第14話 王国中枢養成学院
この日がやってきた。
国家中枢養成学院に入学する日だ。
新しいステージに進むとき、緊張はある。
だがそれ以上に、未知の世界に対する期待が胸を満たしていた。
目新しい制服に袖を通す。
「アシェルも今日からだね」
十六歳になり、すっかり大人びたカナディが、優しく微笑んで見送ってくれた。
―さあ、出発だ。
家を出ると、足取りは自然と軽くなる。
学院までは徒歩で三十分ほど。
この道を、これから何度も歩くことになるのだろう。
景色を眺めながら進んでいると、あっという間に学院に到着した。
そのまま敷地内へと足を踏み入れる。
とにかく広い。
建物はどれも外観が整っており、堅固で立派なものばかりだ。
王国にとって、この場所がいかに重要かが一目で分かる。
プリビレッジの子息は、全員がここで五年間学び、
王国の支配層として必要な知識と教養を身につけるのだから。
敷地を進むと、「平民コース」と書かれた看板が目に入った。
どうやら、あの建物らしい。
近づいて見上げると、他の建物と比べてかなり古く、造りも簡素だった。
平民が学ぶ場所としては、これが妥当だということなのだろう。
中に入ると部屋がいくつも並んでおり、奥にひときわ大きな部屋があった。
扉は開いていて、人の気配がする。新入生の集合場所だと察した。
中は大学の講義室のような造りで、すでに何人かが席に着いている。
周囲をうかがいながら、前から三列目、中央付近の空席に腰を下ろした。
集まっているのは二十人弱。
だが、誰一人として笑顔はなく、重苦しい空気が漂っていた。
互いに警戒し合い、張り詰めた雰囲気さえ感じる。
これから新しい生活が始まるというのに、なぜだろう。
平民の子供は、職業見習いに行くまでは比較的のびのびと育つ。
こんな空気は、初めてだった。
そうして様子をうかがっていると、眼鏡をかけたスレンダーな女性が教室に入ってきた。
長い黒髪を揺らしながら、前方中央に立つ。
「私の名はラフィーナ・カリオス。お前たちの担当教師だ」
ファミリーネームがある時点で、彼女がプリビレッジであることは明らかだった。
その事実に、教室が一瞬ざわつく。
だが、それもすぐに静まった。
ラフィーナは生徒を見渡し、続ける。
「私も元は平民だ。気兼ねなくラフィーナ先生と呼べ。
二年間、王国のためにしっかり学んでもらう」
はきはきとした大きな声。
どこか男性的で、力強い口調だった。
「まずは、手元の紙に血を垂らせ。魔術契約を結ぶ」
内容は、学院内で知った事実を口外しないという機密保持契約だった。
―ここで知る情報は、平民にとって都合の悪いものもあるのだろう。
全員が契約を終えたのを確認し、ラフィーナは話を進める。
「今日は、お前たちの進路について簡単に説明する」
卒業後、平民コースの学生は各王国機関、あるいは代弁者として働くことになる。
―国王近衛隊
― 魔法省
― 財務省
― 統治省
― 王国騎士
― そして代弁者。
進路は基本的に希望が尊重されるが、有能であればスカウトされることもある。
ただし、平民の立場はあくまでプリビレッジの補助。
例外は、代弁者だけだ。
もっとも、代弁者は待遇が悪く、「平民のガス抜き役」と揶揄されることも多いため、人気はないらしい。
小一時間ほど説明した後、ラフィーナは締めくくった。
「明日から講義を始める。朝九時半に教室に来い。
今日は新入生同士で親睦を深め、学院内を見学しておけ」
こうして、初日はオリエンテーションのみで解散となった。
率直に言って、ラフィーナは信用できそうな教師だと感じた。
後で知ったことだが、彼女は平民出身ながら、
学院史上でも屈指の成績を収め、功績を認められてプリビレッジとなった人物らしい。
ここから、俺の学院生活が始まる。何が待っているかは分からない。
だが、 代弁者という目標だけは、見失わずに進んでいこう。
ラフィーナが教室を去った後も、しばらく席に座ったままでいた。
そのとき、斜め後ろの席から声がかかる。
「僕はパリシオン。君の名前は?」
「僕はアシェル。よろしく」
銀色の髪に灰色の瞳。
物腰が柔らかく、一般的な平民の少年といった印象だ。
「ずっとピリピリしてて、少し怖かったよ。
友達になるなら、アシェルかなって思ってさ」
「ありがとう。実は、僕も少し不安だった」
自然と、互いに笑みがこぼれた。
「ところで、どうして学院に入ったの?」
「将来、代弁者になりたいんだ」
「代弁者!? どうして?」
「正義を実現したくてさ。
プリビレッジと平民の格差を、少しでも変えたい」
「……へえ」
意外だったのだろう。 だが、拒絶の色はなかった。
「パリシオンは?」
「色々学びたかっただけ。進路はまだ決めてないよ」
知に対する純粋な好奇心。
平民では珍しい感覚だが、だからこそ可能性を感じる。
やがて二人で学院内を見学することになった。
新しい建物、新しい空間。 歩いているだけで気分が高揚する。
だが―
「プリビレッジだから偉いのかよ」
「平民のくせに」
荒げた声が、遠くから聞こえてきた。
近づくと、数人が言い争っている。
明らかに、揉め事だ。
さっき教室にいた1人の平民の学生の周りを、4人の学生が囲んでいる。
胸の奥がざわつく。
かつてユリウスが集団暴行を受けた光景が、脳裏をよぎった。
一歩、踏み出そうとしたその瞬間。
「そこ、何をしている!」
ラフィーナが駆けつけ、プリビレッジの学生を一喝した。
「学院内で一方的な暴力を振るえば、即停学だ」
その言葉に、彼らは捨て台詞を残して去っていく。
残されたのは、平民の学生―フューゲルと名乗った少年だった。
「無駄に絡むな。ここは学院だ」
ラフィーナの忠告にも、彼は不満を隠さなかった。
―ここでも、この構図か。
帰り道、俺は思う。
学院は、学ぶ場所であると同時に、 現実を突きつけられる場所でもあるのだと。
期待と不安が、静かに交錯する初日だった。
終
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