第11話 料理という武器
この世界の料理には、創意工夫がほとんどない。
食糧は決して潤沢ではなく、平民は生きるために必要な栄養を取るので精一杯だ。
さらに、特権階級のプリビレッジが産業を独占しているため競争が生まれず、人口の大半を占める平民は、同じ作業を繰り返すだけの日々を送っている。
新しく何かを学ぶ余裕など、どこにもない。
だから、料理に新しい発想が生まれてこない。
少なくとも、俺の知る限り、食用油を使った料理など見たことがなかった。
だが、逆に言えば、これは好機でもある。
新しい料理のレパートリーを生み出せば、金になるかもしれない。
思いがけない希望を拾い、胸が少し躍った。
早速、行動に移す。
周囲を探索し、油の実を集めていく。
―ある。たくさんある!
たまたま持ってきていた袋は、あっという間にいっぱいになった。
今日は、これくらいで十分だろう。
自宅に戻ると、俺は一人で木の実を潰し始めた。
出てきた液体を器に貯め、都合の良さそうな布で不純物を取り除く。
その作業を、ひたすら繰り返す。
―よし、できた。
二十ミリリットルほどの植物性オイルが完成した。
だが、問題はここからだ。本当に食べられるのか。
イメージ通りの味がするのか。
少なからず、不安はあった。
「ただいま」
その時、誰かが帰ってきたようだ。
この声は……カナディだ。
こうなったら、実験に付き合ってもらおう。
そう決め、玄関まで迎えに行く。
「おかえり、カナディ」
あまりにも慌てた様子だったのか、カナディは少し驚いていた。
「実は、料理を手伝ってほしくてさ。
もしかしたら、すごく美味しい料理が作れるかもしれないんだ!」
そう言って、半ば強引にカナディの手を引き、台所へ向かった。
「なにこれ?」
カナディは、俺が持っていた謎の液体に気づいたようだ。
「食用の油だよ」
「え? 食べられるの?」
「うん」
―たぶん。
心の中でそう思いながらも、味見したい衝動が勝っていた。
「どうすればいいの?」
「パンにつけても美味しいはずだし、山菜を炒めても風味が良くなると思う」
まずは、余っていた山菜を油で炒めてみることにした。
フリーで学んだ手際の良さで、カナディが山菜を切り、鍋を熱する。
そこに油を注ぐと、じゅう、と音を立てた。
―想像通りだ。
山菜を入れ、しばらく炒める。
「こんなところかな?」
「できた!」
山菜炒めが完成し、まずは俺が味見する。
理由もわからないものを、カナディに毒見させるわけにはいかない。
口に運ぶ。
―うまい。
油の風味が山菜の味を引き立て、旨味を引き出している。
「カナディ、これ美味しいよ」
カナディも口にし、目を輝かせた。
「ほんとだ。焼くよりも、少し甘くてまろやか」
続々と感想が飛び出す。
次は、温めた油にパンをつけて食べてみる。
「これも美味しい! いつもの味気ないパンと全然違う!」
その反応を見て、俺は確信した。
前世で知るオリーブオイルと、遜色ない品質だ。
「カナディ。この油、きっと他の料理にも使えると思う。
研究するから、しばらく父さんと母さんには内緒にしてくれる?」
カナディは、笑顔でうなずいた。
この日から、俺の頭の中は料理の研究でいっぱいになった。
そして、一ヶ月ほど、木の実を集めては油を作る日々が続いた。
気づけば、親友のユリウスも手伝ってくれていた。
こうして、ようやく食用油の生産が軌道に乗り始めた。
だが、次の問題が立ちはだかる。これを、どうやって金に変えるのか。
考え抜いた末、答えは一つしかなかった。
カナディが働く、レストラン「フリー」だ。
継続的に納品できるよう、料理のレパートリーを研究する。
そして、店の目玉になりうる料理を完成させた。
俺は決意を胸に、フリーを訪れた。
「こんにちは」
「アシェル、ついに来たんだね」
カナディが、待ってましたとばかりに迎えてくれる。
「シューストさんは?」
「いるよ。ちょっと待ってて」
少しして、シューストが姿を現した。
「何か用か?」
「実は、お話がありまして」
改まった態度に、シューストも真剣な表情になる。
「レストランの看板メニューを、提案したいんです」
「看板メニュー?」
俺は、食用油について説明を始めた。
レシピは伏せつつ、何度も実験を重ね、体に害のない食品であることを丁寧に伝える。
「言葉より、実際に食べてもらったほうが早いと思います」
調理場を借り、山菜に小麦粉と卵をまとわせ、熱した油へ投入する。
じゅう、と音を立てながら、山菜が揚がっていく。
頃合いを見て、引き上げる。
「できました」
皿に盛り、シューストへ差し出した。
「塩を少しかけると、より美味しいと思います」
シューストは、じっと見つめてから口に運ぶ。
サク、という音がした。
「……うまい。こんな料理、初めてだ」
一気に食べ終え、興奮した様子で言う。
「まだ実験段階ですが、この油には可能性があります」
シューストはしばらく黙り込み、空になった皿を見つめていた。
「……これは、確かに使える。店の目玉にもなりうる」
そう言ってから、一拍置き、俺のほうを見る。
「で、アシェル。話を進めるなら聞かせてほしい」
「お前は、いくら欲しい?」
その問いに、俺は思わず息をのんだ。
―ここからが本番だ。
終




