第12話 独占契約
「……お前は、いくら欲しい?」
シューストの問いに、俺は一度息を整えてから口を開いた。
「文字を学ぶために、私塾へ通いたいと思っています」
「私塾?」
意外そうに眉をひそめるシューストに、俺は続けた。
「商人の子息向けの私塾です。授業料は……平民の月収の、十倍ほどになります」
シューストは即座に首を振った。
「無理だな」
即答だった。
「悪いが、その金額じゃペイしない。うちは大きな店じゃないんだ」
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
だが、それは想定の範囲内でもあった。
「ただし―」
シューストは、俺の言葉を待つように、一拍置いた。
「この油と料理が、本当に客を呼ぶなら話は別だ」
「……どういうことですか?」
「結果次第だ。店の売上が伸びるなら、その分を対価として考えてもいい」
俺は、その言葉の意味を噛みしめた。
金ではなく、価値で証明しろ。
突きつけられた現実。だが、もうやるしかない。
こうして、食用油を生産し、フリーに納品する日々が始まった。
雨の日であっても、確実に納品をしなければならない。
はじめは作業に追われるだけで、安定供給に苦心した。
「今日の分はこれくらいかな?」
「いつもありがとう。ユリウスのおかげで軌道にのってきたよ」
それでも時が経つにつれ、ユリウスとの役割の分担、カナディには出勤ついでの納品を任せることで、徐々に在庫が増えていき、天候に応じて作業を休める余裕が出始めていた。
それに何と言っても、充実感。
仲間とともに目標に向かって進んでいくことがこれほどやりがいのあることだとは知らなかった。
また、同時にフリーの目玉商品を考案し、何度かシューストに提案をした。
色々と料理を考え、試食会を行ったが、豚と特徴が近い動物の肉を油であげる料理が特に好評だったと耳にした。
そう、トンカツである。
店の客入りも増え、忙しくなってきたとカナディから聞いており、手応えが出てきてはいた。
後は、時間との戦い。
このように忙しい日々。気づけば半年が過ぎていた。
そんなある日、俺はシューストから店に来るように言われた。
「お客さん増えましたね」
「ああ。うちの目玉商品を目当ての客がひっきりなしに来てくれている」
シューストのにこやかな表情からは順調さがうかがわれる。
「さて食用油の件だが、1万キルスを払おうと思う。お前が以前に言っていた金額だ」
ついにこの瞬間が訪れた。
ここからは商談の時間である。
「大きなレストランはプリビレッジの経営ばかりだが、王都で一番を狙おうと考えている」
予想を上回る大きな野心をさらけ出してきたシューストに対し、少し圧倒された感覚があった。
「人を増やし、店も拡張する。そのための条件が二つある」
シューストの条件が何か予想がつかなかったため、シューストの次の言葉に耳を凝らす自分がいた。
「1つは、今後もうちが必要な量を供給すること、そして、もう1つは、他所に納品しないこと。もちろん、レシピも秘密だ」
そして、その思わぬ言葉に度肝を抜かれてしまった。
「そ、それは・・・」
俺の脳裏に浮かんだのは二つ。
食用油のビジネスは王国中枢養成学院に入学するための手段にすぎない。
13歳になって、このビジネスを続けていけるという確証もない。
そして、もう一つはこのレシピを公開するつもりであったことだ。
この食用油という存在は、王国の食文化に変化をもたらす契機となりうる。
俺はカナディにそう約束した。
「アシェル、うちもすべてを賭ける。だから、お前も応えろ」
「少しお時間をもらえませんか?」
「今、答えろ」
俺の気持ちを無視するように、シューストは普段と違い、鬼の形相で詰め寄ってくる。
「まぁまぁ、少しは待ってあげてたほうがいいんじゃないの?今でも十分すぎる貢献をしてもらったんだから」
そのとき、横からシューストをなだめる声を発したのは、妻のニーミアだった。
接客はニーミアが仕切っており、カナディの直属の上司のような存在だ。
「そうだな。少し先走りすぎた」
シューストはニーミアの言葉に冷静になった様子で、結局、数日猶予をくれるということで話が落ち着いた。
その後、俺は自問自答した。
最適解がどこにあるのか?
必死で頭を回す。
この日も森に木の実を採取しにユリウスとともに訪れた。
その帰り道、ユリウスは意外な言葉を口にした。
「職業見習いは食品加工を選ぼうと思うんだ」
「食品加工?」
「おじいちゃんがやっていたんだ。ほら、アシェルなら色々なアイディアを出してくれるし、食品に可能性を感じるからさ」
―それだ。
何も、すべてを自分で抱え込む必要はない。
この事業は、信頼できる親友であるユリウスに任せればいい。
彼なら、きっと応えてくれる。
「じゃあ、ユリウスに食用油の生産任せてもいい?」
「もちろんだよ」
ユリウスは俺にこう言われて、嬉しそうな様子だった。
毎日、作業しているせいか、ユリウスは日焼けをし、筋肉もついていつの間にか逞しくなっていた。
これで一つの問題は片付いた。
だが、もう一つは自分の中で落とせる自信がある。
数日後、再びシューストを訪れた。
「それで、返事はどうだ」
「はい。今後の安定供給のめどが立ちました」
シューストは黙って頷く。
「ですが、独占という話ですが、無期限ということでは難しいです」
「どういうことだ?」
「王都の食文化をより良きものにしていくには、平民に食用油を広げていくべきだと考えます」
「話にならんな」
シューストは少し不機嫌そうな表情で俺のことを見下ろしている。
「三年間でいかがでしょうか。店の地位を確立するには、十分な期間だと思います」
しばし、シューストは黙って考える様子だった。
「分かった。その代わり、金額を落としてくれ。1年分で8000キルスだ」
想定できた妥協案だった。
「半年間は無償で納品してきました。ですから、今後一年分として、一万キルスを前払いでお願いします」
「お前はしっかりしているな。3日後、取りに来い。そのときに魔術契約を締結する」
シューストも俺からカウンターがあることを想定していたのか、話はあっさりとついたのであった。
「アシェル、来てたの?」
「うん、さっき来たところだよ」
カナディが俺のことを見つけて駆け寄ってきたが、カナディを含め、フリーの従業員は全員、表情も明るく、活気にあふれていた。
三日後、約束どおり一万キルスを受け取り、魔術契約を締結した。
これでようやく、次のステップに進む準備が整った。
ユリウスには申し訳ないが、今後一年間はこれまでどおり無償で手伝ってもらうことになる。
ただし、職業見習いになった後は、この事業の収益を自由に受け取ってもらう。
その条件で、彼は笑って頷いてくれた。
気づけば、俺は十二歳になろうとしている。
学院入学まで、残された時間は一年もない。
これからは食用油の生産を続けながら、
生まれて初めて受ける「教育」に、全力で向き合わなければならない。
忙しい日々が、まだ続いていく。
終
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