これが、王国インフラの基盤だ。
―魔法の平和利用。
父が魔導具技師として働いている理由も、ここにつながる。
二つ目は、自己消費型。
魔力を自身の体内で循環させ、身体能力を飛躍的に高める方法だ。
筋力、速度、耐久力。すべてが人間の限界を超える。
この状態で武器を振るえば、 魔法剣士と呼ばれる存在になる。
三つ目は、その他。
主に意思干渉型と分類される。
魔法によって、生物の意思に干渉する方法だ。
動物であれば、比較的容易。
脳の構造が複雑になるほど、難易度は上がる。
一般に普及している例が、伝書鳥だ。
魔法で操り、言葉を運ばせる。
一部のプリビレッジは、使い魔を使役することもある。
―だが。
「人の意思を直接操ることは、極めて困難とされている」
ラフィーナは、そう前置きした。
「だが、実用化されている例もある」
それが、魔術契約だ。
契約書に血印を押し、当事者双方が“従う意思”を示すことで、魔法による拘束が成立する。
本質は、意思を縛る魔法だ。
「これは、強制ではない。
あくまで、自らの意思に従うという形を取る」
―だが、例外がある。
「王令だ」
その言葉に、教室の空気がわずかに変わった。
王令。
意に反して従わせることが可能な、唯一の魔法的命令。
魔法、契約、王令。
すべてが、きれいにつながった。
「お前たちは魔力を持たない平民だ。
魔法と言われても、実感が湧かないかもしれないな」
二時間に及ぶ講義の後、質疑応答が始まった。
空飛ぶじゅうたんの仕組み。
魔導具の限界。学生たちは前のめりで質問を投げる。
やがて、沈黙が訪れた。
俺は、ずっと気になっていたことを口にした。
「魔力持ちは、なぜプリビレッジしかいないのでしょうか」
一瞬、 教室が静まり返り、次の瞬間、笑いが起こった。
「当たり前だろ」
「何言ってるんだ」
ラフィーナは即答した。
「遺伝だ」
「なるほど……」
失笑が広がる。
だが、俺は納得できなかった。
常識を疑わなければ、何も始まらない。
ラフィーナは、どこか複雑な表情を浮かべていた。
「他に質問はないな。では、これで講義を終わる」
彼女は、小さく息を吐いて教室を後にした。
「気にすることないよ」
パリシオンが声をかけてくる。
「お前、ほんと常識ないな」
「必死に考えてるだけでしょ」
ガリンソンが茶化し、リサリィとマーガレットが笑いながらフォローを入れる。
―悪くない。
このメンバーとも、少しずつ距離が縮まってきている。
「僕は魔法省に入りたい」
最近親しくなったヒルメスが、ぽつりと言った。
「魔法は使えないけど、魔導具は人の生活を支えている。
人の役に立ちたいんだ」
「うちは儲かりそうやから魔法省かな」
リサリィの冗談に、笑いが起きる。
魔法は、支配の道具でもあり、同時に、人を助ける力でもある。
この世界の原理を知ること。
それは、避けて通れない道だ。
俺は、そう確信していた。
終




