第13話 入学資格
ようやく、学院に入学するための勉強ができる。
そう思うだけで、胸の奥がじんと熱くなった。
前世では、過酷な受験戦争に疲弊していた。
だが今は違う。自らの意思で選び取った道だ。
同じ「学ぶ」という行為でも、見える景色はまるで違っていた。
早速、俺はネフィスに紹介してもらった私塾を訪れた。
建物はこじんまりとしており、思っていたよりも静かな場所だった。
「あの……文字を学びたいのですが、勉強させてもらえますか」
中には二、三人ほどの子供しかいない。
通えるのは平民の中でも富裕層の子息くらいだろう。
納得の光景だった。
「授業料は安くないけど、大丈夫? 親御さんの了承は?」
「はい。準備してきています」
子供が一人で大金を持参している事実に、オーナーと思しき女性は一瞬言葉を失ったようだった。
「……確かに、頂きました」
彼女の名はサンタナというらしい。
こうして俺は、この私塾で一年間、文字をはじめ、礼儀作法や算術といった基礎を幅広く学ぶことになった。
それからというもの、俺は足繁く私塾に通った。
文字を徐々に学んでいくが、その形はどこかアラビア語に似ている。
最初は何が書かれているのか、まったく見当もつかなかった。
だが、サンタナが手取り足取り個別に教えてくれるおかげで、少しずつ理解できるようになっていった。
学ぶという行為が、これほど楽しいものだとは知らなかった。
感じたことのない知的な喜びに、胸が躍る。
それに子供だからなのか、吸収も早い。
三ヶ月も通った頃には、簡単な文書なら読めるようになっていた。
私塾に通いながら、食用油の生産も続けていた。
掛け持ちの日々は忙しく、時間がいくらあっても足りないほどだった。
それでも、気がつけば一年が過ぎていた。
「ここまで理解できていれば、学院の試験も問題ないわ。
今までの生徒の中で、一番優秀よ」
サンタナの言葉に、不安が少し和らぐ。
模擬試験のようなものはないため、自分の立ち位置は分からない。
それでも、一年間親身に教えてくれた彼女の言葉を信じることにした。
「一年間、本当にありがとうございました」
これで、いつでも学院の試験を受けられる。
―必ず合格してやる
そんな気持ちが、静かに高まっていった。
だが、その前にやらなければならないことがある。
両親の説得だ。
二年前、両親は俺が代弁者になることに強く反対していた。
この二年間、俺が忙しく動き回っていることは知っていたはずだが、二人はあえて何も聞いてこなかった。
これは避けられない。越えなければならない最後の壁だ。
ある日の夜、家族で夕食を終えた後、俺は意を決して口を開いた。
「みんな、聞いてほしい。代弁者になるため、国家中枢養成学院に通いたい。
今度、入学試験を受けるつもりなんだ」
突然の決意表明に、三人は少し驚いた様子だった。
一瞬、重い沈黙が流れる。
この空気は、あまり好きじゃない―そう思った瞬間だった。
「そうか」
トシェルが、満を持したように口を開いた。
「お前が考えて決めたことだ。自分のやりたいことを、やりなさい」
思わず、耳を疑った。
動揺が表情に出てしまったのだろう。
ナーディアが、優しい声で続ける。
「父さんも母さんも、この二年間ずっと見ていたのよ。
普通の子供にはできないことを、あなたはやってきたわ」
カナディは、なぜか自分のことのように誇らしげな表情で、こちらを見ている。
「それにな」
トシェルが言葉を継ぐ。
「シューストさんや、私塾のサンタナさんも、
お前のことを“王国を変える人材だ”と言って、わざわざ説得に来たんだ」
二人の表情は、どこか嬉しそうだった。
「アシェル。王国は平和に見えるが、平民の暮らしは苦しい。
不満も多いし、プリビレッジの横暴にも皆うんざりしている」
そして、まっすぐこちらを見る。
「平民の代表として、変えてくれないか」
その言葉の重みを、胸いっぱいに受け止めた。
この夜、改めて誓う。自分で選んだこの道を、必ず全力で進むと。
両親の許可を得て、俺は学院の試験を受けることになった。
学院の入学試験は、十二歳の一年間であれば、任意のタイミングで受けられる。
平民の受験者が少ないため、基本的に個別対応だという。
試験方法は至って単純だった。
当日、読み物を渡され、二時間ほど読書。
その後、面接官から内容確認と考えを問われる。
ネフィスの言っていた通り、文字を正しく理解できるかを見る試験なのだろう。
配られた読み物は、魔法の世界のおとぎ話だった。
プリビレッジの祖先が魔法で理想郷を築いた、という内容で、彼らを崇高な存在として描いている。
文学的価値は高くない。率直に言うと、どこか鼻につく話だった。
難易度自体は、私塾で読んでいた書物よりも易しい。
その後、五十歳ほどの女性試験官との質疑応答が始まった。
「主人公は、どのように魔王を倒しましたか」
「火と水の魔法を使い、打ち負かしました」
「では、主人公たちはどんな世界を築きましたか」
「誰一人、貧困に苦しむことのない理想の世界です」
こうしたやり取りが、一時間ほど続いた。
答えに詰まる質問はなかった。
むしろ、勉強が進みすぎたと感じるほどだった。
試験が終わると、その場で責任者らしき人物から告げられた。
「学院への入学を許可する」
自信はあった。
それでも、この言葉を聞いた瞬間、胸がいっぱいになった。
一ヶ月後、正式に国家中枢養成学院の生徒になる。
その事実に、ようやく実感が湧く。
その翌日、レストランフリーで盛大な合格祝いが開かれた。
シューストの音頭で、家族、オーナー夫婦、カナディの同僚、ユリウス、そして常連客たちが集まってくれた。
料理は名物のトンカツをはじめ、ご馳走ばかりだ。
これほど祝われたことは、前世を含めても初めてだった。
心から喜んでくれる人たちに囲まれ、改めて生まれ変わって良かったと感じる。
次のステージは、いよいよ学院だ。
何が待ち受けているのかは分からない。
それでも―
ここにいる仲間の期待に、必ず応えてみせる。
終
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